学びたいけど学べない『介護研修難民』問題を解決したい

介護福祉士の国家資格取得のために必須の『実務者研修』を受けたくても受けるのに遠方まで通わなければならない地域の『介護研修難民』問題を解決するために、移動型カレッジの開講場所を増やします。

現在の支援総額

220,000

11%

目標金額は2,000,000円

支援者数

26

募集終了まで残り

34

学びたいけど学べない『介護研修難民』問題を解決したい

現在の支援総額

220,000

11%達成

あと 34

目標金額2,000,000

支援者数26

介護福祉士の国家資格取得のために必須の『実務者研修』を受けたくても受けるのに遠方まで通わなければならない地域の『介護研修難民』問題を解決するために、移動型カレッジの開講場所を増やします。

 前回は、情報の「丁寧な分析」が必要だと提案したものの、大手カレッジのルールの前になかなか聞き入れられなかった……というお話しをしました。 今回は、もう一つの「納得がいかなかったこと」——介護技術の教え方について、本音でお話しします。 介護の教科書には、必ず「自立支援」という言葉が出てきます。「ご本人の持っている力を活かしましょう」と、どこの教室でも教えています。 でも、実際に移乗介助などの技術を教える段階になると、途端におかしなことが起こります。 教科書通りのボディメカニクスを意識するあまり、力任せにガシッと抱え上げる。そんな「古いやり方」が、未だに当たり前のように教えられているのです。 本来、人間には自然な動きの流れがあります。 前にかがんで体重が足に乗ったらお尻が軽くなり、膝を伸ばしていくことで立つ姿勢になる。介護技術を知らなくても、人はだれでもそうやって立っているはずです。 なのに、学校で教えるボディメカニクスの原則 ・足を広げる(支える面積を広げる) ・重心を下げる ・重心を近づける これをそのまま当てはめてしまうと、介助者自身が邪魔になって、ご本人の「前にかがむ」という動作ができなくなってしまうのです。 前にかがんで頭を下げることをせず、頭を上げていく動きは、筋力に自信がある人でも難しい動作です。 これでは、介助者がご本人の力を奪っておきながら、不自然な力を加えて補っていることになるのではないでしょうか? ご本人が何もできないのを前提に、「物」を動かす方法を駆使している。 その結果、ご本人ができることがどんどん奪われ、介助者はどんどん負担が増える。 結果として、「動けなくなる人」と「腰を痛める人」を量産してしまう現場になってしまいます。 ご本人は「モノ」はモノでも「物」ではなく、コチラの「者(人)」です。 私はかつて、現場で教えてもらった力任せの介助をしていました。 しかし、腰痛をキッカケにご本人の力を活かす方法を必死に学びました。現場で実践したところ、ご本人はできることが増え、自分は負担が減っていったという経験があります。 その経験を踏まえて、何度も改善案を伝えました。「何でもかんでもしてあげるのが仕事ではなく、少しでも自分の力を発揮できるように支えるのが介護職としての仕事だ」と。 でも、返ってきたのは、「うちのテキスト通りではない」という言葉でした。 ご本人が少しでも自立できるように関わるようにと口では言いながら、中身は思考停止したマニュアルを押し付ける。 そんなことを教えて、本当に現場で役立つことが伝えられるのか?  受講生にとっても、ご利用者にとっても、デメリットでしかないのではないか……。 この悶々とした日々が、いよいよ私を「次のステップ」へと突き動かすことになります。 次回は、そんな葛藤に終止符を打ち、いよいよカレッジの設立へ …といいたいところですが、私だけの話ではなく、当カレッジの事務局が、設立までにどのように動いていったのかの話をしてもらうためにバトンタッチしたいと思います。


