600年以上続く神事の中にある神話を、その神社で上演してみる。

2025年10月4日(土)、地元のboraお祭りのプレ・イベントとして創作舞台「つたじまのおろち」を上演。香川県三豊市・賀茂神社に伝わる神話が、大人も子どもも楽しめる新しい芸能としてよみがえり、そしてその芸能が次の世代に手渡される。600年続く神事と神話、そして芸能の継承へ、ご支援をお願いします。

現在の支援総額

1,701,500

113%

目標金額は1,500,000円

支援者数

160

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/09/04に募集を開始し、 160人の支援により 1,701,500円の資金を集め、 2025/10/04に募集を終了しました

600年以上続く神事の中にある神話を、その神社で上演してみる。

現在の支援総額

1,701,500

113%達成

終了

目標金額1,500,000

支援者数160

このプロジェクトは、2025/09/04に募集を開始し、 160人の支援により 1,701,500円の資金を集め、 2025/10/04に募集を終了しました

2025年10月4日(土)、地元のboraお祭りのプレ・イベントとして創作舞台「つたじまのおろち」を上演。香川県三豊市・賀茂神社に伝わる神話が、大人も子どもも楽しめる新しい芸能としてよみがえり、そしてその芸能が次の世代に手渡される。600年続く神事と神話、そして芸能の継承へ、ご支援をお願いします。

