声が溢れ、つながり、小さな挑戦が巡る。福島県田村市にYOHAKU食堂をつくりたい

福島県田村市に、料理人が手がける和食を中心に、昼は定食、夜は藁焼きや一品料理を楽しめる小さな食堂「YOHAKU食堂」を立ち上げます。ごはんを囲む日常の中で、人の声がこぼれ、残り、誰かの小さな挑戦につながっていく。そんな「食堂から始まる挑戦の場」を、一緒につくる仲間を募集します!

現在の支援総額

1,456,000円

48%

目標金額は3,000,000円

支援者数

145人

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/05/15に募集を開始し、 145人の支援により 1,456,000円の資金を集め、 2026/06/28に募集を終了しました

声が溢れ、つながり、小さな挑戦が巡る。福島県田村市にYOHAKU食堂をつくりたい

現在の支援総額

1,456,000円

48%達成

終了

目標金額3,000,000円

支援者数145人

このプロジェクトは、2026/05/15に募集を開始し、 145人の支援により 1,456,000円の資金を集め、 2026/06/28に募集を終了しました

福島県田村市に、料理人が手がける和食を中心に、昼は定食、夜は藁焼きや一品料理を楽しめる小さな食堂「YOHAKU食堂」を立ち上げます。ごはんを囲む日常の中で、人の声がこぼれ、残り、誰かの小さな挑戦につながっていく。そんな「食堂から始まる挑戦の場」を、一緒につくる仲間を募集します!

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YOHAKU食堂のクラウドファンディングを応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。今日は、少し具体的な話を書きます。先日、及川さんから応援メッセージをいただきました。及川さんは、YOHAKUワークに参加してくださった方です。メッセージの中で、こんな言葉をいただきました。「否定しない・解決しない・評価しない場だからこそ、話し合いながら少しずつ次の目標が見えてくる」今のこの効率化の社会ではそういった場所は少ないと感じています。YOHAKU食堂でやりたいことって、まさにこういうことなんだと思います。誰かが何かを言った時に、すぐに「それは難しいよ」「じゃあこうしよう」「それって意味あるの?」と返すのではなくて、まずその声がそのまま置かれること。及川さんは、桑畑の活用について声を上げてくれました。そしたら、その声に賛同してくれる人が出てきて、実際に一緒に桑畑を見に行く流れが生まれました。これ、すごく地味に見えるかもしれません。別にその場で大きな事業が生まれたわけでもないし、何かが完成したわけでもありません。でも僕は、ここにYOHAKUでやりたいことの本質があると思っています。誰かが声を出す。それを聞いた人がいる。「じゃあ一回見に行ってみようか」となる。実際に現場に行く。僕も正直このYOHAKUのワークが無ければ「忙しさ」を優先してしまい、中々一歩を踏み出すことが出来なかったと思います。だからこそ、この一歩ってかなり大きいと思っています。地域の中には、たぶんこういう声がたくさんあります。使われていない場所。気になっているけど、誰にも話していないこと。やってみたいけど、一人では動けないこと。何となくもったいないと思っていること。でも、それを言える場がないと、そのまま消えていく。そして、言ったとしても、すぐに否定されたり、正解を求められたり、評価されたりすると、もう次から言わなくなる。だからこそ、及川さんが言ってくれた「否定しない・解決しない・評価しない」という感覚は、すごく大事だと思っています。YOHAKU食堂でつくりたいのは、すごい人だけが挑戦する場所ではありません。何気ない会話の中で、「実はこういうこと気になってるんだよね」「それ、一回見に行ってみようか」「誰か知ってる人いるかも」みたいなことが、自然に起きる場所です。ごはんを食べる。話す。声が出る。誰かが受け取る。ちょっと現場に行ってみる。そのくらいの小さな動きから、地域の中に新しい流れが生まれていくんじゃないかと思っています。及川さんの桑畑の話は、その小さな実例でした。まだ何かが完成したわけではありません。でも、声が出て、人が反応して、現場に足を運ぶところまで進んだ。僕はそれだけでも、YOHAKUの一歩が始まっている感じがしました。YOHAKU食堂ができたら、こういうことがもっと日常の中で起きる場所にしたいです。及川さん、本当にありがとうございます。そしてその桑の木からその木が花壇に使われたり、本当に小さな一歩が日々積み重なって行っています。


