600年以上続く神事の中にある神話を、その神社で上演してみる。

2025年10月4日(土)、地元のboraお祭りのプレ・イベントとして創作舞台「つたじまのおろち」を上演。香川県三豊市・賀茂神社に伝わる神話が、大人も子どもも楽しめる新しい芸能としてよみがえり、そしてその芸能が次の世代に手渡される。600年続く神事と神話、そして芸能の継承へ、ご支援をお願いします。

現在の支援総額

1,701,500

113%

目標金額は1,500,000円

支援者数

160

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/09/04に募集を開始し、 160人の支援により 1,701,500円の資金を集め、 2025/10/04に募集を終了しました

600年以上続く神事の中にある神話を、その神社で上演してみる。

現在の支援総額

1,701,500

113%達成

終了

目標金額1,500,000

支援者数160

このプロジェクトは、2025/09/04に募集を開始し、 160人の支援により 1,701,500円の資金を集め、 2025/10/04に募集を終了しました

2025年10月4日(土)、地元のboraお祭りのプレ・イベントとして創作舞台「つたじまのおろち」を上演。香川県三豊市・賀茂神社に伝わる神話が、大人も子どもも楽しめる新しい芸能としてよみがえり、そしてその芸能が次の世代に手渡される。600年続く神事と神話、そして芸能の継承へ、ご支援をお願いします。

