防災は知識が9割、道具は1割“わが家仕様“の防災マニュアルで正しい知識を届けたい

防災アドバイザー歴14年、岡部梨惠子が目の当たりにした現実。市販の防災グッズの多くが「命を守る」とは言い難いものでした。能登半島地震の現場で見えたのは、一般的な備えでは守れない家庭があるということ。子供・高齢者・ペットの有無など事情に応じた「わが家仕様の防災」で本当に使える備えを提案します。

現在の支援総額

1,842,750

184%

目標金額は1,000,000円

支援者数

251

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/09/01に募集を開始し、 251人の支援により 1,842,750円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

防災は知識が9割、道具は1割“わが家仕様“の防災マニュアルで正しい知識を届けたい

現在の支援総額

1,842,750

184%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数251

このプロジェクトは、2025/09/01に募集を開始し、 251人の支援により 1,842,750円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

防災アドバイザー歴14年、岡部梨惠子が目の当たりにした現実。市販の防災グッズの多くが「命を守る」とは言い難いものでした。能登半島地震の現場で見えたのは、一般的な備えでは守れない家庭があるということ。子供・高齢者・ペットの有無など事情に応じた「わが家仕様の防災」で本当に使える備えを提案します。

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こんばんは。防災アドバイザーの岡部梨恵子です。昨年12月は奥能登を訪れていましたが、さすがに今年の大雪では行けません。私が夏よく泊ってるテントの周りも深い雪に覆われているそうです。********************************そこで・・・今回の活動報告では、ぜひ知っていただきたいことがあります。1月に、静岡県の三島市と伊豆の国市に行ってきたことのご報告です。この地域は、テレビで大きく報道されるような大規模災害の被災地ではありません。しかし実際には、水害のリスクが常に存在する地域です。三島市・伊豆の国市周辺は、狩野川水系に近く、山から平野部へ水が一気に流れ込みやすい地形をしています。大雨や台風の際には、川の水位が上がるだけでなく、市街地に降った雨水が十分に排水されず、川があふれるほどでなくても、内水氾濫によって床下浸水や道路冠水が起こりやすい条件がそろっています。実際、過去の台風や集中豪雨のたびに、床下浸水や道路冠水といった「命に直結しないが、生活には確実に影響が出る被害」が繰り返し発生してきました。国の防災関係者からは、「こうした小規模で分散した水害は、被害額や件数が基準に達しにくく、激甚災害指定などの制度の対象になりにくい」という説明を受けたことがあります。そうなると・・・被害を受けていても大きな公的支援につながらず、ニュースにもなりにくいまま、住民が自力で片づけや修繕を続ける状況が生まれています。床下に残る湿気やカビ、家電や設備の不調、大雨のたびに感じる不安。こうした負担は、少しずつ確実に暮らしを削っていきます。防災は、大きな災害が起きた場所だけを考えるものではありません。「被災者」と呼ばれないまま、繰り返し影響を受けている地域や家庭にも、目を向ける必要があると感じています。常に災害リスクがあり、その中で暮らす人たちの現実。今の制度や報道では、大きな災害が起きた瞬間被害が可視化された場所が「被災地」とされやすい傾向にあります。でも実際には・・・毎年のように水害リスクがあり、何年かに一度は被害を受け、修繕や不安が日常的に積み重なっている地域があります。防災の観点から見れば、こうした地域にも、しっかりと目を向けていく必要があると考えています。防災アドバイザー岡部梨恵子


