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現在の支援総額

18,000

1%

目標金額は1,000,000円

支援者数

4

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

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 美子は書店で探していた顔を見つけた。 本の表紙に彼女の顔と全身が載っていた。…病んでいる。彼女は病んでいる。眼の座り方が普通で無い。眉間の力が眸を中央に引き寄せている。何時も一点を見つめてる。見えないものを見ようとしている。そうだ。彼女は二酸化炭素を見ているのだ。二酸化炭素が見えるのだ。病まないと二酸化炭素が見えないのだ。私と同じもう直ぐ一七歳。かなり小柄。発育不全に感じてしまう。きっと幼い頃拒食症に見舞われたのだろう… ストックホルムに住む彼女は環境活動家と称されている。マスコミは頻繁に彼女の活動を取り挙げ賛辞を送っている。それで彼女を知っていた。まともな高校生ならばみんな知っている。賛辞を送っているのはマスコミだけでは無い。地球温暖化を憂う団体から、彼女の活動に対して、例えばスウェーデンの国会議事堂の前でのたった独りでの抗議の座り込み、そして金曜日の学校ストライキ(『Friday for Future』)を表彰した。他にも富裕層の慈善団体や個人から多額の、それも五十万ポンド規模の寄付を贈られている。 彼女はノーベル平和賞に推薦されそうになると「私はもう賞はいらない。私はもう充分に活動を評価された。欲しいのは大気から温室効果ガスの駆逐。少なくとも世界中がパリ協定の遵守が欲しい」と辞退。 この辞退もマスコミは放って置かなかった。 西欧では彼女に共感したひとつの都市圏で一〇〇万人以上の学生が様々なスタイルで地球温暖化に消極的な自国や先進国への抗議を行っている。それは複数の都市圏で同時発生。そして継続した活動として定着している。日本では彼女の活動への共感と支持はあまり広がっていない。声を挙げたのは一〇〇人ほど。その活動はデモ。学校ストライキまで発展していない。それも単発的。継続した抗議活動が定着していないのは日本のマスコミがヨーロッパに比べて取り上げていないからでも在る。彼女を知らない高校生も多い。 私が彼女を知り、共感しても、「あらゆる手を尽くし地球温暖化を世界規模で食い止めなければ私たちの未来は無い。私の未来を盗まないで」と叫ばないのは、私には二酸化炭素が見えないからだ。温室効果ガスの充満を皮膚に感じないからだ。病まないと見えず、感じ取れないのだ。 彼女は自らのアスペルガー症候群を「スーパーパワー」と言い切っている。アスペルガー症候群は自閉症スペクトラムに分類されている。スペクトラムとは連続する状態を意味する。要するに発達障害なのだ。自分が思い考えること以外に興味も関心も無いのだ。だからこそのスーパーパワーなのだ。アメリカを除くパリ協定に調印した世界の国々が協定を遵守したところで平均気温は上昇する。パリ協定とは2030年までの平均気温上昇を産業革命以前から1.5度未満に抑えるのが目標。1.5度の上昇では済まないとの研究発表が相次ぐ。これが彼女の更なる活動の根拠となっている。手遅れの前に何とかしなくては…。1.5度の上昇でも手遅れかも知れないのだ。平均気温1.5度の                                上昇が何をもたらすのか…。勉強するならば直ちに理解できるのに…。 彼女への風当たりは強い。それはパリ議定書に調印して当面の任務を果たしたと肩の荷を降ろしている政治家が中心。パリ議定書を取り纏める議場から「地球温暖化はフェイクニュース」と言って派遣した代表団を引き上げさせたアメリカの大統領もその一人。彼は都合が悪くなると「フェイク」と叫ぶ。 彼女の反論は痛快だ。「家が燃えているのに何もせずにただ見ているだけ」「学校に戻って勉強せよ」に対して「未来が無くなるのにナゼ勉強しなければならないの。私は温室効果ガス。特に二酸化炭素を減らす勉強をしてきた」。 共感を強めたのが「永遠の経済発展は幻想なのだ」。 新型コロナの感染は全世界に広がっている。当然に経済活動は停まった。