本日、2ndステージ100万円達成いたしました!!皆さまのおかげで本当にたくさんのご支援、ご協力いただき感謝しきれません。残り18日となりました。皆さまとともに歩んできたクラファンもあと少し。私のわかりづらい想いも汲み取ってご支援いただきました皆様に恥じぬよう、3rdステージも最後まで完走していけるよう頑張って参ります!!引き続きどうぞ宜しくお願い致します!





現在の支援総額
1,720,000円
目標金額は500,000円
支援者数
119人
募集終了まで残り
終了
このプロジェクトは、2026/05/11に募集を開始し、 119人の支援により 1,720,000円の資金を集め、 2026/06/30に募集を終了しました





現在の支援総額
1,720,000円
344%達成
目標金額500,000円
支援者数119人
このプロジェクトは、2026/05/11に募集を開始し、 119人の支援により 1,720,000円の資金を集め、 2026/06/30に募集を終了しました
本日、2ndステージ100万円達成いたしました!!皆さまのおかげで本当にたくさんのご支援、ご協力いただき感謝しきれません。残り18日となりました。皆さまとともに歩んできたクラファンもあと少し。私のわかりづらい想いも汲み取ってご支援いただきました皆様に恥じぬよう、3rdステージも最後まで完走していけるよう頑張って参ります!!引き続きどうぞ宜しくお願い致します!
もし宮沢賢治が現代に生きていたら、彼はどこへ向かったでしょうか。きっと大都市のまぶしい光の中ではなく、名前も知られていない小さな町や、静かに時間を重ねてきた地域へ足を運んだのではないでしょうか。そこで暮らす人々の声に耳を傾け、季節ごとに表情を変える風景を見つめ、その土地に受け継がれてきた文化や物語を拾い集めたはずです。賢治は、誰も価値があると思わなかったものの中に宝物を見つける人でした。道ばたの草花に宇宙を見つけ、農村の暮らしの中に未来への希望を見つけ、人々の日常の営みを美しい物語へと変えていきました。現代の地域にも、まだ語られていない物語が数え切れないほど眠っています。けれど人口減少や高齢化、都市への一極集中が進む中で、その物語を語る人も、それを受け継ぐ場も少しずつ失われています。私たちは、この土地に眠る物語をアートの力で掘り起こし、人と人をつなぎ、新しい価値として未来へ手渡していきたいと考えています。アートは決して特別な人だけのものではありません。それは人の記憶を残し、地域の魅力を再発見し、世代や立場を超えて人々を結びつける力です。一枚の絵が故郷への誇りを生み、一つの展示が地域の歴史を語り直し、一つのイベントが初めて出会う人々をつなげる。そうして生まれる小さな感動の積み重ねが、地域の未来を少しずつ変えていくと私たちは信じています。賢治が描いた『銀河鉄道の夜』は、遠い宇宙を旅する物語でありながら、人と人とのつながりや、他者を思いやる心を描いた作品でした。私たちもまた、この地域を舞台に新しい旅を始めようとしています。それは過去と未来を結ぶ旅であり、人と人を結ぶ旅であり、地域に眠る無数の物語を未来へ運ぶ旅です。このプロジェクトで目指しているのは、単なるイベントや作品制作ではありません。地域に暮らす人々が自分たちのまちを誇りに思い、訪れる人が新しい魅力を発見し、子どもたちが未来に希望を持てるような文化の土壌を育てることです。今すぐ大きな変化を生み出せるわけではありません。けれど賢治がそうであったように、小さな種をまき続けることで、いつか豊かな森になることを信じています。この挑戦は、私たちだけのものではありません。地域を愛する人、アートを愛する人、未来に希望を持ちたい人。その一人ひとりの想いが重なって、初めて実現できるプロジェクトです。もし宮沢賢治が現代に生きていたら、「どんなに小さな光でも、それが誰かの道しるべになるなら意味がある」と語ったかもしれません。私たちは、その小さな光をこの地域から灯したいと思っています。どうか、この物語の最初の一歩を、ともに歩んでいただけませんか。皆さまのご支援が、新しい文化と地域の未来を育む大きな力になります。