もう、うんざりだと思ってしまった。阪神・淡路大震災の時期になると、同じ構造の物語が、毎年のように繰り返される。「救えなかった救助者の苦悩」「尊い使命感」「忘れてはいけない記憶」一見、とても大切で、尊い話に見える。けれど、どうしても気になることがある。語りの焦点が、毎回“救助する側の苦悩”に固定されていること。その結果、何が起きているのか。救助者は、「背負い続ける存在」として描かれ続ける。一方で、市民側は、「助けられる存在」のまま止まり続ける。救助に言った方々が、助けきれなかった命のことを、31年経っても思い出し続けておられる・・・その姿に胸を打たれながらも、「そこまで救助する側に背負わせ続けていいのか」と、私は思ってしまう。本当に、毎年毎年、こればかりでいいのだろうか?31年経っても、「救えなかった人の物語」だけを繰り返していて、本当に社会は前に進めているのでしょうか?救助に向かった消防や自衛隊、医療の方々を、私は決して責めたいわけではない。むしろ、その方たちが背負わされ続けている重さのほうが、ずっと気になっている。今の日本で多い災害は、地震だけではない。水害、土砂災害、線状降水帯。毎年のように、「これまでにない」と言われる状況が起きている。そのたびに繰り返されるのが、「もう少し早く避難していれば…」という言葉だ。それでも、・まだ大丈夫だと思った・様子を見ようとした・避難指示が出ていないからそんな判断の結果、救助する側が、首まで水につかりながら命がけで向かう。これは、美談ではない。救助する側は同じ人間、スーパーマンじゃない!家族がいて、日常があって、恐怖も感じる普通の人たちだ。それなのに、「最後は誰かが助けてくれる」という前提が、私たちの暮らしの中に、どこか残ってはいないだろうか?私は、防災を伝える立場として、そして一人の主婦として思う。救えなかった人の苦しみを語り続ける前に、そもそも“救助が必要になる状況”を、どう減らすのか?そこを、もっと生活の言葉で語るべきではないか。言いにくいことだけれど、助けられなかった命のすべてが、救助する側だけの責任だったとは、私は思えない。逃げる判断、動くタイミング、私たち自身が選べた行動も、確かにあったはずではないでしょうか?早めに逃げること。「大丈夫」と思い込まないこと。自分や家族が、助けに行く人を危険にさらす側にならないこと。この気持ちでみんながいなければいけないと思うのです。このクラウドファンディングで、私がお伝えしたかったことは、助けられる側でいるのではなく、災害時に、できるだけ助けを必要としない人でいられるように備えること。まずここを徹底的にやり抜く防災です。誰かに頼ることを前提にするのではなく、自分と家族を守れる状態をつくること。避難の判断をできるだけ早めること。「まだ大丈夫」という思い込みを、少し手放してみること。家の中の危険を減らし、備えを常に暮らしの中に置いておくこと。そういう人が増えれば増えるほど、助けに行く人の命も守られます。 救助者の方々に「背負わせる社会」から、少しずつでも抜け出していきましょう。31年という時間は、同じ構造を繰り返すためではなく、次は違う行動を選ぶために使われるべきだと、私は思っています。************************************まとめ①避難情報は出ている② 訓練も行われている③ 備蓄をしている人もいるそれでも、危険が迫っているのに、「逃げる判断」と「実際の行動」に結びつかない人が、毎回一定数出てしまっている。その結果、逃げ遅れが起き、毎回のように救助が必要になる。本来、防災は「救助に頼らなくても命を守り抜く」ためのものです。それが現実には、救助を前提とした形で回ってしまっている。だからこそ、防災が本来担うべき「命を守り抜く役割」を、十分に果たせていない。危険な現場に向かい、助けられなかった命を救助する側が、何年、何十年も背負い続けている・・・その構図を美談として語り続けていても、同じ状況は、これからも繰り返されるだけだと私は思います。防災アドバイザー岡部梨恵子


能登高校の学生さんから聞いた話です。被災していても、決して防災意識が高まるとは限らない。ということです。でもこれは能登だけの話ではありません。東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震。これまでの被災地でも、例外なく同じことが起きてきました。多くの人が期待してしまうのは、「大災害を経験した → 意識が高まる → 行動が変わる」という流れですが、現実はそうならないことが多いのです。被災された方々は、心身ともにすり減り、今日の生活を回すことで精一杯の状態にあります。未来のことを考える余力がなく、災害を思い出すこと自体がつらい。そのため多くの被災者は、「もう考えたくない」「今はそれどころではない」という状態になります。私自身も被災地に通う中でよく感じていたことでした。繰り返しますが、被災を経験したからといって防災意識が自動的に高まるわけではない、です。一方で、被災地の様子をテレビやニュースで見ている一般の方々のほうが、不安をきっかけに行動へつながりやすいと感じています。被災地の復旧、復興について議論や場の流れは、前向きで分かりやすいテーマへと移っていくことが多いです。イベント開催、祭りの復活、観光業を盛り上げる、企業誘致、などなど・・・防災意識が高まらない、ということについては、テーマが重く、簡単に成果として示しにくいため、語られにくくなっているのだと私は感じています。能登半島地震から2年が経ち、今私が改めて感じていたことを書かせていただきました。防災アドバイザー岡部梨恵子


