学びたいけど学べない『介護研修難民』問題を解決したい

介護福祉士の国家資格取得のために必須の『実務者研修』を受けたくても受けるのに遠方まで通わなければならない地域の『介護研修難民』問題を解決するために、移動型カレッジの開講場所を増やします。

現在の支援総額

2,326,000

116%

目標金額は2,000,000円

支援者数

49

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/05/03に募集を開始し、 49人の支援により 2,326,000円の資金を集め、 2026/06/28に募集を終了しました

学びたいけど学べない『介護研修難民』問題を解決したい

現在の支援総額

2,326,000

116%達成

終了

目標金額2,000,000

支援者数49

このプロジェクトは、2026/05/03に募集を開始し、 49人の支援により 2,326,000円の資金を集め、 2026/06/28に募集を終了しました

介護福祉士の国家資格取得のために必須の『実務者研修』を受けたくても受けるのに遠方まで通わなければならない地域の『介護研修難民』問題を解決するために、移動型カレッジの開講場所を増やします。

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【いきなり、くりゆらができたわけじゃない(笑)】  あの会議室での30分間で、私の心を完全に掴んだ稲岡のレクチャー。 でも、そこから「よし、一緒に法人を作ろう!」とすぐになったわけではありません。物語には、ちゃんと(笑)ステップがありました。  当時、私は5年近く勤めていた特別養護老人ホームを辞める気なんて、これっぽっちもありませんでした。仕事への愛着もありましたし、自分の生活だってあります。  けれど、「あの素晴らしい学びを、今すぐうちの受講生たちに届けたい!」という衝動だけは、どうしても抑えきれませんでした。  そこで私が取った行動は、自分が運営していたスクールに、稲岡を「非常勤講師」として速攻で迎え入れることでした。 ちょうどその時、目前に迫っていたのが「2期生」のスクーリング。しかもその会場は、系列施設がある……なんと、日光(栃木県)。 名古屋から日光へ。ただでさえ大移動のドタバタが予想されるスクーリングに、出会ったばかりの規格外な男・稲岡の授業を、いきなりぶち込むことを決めたのです。 こうして、急ごしらえの「即席チーム」が誕生しました。 これが、のちに「くりゆら」を共に動かすことになる、私たちの凸凹コンビとしての本格的なスタートだったのです。


【目からウロコ。 これが「暮らしを支えるプロ」を育てる教育だ】 「介護過程ってね――」  そう言って、稲岡はホワイトボードに向かい、マーカーを握りました。  ホワイトボードに次々と描かれていく、〇や□や矢印。そして、これまで何度も教科書で見聞きしてきたはずの、聞き慣れた介護ワードたち。  それらが稲岡の手によって図式化されていくのを見た瞬間、私の中で信じられないことが起きました。 「なにこれ?すごい……!」 これまで点と点でバラバラだった知識が、まるでパズルのピースが綺麗にハマるように、カチッ、カチッと音を立てて繋がっていく。 さっきまでの不安や格好つけも全部どこかへ吹き飛んで、気が付けば夢中になってホワイトボードに釘付けになっている私がそこにいたのです。  「あ……そういうことだったんだ……!」 テキストの文字をただ追うだけでは決して分からなかった、現場の『暮らし』に直結する介護過程の本質が、一瞬で立体的に頭の中に飛び込んできました。 3ヶ月前、名古屋の井の中を飛び出した私がずっと求めていた答えが、まさにこのホワイトボードの上にありました。  「暮らしを支えるプロを育てるって、こういうことだ」 胸の奥をずっと塞いでいた分厚いもやもやが、跡形もなく綺麗に晴れ渡っていった研修前の30分。 この感動と確信が、私を「くりゆら」という次のステージへと突き動かす、決定的なエネルギーになったのです。 次回:チーム誕生。こうして私たちは「同じ船」に乗ることになった。