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龍と弘法大師
2025/09/17 15:53

今回は上戸暖大(真言宗僧侶)が書きます。安田登(能楽師)が一部、加筆しました。道場観と間・主観的世界こんにちは。真言宗のお寺、香川県の海岸寺の住職、上戸暖大(じょうと・だんたい)です。突然ですが、ジブリ映画の『千と千尋の神隠し』のお話から。昼間に見るときはただの古びた街並みだった場所が、夜になると突然、提灯に火がともり、湯屋が鮮やかな光を放ち始めます。動くはずのない石像や建物が、いつの間にか生き生きとした神々の世界へと変わり、千尋の目の前に迫ってくる。あの「境界を越えてしまった感覚」、実はこの感覚を私たち密教僧たちは、よく体験しています。それが「道場観(どうじょうかん)」というものです。前回までの「間・主観的世界」の話を承けて、まずは「道場観」の話をしたいと思います。道場観というのは、心の中に仏様の世界(道場)を思い描く観想です。ただし、思い描くといっても、ただイメージするだけではありません。本堂に祀られている仏像が、まるでアニメや映画でキャラクターが突然命を得て語りかけるように、「生きた仏さま」として自分と相対するのです。この「道場観」をするときには「身(身体)・口(言語)・意(意識)」すべてを使って行います。最初に心に描くのは、その仏様の「種字(梵字)」です。梵字というのは古いインドの文字です。その一字が、その仏様を表わします。その「種字(梵字)」がやがて「三昧耶形(持ち物)」になります。すると、それがやがて仏様(尊格)の姿となって現れ、さらには眷属・諸尊も周囲に展開していき、仏さまの世界が生き生きと出現するのです。ふだんから道場観をしていると、たとえば護摩の道場に入るときなどは、数多の仏様が道場に遍満しているのが見えます。むろん、物理的(客観的)には何もない空間です。しかし、修行をした密教の僧侶たちと話をすると、みな同じものが見えています。密教僧にとっての「間・主観的」世界がそこにあるのです。インドラ・ネットワーク(帝網)この「道場観」に続いて、「入我(にゅうが)我入(がにゅう)観」を行います。これは仏様が自分の中に入り(入我)、自分が仏様の中い入る(我入る)、つまり自分が仏様と一体になる観想です。「仏様と自分が一体になる」だなんて、他の宗派の方に聞かれたら叱られそうです。しかし、お大師様(空海)は『即身成仏義』の中で、「仏様と人間は同じだ」と書かれ、その理由を「帝網(たいもう)」という語を使って説明されました。「帝網」というのは帝釈天の網のことです。帝釈天の宮殿には巨大な網があります。それが「帝網」です。そして、その網目には無数の宝珠があります。ひとつひとつの各宝珠は、他のすべての宝珠を映し出し、同時にその宝珠は他の宝珠にも映し出され、相互に関係し合って存在しています。もし、ひとつの宝珠にわずかな動きや変化が生じると、その変化はただちに他のすべての宝珠に反映され、「帝網」自体に変化が波及します。この関係は少しも留まることなく、連続的に、かつ無限に続き、個々の存在(宝珠)が、同時に全体の存在(網)を体現しているという「相互依存性」と「相互浸透」の関係で成り立っているのです。そして、その宝珠のひとつが「私」であり、別の宝珠が「大日如来」さまであり、そしてまた別の宝珠が「あなた」なのです。ニューラル・ネットワークちなみに帝釈天をサンスクリット語ではインドラというので「帝網」は、「インドラ・ネットワーク」とも呼んでもいいでしょう。宮沢賢治が『インドラの網』というお話を書いています。さて、これで思い出すのは、人間の脳の神経細胞(ニューロン)の仕組みを模倣した人工知能のモデル「ニューラル・ネットワーク」です。インドラ・ネットワークの宝珠に当たるのが、ニューラル・ネットワークでは「ノード(人工ニューロン)」です。詳述は避けますが、ノードの「重み」と、それによるネットワーク全体との関連は、まさにインドラ・ネットワークを彷彿させるのです。天と地を結ぶ別雷神さて、ニューラル・ネットワークのモデルとなった私たち人間の脳には、ネットワーク状に複雑に絡み合った神経細胞(ニューロン)があり、これらのニューロンは、電気信号と化学物質を使って互いに情報をやりとりしていると言われています。そうであるならば、私たちの《意識》や《想像》といった「主観」と、「客観的世界」である現実世界とを結びつけは、神経細胞間の電気化学的な信号伝達による脳内の活動によって成り立っているといえるかもしれません。ざっくりいえば、《私》という主観と《世界》という客観を結びつけるものは「電気」であるといってもいいでしょう(というのは、むろんちょっと言い過ぎですが:笑)。そして、電気といえば「雷」です。『蔦島の大蛇』で、龍を退治するのは賀茂の神様で、雷のエネルギーを体した「別雷(わけいかずち)の神」です。雷神というのは天から地に降りて来る神、天と地を結ぶ、やはり《あわい》の神さまなのです。龍と密教では、退治される龍とは何か。日本の神話や伝説の中では「オロチ(大蛇)」は《破壊者》として登場するのことが多いのですが、仏教や中国では「龍神」、つまり神様となって登場します。お大師さま(空海)は、唐の長安で恵果和尚から真言密教を学びましたが、そのお寺を「青龍寺」といいます。青い龍とい名のお寺です。真言宗・醍醐派の総本山である醍醐寺の鎮守神は「清瀧大権現」ですが、「清瀧」からサンズイを取ると「青龍」になります。「清瀧大権現」も龍神です。また、仏教では龍樹という人がいます。「空」の思想を伝えたことで有名です。インドの名前では龍樹はナーガルジュナ(龍樹)といます。彼は、その名の通り「龍(ナーガ)」一族の人だったという説もあります。そして、龍樹は密教を伝えた八祖の第三祖に位置づけられています。やはり密教と龍には深い関係があります。そして、ここ四国には弘法大師(空海)と龍にまつわる伝説やお寺がたくさんあります。ひとつは焼山寺の伝説があります。この地を訪れた弘法大師が一本杉の下で休息していた際、夢に阿弥陀如来が現れました。目覚めると眼前は火の海となっていたので、お大師さまは身を清めた後に「摩廬(水輪)の印」を結び、真言を唱えながら山を登っていくと、大蛇が岩窟から姿を現しました。この大蛇は、火を吐いて農作物を焼いたり、村人たちを襲ったりしていました。お大師様は虚空蔵菩薩の加護によって、この大蛇を岩窟に封じ込めたのです。その後、三面大黒天を岩窟の上に安置し、土地の五穀豊穣を祈願しました。また太龍寺ではお大師様は『虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)』を行いました。太龍寺の龍にまつわる話は2種類あり、一般的には守護した龍にちなんだ話ですが、一方で悪い龍の話も残っています。山のふもとの村人たちが悲しそうな顔をしているので、お大師様は不思議に思い、その訳を訪ねますと「大きな龍が現れて、一生懸命作った農作物を荒らしてしまいます」と言い、悪い龍に怯えてどうしようもなかったところ、お大師様は仏法の威力で悪い龍を懲らしめ山麓の石窟に封じ込めました。この石窟は(龍の窟)と呼ばれ、奥行き100メートル余りあり、道内の最も広いところを千畳敷と言い、狭いところを龍之背割と言われています。龍には「守護」するものとしての性格と、そしてお大師様に退治される悪龍としての2つの性格があります。本地において一致する神と龍さて、仏教で龍といえば「八大龍王」が有名です。仏法を守護する天龍八部衆の一員であり、法華経にも登場する八人の龍族の王です。龍樹も、この一族、ナーガラージャ(龍族)の一員だったのではと言われていることはさきほど書きました。日本の仏教には「本地仏(ほんじぶつ)」という考え方があります。日本の神さまなどは、もともとは仏や菩薩で、それが人々を救うために神さまなどに姿を変えているという考え方です。そのもとの仏や菩薩を「本地仏」といいます。この八大龍王の本地仏であり、統率者として描かれるのは観音様、十一面観音です。頭上に10の観音の顔と阿弥陀如来を乗せた仏様です。そして、実は退治する側の「別雷神」の本地仏も観音様なのです。退治される存在と退治する存在が本地において一致する。実は、退治される龍(オロチ)と退治する神様(別雷神)も同一体だった。これは、前の記事にあった、龍は「守護者」と「破壊者」の両方の性格を持つということにも近いし、そして「帝網(インドラ・ネットワーク)」においてはあらゆる存在は同一体であるということにもつながります。合掌