これだけでも「永遠の経済発展」は怪しくなる。「永遠の経済発展」は二〇三〇年には気温を1.5度以上も上昇させる。これは手遅れを意味する。北極の氷が解け北極熊が絶滅。グリーンランドや南極の二千メートル以上の氷河が薄くなり海面の上昇を加速する。国土が水没する国も出てしまう。海面温度の上昇は異常気象を多発させる。異常気象の多発は既に現れている。 彼女は声を挙げていないが「貴方と貴女が無自覚に求めてきた永遠の経済発展はコロナで止まってしまった。経済のダメージは計り知れない。パリ議定書から逃げだした大統領が治める国の被害が著しい。そのお陰で二酸化炭素の排出量が激減している。飛行機が飛ばない。走り回る車も激減。工場も稼働していない。電力の供給量も右肩下がり。どう、この辺りで新しい生活のスタイルを作ってみては…。便利快適から不自由でも二酸化炭素を排出しない生活スタイルに変えないと…。コロナは長い間手をこまねいてきた人類に怒った神さまの警鐘。それでもまだ永遠の経済発展を続けるのですか…。人類は北極に氷が無くなった時に後悔するんですか…」と言いたいに違いない。地球温暖化を阻止するには、二〇三〇年を笑顔で迎えるには、経済活動を変えなければイケナイのだ。すなわち便利快適のあくなき追及を止めなければならないのだ。その原型がコロナに怯えた感染防止の今に在る。人類はコロナに怯えていても、地球温暖化に怯えていない。何と云う鈍感。  彼女は恋とは縁遠い。恐らく初恋を体験していない。だから恋の悩みとは無縁。関心が在るのは二酸化炭素と温室効果ガスの劇的削減。恋は、その目的の延長上か、達成してからの雑事なのだろう。 彼女の主張と行動に共感しつつも、前のめりにならなかったのは、私には二酸化炭素が見えなかったからだけでは無い。温室効果ガスを皮膚で感じ取れなかっただけでも無い。彼女の本の表紙の写真に嫌悪を覚えてしまった。その瞬間に体重がつま先から踵に移った。私に似ている。身体つきは違うけれど、私が怒りを抑え切れなくなったり、答えが見つからず苛ついている時の顔つきに似ていた。そんな時は誰も近づいて来ない。大輔は勿論、花南でさえも。私は                                あの表情を周囲に振りまいていたんだ。独りだけの時に許される表情なのに。陽大にもあの表情を見せていたのかも知れない。だったら嫌がられる。 これが彼女への熱を冷ました。 すべては美子の心の裡に在った。 日々強まる陽大への恋慕を弱めたいと、夢中になれるものを探している途中に彼女に出逢っただけだった。彼女への共感は確かだった。しかし共感に至るまでの動機が自分勝手。彼女への共感が、これだけは譲れないとする、心の中の塊にならなかった。前のめりになったとしても私は彼女に乗っかっているだけの女止まり。なのに陽大の塊は日増しに大きくなってゆく一方。止めようが無い。彷徨っている私の魂。しかし止めようにも止められない。 美子の表情は本の表紙に近づいてしまった。■4/12にリターンを見直しました。活動報告の4/12をクリックして下さい。


『The only one who can beat me is me』(私を倒せるのはただの一人。                                私だ)を見つけた。この自信と迫力に満ちたタイトルに魅きつけられてクリックを繰り返した。『マイケルの練習メニューと心構え』が浮き出てきた。有料だった。和訳はない。英文をダウンロードする時の費用が三五ドル。『Question』が設けられていたので高いと思わせなかった。クレジットで購入。速攻でダウンロードした。プリントするとA4で八枚。 金色のスパイクはウサインボルトの独占と思っていたがマイケルが先駆けだった。他を圧倒したレジェンドに金色が似合う。マイケルはオリンピックで四百を二連覇。それだけを記憶していた。それが違った。二百も連覇。認識不足だった。マイケルは若きアスリートや指導者に自分の経験を伝える情熱を燃やしていた。マイケルも四百を無呼吸で走るを前提に自分の経験を綴っていた。 早速『Question』に書き込んだ。『400メートルは一回も呼吸せずに走り切れるのでしょうか。私は一度は呼吸しないと走り切れないと考えています。最大出力での無呼吸運動は4〇秒が限界です。