本日!3日前鎌倉教場の「今」をお伝えします。今回は「調整力」についてです。今回のクラウドファンディングも残り3日となりました。いまだ目標額から距離があり、その達成が危ぶまれます。この「残り3日」を「あと3日しかない」と捉えるか、「まだ3日ある」と捉えるかにより、心の持ちようが変わります。本音を言うと「あと3日しかない」と焦る気持ちもありますが、ここは「まだ3日ある」と構えて、できることをやり尽くしてまいりたいと思います。さて、標題の「調整力」というと、「利害関係者の間に立って双方の妥結ポイントを探りつつ、上手いことまとめる力」というイメージがあるかもしれません。実際、筆者は、大日本弓馬会の企画・広報などの事務仕事を行っていますが、この意味での「調整力」が強く求められます。しかし、今日申し上げたいのは、こうした事務方としての「調整力」ではなく、射手としての「調整力」です。具体的には、「的中の調整力」とでもいいましょうか。射手として流鏑馬を奉仕するに当たって最も大事なのは、天下泰平・五穀豊穣・万民息災を祈念して的を射ることです。流鏑馬は世界の平和と人々の幸せを祈る神事ですので、これは当然のことです。しかし、射手としての技を奉納しているという観点からすると、高い技量を示すことも求められます。高度な馬術、美しい射形、そして、的中成績です。このうち的中成績については、「当たれば良いというものではない」ということがいえます。射形を崩して、ただ当てることだけに専念すれば、それなりの的中率となりますが、これは射手として避けなければならないことです。もっとも、流鏑馬のような伝統文化は、多くの方に「後世に残すに値する」と思っていただき、支援の輪が広がって初めて後世に残せるものです。そのためには、一定程度の的中率は欠かせないことから、やはり「当てる」ことも大切な射手の技術といえます。大日本弓馬会の流鏑馬では、「式の的」「板的」「小的」を用います。このうち、最も難しいのが「小的」です。素焼きの皿を2枚貼り合わせ、中に小さく切った色とりどりの紙切を入れた的であり、的中すると土器が割れ、中の紙切が花吹雪のように舞い散る雅な的です。この小的は、奉射の上位成績者のみが出場できる競射でのみ用います。そのため、まず小的に挑戦するためには、奉射で高い的中成績を収める必要があります。とはいえ、この奉射で「当てよう当てよう」と思っているうちは、競射に出場したところで、小的に当てることは至難といわざるを得ません。小的の的中率は、超々一流でも通算5割程度です。通算4割を超えれば超一流、通算3割を超えれば一流といえるかもしれません。流鏑馬を観覧する際は、是非とも競射まで御覧いただいた上、この的中率を参考にしていただけると面白いのではないでしょうか。この小的に当てるために必要な能力のひとつが標題の「調整力」です。競射のあと、ほぼ毎回のように「あと1cmで当たったのに」という悔しい思いをします。この「あと1cm」まで矢を的に近づけることは多くの射手ができるのですが、ここから1cm的に寄せるのが非常に難しいのです。ここで必要なのが「調整力」です。小的を全て当てることは困難です。そこで、重要なのが「的の外し方」です。「的の“どこに・どのくらい”外したのか」を目で確認し、次の的を射るときに、その差を縮めるよう調整することで、次の的での的中を狙います。そのためには、まず自分が放った矢がどこに当たったかをしっかり目視確認しなければなりません。矢を放った後は、急いで次の矢を番えなければなりませんが、次の矢に手を伸ばしながら目視で確認するのです。このとき、具体的にどのような調整が行われるかについては、流派の機微に触れるため本稿では教えられませんが、射手は、矢を放ち、次の矢を番えるという作業をしながら、目視確認とその結果を元にした調整をしていることを知っておくと、流鏑馬の見方が少し変わるかもしれません。これも流鏑馬の見所といえるのではないでしょうか。この「調整力」は的が複数なければ稽古で磨くことは困難です。この点、鎌倉教場は本番同様に的を3つ設置することができる素晴らしい稽古場です。射手にとって欠かすことのできない「調整力」を磨くため、これからも稽古に励んでまいります。皆様の引き続きの応援をよろしくお願いいたします。2021年12月15日(水)まで伝統の技、流鏑馬の馬場に散水用設備、更衣室と日除けを!安心して稽古を続けるためにhttps://camp-fire.jp/projects/view/449211
