明日、息子は心臓カテーテル検査を受けます。生後2か月から始まった、息子の闘病生活。気がつけば21年が経ちました。明日の検査を前にして、改めて思います。私はなぜ、この本を書いたのだろう。それは、「かわいそうな親子だった」と伝えたかったからではありません。病気の子どもを育てるということ。何度も検査や手術を受ける子どものそばにいるということ。結果を待つということ。何事もなく一日が終わることを、心の底からありがたいと思うということ。そして、病気があっても、笑ったり、怒ったり、喧嘩したり、友達ができたり、働いたり、誰かを好きになったりしながら、一人の人間として大人になっていくということ。その21年間を、私は残しておきたかったのです。この本には、きれいな母親は出てきません。立派な母親も出てきません。泣いて、怒って、間違えて、逃げたくなって、それでも次の日になれば、また病院へ向かう。そんな母親と息子の21年間です。明日、私はまた、検査を受ける息子を待ちます。21年前と同じように。でも、あの頃と違うことがあります。生後2か月だった小さな赤ちゃんは、21歳の大人になりました。それだけの時間を、私たちは生きてきました。だから、この本の中に残したかった。「生きて、それだけでいい」それが綺麗事ではないことを。明日という日が来ることが、決して当たり前ではなかった家族がいることを。そして――それでも私たちは、ここまで生きてきたということを。明日の検査が無事に終わりますように。今日は母親として、ただ、それだけを願っています。