安田登(能楽師)が書きます。今回は、「間・主観的世界」に龍がいた時代のものを読んでみたいと思います。ちょっとお勉強っぽい回で、しかも長い(笑)ので、お時間のあるときにどうぞ~。あ、お時間のない方は、この甲骨文の文章の意味を最初の方に書いておきますので、まずは【読解】の前までをお読みいただいても結構です。さて、この甲骨文、ところは古代中国。時代は紀元前約1,300年の「殷(いん)」の時代。いまから3,000年以上前のものです。当時の文は、亀の甲羅や動物の骨に刻まれた「甲骨文」と呼ばれるものと、そして青銅器に書かれた「金文」というものがあります。今回、読むのは甲骨文です。甲骨文は、ほぼすべてが占いの文章です。甲骨文は、主に紀元前1,300年から紀元前1,000年ほどのものが発掘されていますが、これは紀元前1,300年くらいのもので、もっとも古い時代の文章です。以下の四角で囲った中を読んでみましょう。●龍が雲・虹となって来臨するいかがでしょうか。ちょっと読めそうな気がしますか。まずは、この文章の意味を書いておきますね。***********王が占って言った。祟りがあるだろう、と。(その占いの通りに)八日の「庚戌」の日に、龍が東からやって来た。「面母」であった。(あるいは周囲が完全な暗闇になってしまった、とも)また、その日の午後には北から双頭の龍が現れ、河の水を飲み干してしまった。***********占いの完全文では、この前に「貞人(ていじん)」という問いを発する人による「問いの文」があり、そのあとに「卜」という占いの行為をしたと書かれ、そして、ここに続きます。これと生成AIとの付き合い方について書いたことがありますので、よろしければそちらもどうぞ~!「生成AIとの付き合い方を甲骨占いに学ぶ」●甲骨文字は現代の漢字までつながっている世界の古代文字には、この甲骨文字の他に、古代メソポタミアで使われていた「楔形文字」や、古代エジプトで使われていた「ヒエログリフ」などがあります。現代使われている文字で、楔形文字やヒエログリフを継いでいるものはありません(ほんの少しありますが)。それに対して、甲骨文字は現代の漢字に継承されていますので、漢字が読める私たち日本人ならば、少し慣れると甲骨文字を読むことができるようになるのです。って、すごくないですか。…というわけで読んでみたいと思います。●行分けしてみるこの文章を意味のまとまりで「行分け」をすると次のようになります。なんか、急に文字のように見えませんか。それに「読める、読める!」という文字もあるでしょう。たとえば2行目の1字目。そうです、「八」です。その次はいかがですか。なんとなくわかりますか。そう、「日」です。ふたつで「八日」。ね、簡単でしょ?こんな風に、ほとんどの文字は現代の漢字に直すことができます。では、行ごとに読んでいきましょう。●【読解】1行目と2行目まずは1行目と2行目を読んでいきます。最初に意味を書いておきましょう。***********1行目「王が占って言った。祟りがあるだろう」2行目「八日目の庚戌の日」***********《1-1》1行目の1字目、これは「王」です。人が両手を広げて地面の上に立っている姿に見えますが、実はこの字、「金文」で見ると、大きな鉞(まさかり)の形になっているのです。古代は「鉞」が王の象徴だったと言われています。また、人類学の研究書である『金枝篇』には、力が弱まったら殺された王の話も載っています。この鉞で首を斬られていたのかもしれません。こわっ。《1-2》1行目の2字目。これは 「占」です。 四角の中に「占」の字が入ります。「占」という字は、下の「口」が神の声、上の「卜」は骨のヒビです。甲骨占いは甲羅や骨のヒビの形で占ったようです。そして、「占」を囲む四角は、甲骨占いのときに使われた骨の形です。《1-3》1行目の3字目。「曰(いわく)」です。「日」とはちょっと違います。口の上に一本の線(一)がありますが、これは声を出すことをあらわすとも、あるいは「舌」だともいわれいます。「話す」という意味です。《1-4》1行目の4字目。これは今の漢字にはありません。「ある(有)」という意味で使われます。牛の頭部(角を強調)からできたという説もあります。牛は「富」の象徴です。英語でも牛の角を捕まえる「capture」から「capital(資本)」とか「captain(長)」という語ができます。《1-5》1行目の5字目。これもいまの漢字にはありません。「祟(たた)り」とい意味です。動物をぶら下げた形だといわれています。もともとは動物の祟りでしょうか。以上から1行目は「王が占って言った。祟りがあるだろう」となります。では【2行目】も見てみましょう。《2-1》《2-2》2行目の1字目と2字目。これは「八日」と読みます。「日」は太陽の象形です。《2-3》《2-4》2行目の3字目と4字目。これは干支(えと)で「庚(十干)戌(十二支)」。昔は十干と十二支の干支(えと)で日付を表わしていました。いまでもそのような暦(日めくり)がありますね。この暦の「かのと」「ひつじ」が、十干の「辛(かのと)」と十二支の「未(ひつじ)」。甲骨文だったら「辛未」と書かれるところです。2行目の意味は「八日目の庚戌の日」となります。●【読解】3行目では、3行目にいきます。ちょっと長いですね。これも最初に意味を書いておきます。*************(その占いの通りに)八日の「庚戌」の日に、龍が東からやって来た。「面母」であった。(あるいは周囲が完全な暗闇になってしまった、とも)*************《3-1》3行目の1字目。この字は1行目に出てきた「ある(有)」です。《3-2》3行目の2字目。この字の上の部分は足跡の形。今の漢字では「夊」です。上が尖っています。これが「かか」とです。そして下は「指」。下向きの足ですね。この字の下に場所を表わす「囗」があり、両方で神霊が降臨するさまを表わす漢字です。「夊」と「囗」を組み合わせると「各」になります。これに木を付けた「格」は、現代でも「いたる(至る)」と読みます。何かの来臨です。《3-3》3行目の3字目。では何が来臨したのかというと、龍なのです。この字は、いまの漢字では「云」。左右を反転してください。「云」に見えるでしょ。二本線が雲を表わし、その下から龍のしっぽが見えている形です。特別な、そして不穏が雲が現れたのでしょう。「云」に雨を付けると「雲」という漢字になります。《3-4》3行目の4字目。いまの漢字にすると「自」。「鼻」の象形です。「え~、鼻に見えない!」