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これは安田登(能楽師)が書いております。※上のイラスト、怪しくてすみません(生成AIに文章を読ませて描いてもらいました:笑)クラウド・ファンディング、今日が最初の1週間の最後の日です。クラウド・ファンディングをするかどうかを悩んでいたので登録が遅くなり、たった1カ月の公開になりました。それでも今日までの時点でたくさんのご支援をいただきました。ご支援いただいた皆さま、まことにありがとうございます。また、お近くの方にもお知らせいただけますと幸せでございます。また、「偶然の入金があったから、もっと支援する!」なんて方は、ぜひ追加のご支援を(笑)。ノボル・ラストさて、共同体の話から「土地」と「神話・伝説・物語」に関していろいろ書いておりますが、今日も続き。今日は《日本の土地は「聖なる地」》というお話をします。あ、そうそう。こんなこと書くと嫌われそうですが、だからといって僕(安田登)は「日本ファースト」なんて思っていませんので。今回の公演もそうですが、僕たちのチーム「東京雑戯團」が中心になって行います。そのチームで先日、思想家・武道家である内田樹さんの道場・凱風館で『銀河鉄道の夜』を公演したのですが、その打ち上げで、うちのチームは「ノボル(僕の名前)ファーストではなく、「ノボル・ラストだ」なんて話になりました。具体的なエピソードは省略しますが、チームの中では僕はよくないがしろにされます。おいしいものも最後に回ってきます。が、それが自由なチームのためにとてもいいのです。というわけで「日本ファースト」よりも「日本ラスト」。「どうぞ、どうぞ。おいしいところは持って行っていただいて、こちらは尻尾でいいですから」くらいがちょうどいいと思っています。さて、そんな前提のもとに、それでも《日本の土地は「聖なる地」》という話をします。土地というのは中国語当たり前といえば当たり前ですが「土地」というのは日本語ではありません。まず漢字ですが、読みの「と」も「ち」も音(オン)です。すなわち古代の中国語です。ちなみに「土」という漢字は土を固めて柱状にしたり、饅頭型にしたものの象形で、ここに神様を降ろします。依り代です。神社の「社」もそれです。ちなみに「神」は、もとは右の「申(電)」だけで、これはピカピカっていう稲光の象形。天空の神です。ですから「神社」というのは、天空の神と地の神のことをいいます。そして「地」。これは昔の漢字(金文)を見ると、階段に犬がいる。階段というのは神様の昇降する聖なる梯子(はしご)、そして犬は生贄です。生贄を捧げて神様をお呼びする場所が「地」でした。つまり「土地」というのは、両方とも神様の来臨を待つ、聖なる地なのです。「つち」と「ところ」しかし、「土」も「地」も中国語、日本語ではありません。じゃあ、『古事記』や『万葉集』などの古代の日本語ではなんといったか、というと次の2つをあげることができます。・つち・ところもうひとつ「くに」もありますが、これはちょっと違うので、ここでは「つち」と「ところ」を見ておきたいと思います。「つち」最初にお断りしておきますと、日本は中国と違って語源学があまり発達しなかったので、日本語の語源には《定説》というものがないことが多いです。「つち」も、「これ!」という定説はありませんが、そのひとつを紹介すると…「つ」:つく(築く)「ち」:霊…というものがあります。まず「つ」は、何かを築(つ)き固めること、そして「ち」は霊だというものです。日本の古語では「霊」を表す接尾語には以下の3つあります。・み:わたつみ(海神)、やまつみ(山神)・ひ:たかみむすひ(高御産巣日神)、かみむすひ(神産巣日神)・ち:おろち(大蛇)、いかづち(雷神)、ち(乳、血)この中で「み」と「ひ」は仲間の音です。「ひ」は中世までは「フィ(Φi)」と発音されていました※。「み」も「ふぃ」も上下の唇を閉じ、さらにそれを鼻腔共鳴を使って発音します。この発音が明確にできるのは人間だけです。大型類人猿も近い発音をすることは報告されていますが、人間ほどしっかりした音を出すことはできません。だからこそ、多くの国で「母(はは:古語ではファファ)」にあたる語には「M」音や「F」音、あるいは「B」や「V」の音が使われるのでしょう。さて、話を戻すと「み」「ひ」「ち」の中で「ち」だけが発音が違います。そして、霊の性質も違うのです。「み」と「ひ」がどちらかというと神的というか、静なる霊力を意味するのに対して「ち」は蠢(うごめ)く霊力を表わします。生命力、活動力に溢(あふ)れた霊力といってもいいでしょう。「おろち(大蛇)」もそうですし、「いかづち(雷神)」もそうです。ちなみに「乳(ち)」は『古事記』の中で死んだ大国主命を生き返らせる霊力を持ったものとして現れます。「血」も生命力ですね。これがなければ生きていられない。そして「とち」の「ち」もそうだというのです。うごめく霊力をもった地、それが「とち」です。「ところ」次は「ところ」です。「ところ」は「とこ」と「ろ」に分かれます。「ろ」は接尾語。大事なのは「とこ」の方ですが、私たちは「とこ」と聞くと、「床(寝所)」を思い出しますし、あるいは「常世(とこよ)」の常(とこ)を思い出したりもします。「とこ」にはこんな意味があります。************寝床・寝所 → いまの「ベッド」とか「布団」とか神床(みとこ:御床) → 神が降臨する座とこしえ(常しえ) → 永遠(動かぬ基盤) →常世(不老不死の理想郷)************…ここが「神が降臨する地」だとなると「ところ」も「つち」と同じく、神霊と関係ある地だということができそうです。「ひもろぎ(神籬)」「土地」の古代の日本語である「つち」も「ところ」も、聖なる地を意味していた言葉であったようです。前回に書いた、日本の土地が神話や伝説、物語を持つというのは、日本の土地自体に聖性があったからなのかもしれません。が、神霊が眠っていたり、降臨するのは「土地」だけではありません。日本には「ひもろぎ(神籬)」といって、テンポラリー(一時的)な神の降臨地を作るということをしていました。『世界大百科事典』には以下のように説明されていました。************神霊をまつるための施設で常磐木(ときわぎ)を用いて作る。《日本書紀》神代巻に〈吾(高皇産霊尊)は則ち天津神籬及天津磐境(いわさか)を起樹(おこした)てて,当に吾孫の為に斎ひ奉らむ〉とみえる。その語義については,神の室としての意から柴室木(ふしむろぎ),神霊の馮(よ)ります樹立の生諸木(おいもろぎ),あるいは〈ひ〉は霊,〈もろぎ〉は籬(かき)を意味し,神を守る所ともいうが未詳。現在では,一般に案上に枠を組み,中央に榊を立て,麻や紙垂をつけたものをいう。************そこがどこであっても、榊などの木を立てることによって、そこが一時的な神霊の降臨基地、すなわち「つち」「ところ」になるのです。今でも地鎮祭などのような神霊施設がないところでは「ひもろぎ」を立てて行われますね。ひもろぎと聖なるネットワーク…だとすると、土地に根ざすと思われている「神話」や「伝説」も、そしてそれに関わる神霊の力も、「ひもろぎ」によって、その地を離れてもそれが再現をすることが可能だということです。昔から、霊力の強い神様の神社を他の地に建てることによって、そこに神様を勧請して、その霊力をいただくということがなされていました。そこでは「ひもろぎ」としての神社だけでなく、「名前」も付けますね。今回、芸能を行う「賀茂神社」も、都の賀茂神社の名をいただいていますし、神様も賀茂の別雷(わけいかづち)の神と同一体です。また、俗なたとえをすると、日本各地には「●●銀座」というものがありますが、あれも同じようなものです。で、実は僕たちが考えている「ドラゴン・ネットワーク」も、これがベースにあるのです。「龍(ドラゴン)」の神話を、9月4日に香川県の仁尾で上演します。が、そのときにそこにいらっしゃる方だけでなく、バーチャルな「ひもろぎ」をその地に立てることによってドラゴン・ネットワークを通じて、今回、ご支援していただいた方の力もその地に運ばれ、そして「龍」や神霊の力も皆さまにお届けする、そんなことができないかと思っています。これについてはまた書きますね。では、今日はこのくらいで失礼します。《続きます》


