1月14日(日)来月出版予定の『GIベビー、ベルさんの物語(仮)』の、カバー写真撮影をしました。場所は新宿ゴールデン街。ベルさんが現役の頃は、すぐ隣にストリップ小屋があったそうで、当時は仕事を終えると、この辺りをよく飲み歩いたそうです。午前中のゴールデン街は、朝帰りの酔客や野良猫といった馴染みの風景の中に、カメラ片手の外国人や観光客らしきグループがちらほらと交じって、独特のいい雰囲気でした。そんな中、華やかなピンクの服で佇むベルさんは、ぱっと人目を引きます。さすが元踊り子さんです。続いて、隣の花園神社に移動しました。椿の花をバックに冬の陽だまりに立つベルさんは、凛として美しかったです。 * * *撮影は、吉田亮人(よしだあきひと)さん。本のデザインをしてくださる装丁家、矢作多聞さん大推薦の写真家です。撮れた画像をちらっと見せていただきましたが、どれも素敵でベルさんもとても満足そうでした。どんなカバーになるか、お楽しみに! というか、わたしも楽しみです!!
『GI ベビー、ベルさんの物語』を脱稿しました。当初は昨年の11月初旬に初稿を上げ、年末に出版予定だったのですが、わたしの筆が遅れてしまい、2月に出版となりました。早くからご予約くださった方、ごめんなさい!本を読んでいただければわかりますが、思いがけない困難に見舞われて、書けなくなってしまった時期がありました。初挑戦のノンフィクションで、一人の人間の人生と向き合うことの面白さと責任の重さを、痛感するできごとでした。ベルさんも、慣れないことの連続で大変だったと思います。研究者の方たちやテレビ局の人たちをはじめ、たくさんの人たちと出会い、自分の人生を語り尽くしました。ガラケーからスマートフォンに変え、生まれて初めて電子メールを使い始めました。北海道とアメリカへも行きました。「家族」を知りました。 * * *「自分の人生を本に書いてほしい」というのもまた、ベルさんの長年の願いでした。わたしの書いたものが、彼女のその思いに応えられているかどうかはわかりません。きれいごとばかりを書いたわけではありませんから、がっかりさせてしまう可能性もあります。でもわたしは今、充足感に包まれています。この本を、あの時代に自分のできうる精一杯のことをして子供たちを愛して生きた、ベルさんのお母さんに捧げたいと思います。
ご支援くださった皆さま、お待たせしております。プロジェクト公開時、12月頃刊行予定としておりました『ベルさんの物語』ですが、わたくしの筆が遅れておりまして、刊行も少し遅れることとなりました。現在、2月出版を目指して鋭意執筆中です。出版に合わせて1月頃行う予定でした《出版記念イベント》も、うしろにずれこみます。申し訳ございません。※決定次第、すぐにこちらで発表します。7月の渡米予定が、やむを得ない理由で延期となり、9月末出発となったわけですが、その間のおよそ2か月半余り、執筆が進められなくなった事情もありました。人の人生を扱うというのは、一筋縄ではいかないものですね。そのあたりもしっかり書くつもりでおりますので、ご期待ください。タイトルの画像は、「第二章 調査」の一部です。ベルさんのお母さんと異父妹たちを見つけたあとの調査の様子を、できる限り詳らかに書きました。ベルさんがなぜこのような人生を歩まねばならななったのか、それが知りたくて、進めていった調査です。たくさんの方たちに、ご協力いただきました。ありがとうございました。刊行は遅れてしまいますが、その分充実した本にいたします。どうぞ、いましばらくお待ちください。岡部えつ
現在、横浜シネマリンで上映中の映画『Yokosuka 1953』。ベルさんと同じ、進駐軍のアメリカ兵と日本人女性の間に生まれたGIベビーであるバーバラさんの、お母さん探しを追ったドキュメンタリーです。上映期間中の11月25日(土)、トークイベントに出演することになりました。木川監督と、ベルさんの"最初の記憶"である「聖母愛児園」の工藤さんとともに、お話しさせていただきます。***11/25(土)横浜シネマリン 10:00から上映 上映後トークイベント木川剛志/工藤則光(聖母愛児園施設長)/岡部えつ(作家)***木川監督は、ある日見知らぬアメリカ人女性から「木川信子を知りませんか?」というメッセージを受け取りました。彼女の母親バーバラさんが、幼くして米国人夫婦の養子となりアメリカへ渡った、GIベビーだったのです。バーバラさんは、日本にいるお母さんに会いたいと願ってきましたが、手がかりは母の名前と、横須賀に住んでいた記憶だけでした。そこで、バーバラさんの娘さんが、Facebookにある「木川」という名前の人に、手当たり次第にメッセージを送っていたのです。木川監督は、信子さんの親戚ではありませんでしたが、バーバラさんのお母さん探しを引き受けることにし、同時に映像を撮り始めました。それが、この映画となりました。わたしもベルさんのお母さん探しで経験しましたが、自ら逃げるように、振り切るように、また隠れるようにして子供を手放した親を、長い時を経て探しだすということは、触れてはいけないものに触れることにもなる行為です。