昨日は、FIP1年目の頃に僕が出していた「遊びを生業に」という構想について書きました。今見返すと、かなり広かったです(笑)地方創生、QOL、自己実現、移住、教育、マルシェ、空き家、地域内循環。やりたいことを全部詰め込んでいました。その為最終発表まで進めず、その当時のチームの皆さんには大変ご迷惑をお掛けしました。正直まだ「それをどう事業にするのか」は見えていなかったと思います。FIPの2年目に入って、少しずつ見えてきたのは、もっと日常に近い課題でした。田村には、すでに相談できる場所や、地域のために動いている人たちがいます。Switchのように、地域に関わる人を受け止め、挑戦を支えてきた存在があるからこそ、僕自身もここまで構想を深めてくることができました。その上で、もう一つ必要だと感じたのが、もっと日常の中で、構えずに声がこぼれる場所です。相談窓口に行くほどではないこと。まだ企画書にはならない「やってみたい」。誰かに話すほどでもないけれど、ずっと気になっている困りごと。地域に関わりたいけれど、どこから入ればいいか分からない人の小さな声。そうしたものは、日常の中でそのまま消えていくことがあります。そこがすごくもったいないと感じています。だからYOHAKU食堂では、既にある地域の取り組みや人の流れとつながりながら、ごはんを囲む日常の中で、そうした小さな声が自然に出てくる入口をつくりたいと思っています。今回、FIPでメンターとして伴走してくださった土屋俊博さんから、応援メッセージをいただきました。土屋さんは、「まちとしごととくらしの研究所」の主席研究員として、地域政策、企業経営、暮らしやコミュニティの領域を横断しながら、地域や事業の支援に取り組まれている方です。そんな土屋さんが、YOHAKU食堂について、人口減少が進む中で、事業者にとっては「経営が成り立ちにくい」こと、生活者にとっては「相談できる人が身近にいない」ことが、いろいろな困難につながっていると書いてくださいました。そしてYOHAKU食堂を、地域の方々が集まる、持続可能な場所をつくるプロジェクトとして受け止めてくださいました。土屋さんが大切にされている「まち・しごと・くらし」を横断して捉える視点は、YOHAKU食堂が目指していることとも重なっているように感じています。まちは、行政や制度だけでできるものではない。しごとは、企業や事業者だけで完結するものではない。くらしは、個人だけで抱え込むものでもない。本当は、その3つが日常の中でつながっているはずです。でも人口減少が進む地域では、そのつながりが少しずつ弱くなっていく。事業者は、経営のことを一人で抱えやすくなる。生活者は、困った時に相談できる相手が身近にいなくなる。地域の中にある小さな声や困りごとが、誰にも届かないまま消えていく。だからこそ、YOHAKU食堂では、食堂という日常の場を通じて、まち・しごと・くらしがもう一度つながる入口をつくりたいと思っています。この言葉をいただいて、ああ、そう見えているのかと思いました。YOHAKU食堂でつくりたいのは、すごく特別なコミュニティではありません。「今日ちょっとごはん食べに行こう」「誰かいるかもしれない」「少し話せるかもしれない」「この人に相談してみようかな」そんなふうに、困ったときや何か始めたいときに、ふと思い出せる場所です。相談会に行くほどではないことでも、ごはんを食べながらなら話せることがある。会議では出てこない本音も、食卓ではこぼれることがある。いきなり事業計画にはならない小さな「やってみたい」も、誰かに聞いてもらうことで少し動き出すことがある。だから、食堂という形に意味があると思っています。もちろん、想いだけでは続きません。ここはFIPで何度も問われてきたところです。誰が来るのか。どう続けるのか。売上はどうつくるのか。地域の中で本当に必要とされるのか。1年目の僕は、ここにまだちゃんと答えられていませんでした。でも2年目を通して、ようやく少しずつ見えてきました。まずは、ちゃんとごはんを出す場所をつくる。地域の人が日常的に来られる場所にする。その中で、人と人が出会い、小さな声が出て、必要な人や場所につながっていく。大きな仕組みを先につくるのではなく、まずは田村の日常の中に、そういう接点をつくる。それが、今のYOHAKU食堂の形です。土屋さんが言ってくださった「持続可能な場所」という言葉は、すごく大事だと思っています。一回盛り上がって終わる場所ではなく、地域の中で続いていく場所にすること。誰かが無理をし続けるのではなく、食堂としても成り立ちながら、人が集まり、声が出て、少しずつ挑戦が生まれていくこと。その形を、田村でつくっていきたいです。FIPの2年間があったから、最初は広がりすぎていた構想が、少しずつ現場に近い形になってきました。まだ完成形ではありません。でも今は、必要だと感じています。YOHAKU食堂は、ただの飲食店ではなく、地域の中で人が孤立せず、相談でき、小さな一歩が生まれるための場所です。