という方、しゃれこうべ(髑髏)の鼻だと思うと見えるでしょう。もともと、この字が鼻の象形でしたが、自分を指すときに鼻を指すので、「自分」という意味になったり、あるいはここで使われるように「~より(from)」という意味で使われるようになったので、「自」の下に、持ち上げるという意味の「畀」を付けて「鼻」という字ができました。ここでは「~より、~から」です。《3-5》3行目の5字目。これは「東」という字です。もともとは「ふくろ」の象形文字ですが、殷の時代代にはすでに「東」という意味だけに使われていました。現代の「嚢(ノウ)」です。4字目と5字目で「東から」という意味になります。《3-6》《3-7》3行目の6字目、7字目。7字目は「母」です。跪(ひざまず)く女性の胸が強調されています。が、続けると意味がよくわからなくなります。主に2つの説があります。《A》上を「面」、下を「母」と読み、「面母(めんぼ)」という龍の名前と読みます。後の時代には「西王母(せいおうぼ)」という神様が現れますが、彼女の初期の名前は「西母」で、「東母」という神もいるので、それに繋がる神だとも考えられます。《B》あるいは、上の字を「貫」と読み、下の「母」に「日」を付け「晦(くらやみ)」と読んで、「貫晦」、すなわち「完全な暗闇」とも読めます。以上から3行目は…八日の「庚戌」の日に、龍(雲)が東からやって来た。「面母」であった(あるいは周囲が完全な暗闇になってしまった、とも)…という意味になります。●【読解】4行目次は4行目です。これも意味を書いておきましょう。***************また、その日の午後には北から双頭の龍が現れた。***************《4-1》4行目の1字目。 この字は横になった人に下に「日」があります。漢字にすると「昃」。殷の時代では、だいたい午後2時ごろだったと言われています。日が体の下にあるので、「夕方」かもしれません。《4-2》4行目の2字目。漢字にすると「亦(また)」になります。人の腋の下を強調した指示文字ですが、ここでは「また」という意味です。「亦」と「腋」とは同じ「エキ」という音(おん)です。しかし、この文字は甲骨文でも「また」で使われることがほとんどです。《4-3》4行目の3字目。これは何度か出てきました。「あり(有)」です。《4-4》4行目の4字目。この字は「出」。上は2行目の②の「各」で出てきた「足跡」ですが、今度は「かかと」が下にあり、上向きの足跡になっています。そして、凵(場所)から足跡が出て行くので「出る」という意味になります。《4-5》4行目の5字目。この字の左右にあるのが龍の頭部。真ん中に体があり、これは「双頭の龍」の象形です。この線を単純化し、そして縦にすると「工」になります。これに爬虫類を意味する「虫」をつけると「虹」になります。古代の人にとっては「虹」も龍だったのです。《4-6》4行目の6字目。この字も出てきました。髑髏の鼻の象形、「自」。「~から」です。《4-7》4行目の7字目。漢字にすると「北」です。二人の人間が背中を背けあっている姿です。「北」の下に「月(肉づき)」を付けると「背」になります。ここでは方角の北です。虹(龍)が北から来臨したのです。では、4行目の意味をもう一度、あげておきます。また、その日の午後には北から双頭の龍である虹が現れた。●【読解】5行目では、最終行を読んでみましょう。**************意味は「河に水を飲みに来た」です。**************この行は、講座の中ならばホワイトボードに書きながら説明したいところなので、画像をあげましょう。《5-1》5行目の1字目。この字の赤い部分は、漢字にすると「酉」。酒壺の象形で、いまの漢字では「酒」です。ちなみに下が尖(とが)って地中に埋めたからで、シュメール語の楔形文字も同じ形になっています。右は「人」と「口」と「舌」から成ります。これで「飲む」という意味になります。《5-2》5行目の2字目は、漢字にすると「于」。「~に、~で」という意味になります。《5-3》5行目の3字目は上図のように、まず左右を逆転します。先ほどの「云」にもありますが、甲骨文字では左右の反転はよくあります。そういう細かいことは気にしないのです。そして、左に赤い点を付ければ「川」や「水」という文字になります。ここでは「氵(さんずい)」です。そして、右の文字に「口」を付ければ「可」になる。「氵」と「可」で「河」になります。そこで「双頭の龍である虹が河に水を飲みに来た」となるのですが、これは「祟り」なので「河の水を飲み干してしまった」と読みたいと思います。●龍を飼育する一族このように、古代の人たちは「雲」や「虹」に龍の姿を見ていました。ここで注意しなければならないのは、「雲が龍に見えた」、「虹が龍に見えた」のではなく、「云」という字は龍の尻尾を表わす文字であり、「虹」というのは双頭の龍の姿だったということです。彼らは本当に「龍を見て」いたのです。だって、古代中国には龍を飼育する一族がいました。もっとも有名なのは「劉(りゅう)」一族。そうです、漢帝国を建てた「劉邦(りゅうほう:沛公)」の一族です。その先祖のひとりである、夏王朝に仕えた劉累(りゅうるい)は、その汚名によって有名になりました(笑)。豢龍氏という龍を飼う一族から龍の飼い方を龍の飼い方を習ったのですが、劉累が飼育の仕方がへたくそで、失敗したので王のもとから逃げたとか、あるいは死んだ龍の肉を暴君、孔甲に献上したところ、あまりの美味に「もっと寄越せ」と言われたけど、もうなかったから逃げたとか、いろいろ言われています。しかし、劉一族は王、孔甲から「御龍(龍を飼う:御する)氏」という姓を賜っています。ちなみに能の『羽衣』に登場する漁師の名は、私の流儀、下掛宝生流の謡本では「伯龍(はくりょう)」と書かれています。馬を飼う名人を「伯楽」というので、「伯龍」も龍を飼育する一族だったのかもしれません。●まとめでは、最後にこの甲骨文に漢字を付けて、書き下し文を載せておきます。《漢字に変換》王占曰有祟、八日庚戌。各雲自東、面母(貫晦)。昃亦出虹自北、飲于河。《書き下し文》王占いて曰く、祟(たたり)有らんと。八日庚戌、各雲、東よりす。面母なり(貫晦なり)。昃に亦た出虹ありて北よりし、河に飲む。《現代語訳》王が占って言った。祟りがあるだろうと。八日目の庚戌の日に、龍神が雲として東からやって来た。雲神の名は「面母」。あるいは空が覆われ暗闇になった。午後には龍神が虹として北から出現して河に水を飲みに来た。以上でした。