みなさま。クラファンのご支援、ありがとうございます。そろそろ一週間が経とうとしています。今回もまたまた安田登(能楽師)が書きます。今日は「日本の土地は特別」という話を書きますが、昨日の話とも関連しています。が、正直にいうと「日本の土地」といいながら、日本以外のことはそんなに知らないので、厳密さには少し欠けます。それはご容赦を(笑)。時代を地名で呼ぶ日本は「時代」を呼ぶのに土地の名を使います。たとえば奈良時代、鎌倉時代、室町時代、江戸時代などなど。平安時代も、平安京といえば京都のことなので、これも含めてもいいでしょう。また、明治以降は「時代」とくくれるほどの時間が経っていませんが、未来にはこれも「東京時代」と呼ばれるかもしれません。ほかの国は違います(といっても、すべての国を知っているわけではありませんが…)。たとえば中国では「漢」・「唐」・「宋」など王朝名で呼びますし、西洋では「カロリング朝時代」「ナポレオン時代」「エリザベス朝時代」「ヴィクトリア朝時代」など人物名や制度などで呼びます。日本はちょっと特別です。そして、日本の時代が冠された土地は、その時代の雰囲気をいつまでも持つことになります。奈良や平安京(京都)は何となく奈良時代、平安時代っぽいし、鎌倉なんてあんなに東京に近いのにまだ鎌倉時代っぽい。これは観光政策の問題だけではありません。時代を冠された土地は、その時代の物語を持ち続けることになるのです。神話が地名を作る物語を持つ土地や京都や鎌倉だけではありません。日本最古の本である『古事記』や『風土記』の中からは、地名命名説話をたくさん見つけることができます。ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコト(湏佐之男命)が自分の宮殿を造るべき所を探して出雲国に行ったときに「ああ、ここに来て自分の心はすがすがしくなった」と言ったことで、その地が「湏賀」という名前になった(『古事記』)…とか。あるいは、五瀬命が敵が射た矢を手に受け、深い傷を負った。その時に、和泉の国(大阪)の海で手の血を洗った。そこでその海は「血沼海」という名になった(『古事記』)…とかね。近所の地名も物語を持つ地名や『古事記』などに書かれるものだけではありません。私たちの身近な地も、その地名をたどっていくと、神話や伝説に由来するところが多くあります。市役所や区役所などに行って調べてみると、「おお、こんな意味が!」ということがたくさん出てきます。私たちは、神話や伝説の地の上に生きているのです。情報の集積所《歌枕》それらが「和歌」に関連すると、その地は「歌枕」と呼ばれるます。歌枕とは、古来より歌に詠み続けられてきた地名のことをいいます。関西や東北は歌枕の宝庫ですし、江戸(東京)にも隅田川などいくつもの歌枕があります。、しかし歌枕は、単なる地名と片づけることのできない性質を持っているのです。歌枕には「枕」という語が含まれています。「枕」は、現代の私たちにとって枕はただの寝具にすぎませんが、古代の人々にとっては超自然的な力を持つ呪術的な寝具でした。「まくら」という語は「ま(真)」と「くら(蔵)」から成ります。すなわち「真実の容器」、あるいは「聖なる処」というのが枕のもつ原義でした。そして、その真の容器に入れるものは「神霊」であったと民俗学者の折口信夫はいいます。お祭りのとき、神の言葉を託宣する神官は「まくら」を設置します。そしてそこに神霊を呼び出します。神霊が宿ることによって神座となった「まくら」に神官は頭を置き、そこで仮睡すると神霊が託宣者に移り、彼は神の言葉を宣べたのだと折口は述べています。歌枕とは、そのような祭礼の「まくら」のように神霊の宿った地名をいいます。古代から歌われた和歌や物語がそこに霊魂として宿っているのです。そういう意味では、歌枕は古代からの情報の集積所でもあるといえるでしょう。生命の指標:ライフ・インデキス『風土記』や『古事記』中巻に地名起源説や土地の伝承が多く載っているのは、これらの書がまさに歌枕の書き上げの書、すなわち国々の霊力のインデックス本だからです。ある地名=歌枕を引くと、その物語や神霊の顕現である神の名が現れます。その地名は神々の歌や神々の物語につながり、さらに神々の霊力をも引き出すのです。まさにインデックスといえます。折口はこれを「生命の指標(ライフ・インデキス)」と名づけました。ある歌枕(地名)を耳にすると、それが具体化し胸に広がります。そしてその「生命の指標」である「歌枕」を歌の中に読み込むという行為は、生命の指標をそのまま歌の中に活かしていることになるのです。そのとき、それはただの歌を超えて「咒歌」となります。これは広義の歌枕(地名)、狭義の歌枕(歌語)のいずれにもあてはまります。歌枕から霊力を得る能では、そのように歌を詠まれた植物や昆虫が人的生命を得ることさえあるのです。かつて大和朝廷を脅かした古代の英雄アテルイは東北地方の勇者でした。このアテルイをはじめ、大和の貴族には想像もできないほどの強力な力をもった英雄たちが存在していました。古代の人々は、その英雄の霊力を身につけたいと思ったことでしょう。そのために「くにぶり」である「国魂=東北の歌枕」を詠み込んだ歌を通して霊力を得るのが一番だったのです。多くの人々が東北の歌枕を詠み込んだ歌を歌ったり、あるいは実際に東北の歌枕を訪ねたりしたのも当然のことといえます。歌枕は、そこを訪れる人に「歌枕パワー」や「詩魂パワー」を与える呪術的アイテムなのです。日本の土地ってすごいでしょ。*************…とだいぶ長くなってしまったので、続きはまた明日書きます。《続く》


