今日も私は、いつものように山の神さまと先人たちに手を合わせ、静かな水源の森の奥で、水を引き込むための配管作業をしています。ご存知の方も多いと思いますが、私は「突発性難聴」によって、音の多くを失いました。最初はやはり、深い喪失感の中にいました。でも、毎日こうして山に入り、自らの手で土を掘り、湧き水を探して管を繋ぐ日々を過ごしていると、不思議な感覚に包まれます。外側の騒音がふっと消え去った代わりに、心の内側に、それまで気づかなかった「別の声」が静かに響くようになったのです。無心になって山の木々や土と向き合っていると、深い沈黙の中から、切実なメッセージが語りかけてくるような気がします。それは、この山を見守る「山の神さま」のつぶやきであり、命懸けでこの地の水と土を受け継ぎ、村を守ってきた「先人たち」の悲しみに似たため息です。現代を生きる私たちに向けられた、少し厳しくも、深い愛情に満ちたその「お声」を、今日はみなさんにおすそ分けさせてください。◆ 国連が警告する「水破産」と、足元で鳴る静かなSOS現在、ニュースでも水不足が叫ばれ、ついに国連が「水破産」を警告する時代になりました。私たちはその言葉を聞くたび、雨が降らないと空を見上げ、テレビに映るダムの貯水率という「数字」に一喜一憂しがちです。けれど、人が離れ、少しずつ手入れされなくなっていく山の中で土に触れていると、その「水破産」の本当の足音が、もっと深いところから響いてくるのを感じます。「天候ばかりを責めないでおくれ。みんなが当たり前のように使ってきた『水の貯金』が、もう底をつきそうなんだよ。これは決して遠い国の話じゃない。足元の大地が、水を蓄える力を失っていく静かなSOSなんだ」本当の危機は、雨が降らないことだけではありません。降った雨を、ふかふかの土が受け止められなくなっていること。命の循環が途切れてしまう未来を、山は静かに見つめています。◆ 忘れ去られた「緑の水」という貯金箱山の神さまは、怒りというより、とても寂しそうにこうおっしゃいます。「目に見えるインフラの『青い水』ばかりを気にして、大地が呼吸する『緑の水』という貯金箱のことを忘れてしまっていないかい?」蛇口をひねれば水が出る。便利な生活の中で、私たちは水がどこで、どんなふうに育まれているのかを、つい忘れてしまいがちです。森を手入れし、豊かな土を守るという一番大切なことを後回しにしてしまえば、どんなに技術が進んでも、いつか本当に地球全体が渇ききってしまう日が来るのかもしれません。◆ 茶色い川に流れる「先人たちの涙」大雨が降るたびに山が崩れ、川が茶色く濁ることが増えました。その光景は、山と共に生きた先人たちにとって、自分の身を切られるほど辛いものです。「あの濁流を見てごらん。あれは、私たちが何代もかけて汗を流して育てた『命の土』が、削り取られて流れていく姿なんだよ」自ら森という貯金箱を傷つけておきながら、「想定外の災害だ」と驚く私たち。その姿は、先人たちの目に、自然との悲しい「すれ違い」として映っているようです。◆ 結び:一滴に込められた「祈り」を感じてかつて、人は山の守り手であり、自然と共に生きるパートナーでした。「水は、ただそこにあるものじゃない。土を耕し、山の神さまと対話しながら紡いできた『手間と祈り』の結晶なんだよ」山の奥深くから湧き出る一滴の雫。それを泥まみれになって集めながら、その重みと温かさをいつも肌で感じています。毎日当たり前のように使う水には、途方もない自然の営みと、未来の子どもたちへ豊かな土を残そうとした先人たちの想いが宿っています。そのありがたさを思い出すことこそが、現代の私たちの「心の渇き」を潤す第一歩なのかもしれません。今、水源の森で響くこの声は、私たちへの最後の、そして優しい警告です。社会を大きく変えようとする前に、まずは自然に向き合う私たち自身の「心」を少しだけ見つめ直してみませんか?山は今日も静寂の中で、私たちがどう応えるかを、あたたかく見守ってくれています。