今回も三龍の会(五味、大島、安田)の執筆です。龍の生きている世界前回は、私たちは3つの世界の中で生きているという話をしました。誰にとっても同じ世界である「客観的世界(物理的世界)」、私だけの世界である「主観的世界」、そして複数の人の主観が交流し、共有されることで生まれる「間・主観的世界」です。その「間・主観世界」の中に龍(ドラゴン)は生きています。かつて人々は神話の中に生きていました。そのような人たちが共有する「間・主観的世界」には、オロチがいて、龍がいました。近代になるにつれてこうした神獣は世界からいなくなり、世界は意味や価値を失い、「フラットランド(平板な世界)」へと入り込んでしまいました。そんな世界になってしまった理由のひとつは、私たちの目や耳があまりにもリテラル(字義的)になってしまったからでしょう。「目」に見るえもの、「耳」に聞こえるものしか信じなくなり、客観的世界だけが唯一の世界と「信じる」ようになってしまいました。「夢」という間・主観的世界しかし、私たちは「目」という器官を使わずに何かを見ることができますし、「耳」という器官を使わずに音を聴くことができます。多くの人は、それを毎日体験しています。それは「夢」です。私たちが夢を見るときは「目」を使っていませんし、「耳」から入って来る音とは関係のない音を夢の中で聞いています。文字通り「夢」のような世界が「間・主観的世界」なのです。現代では「夢」は、「主観的世界」、つまり個人的なものと思われています。しかし、かつての日本人にとって「夢」は「間・主観的」、つまり多くの人に共有されるものでした。ですから、夢を売り買いする話が古典の中にはいくつも出てきます。古いところでは、奈良時代の右大臣である吉備真備(きびのまきび)が夢を買ったことによって出世し、大臣にまでなったということが『宇治拾遺物語』に書かれています。売り買いできるということは「夢」が紙幣と同じく「間・主観的世界」のものであったということです。蓄積された叡智「間・主観的世界」は夢に似ているものだといっても、ただの幻想ではありません。人類という大きな共同体が作り上げた「間・主観的世界」の中で、人々はさまざまなものを蓄積して来ました。そのひとつが「叡智」、あるいは「智慧」と呼ばれるものです。物理的世界、つまり客観的世界は、長年にわたる科学の研究によってさまざまな「知識(knowledge)」を蓄積し、人類の進歩・発展に寄与してきました。これは、私たちが物質的に豊かになる助けとなりました。同時に、人類という共同体は、その「間・主観的世界」に叡智(wisdom)を蓄積し、私たちの精神世界を豊かにするのを助けて来たのです。現代は、龍などの神獣が姿を消した客観的世界だけを唯一の世界と信じる「フラットランド(平板な世界)」になりつつあります。そうなったときに、せっかく蓄積した叡智をも捨て去ることになるのです。両義性をもつ龍ユング派のジェイムス・ヒルマンは、神話や古い伝承に登場する神々や動物、英雄などを、我々の無意識、心の深層を照らすイメージとして捉えました。これらは魂(psyche: ψυχή)の元型にアクセスする入り口となります。元型(arch typy:αρχέτυπο)とはユングが唱えた概念で、人類共通の心の深層にあるイメージ生成の型をいいます。ふだんは私たちの意識のずっと奥にあるために、それに気づくことはありません。しかし、神話の存在を入口として、私たちは自分の魂(psyche)のずっと奥にある元型にアクセスすることができるとジェイムス・ヒルマンはいうのです。さまざまな元型的存在の中で、龍・ドラゴンは、「守護者」でもあり「破壊者」でもあるという、二重性をもったアンビバレント(両義的)な存在です。日本を含む東アジアには、雨を降らし、豊作を約束してくれる守護者としての「龍神」の考えがあります。また、八大龍王もいます。中国においては、龍は皇帝の象徴でもあります。そのような守護者としての龍神がある一方で、『古事記』に登場するヤマタノオロチや、本プロジェクトの『蔦島の大蛇』に登場するような、人々の生活を破壊し、そして英雄に退治される悪龍もいます。その両義性を持つのが龍(ドラゴン)なのです。門番としての龍ドラゴンがいる場所には「忘れられた記憶」や「抑圧された力」が眠っています。ドラゴンは、迂闊に近づくものや、準備のできていないものを拒む門番(ゲートキーパー)のような存在でもあります。そんなゲートキーパー、門番としての龍は、境界をまたぐ象徴であり、異なる領域をつなぐ存在でもあります。意識と無意識をつなぎ、天と地をつなぎ、生と死をつなぐ存在です。それは《あわい》の存在であるともいえます。《あわい》という語は「あいだ(間)」に似ていますが、少し違います。「あいだ」がふたつのものの間を意味するのに対して、《あわい》はふたつのものの重なる空間・時間などをいう言葉です。龍は、守護者でもあり、破壊者でもあり、天の存在でもあり、地(海)の存在でもあり、そして私たちの意識の象徴でもあり、無意識の象徴でもあるのです。間・主観的世界、ドラゴン・ネットワークの構築そんな《あわい》の存在である門番・龍と関わるには、細心の注意と大胆な行動とによるさまざまな方法での対話が必要です。その場として「ドラゴン・ネットワーク」という「間・主観的世界」が構築できればと思っています。私たちが、慎重に、そして果敢に、龍(ドラゴン)という神話的存在との「対話」を繰り返し、ドラゴン・ネットワークの中で新たな共同体が共有する集合的意味を共有していくことで、ドラゴンが守っている宝、これまで人類が共有してきた叡智に触れることができるかも知れない、そんな風に思うのです。ドラゴン・ネットワーク構築のプロジェクトは、まだまだ始まったばかりです。長期にわたるお付き合いをお願いできればと存じます。そして、その第一弾が、今回の『蔦島の大蛇』の上演なのです。三龍の会※ちなみに「三龍の会」というのは安田登の著書『三流のすすめ』から着想を得て海谷英明が命名したものです。