鎌倉教場の「今」をお伝えします。今回は「流鏑馬式次第」についてです。今回のクラウドファンディングも残り4日となりました。令和3年も恒例行事に中止が相次ぎ、当初予定していた12回の行事のうち、実施できたのは5回のみでした。令和4年も1月の川崎競馬場流鏑馬騎射式は中止となり、2月の小田原梅まつり流鏑馬神事は完全に廃止されることになっています。4月以降の流鏑馬も予断を許さない状況であり、伝統文化の維持継承という点では危機的状況です。もっとも、皆様の御支援のおかげで、大日本弓馬会は鎌倉教場で稽古を積むことができます。本番さながらの稽古ができる最高の馬場のおかげで、行事の数は大幅に減ってはいるものの、何とか技量を維持できているのは、まさに鎌倉教場の賜物であると思っています。鎌倉教場は、このコロナ禍における伝統文化の維持継承に極めて大きな役割を果たしているのです。クラウドファンディングも残り4日となりました。皆様のご期待にお応えできるよう、引き続き努力してまいりますので、皆様の温かい御支援・御協力の程よろしくお願いいたします。ご友人へのお知らせやSNSでのシェアなどもよろしくお願いいたします。さて、今回の活動報告は、「流鏑馬式次第」についてです。大日本弓馬会のホームページに詳しく掲載していますが、ページ内の情報量が多いため、なかなかここまで辿り着けない方もいると聞きました。そのため、この活動報告でも、改めてお伝えしておきたいと思った次第です。【出陣】寄せの太鼓(よせのたいこ)を合図に一同勢揃いし、隊列を組んで出陣します。【鏑矢奉献・願文奏上】(かぶらやほうけん・がんもんそうじょう)一同昇殿し、奉行は鏑矢を神前に奉献した後、玉串を奉奠(ほうてん)し、天下泰平、五穀豊穣、万民息災の願文を奏上します。【鳴弦の儀】(めいげんのぎ)弓の弦の音を鳴らすことで、邪気を祓うとされる儀式です。11世紀後半、天皇が病に罹られたとき、弓の名手として名高い源八幡太郎義家が弓の弦を三度鳴らし、その病魔を退散させたことが起源といわれています。大日本弓馬会の流鏑馬では、明治神宮でのみ行われています。【天長地久の式】(てんちょうちきゅうのしき)武田流の師範は馬を中央に進め「五行の乗法」を行います。左に3回、右に2回、馬を乗り回し、中央で馬を止め神前に目礼します。鏑矢を弓に番え、天と地に対し満月のように弓を引き絞り、「天下泰平、五穀豊穣、万民息災」を祈念します。【行軍】一同は隊列を組んで馬場を行軍します。行軍中は序の太鼓(じょのたいこ)を打ちます。【素馳】(すばせ)奉行は記録所(きろくどころ)に昇り、諸役は配置につきます。奉行は破の太鼓(はのたいこ)を打ち鳴らし、射手は弓を射ずに全速力で馬場を走り抜ける素馳を行います。【奉射】(ほうしゃ)射手は一の組と二の組などに分かれ奉射を行います。射手は馬を全速力で走らせながら一の的から順に、弓に矢を番えては放ち馬場を駆け抜けます。奉射は各組とも2回ずつ行われます。【競射】(きょうしゃ)奉射の成績上位者が競射を行います。的は小さな土器的に替わり、的中すると中の小さな五色の紙が舞い上がります。競射により最多的中者が決められます。【凱陣の式】(がいじんのしき)止の太鼓(とめのたいこ)により競射を終え、凱陣の式(がいじんのしき)へと移ります。最多的中者は的を持って中央に進み出で跪座(きざ)します。奉行または検分役は、扇を開き骨の間より的を検分します。その後、太鼓方は陣太鼓を三打し、一同勝鬨(かちどき)を上げます。