 またまた安田登(能楽師)が書きます。私はこのプロジェクトの代表ではないのですが、文章を書くことがまったく苦にならないので書いています。 お許しを(笑)。 神楽は地霊に捧げる芸能 これもむかし、20年ほど前の話です。  出雲の大土地神楽を拝見した行ったときです。大土地神楽は、ひと晩中舞われる昔ながらの神楽です。  神楽を観ながら、昨年引退したという方とお話しをしました。 「神楽というくらいですから神様に捧げる芸能なのですか」 「う~ん、ちょっと違うかなぁ」 「では、盆踊りと同じく先祖の霊、祖霊に捧げる芸能なのですか」 「それもちょっと違うなぁ。神様は神様でも《土地》の神様に捧げているのです」 「天照大御神とか、そういう高天原(天上)の神様に捧げるのではないのですね」 「そう。土地の霊、《地霊》に捧げているんだよ」 「ということは、この土地に生まれた方でなくては神楽はできないのですか」 「いやいや、1年でも2年でもこの地に住めば、地霊との関係はできる。血筋とか先祖とかは関係ないよ」 この話を聞いたときに、正直いって驚きました。 日本は「血」や「生まれ」を大事にすると思っていましたが、実はそれは近年の話。日本の土地の神様はもっと大らかだったのです。  共同体は土地との関係で構築され、血筋や生まれなどは重要ではない。それがむかしの日本でした。 考えてみれば、すでに奈良時代には朝鮮半島から来た秦氏、東漢氏、百済氏、高麗氏などの渡来の人たちが貴族として日本の朝廷で活躍していましたしね。 世界に広がるエレウシースの秘儀 古代ギリシャには、オリンピック(オリュンポスの祭礼)以上に有名な祭礼がありました。 それが「エレウシースの秘儀」です。 この秘儀に参加した人は「死が怖くなくなる」と言われており、有名な哲学者やギリシャの王やローマ皇帝、さらには庶民や奴隷に至るまで、多くの人が参加しました。秘儀はオリンピックとともに、キリスト教によって禁止される5世紀頃まで続きました。 もともとこの秘儀は、神が「エレウシース」という土地の人々に与えたものとされ、アテネから約20km離れた街の「地元の祭礼」でした。しかしやがて、全ギリシャの人々、さらにローマの皇帝や庶民までもが参加する、世界的な祭礼へと発展していきました。 ちなみに、オリンピックには性別や身分といった厳しい参加条件がありましたが、エレウシースの秘儀は皇帝から奴隷まで、男も女も誰でも参加できる開かれた秘儀でした。交通網の発達による「地方」の広がり では、なぜ一地方都市の祭礼に過ぎなかったエレウシースの秘儀が、全ギリシャ、さらにはローマ世界にまで広がったのでしょうか。 その理由はいくつもありますが、大きな要因のひとつが、ギリシャやローマにおける「交通網」を含むインフラ整備による国際化です。 かつては容易に訪れることができなかった「エレウシース」に、簡単に行けるようになったこと。それが秘儀の拡大に大きく寄与しました。そして、それは「地方」という概念そのものの広がりを意味していたのです。 つまり、エレウシースという一地方(くに)の秘儀が、「ギリシャ」というより大きな「くに」の秘儀へと変貌していったのです。「くに」の変化と日本の事例「くに」の概念の変化は日本にも見られます。 江戸時代まで「くに(国)」とは地方を指しました。出雲の国、武蔵の国、摂津の国、山城の国……といった具合です。しかし明治以降、「国」と言えば「日本」という国家を指すようになりました。 これは明治政府の国家政策の影響もありますが、その前提となったのは、やはり交通網や交通手段の発達でした。新たなネットワークの時代へ ちなみに「交通網」は英語で「transportation network」と言います。場合によっては「communications network」とも表現されます。 要は「ネットワーク」なのです。 現代では、物理的な「交通(transportation)」にとらわれない新たなネットワークが次々と構築されています。その代表例がインターネットです。 さらにVRやARなどのXR技術の進化により、世界のネットワークはますます広がりつつあります。 そう考えると、共同体ももはや「土地」に縛られる必要はない――そんな時代が到来しているのかもしれません。 本プロジェクトも、そんな新たな共同体の可能性を模索したいと考え「ドラゴン・ネットワーク」なるものを考えました。 実は、これは本プロジェクトだけでは終わりません。これからさまざまな試行錯誤をしながら考えていきたいと思っています。 よろしければ、こちらのnoteもお読みくださいませ。https://note.com/tokyo_zatsu2504/n/n05023de58eaf