今回は「三龍の会」の共同執筆です。臨床心理士の五味佐和子、精神科医の大島淑夫、能楽師の安田登です。前回までは「土地」の話、そしてそれが「ドラゴン・ネットワーク」につながるとい話をしてきました。今回からはドラゴン(龍)そのものについてのお話しをしていきたいと思っています。3つの世界さて、神話や伝説に登場する「龍」、本当にいたのでしょうか。実は「いた」ともいえるし、「いない」ともいえるのです。正確にいえば、龍のいる世界があり、そこでは龍はいまでも存在しています。龍がいる世界、それは「間・主観的世界」です。私たちは3つの世界に住んでいます。・客観的世界・主観的世界・間・主観的世界…です。この3つについて、まずお話ししましょう。客観的世界と主観的世界私たちが住んでいるひとつめの世界は「客観的世界」です。これは「誰にとっても同じ世界」です。いま目の前にある机もそうですし、建物もそう。コーヒーもそうですし、空の雲もそう。「物理的世界」といってもいいでしょう。ところが、私たちはただ物理的な客観的世界だけに住んでいるわけではありません。コーヒーを「美味しい」と感じる人もいれば、子どもなどは「苦い!」と思うでしょう。目の前にある花を「美しい」と感じる人もいれば、何も感じないとい人もいます。ピカソの絵を「素晴らしい」と感じる人もいれば、「全然わからない」という人もいます。同じことを言われても傷つく人もいれば、怒る人もいる。喜ぶ人だっています。痛みもそうです。同じケガをしても、どのくらいの痛みを感じるかは、人によってまったく違います。絶対音感のある人は、雨音にも音階を聴き、それが音楽に聞こえるといいます。骨董を見る目がある人は、私たちが目にも留めない汚れた茶碗に価値を見出したりします。聞こえる音、見えるものすら人によって違うのです。私たちは、ひとりひとりがまるで違う世界に住んでいるといってもいいでしょう。それが「主観的世界」です。私たちはひとりひとりが違う「主観的世界」を持ち、「私だけの世界(主観)」の中で生きているのです。みんなの主観が作る「間・主観的世界」しかし、この「私だけの世界(主観)」と「誰にとっても同じ世界(客観)」の間には、もうひとつが世界があります。それを「間・主観的世界(intersubjective world)」といいます。私だけの世界でもないし、誰にとっても同じ世界とはちょっと違う、「複数の人の主観が交流し、共有されることで生まれる、『共通の現実』」の世界、それが「間・主観的世界」です。たとえば「朝ごはん」。そこにある「ご飯」や「お味噌汁」、「焼き魚」、「卵」、「海苔」などは「客観(物理的存在)」です。そして、それを食べて「おいしい!」と感じるのは「主観」です。しかし、家族や友人たちと食卓を囲んで、みんなが「おいしいね」といって微笑み合う、その瞬間に「間・主観的世界」は生まれ、そしてそのときに感じる共有感覚が「間・主観性」なのです。「間・主観的世界」とピダハンそして、龍(ドラゴン)は、その「間・主観的世界」に住んでいます。「間・主観的世界」は、私たちひとりひとりの主観を超えて「共同体」の合意や共有によって「そう見える」、「そう感じる」世界です。「間・主観的世界」は物理的世界と同じくらいの力をもって、私たちの生活や人生、さらには生命にも影響を与えます。アマゾンの奥地にピダハンと呼ばれる人たちがいます。伝道師でもあり、研究者でもあるダニエル・エヴェレット博士が彼らの元を訪れたとき、ピダハンの人たちは川の向こうに《雲の上の存在、イガガイー》がいると皆で指さしていました。しかし、西洋人であるエヴェレット博士には何も見えません。それに対して、ピダハンの人たちには《イガガイー》の声も聞こえるし、その内容も、みな同じに聞こえるのです。エヴェレット博士は、ピダハンがイガガイーが見えるというのも本当だし、自分が見えないというのも本当で、それを互いに完全に理解することは不可能だといいます。ピダハンの人たちの「間・主観的世界」には精霊イガガイーがいるし、そして見えるのです(『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』 )。私たちの周りにある「間・主観的世界」ピダハンの人たちだけではありません。昔の日本人は、神社に行ったり、お祭りに参加したりすると「神様を見た」という人がいました。あるいは「幽霊を見た」という人はいまもいますし、「妖怪を見た」という人もいます。