昨日は当事者セラピストの関啓子先生とFBライブ配信をいたしました!ご視聴くださいましてありがとうございます。FB以外でもご覧いただけるようにいたします。お楽しみにしていてください。
三瀬和人先生、吉田真由美先生から応援メッセージが届きましたのでご紹介いたします!!
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三瀬和人先生からのメッセージ
私の祖父は失語症でした。当時、言語聴覚士はまだ国家資格化しておらず、祖父は言語聴覚療法を受けることはできませんでした。
そして、周囲の大人たちからは祖父の言葉は良くなることはないと聞かされていました。あれから30年近くが経ち、私は言語聴覚士になり、病院で言語聴覚療法を行っています。
失語症に対する言語聴覚療法は徐々に確立され、良くなることはないと聞かされていた症状が少しずつ改善していくのを目の当たりにしながら、言語聴覚療法の進歩と更なる可能性を感じています。
今後も言語聴覚療法を進展させていくことはもちろんですが、
失語症についての理解や支援を社会や地域で深めていく活動を若手・ベテラン問わず全国の言語聴覚士の皆さんと進めていきたいと考えています。
愛媛県立中央病院 言語聴覚士 三瀬和人(みせかずひと)
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吉田真由美先生からのメッセージ
私は、STになって3年目に失語症友の会を作りました。今から、40年近く前の話です。
脳卒中になってもリハビリという言葉が一般的ではない時代で、手足の麻痺や失語症を持った人が外に出るためには結構勇気がいる時代でもありました。
バリアフリーなんて言葉は全くない時代です。身体や言葉が不自由になっても、その人の中身は変わらないのに、毎日の生活ががらっと変わってしまうのです。
月1回の友の会は、だんだん人数も増え、失語症の集まりってこんなに賑やかなのだと実感させられました。
そんな時、三十代の女性が脳梗塞で右麻痺と失語症になり、私の外来に通い始めました。外来には来ているものの、買い物も散歩も恥ずかしいから絶対行かない、一生家の中でいいと言うのです。
困った私は、家の外に出ないなら言語訓練はいらないし、言語訓練をしたいなら、一度友の会に出ることと条件を出し、当日彼女を迎えに行きました。
とても天気の良い日だったので、駐車場から会場までの公園の芝生は沢山の家族連れで賑わっていました。
彼女が後日、『惨めな自分の姿をみんなじろじろ見ると思っていたけど、誰も私のことなんて気にしてなかった。
会に行って同じ病気の仲間がいっぱいいるのだとわかって嬉しかった』と話してくれました。失語は決して軽くはなかったけれど、一人でデパートのレストランでご飯を食べてきたという報告もありました。
二年前に入院したとき以外は、いつも皆勤賞の優秀な会員になりました。せっかく助かった尊い命。青い鳥を見つけるお手伝いが出来るSTという仕事が大好きです。
茨城県言語聴覚士会 吉田真由美
活動報告
【これまでの活動報告】
当事者の声をご紹介① / 当事者の声をご紹介② / 当事者の声をご紹介③
/ 当事者の声をご紹介④ / ご家族の気持ち①
【応援メッセージ】
グラハム亮子先生 / 種村純先生 / 浮田弘美先生 / 大庭優香先生・幕田和俊先生