【直会】(なおらい)凱陣の式後に直会が行われ、御神酒を頂戴します。直会後、陣払いし、一切の儀式を終えます。このとおり流鏑馬は厳格な式次第に則って行われます。流鏑馬は全体を通して、天下泰平・五穀豊穣・万民息災を祈念して行われる神事ですが、中でも特に強くこれらを祈念する象徴的な儀式が「天長地久の式」といえるでしょう。「天長地久」とは天地が永久であるように、物事が終わることなくいつまでも続くこと表す言葉で、平和と幸せが永遠に続くようにという願いが込められています。確かに、迫力ある騎射のシーンが流鏑馬の代表的なイメージではありますが、世の中の平和と人々の幸せを祈念して行われる「流鏑馬」の中でも、騎射が始まる前に特に強くこれらを祈念して行われる「天長地久の式」は、騎射に優るとも劣らない見所のひとつです。これは日本人だけではなく外国でも同じようです。例えば、トルコ共和国で流鏑馬を行った際は、時間と会場の都合により、式次第を全て網羅することはできなかったのですが、この「天長地久の式」だけは確実に実施するよう主催者側と交渉し、実現させました。そして、会場がガヤガヤして隣の人の声すら聞こえにくいような状況の中、いざ「天長地久の式」を執り行ったところ、一瞬にして会場が静まり返りました。驚く程の静寂です。この瞬間程、流鏑馬の射手として誇らしくも清らかな気持ちになったことはないかもしれません。皆様も是非「天長地久の式」に御注目ください。2021年12月15日(水)まで伝統の技、流鏑馬の馬場に散水用設備、更衣室と日除けを!安心して稽古を続けるためにhttps://camp-fire.jp/projects/view/449211
鎌倉教場の「今」をお伝えします。今回は「門人の普段の生活」についてです。令和3年10月5日から開始したこのクラウドファンディングも、残すところあと5日となりました。まだ目標額には達しておらず、不足する金額と残りの日数を見ると、達成が危ぶまれます。なんとかして達成し、より良い稽古環境を整備いたしたく、皆様からの引き続きの応援をよろしくお願いいたします。さて、大日本弓馬会の鎌倉教場では、毎週日曜日に約35名が流鏑馬の稽古をしています。鎌倉教場が完成して約1年が経過しましたが、その間に7名が新たに入門しました。逆に、稽古を続けることができずに辞めた者も数名いますので、結果的には微増ということになります。800年続く伝統の流鏑馬を維持継承していくためには、次世代の育成が欠かせませんので、新たに門戸を叩いた勇気に敬意を表するとともに、ここ鎌倉教場で稽古を積むことで成長を遂げ、今後活躍することを期待してやみません。この35名の門人(門弟のこと)は、かねてからの教えに従い、流鏑馬を生業とすることは禁じられていますので、全員が別に職業を持つ社会人や学生などです。会社経営者、自営業者、会社員、公務員、大学生、高校生、中学生など様々です。流鏑馬を習うということは、毎週日曜日の朝から昼過ぎまで行われる稽古に参加するだけで済む話ではありません。稽古よりも大事なこととして、まずはコロナ前は年間12~13回行われていた「行事」に奉仕しなければなりません。行事に奉仕する日は、朝7時頃から夕方6時頃まで拘束時間があります。加えて、行事直前の稽古の後には夕方5時頃まで行事の準備が行われ、行事直後の稽古の後には同じく夕方5時頃まで行事の片付けが行われます。そうすると、行事があるたびに、3週連続で朝からほぼ丸1日、日曜日が流鏑馬づけとなります。1年間に日曜日は52回しかありませんので、そのうち30回以上は日曜日が流鏑馬づけとなり、それ以外の日曜日も朝から昼過ぎまで流鏑馬三昧となるのです。この時間的制約は、なかなか厳しく、これに耐え切れずに諦める者もいます。とはいえ、行事への出席は最優先にする必要はあるものの、稽古が行われる日曜日に仕事や学校行事が入る場合は、稽古を欠席せざるを得ないこともあります。1回稽古を休むと取り戻すのに3倍かかると云われていますので、上達の妨げにはなりますが、各自の可能な範囲で稽古に参加することを認めています。