演劇や能では、何もない素の舞台なのに「ここに川が流れている」「ここに月がある」と観客全員が感じ、それを「見ます」。舞台美術がなくても、「ある」と感じるのは観客と演者の間・主観的な合意のおかげです。ただの幻想ではない「間・主観的世界」「そんなのただの幻想だよ」とか「そんなの迷信だよ」ということは簡単です。しかし、紙幣で鼻をかんだり、トイレットペーパーのように使ったりはしません。多くの人は「できない」でしょう。これは「使えなくなるのがもったいない」からだけではありません。紙幣は「客観的世界」ではただの紙ですが、「間・主観的世界」では大切な存在なのです。神社のお守りやお札(おふだ)も同じです。「神様なんて信じていないよ」という人だって、やはりお札をトイレットペーパーのようには使いません。それはただの「合意によるお約束」だけではありません。大谷翔平選手などのWBC日本代表選手が善光寺の「勝守」を身に着け、それが選手たちの快進撃を精神的に支えたと報じられました(NBS長野放送)。また、アメリカの陸上選手、ノア・ライルズ選手はパリオリンピック代表選考会で、『遊☆戯☆王』のカード「青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)」をお守りとして披露しました(ORICON NEWS)。その他、さまざまなスポーツ選手が、お守りによってパフォーマンス能力が実際に上がっているのです。「間・主観的世界」の存在は、ただの幻想、迷信ではなく、私たちの眠っている力を引き出してくれる世界でもあるのです。3つの世界を観じてみる私たちは、ふだんはひとつの世界に生きていると思っています。しかし、物理的な「客観的世界」、そして、ひとりひとり違う感じ方、考え方によって成り立っている「主観的世界」、さらに国家や家族、仲間によって共有されている「間・主観的世界」の3つのレイヤーの上で生きています。これをじっくり、ゆっくり感じてみる、観じてみる、あるいは考えてみると、世界の見え方が変わってきます。少しの間、時間を取って、3つの世界を観じてみるワークをしてみましょう。客観的世界を観じるいま、目の前に何が「見える」ますか。どのような音が「聞こえる」でしょう。服の中で、皮膚に「感じる」感覚、これも感じてみます。これらに「いい、悪い。快、不快」という価値判断をせずに、ただ、見たり、聞いたり、感じたりしてみます。ゆっくりと見まわします。ふだんは目に入らないものがあるでしょうか。「ああ、こんなものもあったのか」と気づくかもしれません。耳を澄ませて、ふだんは聞かないような音も聞くようにしましょう。からだの感覚もそうです。靴の中の足の感覚、椅子に乗っているお尻の感覚。また、皮膚感覚だけでなく、内臓の感覚も感じてみます。それが「客観的世界」です。主観的世界を観じる今度は、それに自分なりの「いい、悪い」、「美しい、きたない」「気持ち良い、気持ち悪い」などを感じてみます。何かを口に入れてみるのもいいでしょう。お水をひと口、ふくみます。「水」という物理的な存在が、「口腔」という物理的存在に触れます。飲み込むとそれは「喉」、「食堂」という物理的存在の中を降りていきます。同時に「冷たい」と感じる。これは主観的世界です。「美味しい」と感じる。「さっぱりした」と感じる。これらが「主観的世界」です。目に見えるもの、耳に聞こえる音もそのような観じてみてください。「この花をみな美しいと思うに違いない」とは思わないでください。満開の桜、錦秋の紅葉を「美しい」と感じる人もいれば、「掃除が面倒だ」と感じる人もいるのです。間・主観的世界を観じる次は、自分の「主観」を共有できそうな人や、あるいはグループを思い浮かべます。「間・主観的世界」です。目の前の花を「美しい」と感じる。その感覚を共有できそうな人を思い浮かべます。あるいはグループでもいいでしょう。いま食べているものを「美味しい」と言ってくれそうな人やグループを思い浮かべ、一緒に「美味しいね」と言いながら食べているさまを想像します。なんなら、電話をして「これから食事に行こう」と誘ってもいいかもしれませんね。また、昔の日本の詩人(歌人、俳人)たちは、月を見て「いま、この月を眺めている人がどこかにいる」と観じました。それも間・主観的な共有です。このワークをときどきすると、自分が生きている世界が豊かになるでしょう。また、ふだんの生活の中でも、これを行うことをお勧めします。《続きます》