 前回は、情報のつながりを可視化する『付箋』と『矢印』を使った方法に出会い、「これなら難しいと感じるアセスメントもわかりやすくなるはず!」と確信したところまでお話ししました。 ……が、現実はそう簡単ではありませんでした。 そもそも、自分からやりたくて始めた講師ではありません。むしろ「絶対に嫌だ」と思っていた役割です。それでも、組織から与えられた役割である以上は「やらねば!」という一心で取り組んでいました。最初は人前で話すだけで精一杯。教えられた通りのやり方をこなすだけで、余裕なんて全くありませんでした。 しかし、少しずつ授業に慣れてくるにつれ、ある大きな疑問が膨らんでいきました。「……この教え方、すごくわかりにくいんじゃないか?」 講師同士の定例勉強会でも、その「わかりにくさ」をどう解決すべきか何度も相談をしました。 ですが、授業の解説も、勉強会でのアドバイスも、すべては「口頭」で行われます。聴いているうちはわかったような気になるのですが、しばらく経つと結局わからなくなる。 もちろん、説明がとても上手い講師もいます。その人の話を聴けば、確かにその場では納得はできます。 でも、全員が同じように話せるわけではありませんし、併せて全く同じ話を聴いていても聴く側のレベルによって同じように聴いて考えられるかはわかりません。 講師の伝え方によって研修の質が左右されてしまう。それでは受講生にとって不公平ですし、研修としての質が安定しないと感じていました。 そこで、私が感じていたことを相談してみたんですが…返ってきたのはこんな言葉でした。「介護に答えはないからね」 よく使われる言葉ですが、私には何を言っているんだ?と思いました。 一人ひとり性格も環境も違い、状況は刻一刻と変わる。だから誰にでも当てはまる正解はないという意味での「介護に答えはない」というのであればわかります。しかし、どう考えるか?という「その方の、その瞬間の答え」に辿り着くためには、情報を丁寧に分析し、根拠を持って考える力が必要です。そのプロセスを教えなければいけないのではないか?考えるための『思考の整理の仕方』が必要なんじゃないか? ほかにも改善案をいろいろと出してみましたが、全国規模のカレッジということもあってか、私の提案が聞き入れられることは一度もありませんでした。 そのおかげで?今の当カレッジ独自の『わかりやすい』と評価していただける方法が生まれたので良かったのですが……。 その「ほか」というのは次回にお話するとします。


 前回は、台本を読むのをやめて、キーワードだけで職員の顔を見て話すように変えていった前職の朝礼でのお話をしました。 今回は、そんな中での、もう一つの大きな課題『頭の中をどう整理するか』が偶然の出会いで克服していけたお話しをさせてもらおうかと思います。 私は、前回書いていたように、たくさんの思いつきや伝えたいことが次々と頭の中に浮かんでくるのですが(みんなそんなものだと思っていました)時間が経つと、どこにいってしまうかわからなくなるのが悩みのタネでした。 メモを書こうと思っても、今度は「何からどう書けばいいのか」がわからない。伝えようと思っても伝えたいことが次々と出てきてまとまらない…でも話してしまう。 その結果、「言いたいことはわからなくないけど、何を言いたいのかが結局わからない」と度々言われました。 キーワードを書いておくようにしたことで、話がグチャグチャにはならないようにはなりましたが、何か物足らないような感覚がありました。 そんな時、出会ったのが「付箋(ふせん)」を使ったメモの書き方でした。 やり方はシンプルです。思いついたら、とりあえずキーワードを付箋に一枚ずつ書いておく。それがある程度たまったら、関連のあるもの同士をグループ分けする。 これを実践するようになって、だいぶ頭の中は整理できるようになってきました。 …ただ、もう少し何かが足りないのか、まとめきれない。話しづらさは残りました。 そんな時、偶然、介護業界の掲示板である研修の案内を見かけました。 正直、研修の内容自体はよく知りませんでしたが、その掲示板でやり取りをしていた「いつか会ってみたい」と思っていた人たちが、こぞって参加を表明していました。「この研修に行けば、一気にあの人たちに会える!」 そんな不純なきっかけで参加したのが、情報を「原因」と「結果」で考えて矢印でつなぐ方法の研修でした。 実際にやってみると、グチャグチャな頭の中がなんとなくスッキリと整理される感覚になりました。 それからは、人前で話すことへの拒否感は少しずつ減っていきました。 実は、この『付箋』と『矢印』という2つの方法こそが、現在の当カレッジの授業が「わかりやすい」と評価をいただいている大きな原点になっています。 次回は、これらの方法を使えば、難しいアセスメントがわかりやすくなるのでは?と授業に取り入れていこうとしたお話ができたらと思います。……はい、上手くいかなかったんですがね。(笑)