この点、かつては行事の欠席は一切許されず、稽古は原則として全出席が求められ、特に入門して最初の3か月は稽古の欠席が一切許されていませんでした。しかし、これを実践できる者は限られることから、語弊があるかもしれませんが、日頃「暇」な者しか流鏑馬に関わることができなくなり、人的な偏りが生じかねません。そのため、現在は、出席要件を緩和している状況です。かくいう筆者は、仕事の都合で稽古を2か月休んだことがあるほか、同じく仕事の都合で約半年に渡って隔週でしか稽古に参加できないときもありました。休んだ分、復帰した後にガムシャラに稽古に励みましたが、何とか射手としてやれていますので、上手いこと仕事と両立できたのではないかと思っています。いずれにしても、門人たちは仕事や家庭と両立させるため、皆それぞれに工夫をしています。日常生活への侵食具合が大きいため、職場や家族の理解が欠かせないのです。職場や家族に応援してもらっている者、職場や家族を巻き込んでいる者、職場や家族に良い具合に諦めてもらえている者など様々です。特に、日曜日ではなく日付指定で行事が行われることもあるので、平日に休暇を取るため、職場との調整は欠かせません。更には、海外遠征の場合は1週間以上も国外に滞在することになるので、職場との調整が最重要ポイントとなります。かくいう筆者は、日頃から牛馬の如く働き尽くし、いざというときに「休むな」と言わせない空気感を醸し出しておくようにしていますが、それでも無理なものは無理だったりします。このように、流鏑馬を伝承しようと稽古を積んでいる者たちは、人生のうちのかなりの部分を流鏑馬に割いていることになります。しかも、流鏑馬は安全そのものとは口が裂けてもいえませんし、中堅クラスの射手になると的中成績も求められることから、流鏑馬を奉納するたびに重圧を感じながら騎射をすることとなります。また、流鏑馬は騎射だけで成り立っているわけではなく、そこに至るまでに様々な作業が生じます。これらの裏方としての仕事も大日本弓馬会の大切な役割です。このように流鏑馬を維持継承するのは、非常に大変です。大変すぎて、その膨大な作業量と使命感の重みに、もはや苦行・苦役とさえ思えることもあります。もはや、「余暇を楽しむ趣味」などでは決してなく、流鏑馬を継承していくことについての強烈な使命感なくしては成り立ちません。かつて、ある先輩から「楽しいうちは一人前ではない」と云われたことがあります。まさにそのとおりで、楽しい・楽しくないという価値観を超越した領域で、門人たちは皆、ひたすら使命感を持って取り組んでいるのです。そうはいっても、ここ鎌倉教場で稽古を積んでいる門人たちは、超人・奇人の類ではなく、皆が普通の生活をしており、そこに流鏑馬という要素が入り込むことで、この世界にドップリつかっているに過ぎないのです。これら頑張る普通の者たちに対し、より良い稽古環境整備のため、皆様の温かい御支援をよろしくお願い申し上げます。2021年12月15日(水)まで伝統の技、流鏑馬の馬場に散水用設備、更衣室と日除けを!安心して稽古を続けるためにhttps://camp-fire.jp/projects/view/449211
鎌倉教場の「今」をお伝えします。今回は「流鏑馬と怪我」についてです。令和3年10月5日から開始したこのクラウドファンディングも、残すところあと6日となりました。これまで御支援いただいた方に改めてお礼を申し上げますとともに、今後も引き続きの応援をよろしくお願いいたします。さて、流鏑馬は神事として天下泰平、五穀豊穣、万民息災を祈念して騎射を行います。神事にも色々ありますが、俊足馬の多い大日本弓馬会の流鏑馬が持つ勇壮さや迫力、荒々しさは、騎射が武芸、古武道であることを改めて想起させます。騎射は、全速力で走る馬上から的に向かって矢を放ちます。当然、手綱から両手を放しますし、射手が馬の反動を受けて体が上下動すると狙いが定まらないため、脚で馬体を挟むことなく鉄製の鐙に全体重を乗せて踏み込んでバランスを取ります。