「おわかりただけただろうか」いきなり心霊特番のナレーションの様な書き出しになってしまったが、今回はプラモデルにおける『アンダーゲートランナー』について書きたいと思う。 プラモ尼崎城の第一弾の取り組みとして『シャチホコプラモ』のクラウドファンドを現在行っているが、シャチホコと聞いて一番に思い浮かぶのは、やはり『名古屋城の金鯱』ではないだろうか。鯱に初めて金を施したのは、信長の安土城、秀吉の大阪城と諸説あるようだが、有名なのは家康の築城した名古屋城の金鯱だと思う。 ミーティングでシャチホコプラモを作ろうと決まった後でも、やはり如何に金色にするかということで議論は持ち切りだった。考えられる手は、①金色メッキ加工(a.蒸着/b.どぶ漬け) ②金色塗装 ③金色の樹脂による成型。幸い我々のメンバーには、樹脂成型のプロである宮本さんがいるので、コストを抜きにすれば問題ないと思う。また、メッキ加工にしても塗装にしても、探せば協力してくれる工場はある(はず)。 ここまで書いて、金のシャチホコプラモは(やろうと思えば)出来るのに、何故『アンダーゲートランナーに憧れて』と言う(大袈裟な)タイトルで長々と書いてきたのか、そもそもアンダーゲートランナーとは何なのか。 一般的なプラモデルは、サイドゲートランナー(部品の側面に枠がつながった状態)から部品を切り離し、接着剤での固定や、スナップフィット(シャチホコプラモが目指すのはコレ)で組み立てる。ランナーから切り離すと、どうしてもその痕(バリ)が残る。このバリを様々な方法で、綺麗に処理するのだが、ランナーに付いた状態でメッキや塗装の加工をすると、バリ取りした部分にはメッキや塗装がのっていない。 これを解消する方法としてアンダーゲートランナー(部品の接着面など、完成後に見えない部分に枠がつながった状態)が存在する。アンダーゲートランナーであれば、組み立てたプラモデルの見える面には、ゲート痕がないので、メッキ加工や塗装が映える。 「見た目が美しいプラモデルを作ることが出来るなら、なぜすべてのプラモデルに採用しない」と言う声が聞こえてきそうだが、このアンダーゲート、実は作るのが非常に難しい。パーツとパーツの接着面にゲート痕が残るので、ゲート処理がキチンと出来ないと組み立てる事もままならない。なので、一般的なプラモデルでは、なかなか採用されない。まぁ製作費の問題もあるのかもわからないが。。。 タイトルで『憧れ』とあるように、シャチホコプラモでの採用は難しそうだが、私たちのクラウドファンドが、何かのきっかけで爆発的な知名度を得て支援をいただき、達成率200%や300%になる様であれば、あながち夢ではなくなるのかも知れない。 「シャチホコプラモをアンダーゲートで作る。」信じるか信じないかは、あなた次第。。。です。(文と写真:長谷川亮太)
(画像は8色セットのカラーバリエーションのイメージ) 起案者の綱本です。当初は「2カ月もある」と思われたクラウドファンド期間が、残すところ10日を切りました。当初ご用意していたリターン(支援に対する返礼品)は完売が目立っていたことと、目標額にはまだ道のりが長いため、追加リターンを投入しました。追加したのは以下の6点。 あまがさきモケモケ団とのシャチホコプラモワークショップ お手軽汚し塗装で話題のプロモデラー、らいだ~Joeさんが講師を務める塗装講座を追加しました。こちらは午後2時スタートとなります。 ②「工場は生きている」サイン本+シャチホコプラモセット 2012年に出版し、現在は絶版となっている書籍にサインをしてお届けします。下記リンクは自主制作したプロモーションビデオです。 https://www.youtube.com/watch?v=87YYKCqjGFk ③シャチホコプラモの組み立て・塗装済み完成品 そのままディスプレイできるように仕上げてお届けします。真鍮製の名入れ銘板と、尼崎西難波にある材木店「吉田悦造商店」セレクトによる銘木を使用したベースも付属します。 ④プラ工船プラン 仕上がった製品の検品~梱包という、おそらく全工程の中でも一番盛り上がるであろう作業を一緒にやりませんか、というご提案。プラモのつかみ取りもあります。タイトルの元ネタは言わずもがな。 ⑤カラーバリエーション8色セット+シークレットバージョン 売り切れにつき追加しました。 ⑥8色+シークレットバージョン+ポストカード原画 いろいろてんこ盛りのセット。こちらも売り切れていたので追加しました。樹脂成形機の原画がつきます。 カラーバリエーションの内訳についても決定しましたのでご紹介しておきます。 【4色セット】灰色/黄色/青/赤 【8色セット】灰色/黄色/青/赤/白/ピンク/黒/緑 ぜひご検討ください。 (綱本武雄)