今日は、少しだけ昔の話を書きます。実は2年前、福島イノベーションプログラム(通称FIP)の中で、僕はすでに「地方創生×QOL 遊びを生業に」という事業構想を出していました。今見ると、正直かなり広いです。地方創生。QOL。遊びを生業に。自己実現。地域課題の解決。移住。教育。地域内循環。DAO。マルシェ。空き家。現地プログラム。やりたいことを、とにかく全部詰め込んでいました(笑)当時の自分は本気でした。人が自分らしく生きられる社会をつくりたい。田舎でも、自分の好きなことや得意なことを仕事にできるようにしたい。都市部で疲れている人が、地方で新しい生き方を見つけられるようにしたい。地域の課題を、誰かの挑戦や仕事に変えていきたい。その想いは、今とほとんど変わっていません。でも、当時はまだ、それをどう形にすればいいのか分かっていませんでした。FIPの中間発表では、ありがたい言葉もたくさんいただきました。地域の課題解決につながる。田村市の方針にも合っている。形になれば、人が集まるプラットフォームになりそう。未来に向けて必要な取り組みだと思う。そう言っていただけた一方で、かなり厳しい指摘も受けました。事業概要が抽象的すぎる。普通のマルシェと何が違うのか分からない。核となるコンテンツが見えない。収益源が細い。やりたいことが多すぎて、結局何を事業にするのか分からない。今見ると、本当にその通りだと思います(今でも何をやりたいのか分からないと言われますが(笑)当時の僕は、目指したい社会は見えていたけれど、そこにたどり着くための「最初の一歩」が見えていませんでした。地域を変えたい。人が自分らしく生きられる社会をつくりたい。遊びや好きなことが生業になる流れをつくりたい。そう思っているのに、具体的にはマルシェなのか、講座なのか、DAOなのか、空き家なのか、移住支援なのか、自分でもまだ掴みきれていませんでした。でも、この2年間、その問いを考え続けてきました。どうすれば、ただのイベントで終わらないのか。どうすれば、思想だけで終わらず、日常の中に根づくのか。どうすれば、人の「やってみたい」が、ちゃんと小さな仕事や挑戦につながっていくのか。どうすれば、田村の中で続いていく形になるのか。その問いを持ち続けた先に、ようやく見えてきたのが、YOHAKU食堂でした。マルシェやイベントだけでは、どうしても一時的になってしまう。オンライン講座だけでは、田村の日常には入り込めない。いきなり大きな仕組みをつくろうとしても、地域の中に声が出る文化や、人と人がつながる土台がなければ続かない。だから、まずは食堂なのだと思いました。ごはんがある場所なら、人は自然に来ることができます。食べに来る。誰かと話す。ほっとする。ふと本音がこぼれる。「実はこういうことをやってみたい」と言える。それを聞いた誰かが、「それ面白いね」と反応する。そこから小さな一歩が始まる。2年前に僕が言っていた「遊びを生業にする」という言葉は、今、YOHAKU食堂という形に変わろうとしています。遊びというのは、ただ楽しいことをするという意味ではありません。自分の中にある好奇心や、好きなことや、得意なことや、ふとした違和感を、ちゃんと外に出せること。それが誰かとつながり、少しずつ仕事や活動や生業になっていくこと。その入口を、田村の日常の中につくりたい。それがYOHAKU食堂です。2年前の構想は、正直かなり未完成でした。でも、根っこにあった願いは変わっていません。変わったのは、やりたいことを全部広げるのではなく、まずは一つの場所に絞ったことです。田村で、食堂という日常の場をつくる。そこで人が集まり、声が出て、小さな挑戦が生まれる。その動きを、地域の中の人や場所や仕事につなげていく。YOHAKU食堂は、2年前にうまく言葉にできなかった構想の、最初の実装です。あの時は抽象的すぎた。やりたいことも多すぎた。事業としてもまだ弱かった。でも、だからこそ、ここまで問い直してきました。そして今、ようやく言えます。僕がやりたかったのは、ただのマルシェでも、ただの講座でも、ただのコミュニティでもありません。人の中にある「やってみたい」が、田村の日常の中でこぼれ、受け止められ、小さな挑戦や生業に変わっていく流れをつくることです。その最初の場所として、YOHAKU食堂を立ち上げます。2年前の未完成な構想を、ここから福島県田村市で、ちゃんと現場の形にしていきます。