つまり、乗り手は馬体と直接触れていないのです。また、馬が走るというと「パカラッ、パカラッ」という姿をイメージする方も多いのですが、大日本弓馬会の流鏑馬では、このような優しい走りではなく、いわゆる襲歩(しゅうほ)で「ドドドドッ」と競馬と同じ走りで騎射を行います。そのため、初めて大日本弓馬会の流鏑馬を見た人は、決まって「想像していたよりも圧倒的に馬が速かった」という感想をお持ちになります。このような騎射ですから、お分かりいただけると思いますが、そう簡単にできるものではありません。確かに、鎌倉時代由来の流鏑馬ですから、小柄で足の速くない馬に乗って騎射をするのが当時の再現という観点からは正しいのかもしれません。しかし、和式馬術、特に大日本弓馬会で重視している「立ち透かし」は、磨けば現代の大柄で足の速い馬にも適用できる極めて優れた技術です。そのため、大日本弓馬会では、技術を更に磨いて現代の大柄で速い馬を乗りこなし、より迫力のある流鏑馬を披露するように努めています。流鏑馬のような伝統文化は、多くの方に「この文化を後世まで残すべき」と思ってもらい、多くの方から支援していただかなければ、維持継承していくことは困難です。大日本弓馬会では、このような観点から、多くの方に流鏑馬の魅力をより強く訴えかけられるよう、努力しているところです。このように大日本弓馬会の流鏑馬は、迫力ある見応え十分のものではありますが、それだけに乗り手にとっての難易度も高くなっています。かといって、これは別稿でも書きましたが、技術が伴ってさえいれば、決して危険なことはありません。もっとも、その技術の習得が非常に難しく、人によっては何年かけても一定以上の水準に到達しないこともある程です。この技術の習得は、まさにここ鎌倉教場での稽古によって成し遂げられます。しかし、その過程が最も危険です。人は、現在の自分の技量よりも少し難しいことに挑戦し、それを克服することによって上達していくものです。しかし、この「自分の技量よりも少し難しいこと」の匙加減が非常に難しいのです。特に流鏑馬は生きた馬に乗るわけですし、人によって技量は千差万別なので、「丁度良い難易度の馬」などそうそういるものではありません。しかも、馬の体調や機嫌、気候なども影響してくるわけですから、「丁度良い」などあり得ないともいえます。そして、この匙加減が上手くいかないときや、乗り手がミスをしたときに起こるのが、落馬です。落馬といっても様々で、落ちる前に体勢を整えて自ら降りて着地する場合、落馬を避けられないことを察知してあえてダメージの少ない落ち方で受け身をとる場合、そして、受け身をとることすらできずに落ちる場合などがあります。このうち、自ら降りて着地することを特に「離乗」といいますが、これは危機察知能力と運動神経と、少しの諦めの精神があって実現できるものです。下手に落ちるよりも、あえて離乗した方が安全で、人にとっても馬にとっても良いといえます。また、馬の速度や状況などにもよりますが、落馬といっても受け身をとれるような落ち方の場合は、特に体へのダメージが残らない場合が多いです。かくいう筆者は、この受け身をとっての落馬が何回かありますが、腰に差した矢が折れたことすらなく、体へのダメージもほとんど受けたことがありません。しかし、受け身をとることすらできずに落ちる場合は、そう簡単にはいきません。必ずといっていい程、体にダメージが残ります。かくいう筆者は、流鏑馬を始めて10年くらいになりますが、これまでに一度経験があります。それはトルコで流鏑馬を行ったときのことです。トルコでは、4日間連続で合計6回の流鏑馬を披露するというハードスケジュールだったのですが、最終日の前日に行われた4回目でアリーシャラダという俊足の馬に乗りました。そして、減速せずにそのまま馬場末(ゴール地点)に突入した瞬間、馬が躓いて人馬一緒に前転してしまいました。