(写真:2015年制作の布絵の尼崎城) ずっと話が戻るのですが、私の尼崎城に関わる活動を紹介します。今回の尼崎城築城の前の話。尼崎城一夜城と布絵を吊った話です。 この取り組みを語るうえで、外せない方がひとりいます。お会いした当時は県立尼崎高校の校長先生だった正岡茂明先生です。お城の東側にある、旧尼崎警察署の再利用活動で知り合いました。阪神大震災以降、使われなくなっていた旧尼崎警察署の活用を考えるために、まずは自分たちで使ってみようと、「城内フォーラム」を企画。拘置所見学やカツ丼を食べるなど、さまざまな企画を行いました。 そこで、この建物を知ろうと旧警察署がどんな建物なのかを調べることに。設計者置塩章氏の調査に始まり、近辺の置塩氏の建物を見て廻りました。現在神戸市のデザインセンター「KIITO」となっている国立生糸検査所や、芦屋警察署旧棟、加古川図書館(旧加古川公会堂)なども置塩氏の作品です。 話を戻します。正岡先生は2007年に開催された「城内フォーラム」の際、壁面に生徒が書いた尼崎城の絵を吊るしたいとお話され、実際に吊ったのが第一回目の築城。じつは私はこの絵の製作過程を知りません。「城内フォーラム」の度に数回掲げましたが、風に煽られ、だんだんとビリビリ破け、いつしか落城したそうです。 (2007年制作の布絵の尼崎城) 次は一夜城を作ろうという話になりました、布は破けるのでベニヤ板に描いて、ちょうど2009年3月の阪神なんば線開通に合わせて阪神尼崎駅から見えるよう、仮設足場で建てようという構想です。ところが風の力は無視できないほどの強さで、背が高いものであればあるほど、足場の底辺は大きくなって、とんでもなくコストがかかります。そこで、やや縮尺を小さく、さらに2層分に縮小して、築城400年には4層になるようにと組み立てたのが、二度目の築城でした。一週間ほどで解体しましたが、一夜城としては長寿命であったといえるでしょう。 (2009年制作の板絵の尼崎城) さらに次の策を練りました。これ以上足場を高くするには限界がありました。前回の6メートルほどの高さの一夜城の上でも風が強敵です。面で風を受けるのはリスクが大きい。そこで布絵の反省と、風の力を逃がそうと、建築現場のメッシュの防護シートに描くことに。サイズもとうとう原寸大の高さ20メートル超となりました。 シートの大きさを調べ、尼崎城の資料と照らし合わせて割り付け、それを市内の高校美術部の先生に託して生徒さんに描いてもらう。そうして2015年に完成したのが三度目の築城です(トップの写真)。本来は足場に結びつけたかったのですがそんな場所もなく、建物の上から吊るしました。シートといえど重量はかなりのもので、運ぶには成人男性10人がかり。さらに、吊っても自重でタテに伸びてしまいました。原寸大よりいくらか背の高い尼崎城です。何度か各所に吊らせてもらい、補修も重ねながら、本丸の(?)尼崎市役所に吊るすこともできました。ご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。 このような活動をしていましたが、じつは築城が目的ではありませんでした。正岡先生はもともと歴史の先生で、尼崎が城下町だった歴史を知ってもらいたいと考えていただけなのです。本物を建てられるならよいけれど、現在はお城を建てる必要性はないのです。お城は当時の権力の象徴で実用性はありません。江戸時代に戦はなく、実際のお殿様は御殿で暮らしていたそうですから。 あったということを知ることが大切で、実物はどちらでも良いのです。さらに旧中国街道のまち歩きも行い、各所に点在する道標や旧道の名残を歩くなど、歴史と現在を繋げる活動を展開しました。地形があって時間をかけて人が集まり道ができて、お城ができて、でも城は明治に壊され、空襲があって、車社会になって、現在のまちの姿が形作られています。先生の活動を思い返すと街に厚みを持たせるために、継続した歴史を知ることは大切なことだと気付かされました。 そして、尼崎城築城の話が起こります。実物は直接的です。現代の城なので、現在の象徴になる使い方ができればよいと思います。となると、誰もが自分の城が持ちたいと思うはず。だから自分が住んでいる場所の歴史を忘れないためにも、それぞれ一つずつプラモ尼崎城を持ちませんか。ただ、その前にシャチホコです。ちょっと強引ですね。 ムーブメントはきっかけや動機づけで、実はそんなに必要ではありません。ないといけないものはそれほどないように思います。尼崎はものづくりの街。それぞれの人がそれぞれの得意を活かして尼崎城のプラモデルの夢を楽しめればと思います。まずはシャチホコで。(岡崎勝宏)