今回も活動報告をご覧いただき、ありがとうございます。稲岡です。 今日は、苦手だった『人前で話すこと』をどう克服していったか?カレッジの設立にあまり関係ないと思われるかもしれませんがお話したいと思います。 上司からの指示で、不本意ながら大手カレッジの講師を引き受けることになった私。しかし、そこには講師として人に教えるという以前に、私自身にとっての『巨大な壁』が立ちはだかっていました。それは、『人前で話すこと』そのものです。 実は私は、幼少期から人と話すのが苦手でした。  頭の中に次々と考えが浮かぶせいか、言葉に詰まってしまったり、話が大きくズレていったり。自分ではそう思っていないのに、口から出る言葉が違っていたり……。そんな様子を、周囲から注意されたり、バカにされたりしてきた経験が、心の傷として残っていました。 大人になっても、できるだけ人前で話す機会を避けて生きてきました。避ければ避けるほど、苦手意識は強くなる。そんな悪循環の中にいたのです。 そんな私に、講師を命ぜられる少し前、管理者となるにあたって最初の試練が訪れました。私の事業所では、管理者が毎朝の朝礼で、全職員に向けて話す時間があったのです。 正直、イヤでたまりませんでした。しかし、逃げるわけにはいきません。 「これは人前で話す練習のチャンスだ」と自分に言い聞かせ、ある方法を思いつきました。 それは、話す内容をすべて「台本」に書き起こすことでした。 「ちゃんと話せるようにしなければ」という一心で、一言一句、噛まないように、ズレないように……。毎朝1時間以上早く出勤して台本をつくり、朝礼では、その台本をただひたすら、必死に読み上げる。それが私の「克服」への手立てでした。 そんなやり方をしばらく続けていたところ、私の大先輩で一度定年退職をされた後にパート職員として当事業所で働いてくれていた方がいました。部署は違いましたが、私の様子をずっと見ていてくださったのでしょう。ある日の朝礼の後、私のもとへ来てこう言ったのです。「毎朝しっかり準備をしてキチンと話そうとしているのは、よくわかる」一瞬、認めてもらえたのかと思いました。しかし、言葉は続きます。「だけど……紙を見て読んでいるから、言いたいことはわかるけど気持ちが伝わらない」……ショックでした。自分なりに、必死に、一生懸命やっていたことだったからです。  でも、同時に気づかされました。「このまま台本を読み続けて、伝えるということが出来るのだろうか?」 早速次の日から、私は台本を作るのをやめました。 代わりに、紙にキーワードだけを書き、話がズレないように注意しながら、台本ではなく「職員の顔」を見て話すようにしていったのです。それが、私の「本当の意味での克服」への第一歩でした。 次回は、ちょうどこの時期、自分自身の思考を整理する方法に出会ったお話をします。その出会いが、キーワードだけの朝礼、そして今のカレッジでの授業の方法へとつながっていくこととなります。


今日も活動報告をご覧いただき、ありがとうございます。稲岡です。 今日は、自分でカレッジを立ち上げることになる前の段階、なぜ講師になったかをお話させていただきます。  京丹後で『実務者研修』を開講できるようになって数年が経ち、地元で受講できる環境が定着してきました。受講にかかるスタッフの金銭的・時間的な負担を最小限に抑えられるようになり、一安心していた頃のことです。 京丹後市で『実務者研修』を継続していくのに新たな課題が浮上しました。「そちらで講師を立ててもらえませんか?」 提携していた大手カレッジから、「京丹後へ講師を派遣し続けるのが難しくなってきた」という相談を受けたのです。   同時に「丹後エリアに講師ができる人はいないか?」と訊かれましたが、心当たりはなく「居ません」と答えました。するとカレッジ側から、「それなら、そちらの法人から講師になってくれる人を出してもらえないか」と打診を受けることになったのです。 その話を聞いた私の上司は、私に対して「お前が講師をしろ」と言いました。 私はもともと人前で話すことが苦手で、人に教えるという仕事には全く興味がありませんでした。というよりしたくありませんでした。裏方として環境を整えることには使命感を持っていましたが、自分が教壇に立つことなど考えたこともなかったのです。 正直、やりたくはありませんでしたが、組織としての指示もあり、最終的には「しょうがなく」講師を引き受けることになりました。 こうして『講師』への道を歩みはじめました。この不本意ながら始めたことが、後の活動にどう繋がっていくのか。 今日はここまでです。   次回は、人前で話すことが苦手だった私が、どうやって克服していったかのお話をさせていただけたらと思います。 


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