きれいに一回転して頭や腕などを守ることはできたのですが、遠心力がついた勢いそのままに左下半身を強打し、左の腰骨から足首まで広範囲で内出血を起こし、帰りの飛行機で脚を曲げられずに難儀しました。幸いにして骨に異常はなく、結果として全治3週間で完治しましたが、このように落ち方を誤ると危険な目に遭うのです。話は戻りますが、このような流鏑馬ですから、騎射の稽古に落馬はつきものです。特に鎌倉教場は、流鏑馬の本番も行える超本格的な馬場であるだけに、難易度が高く、ここで稽古する者には、相当以上の技量が求められることになります。やはり、稽古を積み重ねる以外にありません。大日本弓馬会では、技量向上のためのギリギリの稽古を続けながら、怪我を防止するという難題に対して、今後も引き続き全力で取り組んでまいります。このような本気の稽古が毎週繰り広げられている鎌倉教場に対する、皆様の引き続きの御愛顧をよろしくお願いいたします。
鎌倉教場の「今」をお伝えします。今回は「場の空気を一変させるような射」についてです。流鏑馬は神事です。世界の平和と人々の幸せを祈り、的を射ます。単なる武芸ではなく、自分のためではなく、人のための「射」であることが最大の特徴といえます。何よりも射手の心の持ちようが大切なのです。もっとも、流鏑馬における「射」は、全力で走る馬上から矢を射る行為ですから、形式的には武芸です。しかも、手綱から両手を放して、大きな所作で弓を構え、馬場末(ゴール地点)で急激に停止する、という一連の流れは、技量が伴わなければ危険です。そのため、一定の技量が認められなければ射手の認可を受けることはできません。やはり、射手の技も大切なのです。また、流鏑馬に使う馬は、「走る速さ」「反動の大きさ」「停止のしやすさ」など千差万別で、それによって乗りこなすための難易度が異なります。まずは簡単な馬に乗り、技量が認められれば、徐々に難しい馬に乗るという流れになります。中でも、スピードが速く、且つ全速力のまま馬場末に突っ込むような特に難しい馬に乗るには、一定以上の技量がなければ危険であることから、技量十分と認められないことには、挑戦することすら許されません。さらに、安全に乗れることを大前提として、射手には、馬上で上下動しない完ぺきな立ち透かし、美しい射形、鋭い矢勢が求められます。難しい馬に乗るほど、射形が崩れやすいため、難易度の高い馬に乗り、且つこれらを全て満たすことができる射手が一流と評されるのです。かくいう筆者は、狙い過ぎたり、速い馬に乗ったときに射形が崩れるので、恥ずかしながら、一流のレベルには到底及びもつきません。その上で、これらに加えて、溢れんばかりの気迫により「場の空気を一変させるような射」ができることが目指すべき超一流の姿とされています。単に気合を込めれば良いというものではなく、速い馬、完璧な立ち透かし、美しい射形、鋭い矢勢、気迫のいずれも十分であって初めて実現できるものです。これらを備えた射手が馬場を駆け抜けると、観客の誰もが息の飲み、会場の空気が一変するといわれています。現在の師範も含め、かつて、こうした射を行える射手が数名いましたが、最近は、大日本弓馬会の流鏑馬で、そのような射を披露できていないと評されています。そのため、今年7月のオリパラ流鏑馬をはじめ、様々な事業を行い、国内外に流鏑馬の魅力を伝える努力をしてはいますが、本当の意味での流鏑馬の魅力を伝え切れていないのではないか…と自問自答する日々です。射手の技量を高めるには、良い指導者、素直な心、飽くなき向上心、そして、恵まれた稽古環境が欠かせません。そのうちの「稽古環境」は、馬場と馬に委ねられます。この点、馬場については我らが「鎌倉教場」は最高の環境です。これだけの馬場で稽古を積める機会に恵まれている以上、上達しない言い訳にはできません。大日本弓馬会といたしましては、更なる技量向上を図るべく、稽古に邁進してまいります。そのためにも、この馬場を更に有効に機能させるための更衣室と水と馬の日除けは欠かせません。皆様の温かい御支援をよろしくお願い申し上げます。