私のボーイフレンドが4〇〇に打ち込んでいてタイムは52秒で平凡ですか才能を感じています。一八歳です。身長は貴方と同じです。私は日本人の十六歳。高校一年生。五月で十七歳になります』 一週間待った。返事が来ない。やはり無理か。 いち面識もない日本の小娘への返信はマイケルにとっては想定外なんだ。 一〇日が経った。 美子のパソコンに英文のメールが送られていた。『From Micheal』に美子の心が踊った。…レジェンドは私を見捨てなかった…『To Yoshiko私の十八歳の時の記録は51秒台だった。コーチの指導通り走っても速くならなかった。私は才能が無いと400を諦めかけていた。私は教本やコーチが言う常識を疑うことから始めた。これで駄目なら踏ん切りがつくと…。 私は本能が命じるままに走ってきた。 酸欠して苦しくなったら呼吸しているのだと思う。しかし記憶にないのだ。苦しくなってきたらPitchを落とさないことばかり考えて走っているから。特に350からを落とさない練習を続けているうちに今のFormが造られた。前傾するとPitchが上がらないと気付いた。それからは背筋をピンと伸ばすPitch走法を磨いた。コーチからは反対された。ストライドを伸ばした方が速く走れると。これが陸上界の常識だった。私は無視した。400を速く走るにはピッチを落とさないが最善と考えていたからだ。それからはPitchを落とさず一歩の距離を伸ばす練習を続けた。その結果200も速くなった。私が43秒19の世界新記録を叩き出した時はラスト100を10秒を切った。ピッチを落と                                さずに走り切れば10秒を切る。切ったならば世界記録を更新できる。このトレーニングが最も苦しかった。そうして私は確信を現実化した。それからはオリンピックと世界選手権で敗け知らず。 呼吸は気にしなくても良い。苦しくなった呼吸するのが人間の生理。大切なのは苦しくなった時に如何にPitchを落とさないかなのだ。上半身と腕と足と脚で身体を前に進める。その為に背筋と体幹を鍛え抜いた。その結果、金色のスパイクを履いても誰も笑わなくなった。 Yoshikoとは友達になれそうだ。400を科学的に考えている。そしてボーイフレンドの才能を見出し既に信じている。高校生の時の私は孤独だった。                           From Micheal 』 質問して良かった。やはり本当の処は書かれていなかった。なんでもそうだ。もうひと堀が重要な時、もうひと堀を見極めないと理解すらできない。 美子は『勝利の三段ロケット』に自信を持った。…信じられない。四〇〇を一二五歩で走り切るなんて。一歩が三.二メートル。 私の走り幅跳びの記録を越えている。超人とは恐ろしい。ならばここからが努力。頑張りの開始。持久力を高めるには心肺機能の強化。高地トレーニングが最良だ。君が持久力をたずさえた時には、そしてラスト百を一〇秒台前半で走るスプリントを持ち合わせた時には大変なことになる。君は成長過程の只中に居る。根性練習はダメ。身体の何処かを壊す。恐らく足か脚。一度壊したら容易には元に戻らない。これは絶対ダメ。正しい計画に基いてのトレーニングが怪我を防ぐ。ウエイトトレーニングも重要。君は上半身がまだ弱い。マイケルジョンソンと比べたら一目瞭然。マイケルを選んだのは身長が君と同じだから。彼が叩き出した四三秒一八の世界記録は一七年も破られなかった。六〇キロ台後半の君の体重。マイケルは七八キロ。上半身の筋肉が分厚く強い。ここが大きく違う。違いはもうひとつ。マイケルはピッチ走法。でもあまり気にしていない。君はまだ成長過程。身体が出来ていない。私が計画を創る。走るのが好きな君。これも才能のひとつ。私の計画に基づいて練習すればこれからの一年で八秒を縮められる。そうしたら四十四秒台。あとひと息でオリンピアンに手が届く。その先はオリンピックでのファイナリスト。今年のインターハイ前にはアメリカのボルダーで高地合宿。費用は私が出す。トレーナーも私。カウンセリングも私。このふたつはもう少し勉強が必要だ。整体は週二で教室に通っている。基本は理解した。後は施術の習得。反復して身につける。右脚と左脚の長さが違った時の対処はできるようになった。先ずは一二五歩で何処まで走れるか…。