今回は海谷英明(プロジェクト・オーナー)が書きます。クラウドファンディングを始めさせて頂いてから、一週間が過ぎました。そして、その一週間という短い間にも関わらず、たくさんの支援金を頂きました。ありがとうございます。正直、このプロジェクトにどれだけの方々が興味を持っていただけるのか疑問でした。しかしながら、ここまでの支援金や支援者の方々の数、とても有り難く驚くばかりです。重ね々ありがとうございます!『つたがも』上演の地、仁尾(にお)は“日本のウユニ塩湖”とよばれる、『ちちぶヶ浜』があるまちとして最近は知られるようになりました。プロジェクト・オーナーの海谷と申します。少し地元のことも書いてみようと思います。本イベントの会場となる仁尾の「加茂神社」から約1kmほど南に行くと、タイトルにある『ちちぶヶ浜』に着きます。(写真の手前がちちぶヶ浜の砂浜、右上に映っているのが、「つたがも」のストーリーの舞台である『つた島』になります。)ご存じの方も多いかもしれませんが、瀬戸内海は太平洋や日本海などの大海に面した海岸とはだいぶ違い、本当に穏やかで常に“ザブーン”と押し寄せる波がほとんど見られません。能楽師の安田さんと香川の海を見て、“今日は少し風があるので、波がありますね~”、と言うと、太平洋の海のそばで育った安田さんに、“海谷さん、これは凪(なぎ)ですね”、な~んて返されてしまいます。そんな穏やかで美しい島なみの風景を織りなす瀬戸内の海ですが、その中でも、特に好きになったのがこの浜でした。ここは、鏡のような写真が撮れるスポットだけでなく、日本の夕日百選に選ばれたりしている夕陽のスポットでもあるのです。でも、わたしが敢えて紹介したいのは、インスタ映えでも、夕陽でも、どちらでもなく(というかどちらも含んで、なのかもしれませんが)、この浜、何だか落ち着くのです。いま風にいえば、“癒される”ということでしょうか?多分、きれいな夕日や遠浅で奥の方まで続く砂浜、人工物がほとんど見えない海と島、そういったものの総合演出なのでしょう。なんかスッキリするんです。人が多くないときに、奥の波打ち際で“一人泣き”したりすると、もう、激烈感動の映画の後のように、夕ご飯とビールが格別にうまい!こんな浜をわたしは、“アンビエント・ちちぶヶ浜”、という一人スローガンを掲げて、危険物のチェックやクリーン運動に参加しています。その浜のすぐそばにいつもある『つたじま(大蔦、小蔦の2島)』、それらに守られて静かに汐の寄せる『ちちぶヶ浜』、この風景の中に、『つたがも』の物語があると思うと、また一つ、仁尾に新しい時空(時間と空間の層)が加わったような気がして、なんだかとても嬉しいのです。みなさん、ご興味あれば、ぜひ、この絶景の夕陽を見に来てみてください。そして、インスタで何処にもない思い出の刻印を打ってみて下さい。そして何より、佇みにいらしてください。そういったみなさんの体験が誰にも奪えない大切ななひと時になることを、これからもサポートしていきたいと思っています。ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました! これからも、『蔦島の大蛇」にまつわるさまざまなお話の合間に、みなさんからのご支援に対する感謝を込めて、『ちちぶヶ浜』を中心とした地元のお話などさせて頂こうと思います。


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