またまた安田登(能楽師)が書きます。私は二度ほど祭礼の復活に関わったことがあります。ひとつは箱根神社の延年の舞、もうひとつはある神社のお祭りの復活です、箱根延年復活にかかわったもののひとつは箱根神社(神奈川県)の「延年の舞」です。箱根神社には、鎌倉時代に書かれた文書(もんじょ)がありました。すべて漢文で書かれていますが、「延年」と書かれていました。延年というのは、鎌倉時代や室町時代にお寺の僧侶や稚児が舞った芸能です。「神社で延年?」と思いましたが、かつては神仏習合、そういうことは気にしなかったようです。読んでみると、箱根の九頭龍(くずりゅう)に関する芸能で、奈良時代の万巻上人(まんがん しょうにん)が神様とともに龍を改心させるという物語。舞うのは稚児(子供)で、箱根神社で奉納したあとには、鶴岡八幡宮に行き、頼朝公の前でも舞っていたらしいということがわかりました。まず漢文を古語に直し、それを私が台本にしました。そして、何人かの能楽師が地元の子どもたちに教えて、箱根神社で奉納し、それから鎌倉の鶴岡八幡宮でも奉納上演をしました。そののちは神社の方に引き継ぎ、奉納は続きました。神社のお祭りを復活もうひとつは、ある神社のお祭りの復活のお手伝いをしました。もう40年ほど前のことです(神社のお名前は内緒です:笑)。戦前の国家神道に対する嫌悪感や、GHQの政策などで、戦後は氏子も減り、、神社はかなり衰微しました。宮司さんが戦争で亡くなったりして、継承されないお祭りも多くあります。そんなとき、ある神社からなくなってしまった祭礼の復活の依頼を受けました。最初にしたのは、その祭礼がかつて行われていた時代の文献の調査です。日常的に行われていたお祭りです。その詳細を文書として残そうとは思わないところがほとんどなので、さまざまな記録をまとめながら、どのようなお祭りが行われていたのかを考えます。次にコンセプト作りです。その祭礼が存在するための根拠を、『古事記』『日本書紀』『風土記』『万葉集』『祝詞』などから探します。その土地にまつわる神話や伝説なども探します。そして、基本の資料が整ったところで、以下のことを神職の方たちと共同して行います。・どのような祭礼にするか(日時も)・式次第の作成・祝詞の作成・舞の作成その他、装束などさまざまなことを決めました。そして、そのあとで氏子の方などにお知らせしたりして、具体的な準備があり、祭礼が執り行われました。その祭礼には年々人が集まるようになり、その土地の神話が土地の方たちの間にも生き続けるようになりました。今回の「蔦島の大蛇」プロジェクトは上記ふたつの経験がもとになっています。