君の一二五歩にかかるタイムを知る必要あり… やはり陽大には私が必要。運動生理学と栄養学も学ばなければ。でも栄養学はゆっくりで構わない。陽大への食事を作る環境に無いから。 二年生になったら陸上部に入る。陽大の専属のトレーナー兼マネジャーになる。トレーナー兼マネジャーなら花南を邪魔しない。                                 ボルダーへの旅費と滞在費は四週間で一人約五〇万円ほど。                               美子には費用捻出の秘策が在った、 到着してから一週間は身体慣らし。それからが本格始動。日本に戻ってから五日目辺りからボルダーの効果が出る。スケジュールはインターハイの道予選に合わせる。これはマネージャーの責務。ボルダーで『勝利の三段ロケット』をマスターしてもらう。ホイッスルとストップウオッチとハイスピードカメラも準備完了。出発するまでにカウンセリングの技も磨いておかなければ…。 ボルダーの空は蒼い。 標高が高いからだ。 ひんやりとした空気が乾いている。 砂漠の中の高地だからだ。 ブラインドをこじ開け蒼い朝空を見仰げ食堂に降りる。  目玉が壊れたベーコンエッグ。 アメリカ人は多少のことには拘らないみたい。 テーブルに置かれた皿にはオレンジやメロン、キュウイと茹でとうきび。 とうきびは茹で上げたまま積まれている。  オレンジもメロンもキュウイも丸のまま。 食べ放題。オレンジジュースも飲み放題。 大皿の隣の受け皿には何本ものナイフとフォークが置かれていた。 焼き立てのクロワッサンの甘い香り。 コーヒーメーカーからはアロマが香る。 健康的な朝だな。 別々の部屋に泊まるのは不自然。 別々は君との距離。 私はイザ知らず君は恋にうつつを抜かしてはいられない。 私を抱いた甘美の虜になっていられない。 昨夜私に悪魔が襲ってきた。 コロラドの月灯りが部屋を明るくすると悪魔が入り込んできた。 夜中に枕を抱えて君の部屋に忍び込む。 眠っている君を起こさないようにベットに潜り込む。 君は私の背中に腕を回した。  待ちかねていた私は君の胸にすがりつく。 これから毎晩悪魔の誘いと格闘するんだ。 不健康だな。 着いてから八日目の朝。 今日から君は疾風になる。 私は二番目でも構わない。 陽大と一緒に走る時を持ちたいから。                                これを私の愛と言わなければ何と叫ぶのだろう。 美子は『愛』が受け入れられる夢を見た。■4/12にリターンを見直しました。活動報告の4/12をクリックして下さい。 


 一八五の君の走りは美しい。足が長いからストライドが大きい。跳ぶように走っている。蹴り足がお尻に届きそう。ピッチがゆっくりでも前に進む。他のランナーは五歩。君は四歩。スピードは同じ。四百での歩数は百八〇歩。一般的なランナーは二〇〇歩を超える。この違いは大きい。ランナーとしてのポテンシャルが桁違い。これは才能だ。才能とは頑張らなくてもできてしまう領域。一年間で八秒も縮めたのは才能。しかし君の走りの美しさは二五〇まで。二五〇まではトップか先頭集団。そこから、もがき、が始まる。酸欠で全身がもがく。もがくと失速する。四百は最後の百が勝負処。最後の最後の五〇が本当の闘い。今の君はそれ以前に離脱している。四百は苦しい。百のスプリントとスピードを持続する筋力。呼吸せずに走り切る持久力も要る。究極の無酸素運動。スタートしてから百までは誰も呼吸しない。呼吸するとスピードがその瞬間弱まる。だから百のランナーは呼吸しない。百なら無呼吸でも走り切れる。二百も無呼吸で走り切る。四百も無呼吸で走るらしい。しかし君には無理。君の才能は持久力を持ち合わせていなかった。 走り終わった時。苦しそうに喘ぐ君。両手を腰に当てて天を仰ぐ。大きく呼                                吸して酸素を取り込む。幾ら苦しくても君は膝に手を置かない。顔を地面に向けない。ここが他のランナーと違う。「俺はランナーでは満足できない。レーサーを目指している。下を向いては跳ぶように走れない」と聴こえてくる。何時も遠くを見つめている君。そんな時には流行り歌のひとつでも聞かせてあげたい。それもビートの効いたロック。