YOHAKU食堂のクラウドファンディングを応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。今日は、JR東日本企画、jekiの松本さんからいただいた応援メッセージを紹介させていただきます。松本さんは、これまで田村市に挑戦者を呼び込むための施策を一緒に考え、田村市とのやり取りや企画づくりの中でも、たくさんの力を貸してくださっている方です。田村の中にある可能性を外から見つめ、どうすれば地域に関わる人が増え、挑戦が生まれ、継続していくのか。そのことを、表に見える部分だけではなく、裏側でもずっと考え、動いてくださっています。今、田村に少しずつ挑戦者が生まれている背景には、Switchの積み重ねがあります。そして同時に、松本さんのように、田村の外と内をつなぎ、挑戦者が関わる流れを一緒につくってくださっている方の存在も大きいと感じています。そんな松本さんが書いてくださった言葉の中で、特に僕の中に残ったのが、「空白は、新しい何かが始まる余白へと姿を変えている」という言葉でした。この言葉をいただいた時、僕自身もすごく腹落ちしました。YOHAKU食堂の「余白」という言葉は、ただ空いている場所という意味ではありません。何もないように見える場所に、まだ始まっていない可能性があること。まだ言葉になっていない想いがあること。まだつながっていない人や挑戦があること。そして、それが動き出す余地があること。僕たちは、その「余白」を大切にしたいと思っています。田村には、すでに挑戦している人たちがいます。自然を活かした場をつくる人。サウナやアウトドアの場をつくる人。キッチンカーで動き出す人。地域で小さな事業を始める人。自分の好きなことや得意なことを、少しずつ形にしようとしている人。でも同時に、それぞれの挑戦がまだ「点」のままになっていることもあると感じています。一人ひとりは動いている。面白い人もいる。可能性もある。でも、それがまち全体の流れとしてつながりきっていない。そこに、YOHAKU食堂の役割があるのではないかと思っています。YOHAKU食堂でつくりたいのは、何か大きなことを上から動かす場所ではありません。ごはんを食べに来る。誰かと話す。たまたま隣に座った人の活動を知る。「それ面白いね」と会話が生まれる。「じゃあ一緒にやってみようか」と小さな動きが始まる。そんな、日常の中で人と挑戦が自然につながっていく場所です。松本さんが言ってくださったように、YOHAKU食堂は、バラバラだった個々の「点」を、「線」にし、「面」へと広げていくための結節点になりたいと思っています。田村の中にある挑戦を、特別な誰かだけのものにしない。一部の人だけが頑張っている状態ではなく、まちの中にある小さな声や動きが、少しずつ重なり合っていく。挑戦する人を応援する人がいる。応援された人が、また誰かを応援する。外から来た人が、地域の人と出会う。地域の人の困りごとが、誰かの仕事や企画になる。小さな点が線になり、やがて面になっていく。その流れを、田村の日常の中につくっていきたいです。東日本大震災から15年。田村には、簡単には言葉にできない時間の積み重ねがあります。でも今、その中から少しずつ、新しい挑戦が生まれ始めている。その挑戦を、一人ひとりの点で終わらせず、町の日常の中でつなげていく場所をつくりたいと思っています。何かを諦めていた人が、もう一度「やってみたい」と思える。地域に関わりたい人が、最初の一歩を見つけられる。すでに挑戦している人たちが、孤立せずにつながっていく。そんな場所を、田村につくりたいと思っています。空白を、余白へ。その言葉は、YOHAKU食堂が田村で担いたい役割そのものだと感じています。何もないのではなく、まだ始まっていないだけ。つながっていないのではなく、つながる場所がまだ足りないだけ。挑戦がないのではなく、挑戦が日常に混ざる入口がまだ少ないだけ。だからこそ、YOHAKU食堂をつくります。ごはんを囲む日常から、人と人が出会い、田村にある挑戦がつながり、次の一歩が生まれていく。今まで、この田村で挑戦後押ししてきた松本さんが居たからこそ、それをまた繋いでいきます。