ありがとうございますおかげさまで初日に多くのご支援をいただき、2日目の今日もご支援をいただき続けています。本プロジェクトに、ご支援をいただき、あるいはご興味をお持ちいただき、ありがとうございます。おかげさまで初日に多くの方のご支援をたまわり、驚きながらも、大喜びしております(笑)。本当にありがとうございます。クラファン画面の概要では書き切れなかったことを、これから少しずつ書いていこうと思います。今日は、この企画が始まった経緯をもう少し詳しくお話したいと思います。以下、安田登(能楽師)が書きます。神話が消える仁尾の賀茂神社には「長床(ながとこ)神事」という重要無形文化財になっている神事があります。その神事では、それが行われている間、能の謡(うたい:歌謡)が謡われます。『蔦加茂(つたかも)』という謡です。昨年、その神事に参加したときに、その能の謡を謡っていた方が「今年はひとりになってしまった」とおっしゃっていたのです。去年まではもう少しいたのに、今年はひとりになってしまったと。しかも、ご高齢の方です。そこで謡われている能の謡は、ふだん舞台で観ることのできる演目ではありません。この土地に伝わる神話を能にしたもので、おそらく上演はされたことがない。しかし、土地の神話をよく伝える作品で、その神話を知る人も少なくなっていて、いまはこの能の謡の中にしか残っていません。そこで何とか残せないか!と思ったのです。能の上演という意見も…私は能楽師ですから、最初はこれを能として上演するのがいいのではと思いました。が、それにはいくつかの問題があります。・費用がかかりすぎる上演されたことのない能を上演するためには、かなりの費用がかかります。その負担を土地の方にお願いするのは心苦しい。・能は難しいそして、能は言葉も動きも難しいので、せっかく上演しても、若い方や子どもたちに楽しんでもらうことができないかも…という懸念もあります。・継続性さらに神話を残したいならば継続性も大事です。若い方たちや子どもたちが「自分もやりたい!」と思うことが必要なのです。そして、それを継承できるようなものにすることも必要なのです。声をかけてみましたそこで、概要にも書いた土地在住の海谷さん、近くのお寺(海岸寺)のご住職の上戸さんたちと何ができるかを話し合い、「これは子どもたちも楽しめる作品にしたらどうか」となり、「でも、もともとの能の謡も大事にしよう」ということになりました。そして、「こんなことをしたいんだけど」と仲間の人たちに声をかけてみたら、まず、マルチクリエイターでラッパーのいとうせいこうさんが「能の一部がもともとラップになってますよ。そっちに寄せちゃいましょう」と言ってくれ、この謡の一部をすぐにラップで歌ってくれました。それに明和電機のヲノサトルさんが電子音楽で音楽を付け、さらに美術家の山下昇平さんが作る龍に元・宝塚歌劇の大﨑緑さんが動きを付け、さらに観ているお客さんにもわかるように浪曲師の玉川奈々福さんと落語家の笑福亭笑利さんが「神話ですからお笑いを入れながら解説しましょう!」となったのです。あの…すみません。宮司さんもいない神社ですし、宗教行事としてすると学校に声もかけづらいので、お金が、お金がないんです…といったら、「なんならボランティアでも!」と言って下さったのですが、いやいや、そうもいかないでしょう…と思っていたら、まずは土地の方たちが協賛金を集めてくだいました。しかし、なんやかんやで出演者の総勢は24名。そのほとんどは東京からで、残りは京都から。交通費だけでも大変です。しかも、龍は大きな龍を一体、小さな龍も6体(クラファン・リターン用にもう一体)も作っちゃうし…。そしたら「クラファンやってみたら?」といわれ、今回のことになったのです。今日はこれから京都に移動です。明日、神戸の内田樹さんの凱風館で『銀河鉄道の夜』の上演をします。また明日以降にいろいろご報告いたします。『銀河鉄道の夜』の動画です。どうぞご覧くださいませ。《続く》


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