「リラックスすれば跳ぶように走れる」                               と言いたい。これが私の精一杯。君は流行り歌なんか聞かないと思っても私に少し近づいてもらいたくて…。眠れない私が夜を過ごして朝を迎えられたのは流行り歌と自分の歌と唄のお陰なのさ。それを知って欲しくって…。 私はギターケースを背負ってチャリに乗っている。 後ろから君が追いかけて来た。 見る見るうちに距離が縮まる。 このままでは抜かれる。 チャリと走りのトライアルで走りに敗けたらみっともない。 恥ずかしい。 私は立ち漕ぎ。 思い切り力を込めた。 風圧で思うようにはスピードが出ない。 頭の後ろのギターのネックが邪魔。 ネックも風圧を受けている。 前後に揺れる私の後頭部を打つ。 前輪の上の籠も邪魔。 籠に入れたリュックがグラグラして前進を阻んでいる。 君の足音が聞こえてきた。 息づかいが間近。 並んでしまった。 私は敗けじと「これでもかぁ」とペダルを踏みこんだ。 足元には縁石の段差。 前輪が右にグニャ。 バランスが崩れた。 危ない。 私は右側に放り出された。 幸運だった。 右には君が居た。 受け止めてくれた。 アスファルトに叩きつけられなかった。 君は私をお姫さまダッコ。 笑っている。「無茶するなよ」「だって敗けたくなかったんだもの」                                「美子もギターも壊れるところだった」 君は私を降ろしてギターケースを背中から外そうと…。「イヤ。もう少しダッコ」「…」 君の長い髪が私に触れた。 汗の匂い。「ねぇ。これってシアワセ。時間よ停まれ」 横倒しのチャリの車輪が空回りしてた。「誰か見ていてくれないかなぁ~」 はにかんだ君は私を歩道に立たせた。 チャリのスタンドにストッパーを掛けた。 夢見心地はもの想いを強めてしまう。 一年間で八秒縮められたのは才能。才能だけではオリンピアンになれない。ましてファナリストは絶対に無理。オリンピックや世界選手権では決勝まで三日間で三本の予選がある。二本を上手く早く走れたとしても準決を勝ち上がれない。準決で力を使い果たしたら決勝はみじめだ。ファイナリストたちは予選のレース運びが上手い。力を出し切らない。着順勝負の予選。その通過の着順を見据えて走る。何時もと同じように力を込めて走るのは三百過ぎまで。それからは周囲をキョロキョロ。通過できるスピードに切り変える。全力は決勝と決めている。彼らは全力での四百のダメージを熟知している。全部を使い切ると回復までの時間がかかる。次のレースは翌日に待ち構えている。これを可能ならしめているのは対戦者との力の見極め。そして自分の力への信頼と金メダルまでの戦略。この戦略なくしてオリンピックや世界選手権で勝てない。 美子はマイケルジョンソンをネットで探しまくった。 日本の四百の教本はどれもこれも当たり前のように無呼吸を前提に書かれていた。美子の疑問が膨らんだ。納得できなかった。最大出力の下での人間の無酸素運動は四〇秒が限度。四百を四〇秒未満で走る人類は居ない。マイケルでさえ四三秒一八。何処かで最低でも一回呼吸しなければ四百のゴールまで辿り着けない。君ならば二百を越えた処で一度。三百で一度。更に三百五〇の勝負処で最後の一回。名づけて『勝利の三段ロケット』。「素人が何を言っているのか」と四百の権威に言われそう。笑われそう。何を言われても、笑われても構わない。私は君が速く、強くなれば良いのだ。  美子はついにマイケルを見つけた。


 ヤダ~。 また陽大を想っている。 走っている姿が浮かんでくる。 何かに夢中になっていないと何時もボ~ッと想ってしまう。 静かな時間がやって来ると決まって陽大に集中してしまう。 陽大は「俺と似ていると想った。共通する何かを感じたんだ。俺は恐らく捨 て子。それで我慢できなくなって声をかけた」と私と花南に言った。「こんな話を聞いてしまったら花南の他にもう一人応援しなければならない」 美子の陽大への思慕はこの時から始まっていた。 陽大と花南の共通項は小っちゃい頃の不遇。 それも誰もが経験するような不遇ではない。 陽大と花南の強さは共通している。『とにかく生きる』『生きる為に全力を尽くすのを厭わない』『全力を尽くさなければ自分らしく生きられない』 それが二人を結びつけている。私にはそれらがない。生きるって、ごく当たり前の日常。