(写真は主催者撮影) 今回はプラモ尼崎城のメンバーの岡崎さんがゲストスピーカーとして出ると聞いて、「これは行かねば」と、私も参加してきました。 以下、イベントページから内容説明の抜粋です。 尼崎ソーシャル・ドリンクスvol.36尼崎に社会起業家や社会事業家を招いてお話を聞きながら交流する、そんなゆるい集まりです。今回のテーマは、”「まちの賑わいをつくる!!」”です。 今回のゲストは、旧東海道品川宿を拠点にゲストハウスの運営などのまちづくりを行っておられる株式会社宿場JAPANの渡邊崇志さんと尼崎・三和市場を舞台にした怪獣映画づくりなど市場活性化に取り組んでいる岡崎勝宏建築研究所代表の岡崎勝宏さんです。 尼崎にソーシャルな人たちをお招きして、そのお話を聞きながら、みんなで交流しようというゆるい趣旨ではじまったこの企画ですが、すでに7年目を迎え、ソーシャル・ドリンクスを契機に尼崎では様々なプロジェクトが立ち上がっています。 はい、ここまで。今回は地域起こしの観点から、さらに「賑わい」をキーワードに焦点を絞ったテーマでゲストスピーカーを選出されたようです。お二人のお話の内容、とても興味深く聞かせていただきました。特に、お二人とも、なぜ、今の活動にまで至ったかといつ経過を簡潔ながらきちんと話してくれて起承転結がなされていたのが好印象でした。 また、個人的意見ですが、お二人に共通して感じたことは、今日まで活動内容は、けっして流れに逆らわず時々の状況で適切な判断を下し、また、その状況ごとに不可欠な出会いがあったことなどが積み重って現在に至ったようです。 最後になりましたが、ここでプラモ尼崎城の活動報告を。私、岡崎さんは今回のソーシャルドリンクスで交流タイムを利用してプラモ尼崎城のことをPRするのかと思いきや、受付で参加者全員にパンフレットの強制配布から始まり、自身のプレゼンでもちゃっかりスライドにシャチホコのイラストを差し込んでPRするなど、かなりの傍若無人ぶりでした。なので、今回は私がアシストする必要はまったくなかったですね。さすが、岡崎さん。ご苦労でした。(宮本景根)
中野製作所での3Dデータづくりが進んでいます。社長さんを通じて作業のようすが分かる画像を送ってくださいとお願いしたところ、ご担当のNさんがスマホでタイムラプス動画を撮影して送ってくださいました。タイムラプスってのはひとコマ毎に時間をあけて撮影した動画のことなんですが…まあ見てください。 Youtube「プラモ尼崎城チャンネル」 【第1回】シャチホコ3Dデータ制作/ウロコその1 https://www.youtube.com/watch?v=WtxmG_lePXk 勢い余ってYoutubeにチャンネル登録までしてしまいましたよ。まだ登録者ゼロですけどね…。さて、この動画ではModeling-PLUSというソフトを使い、シャチホコの原型を取り込んだデータを加工するようすを伝えています。これは、ディスプレイの中の3Dデータ化されたシャチホコを、まるで粘土のように扱えるソフト。押せば凹むし、中から引っ張り出せば「盛る」こともできます。操作が独特なので習得には少しコツが要るようですが…。 原型は手づくりのため、本来均一な大きさであるはずのウロコがかなりバラバラの大きさと形になっていました。3Dデータなら、一度ウロコのデータさえ作ってしまえば、それをコピーして貼り付けることで一定のリズムのある表面をつくることが可能になります。そこで掲題の植鱗(しょくりん)という造語を思いついたのですが、うまいこと言ったと思っているのは本人だけでしょうね。 データをつくるのは片面だけ。反転させてコピーしてしまえば、きっちり左右対称になるんですね。手作業で左右対称を出すのは難しい作業ですが、そういう部分をデータの作業で助けてもらっています。逆に、データでこのボリューム感を作り出すのは難しい(熟練とセンスを要する)のだそうです。 ただ、動画を送ってもらったとはいえ、どこをどうするかというやりとりは工場を訪問しておこなっています。Nさんと私では、まだ作業に対する共通言語を持ち合わせていないからです。仮に「をにして」という指示を出したとしても、そのの形には幅があります。伝えたことをどんなニュアンスで出すのか、会いに行くのは手間のように見えるのですが、これができるのは市内でつくると決めたおかげでもありますね。