演奏家としてどうありたいかを考えるとき、私はまず「どのような音を奏でたいか」ではなく、「どのような人間でありたいか」を考える。なぜなら、演奏は技術だけで成り立つものではなく、その人の生き方や価値観、日々の姿勢が音に表れるものだと思うからである。どれほど高度な技術を身につけても、その音に人間としての深みや誠実さがなければ、人の心を本当に動かすことは難しい。だから私は、演奏家として成長することと、一人の人間として成長することは同じ道の上にあると考えている。現代では、演奏家にもさまざまな評価の基準がある。演奏技術の高さ、コンクールの成績、演奏機会の多さ、知名度など、目に見える成果によって価値が測られることも少なくない。しかし私は、それらを否定するわけではないものの、それだけを目標として演奏を続けたいとは思わない。もちろん技術を磨くことは大切であり、自分の限界に挑戦し続ける努力も必要である。しかし、その努力の先にあるべきものは、自分自身の成功ではなく、音楽を通して人とつながることではないだろうか。私は演奏家として、聴いてくれる人の心に寄り添える存在でありたいと思う。演奏会場に来る人は、それぞれ異なる人生を歩み、異なる悩みや喜びを抱えている。その中には、希望を求めている人もいれば、悲しみを抱えながら音楽を聴いている人もいるかもしれない。そんな人々に対して、音楽が少しでも支えや励ましとなり、明日を生きる力となるような演奏を届けたい。音楽の価値は、演奏者がどれほど上手に弾いたかだけではなく、その音が誰かの人生にどのような意味をもたらしたかによって決まる部分もあると思う。そのような考え方をするとき、私は宮沢賢治の生き方に深く共感する。賢治は文学者として優れた才能を持ちながら、自らの名声や利益を第一に考えた人ではなかった。彼の関心は常に他者や社会、自然へと向けられていた。農民の暮らしを支えようとし、人々の幸福を願い続け、自分の人生を何か大きな目的のために使おうとした。その姿勢は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉にも表れている。この言葉は、演奏家としての私にも大きな示唆を与えてくれる。音楽は個人的な表現でありながら、同時に社会や他者と結びつくものである。自分だけが満足する演奏ではなく、周囲の人々と喜びを分かち合う演奏を目指したい。自分が評価されることだけを求めるのではなく、音楽によって誰かの心を豊かにし、その人の人生に良い影響を与えられる存在になりたい。その願いは、賢治が文学に託した願いと重なっているように思う。また、私は賢治の『雨ニモマケズ』に描かれる精神にも強く惹かれる。「雨ニモマケズ」の主人公は、決して特別な英雄ではない。目立つことを望まず、自分を誇示することもなく、人のために働き、困っている人がいれば寄り添い、静かに自分の役割を果たそうとする人物である。演奏家の世界では、どうしても他者との比較や競争に心を奪われることがある。しかし本当に大切なのは、自分がどれだけ注目されたかではなく、自分の音楽が誰かのためになったかということではないかと思う。私は演奏家として、華やかな成功だけを追い求めるのではなく、謙虚さを忘れない人でありたい。舞台に立つことは特別なことであっても、それによって自分が特別な人間になるわけではない。むしろ、音楽を与えられた一人の人間として、その責任を自覚し、常に学び続ける姿勢を持ちたい。どれほど経験を重ねても、自分の未熟さを認め、新しい発見に心を開き続けることが大切だと思う。そして私は、音楽を通して人だけでなく、自然や社会ともつながっていたい。賢治が自然を深く愛し、その声に耳を傾けたように、私もまた日常の中にある小さな出来事や感動を見逃さず、それらを音楽の糧にしたい。風の音、季節の移ろい、人との出会い、何気ない会話――そうした一つひとつが演奏の中に息づくことで、音楽はより豊かなものになると思う。演奏家としての理想は、単に優れた演奏技術を持つことではない。誠実に生き、人を思いやり、自分自身を磨き続けながら、その人生そのものを音楽に映し出せる人になることである。喜びも苦しみも、成功も失敗も含めて自分の人生を受け入れ、それらを音に変え、人々と分かち合う。そのような演奏家でありたい。宮沢賢治が文学を通して人々の幸福を願い続けたように、私は音楽を通して人々の心に寄り添いたい。音楽によって世界を大きく変えることはできないかもしれない。しかし、一人の心を温めたり、誰かに勇気を与えたりすることはできる。その小さな積み重ねこそが、社会をより豊かにする力になるのだと思う。だから私は演奏家として、自分のためだけではなく、人のために音楽を奏でたい。そしてそのために、一人の人間として誠実に生き続けたい。音楽を愛し、人を愛し、学び続ける姿勢を失わず、自分自身の人生を深めながら、その歩みを音にして届けていきたい。それが私の考える演奏家としての在り方であり、宮沢賢治の精神から学び続けたい生き方でもある。