【研修前の30分、人生の分岐点】 岸和田での衝撃的な(?)出会いから3ヶ月。 有言実行、本当に稲岡が私の勤務先である特養へと来てくれました。これが、後に続く私たちの活動の「名古屋初上陸」の瞬間です。  当時、私は「講師」という仕事に対して大きな壁にぶつかっていました。資格を取らせるためだけの、中身の薄い講義。「これでいいのかな」という終わりのないモヤモヤ。  ……と、ここまでは研修のお話のようですが、実は、私の運命を大きく変えたのは、その後に始まった研修そのものではなかったのです。  本当に人生の分岐点となったのは、研修が始まる前の、誰もいない会議室でのわずか30分間でした。 実は稲岡が名古屋に来る前から、私は少し悩みを話していました。 そしてあの日、目の前にいる彼に、ずっと胸の奥に溜まっていた泥臭い本音を、一気にぶちまけたのです。  「実務者研修の講師をしてるけど、本当は何をしていいか分からない」「介護過程って、一体なんなの?」 テキストをなぞるだけ。とりあえず資格を与えたらいい。そんな中身のない状態で、何も理解できていない私が教壇に立っていていいんだろうか……と。 専門職としてのプライドも、先生としての格好つけも全部捨てて、恥を覚悟で話しました。  当時、大手カレッジで同じく実務者研修の講師をしていた稲岡は、私の話をじっと聞いたあと、「僕はこんな風に教えているよ」と、今まで見たり聞いたりしたことのない方法で話してくれました。 研修前の静かな会議室。時計の針がカチカチと進む中、私を包んでいた分厚いもやもやが、スッキリと晴れていくのを感じていました。 次回:目からウロコ。これが「暮らしを支えるプロ」を育てる教育だ。


 【ん⁈なんだか面白そう】 全国大会と懇親会が終わり、そのまま二次会の会場へ。 案内されたのは、居酒屋の2階。 そこに参加者の皆さんがぎゅうぎゅうにひしめき合っていました。  そこで、私が尊敬する先生から、こんな声をかけられたのです。 「研修事業をやってるなら、ジョージくんのお話しを聞いてみるといいよ」 (……え? ジョージくんって、さっきのエレベーターの愛想なしの大きい人ですか?)  心の中で大きなため息をつきつつ、正直「遠慮したいな……」という気持ちでいっぱいでした。 でも、お世話になっている先生の紹介だし、お話くらいは聞いておこう…そんな後ろ向きなスタートだったのを覚えています。  ところが、同じテーブルにつくと、稲岡はエレベーターの時とは180度違っていました。タブレットを片手ににっこり笑って、本当に楽しそうに、自分自身の学びについて熱く披露してくれたのです。  その話を夢中で聞くうちに、私の中の感情が少しずつ、でも確実に変化していきました。 「は? なんだこの人……」から、「ん?! これって、ものすごく面白いかも!」へ。  基本、良いと思ったら即決断・即実行の私。気づけば、こんな言葉が口から飛び出していました。 「……うちの特養で、研修をしてもらえませんか?」 あちこち動きまわり始めていた稲岡にとっても、この「名古屋進出」の提案は魅力的だったようです。エレベーターでの最悪な第一印象から、わずか数時間。その3ヶ月後には、私の住む名古屋の特養で研修を行うことが決まっていました。


 前回は、大手カレッジの「マニュアル至上主義」の指導に対する悶々とした想いをお話ししました。 今回は、そんな葛藤の日々の中で訪れた、当カレッジの「事務局」とのドラマチック……とは程遠い、なんとも不器用な出会いの時のお話です。 「カレッジを作ろう」なんて、まだ1ミリも思っていなかった頃。とある研修で一緒になった人に誘われ、大阪の岸和田市で開催される認知症の研修に向かっていました。人と話すことには慣れかけていたとはいえ、中身はまだバリバリの人見知りです。 初めて来る岸和田の土地で、会場の建物まではすぐにたどり着けましたが、部屋がわからず、建物内を行ったり来たりウロウロと探していました。何度目かのエレベーターに乗ったまさにその時です。 扉が閉まる直前、エレベーターに乗り込んできた私に、先に乗っていた女性が突然、笑顔で元気よく声をかけてきたのです。「こんにちは!」……えっ?!誰??? フリーズしました。 「(知らない人だ…)」  「(でも、同じ研修に参加する人なのかなぁ?   だとしたら、挨拶しないと失礼かなぁ?)」  「(それにしても…元気過ぎて…圧が…)」 人見知りと焦っているのが混ざり合った結果、口から出た精一杯の返答は、 「あ、あぁ……どうも」 後になって「すごく不愛想だった」と言われましたが、その時のボクにはその一言で精いっぱいでした。 前回の投稿で、事務局がボクの第一印象を「怖い人、関わらないでおこう」と書いていましたが、その裏側で、ボクはボクで「よぅ知らない人に親しげに声かけられるなぁ」と別の意味で震えていたのです。 でもまぁ、この出会いが今につながるとは… さて、次回は事務局が「は?」と思っていたのが「ん!?」に変わったと言っていたので、そのあたりの話をしてもらおうと思います。


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