先週は、YOHAKU食堂の原点について書いてきました。なぜこの事業をやりたいと思ったのか。なぜ、人が自分の声を取り戻し、小さな挑戦が生まれる場所をつくりたいのか。その背景には、自分自身のこれまでの経験や、AMT、ローカルベンチャーラボでの学びがありました。今週はもう少し、なぜ福島で、なぜ田村市でこの事業を始めるのかについて書いていきたいと思います。僕が田村市に来る大きなきっかけになったのは、一般社団法人Switchとの出会いでした。Switchは、田村市を「未来と可能性が育まれる地域」にすることを目指し、地域の中にある気づきや課題、ニーズをもとに、人や資源、スキルをかけ合わせながら、新しい価値を生み出そうとしている団体です。その考え方に、僕は強く惹かれました。田舎には何もないのではなく、まだ形になっていない可能性がある。空き家も、自然も、人のつながりも、暮らしの中にある小さな違和感や願いも、見方を変えれば新しい仕事や挑戦の種になる。その考え方は、僕がずっと持っていた、「人が自分らしく生きられる社会をつくりたい」という想いと重なりました。だからこそ僕は、田村という場所に惹かれました。何か完成されたものがあるから来たというより、同じ方向を見ている人たちがいて、ここなら自分の想いを地域の中で形にしていけるかもしれないと感じたからです。その中でも、久保田さんとの出会いは大きなものでした。最初から明確な答えがあったわけではありません。空き家なのか、拠点なのか、場づくりなのか、仕事づくりなのか。自分の中でも言葉になりきっていない想いを、田村の現場に照らし合わせながら、何度も話させてもらいました。そのたびに、久保田さんはすぐに答えを出すというより、「それは田村でどうやるのか」「誰にとって必要なものなのか」「地域の中でどう接続するか」という視点を投げかけてくれました。その時間があったからこそ、僕の中で少しずつ整理されていったことがあります。最初、僕は空き家の利活用から考えていました。使われなくなった空き家を活かし、そこに人が集まり、新しい仕事や活動が生まれていく。そんな形ができないかと思っていました。でも、田村で時間を過ごし、地域の人たちと話し、自分の想いを何度も言葉にしていく中で、少しずつ気づいていきました。僕が本当にやりたいのは、空き家を活用することそのものではない。場所をつくることだけでもない。人の中にある「やってみたい」が、田舎でもちゃんと形になり、それが生業や小さな仕事として地域の中で循環していく流れをつくりたいのだと。そのための土台をつくりたいのだと分かってきました。田村は、すでに完成された成功事例がある場所ではないかもしれません。でも僕は、そこに可能性を感じています。まだ決まりきっていないからこそ、余白がある。これから何かを始められる余地がある。大都市のように何でも揃っているわけではないけれど、だからこそ、人と人の距離の近さや、空間の余白や、暮らしの中にある小さな声から、新しい動きが生まれる可能性がある。僕は、田村にその可能性を感じました。そして、空き家や拠点づくりを考え続けた先に見えてきたのが、YOHAKU食堂でした。食堂なら、まず人が来る理由があります。ごはんを食べるために来る。誰かと会うために来る。仕事帰りに少し立ち寄る。一人でも来られる。地域の人も、移住者も、外から来た人も、同じ食卓に座ることができる。空き家をただ再生するのではなく、そこに人が集まり、会話が生まれ、やってみたいことが少しずつ形になっていく。その入口として、食堂という形が一番自然なのではないかと思うようになりました。Switchが大切にしている、地域の中の気づきや課題、ニーズから価値を生み出していくという考え方は、YOHAKU食堂にもつながっています。誰かの小さな違和感。まだ言葉になっていない願い。地域の中にある困りごと。やってみたいけれど、一人では踏み出せないこと。そうしたものを、ただの個人のつぶやきで終わらせず、人や場所、資源とつなげていくことで、新しい価値や生業が生まれていく。僕は、その流れを食堂という日常の場所からつくりたいと思うようになりました。福島で始める理由は、僕自身が震災をきっかけに、たくさんの人との出会いによって生き方を変えてもらったからです。あの時、福島で出会った人たちの姿や言葉が、自分の人生を大きく変えてくれました。だから今度は、自分が福島で、人の人生が少し動き出すきっかけをつくりたいと思っています。田村で始める理由は、この地域にまだ、声と挑戦がつながる余白があると感じているからです。そして何より、ここで出会った人たちとの縁があったからです。一人では、ここまで形にできませんでした。話を聞いてくれる人がいて、問いを投げてくれる人がいて、時には厳しい視点をくれる人がいた。その積み重ねの中で、YOHAKU食堂は少しずつ形になってきました。何もないように見える田舎に、生業をつくる。地域の中にある気づきや課題、ニーズから、新しい価値を生み出していく。その考え方に惹かれて田村に来た自分が、今度はYOHAKU食堂を通じて、誰かの小さな「やってみたい」が生まれる場所をつくっていく。そんな一歩を、福島県田村市から始めたいと思っています。


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