花南の全力は五歳の時から幾度も目撃した。時として私も花南と一緒に頑張った。一緒に頑張らなくても応援し続けた。それは大輔も同じ。                                 陽大の全力を私は知らない。知らなくても施設で育ち、暮らすを考えてみるなら分かる。分からなければ愚か者。施設で暮らすとは保護と援助と補助の渦中。そうでなければ施設は子どもを守れない。子どもの成長を保障できない。それは規律を生み出す。施設の暮らしは規律との向き合い。ささいなことで縛られる。就寝時間や起床時間。それと食事時間。テレビを観る時間も決められている。それはテレビの番組にも及ぶ。観たい番組を観られないに慣れなければ暮らしてゆけない。規律に鈍感にならなければ暮らしてゆけない。 気に懸かって施設の暮らしぶりを調べた。小一になると園長先生から月々のお小遣いが渡される。最初は五百円から。年ごとに増えて二千円が限度だった。就学前の子どもたちに人気のアンパンマングッズの人形たちや多種多様のカードつきのお菓子も買えない。遊び友だちが持っているのを眺めるだけ。それでも同じ境遇の子どもたちに囲まれて生活できるのはある意味幸運。これが独りぽっちなら心がグレてしまう。みんなと違う自分の不遇に気づいてしまう。 陽大には心の乱れが感じられない。ごく普通に育ち、育てられてきた雰囲気に包まれている。お小遣いひとつとっても欲しいものをなかなか買えないだけではなく、当然その使い途をお小遣い帳に記入しなければならない。私にとっては窮屈。何をしても「私の勝手でしょう」とは言えないのが規律。施設の子どもは勝手して生きてゆけない。施設の外で子どもは生きられないから我慢を当然として受け入れる他ないのだ。陽大の頑張りとは我慢。でもそれは眼に見える範囲。本当の頑張りは身寄りのない、捨て子の自分を、如何に受け入れてきたのかに尽きる。孤独の中の本当の孤独を噛み締めてモノ心がついてから生きてきたのだ。その深層には誰も近づけない。花南でさえも近づけない。自分が置かれた境遇を恨んだり、呪ったりは陽大には微塵もない。在るのは自分を育ててくれた人たちへの感謝。今は両親への敬愛。私ならこうはゆかない。 私は今の私のままで施設に暮らせない。施設から飛び出し、逃げ出したとしても、子どもの私は何もできない。逃げ出して夜になって途方に暮れていると見つけ出されて連れ戻される。子どもの脚と足ではそう遠くに行けない。 そんなことを何回か必ず繰り返す。そうしているうちに私は此処でしか生きてゆけないと思い知る。一八歳で自立を余儀なくされて、仕事に就いて、独りで暮らし始めるまで、言ってはイケナイと思い知った「私の勝手でしょう」。   美子は現実逃避とトモダチになった。  それが唯一残された今の私との接近。 現実が嘘で見ている夢が本当。 明日になれば何かが変わる。これは嘘。 嘘の現実は何も変わってはくれない。 夢は本当を見せてくれた。ー私は白雪姫なの。毒リンゴを食べさせられて死んだ私を蘇らせてくれた王子さまのKiss。私は王子さまと結ばれる。Someday my prince well comeー                                私は歌を覚えた。 夢は歌に変わった。  ギターが音楽室に在った。 指導員の先生のギター。 先生は弾き方を教えてくれた。 コードも教えてくれた。 最初に覚えたのが『Someday my prince will come』 音楽室は夜の一〇時まで使えた。トモダチが二人増えた。 歌とギター。 初めての本当のトモダチ。 歌とギターは嘘をつかなかった。 私は夢を唄った。 本当の私を唄った。 私は強くなった。 私には歌が在る。 私はワタシの歌を唄えるのなら此処で頑張れる。 一八歳には成りたくない。 一八歳は大人の入り口。 一八歳は旅立ち。 一七歳は子どもの最後。 此処を離れたくないな。 誰にも邪魔されないもの想いは悦び。■4/12にリターンを見直しました。活動報告の4/12をクリックして下さい。