東日本大震災から15年目の今年防災番組とイベントを見て今感じていること先日、防災を扱うテレビ番組で、ある自治会の防災訓練の様子が紹介されていました。若い世代の参加もあり、「地域で防災に取り組もう」という前向きな雰囲気が伝わってくる内容でした。訓練の流れは、次のようなものでした。自治会の集会室にいるときに大地震が起きる。①参加者は長テーブルの下に入り、揺れが収まるのを待つ。②その後、全員で避難所に指定されている小学校の体育館へ移動③テントや簡易ベッドを組み立てる。参加した若い世代の方は、「テントがあることでプライバシーが守られると感じた」と話していました。最後は、「年齢の違う人たちが協力して、避難所をみんなで運営していくんですね」という言葉で締めくくられていました。一見すると、とても分かりやすく、「防災とはこういうものなのだ」と安心感を与える内容だったと思います。しかし、私は見ながら、どうしても拭えない違和感を覚えました。その理由は、とてもシンプルです。ほとんどの人は、避難所に入れません。これは感覚の話ではなく、事実です。東京をはじめとする多くの都市部では、避難所に収容できる人数は、人口の約2割程度と言われています。つまり、8割以上の人は、物理的に避難所に入れないのです。それにもかかわらず、番組では、「地震が起きたら避難所へ行き、テントや簡易ベッドを設営する」という流れが、当たり前のように描かれていました。これは、現実とは大きく異なります。私は、能登半島地震の被災地などを実際に見てきました。能登半島地震は、発災直後、避難所は想定の3倍の被災者がきて、すぐにキャパシティを超えていました。最初に始まったのは、テントや簡易ベッドの設営ではありません。雑魚寝でした。スペースも足りない、物資も足りない。人が多く、現場は混乱していました。テントやパーテーションが使えるようになったのは、人が減り、時間が経ってからのことです。つまり、「避難所でテントを組み立てる」という光景は、初動の姿ではなく後の段階なのです。それを、あたかも「地震が起きたら、次はこれ」という順番で伝えてしまうことに、私は強い危うさを感じました。そして、これはテレビ番組や自治会の訓練だけの問題ではありません。民間企業が行う防災イベントにも、同じ構造があると感じています。民間の防災イベントは、来場者に分かりやすく、体験しやすく、写真や動画にもなりやすい内容が選ばれがちです。テント設営、段ボールベッド体験、非常食の試食などは、「やっている感」や「安心感」を伝えやすいからです。それ自体、決して悪いわけではありません。ただ、伝え方を間違えると、「ここに行けば何とかなる」「誰かが用意してくれている」という意識を、知らず知らずのうちに強めてしまう可能性があります。人は、繰り返し見せられた行動を、「正解」や「前提」として学習します。地震が起きたら避難所へ。行けば整っている。誰かが用意してくれる。この流れを、訓練や番組、イベントを通じて何度も見せられることで、「自宅でそこまで備えなくてもいい」「行けば何とかなる」という考えが生まれやすくなります。これは怠慢ではなく、人間の自然な心理反応です。避難所運営訓練や防災イベントには、もちろん意味があります。共助の意識が育つこと。顔の見える関係ができること。役割分担を考えるきっかけになること。一方で、語られにくい側面もあります。避難所が「万能」だと誤解されること。入れない人の存在が見えなくなること。自助の優先順位が下がってしまうこと。問題は、訓練やイベントそのものではなく、描き方と位置づけだと思っています。本当に必要なのは、「前提条件」をきちんと伝えることです。たとえば、この避難所に入れるのは、地域の約2割であること。今日は「入れた側」の訓練であること。多くの人は、自宅や別の場所で過ごす可能性があること。こうした前提を共有した上で行うだけでも、受け取られ方は大きく変わります。防災は、「安心させること」ではなく、「考える力を育てること」だと、私は思っています。「大丈夫ですよ」と言うことではなく、「あなたは、どうしますか?」と問いかけること。避難所に行く人。自宅にとどまる人。親戚や知人を頼る人。車中泊を選ぶ人。正解は、一つではありません。だからこそ、自治会の訓練も、民間企業の防災イベントも、もっと現実を踏まえ、一人ひとりが考える防災につながる形で行われていく必要があると感じています。防災アドバイザー岡部梨恵子



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