宮沢賢治の名作『セロ弾きのゴーシュ』。日本では世代を超えて愛されるこの物語も、世界にはまだ十分に知られていません。私は翻訳者として、この作品が持つ優しさ、ユーモア、音楽への情熱、そして宮沢賢治ならではの美しい世界観を、英語を通じて世界中の読者へ届けたいと考えています。『セロ弾きのゴーシュ』は単なる児童文学ではありません。失敗を重ねながら成長する主人公の姿。動物たちとの不思議な交流。そして音楽が人の心を変えていく力。そこには国境や文化を越えて共感できる普遍的な魅力があります。しかし、日本語の繊細な表現や独特のリズムを英語へ移し替える作業には、多くの時間と専門的な検証が必要です。今回のクラウドファンディングでは、 英訳原稿の制作 ネイティブ校閲・編集 海外向け出版準備 世界の読者へ向けたプロモーション のための資金を募ります。皆さまのご支援によって、日本が誇る名作を新たな言語で蘇らせ、世界中の読者へ届けることができます。宮沢賢治が描いた物語の灯を、海を越えて未来へつなぐために。どうか、この挑戦に力をお貸しください。日本の名作を、世界の読者へ。一人でも多くの人に『セロ弾きのゴーシュ』の感動を届けるため、応援よろしくお願いいたします。
地域で音楽活動を続ける中で、私は「音楽には人と人をつなぎ、地域の文化を育み、未来へ受け継いでいく力がある」と強く感じています。特に、私が活動の拠点としている千歳烏山をはじめとする世田谷区には、多様な世代の人々が暮らし、それぞれの歴史や文化、地域への想いが息づいています。商店街の活気、地域のお祭りやイベント、昔から住み続けている方々と新しく移り住んできた方々との交流。その一つひとつが、この街ならではの大切な文化だと思っています。私は音楽を通じて、そうした地域の魅力や人々のつながりをより豊かなものにしていきたいと考えています。演奏を聴いていただくことだけが目的ではありません。音楽をきっかけに人と人が出会い、会話が生まれ、地域への愛着が深まる。そんな場をつくることも、私にとって大切な活動の一つです。その想いを考えるとき、いつも心に浮かぶのが宮沢賢治の理念です。宮沢賢治は、自らが生まれ育った地域を深く愛し、人々の暮らしや幸せのために行動し続けました。そして「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉を残しています。この言葉には、自分だけの成功や幸せではなく、地域や社会全体の豊かさを願う精神が込められているように感じます。私もまた、音楽を通じて地域に貢献したいという思いを持っています。千歳烏山や世田谷区には、多くの文化活動や地域コミュニティがあり、その中で音楽が果たせる役割は決して小さくありません。地域のイベントや交流の場で音楽を届けること、子どもたちや若い世代に文化に触れる機会をつくること、高齢者の方々が音楽を通じて笑顔になれる時間をつくること。その一つひとつが地域文化の醸成につながると信じています。また、世田谷区は都心に近い利便性を持ちながらも、人と人とのつながりや地域性を大切にしている街です。その魅力を未来へ受け継いでいくためにも、文化活動の存在は欠かせません。文化は建物や歴史だけではなく、人々の交流や日常の中から生まれ育つものです。だからこそ私は、地域に根差した音楽活動を通じて、この街の文化を支える一人でありたいと思っています。宮沢賢治は「農民芸術」という言葉で、芸術は一部の特別な人のものではなく、暮らしの中で人々を豊かにするものであると考えました。その考え方は、私が目指している地域音楽活動とも重なります。音楽はホールや舞台だけに存在するものではなく、商店街や公園、地域イベントや交流の場など、人々が暮らす場所の中でこそ大きな意味を持つものだと思っています。千歳烏山をはじめ世田谷区で活動する一人として、この街への感謝を忘れず、音楽を通じて地域の魅力や人々の想いをつなぎ、文化の灯を未来へ受け継いでいきたいと思います。大きなことはできなくても、一つひとつの演奏、一人ひとりとの出会いを大切にしながら、宮沢賢治が示した「他者の幸福を願い、地域とともに生きる」という精神を胸に、これからも地域に根差した文化活動を続けていきます。音楽が人を結び、地域を豊かにし、次の世代へと文化をつなぐ架け橋となることを願いながら。