 思いつくままに書いた。ずいぶんと長くなった。数えると四百字詰めで九枚半。こうなったのは『西南戦争』を読んだからだ。あんな評伝を読んだ後に、軽く、あっさり、と問題点を指摘する訳にはゆかなかった。魂を込めて書かなければ書いたとは云えない。そうで無ければ読んでもらえない。 美子は書くとは念の爆発なんだと知った。 でもこの長さを花南の世界史の余白に断りもなく書き綴るのは失礼だ。 そうだ。パソコンに打ち込んでプリントする。『今、香港が騒がしい』の処に「花南。私も考えてみた」とだけ書き込む。そ                                れを邪魔にならぬように小さい文字で書き込む。そしてプリントを折り畳んで封筒に入れて貼り付ける。これでカンベンしてもらう。 封筒には「陽大にも読んで欲しい」とさりげなく書く。何時か花南も陽大も読む。その時が待ち遠しい。 美子は一刻も早く読んで欲しかったのだ。 我慢できなくなった。 だったら今から中央図書館に行く。花南は今日はお休み。必ず図書館で勉強している。花南の勉強を少しぐらい邪魔しても許してもらう。 何せ力一杯に書いたのはこれが初めて。 図書館に陽大は居ない。今日は水曜日。私も学校に居る。自主下校して図書館に行く。それがイイ。『地球温暖化』は花南の感想を聞いてから考える。 美子が図書館に着くと花南は一Fロビーの椅子に座ってサンドウィッチ。 横にはお茶が入ったステンレスボトル。…そうか。もうお昼なんだ… 美子が見慣れた光景。「あら。美子。学校は…。サンド食べる…」 花南の反応も何時もと同じ。「ありがとう。いただく。学校はサボッた」「何か在ったんだ」「ジィとして居られなくなって。これを読んで欲しくってチャリを飛ばした」 美子は借りていた日本史と世界史をリュックから取り出し、『今、香港が騒がしい』の書き込みの処に貼り付けた封筒を花南に差し出した。「ここに『花南。私も考えてみた』と書いてしまった。修正テープで消すね」「陽大にも読んで欲しいんだ。だったら直接渡せばイイのに」「そう思ったりもしたんだけれど、やっぱ、花南からが筋と思ってさ」「ふ~ん。そう。『今、香港が騒がしい』はわたしも気になっていたんだ」「あんた。書き込みに眼を通していたんだ」「まだ読んでいないのが三つ四つ在る。西南戦争は長くて力が要りそうだったから後回し。やっぱ。気になるもの。美子が気になったのと同じ。考えるのは教科書をやっつけてからと思っても陽大の書き込みは教科書の一部だって気づいたんだ。それも教科書には書かれていない、今の、現実の課題、が組み込まれている。だったら教科書よりも大切って。それでさ。教科書の進み具合が一気に遅くなった。でも。まあ。イイかって…」 花南が封筒からプリントを取り出し読み始めた。 途中でお茶をグィと飲んだ。 美子は固唾を呑んで見守った。時間が停まっていた。 花南がプリントを膝の上に置き、何を発するか考えているようだった。「良い。『香港の今に私たちが私たちのままで…』の設定が良い。わたしもボンヤリと考えていたんだ。考えると教科書が進まないから美子のように集中できなかった。中国は恐いが伝わってきた。私たちはどうするのかが美子のテーマ。これは美子の全力投球。ジィとして居られなくなったのは、よ~く、分か                                る。あんた。本当にオックスフォードに行こうと考えているんじゃない…」「うん。私。東大には行かない。みんなと離れるのはイヤだから。行くならオックスフォードに決めた。大輔や健太と遊びに来て。陽大にも伝えて」 美子は花南から心を覗かれた。 瞳を花南にジィ~と見つめられた。「美子。頭を使い過ぎている。ほどほどにしないと壊れてしまう。このレポートは旗丸。でもオックスフォードは駄目。あんた。香港に住んでいる訳では無いでしょう。自分の頭を大切にしないと支離滅裂が住み着いてしまうぞ」 美子の異常に気付いたのは花南だった。 花南にそう言われても美子からオックスフォードが消えなかった。  中一の時に誓った…花南に恥じない女になる…が顔をのぞかせた。 中学も登校拒否した花南に恥じないのはオックスフォードだった。 花南の「旗丸」は「ヤッタ」と叫び出したくなるほど嬉しかった。 美子は花南の評価に勢いづいた。…私でも書けるんだ…『西南戦争』を読み、香港を書き上げた、美子に自信と余裕が生まれた。 興奮し、夢中になった、心が静かになった。…早く陽大にも読んでもらいたいな。『西南戦争』の感想を伝えたいし…■4/12にリターンを見直しました。活動報告の4/12をクリックして下さい。