探したいという切望と探されたくないという祈りが、ぶつかる瞬間を感じながらの仕事です。おそらくこの作品も、似たような山を越えた末にできたものだ思います。だからこそ、わたしにはひときわ迫ってくるものがあります。なぜ、引き裂かれなければならなかったのか。なぜ、この人生を生きなければならなかったのか。戦争や災害、事故、事件、病といった、自分の責任ではない事情によって、望まぬ場所へ放り込まれてしまった人たちの葛藤に触れ、彼らの人生を追体験することは、社会の矛盾や理不尽を知る重要な機会です。ぜひ、『Yokosuka 1953』で、バーバラさんと信子さんの人生に触れてみてください。『Yokosuka 1953』公式サイト横浜シネマリントークイベントスケジュール(すでに終わっているものもあり、すみません!)11/18(土) 15:10から上映 上映後舞台挨拶 津田寛治(俳優・映画監督)『Yokosuka1953』ナレーション木川剛志(Yokosuka1953 監督) 司会 松崎まこと(映画活動家) 11/19(日) 15:10から上映 上映後トークイベント 山崎洋子(作家)『女たちのアンダーグラウンド 戦後横浜の光と闇』 『天使はブルースを歌う 横浜アウトサイド・ストーリー』木川剛志 11/20(月) 12:20から上映 上映後トークイベント中村高寛(映画監督) 『禅と骨』 『ヨコハマメリー』木川剛志11/23(祝) 12:20から上映 上映後トークイベント 五大路子(女優) 『横浜ローザ』 『ヨコハマメリー』木川剛志司会 松崎まこと(映画活動家)11/24(金) 12:20から上映 上映後舞台挨拶木川剛志11/25(土) 10:00から上映 上映後トークイベント岡部えつ(作家) 『GIベビー、ベルさんの物語[仮]』2024年2月19日出版予定工藤則光(聖母愛児園施設長)木川剛志11/26(日) 10:00から上映 上映後トークイベント滝田祥子(横浜市立大学教授)『禅と骨』木川剛志11/27(月) 10:00から上映 上映後舞台挨拶木川剛志
このプロジェクトの目的を果たすために、9月26日〜10月1日まで、ベルさんとともにアメリカに行ってまいりました。行き先は、ベルさんのお母さんが長年暮らして亡くなった地、ノースカロライナ州です。今ここには、ベルさんの異父妹たち二人と、彼女らの家族が暮らしています。***出発当日、いきなり羽田空港〜ワシントン・ダレス空港の便が2時間も遅延するというハプニングに見舞われ、目的地のローリー・ダーラム空港に夕方着くはずが、深夜着となってしまいました。それでも空港には、ベルさんの異父妹の一人Jさんが、約束どおり車で迎えに来てくださっていました。彼女は今年リタイアし、カリフォルニアから故郷に帰ってきたばかりです。出口を出て、Jさんを見つけるため、わたしが彼女からのメッセージを読もうとスマホを覗いていたとき、前方でわっと声がしました。顔を上げると、ベルさんとJさんが抱き合っていました。***翌日の午後、ホテルにJさんが迎えに来てくれて、ベルさんの第一の目的である、お母さんのお墓参りへ連れて行ってくれました。Jさんの父親は軍人だったので、夫婦はともに退役軍人墓地に眠っています。広大な墓地に着くと、緑の芝生の中に整然と並んだ墓石の間を、ちょうど同じくらいの背丈のJさんとベルさんは、自然と手を繋いで歩いていました。そのあと、わたしたちにはビッグ・サプライズが待っていました。なんと明日、ベルさんがお母さんとともに探していた弟「ジニヤ」さんが、メリーランド州から車を5時間運転して、姉と妹たちに会いに来るというのです。昨年と今年、2度手紙を出しても返事をくれなかったので、「これは、"放っておいてくれ" のサインだね」と、諦めていた人でした。>>『GIベビー、ベルさんの物語』一部無料公開はこちら彼が会いにきてくれることになった経緯は、ご支援の返礼品『アメリカ取材の報告手記配信』にもう少し詳しく書きますので、該当者のご支援者さまは、どうぞお楽しみに(近日配信します)。もちろん、本にも書きますので、ぜひお買い求めくださいませ。 >> ご予約はこちらからこうしてアメリカ滞在三日目、ベルさんは、養子に出されていた弟、Jさんとその妹Rさん、きょうだい全員との対面を果たすことができたのです。街一番というステーキハウスでのひとときは、紛れもなく家族の集まりでした。わたしはたった一人”他人”で、少し寂しさを覚えたほどです。彼らが「家族」をとても大事にしていることが、ひしひしと伝わってきました。そしてベルさんは、家族の一員としてそこにいました。「信じられない」喜びと感動で胸いっぱいになりながら、心の中で何度そう言ったかわかりません。あらためまして、クラウドファンディングでご支援くださった方たち、励ましの声をかけてくださった方たちに、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。