予約待ち6カ月の卵「しゅりたま」をもう一度 森の中に放し飼い養鶏場を作ります!

人気の最中、野生動物たちによって鶏さんたちが被害を受け廃業に。あれから5年、「しゅりたま」完全復活に向けて動きはじめました。今度は、「森の中に放し飼い養鶏場」をつくります。食の安全が求められている今こそ!本当に安心できるたまごを子どもたちに届けるため、新たなチャレンジに挑戦します。

現在の支援総額

1,982,500円

198%

目標金額は1,000,000円

支援者数

171人

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/03/02に募集を開始し、 171人の支援により 1,982,500円の資金を集め、 2024/04/30に募集を終了しました

予約待ち6カ月の卵「しゅりたま」をもう一度 森の中に放し飼い養鶏場を作ります!

現在の支援総額

1,982,500円

198%達成

終了

目標金額1,000,000円

支援者数171人

このプロジェクトは、2024/03/02に募集を開始し、 171人の支援により 1,982,500円の資金を集め、 2024/04/30に募集を終了しました

人気の最中、野生動物たちによって鶏さんたちが被害を受け廃業に。あれから5年、「しゅりたま」完全復活に向けて動きはじめました。今度は、「森の中に放し飼い養鶏場」をつくります。食の安全が求められている今こそ!本当に安心できるたまごを子どもたちに届けるため、新たなチャレンジに挑戦します。

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すべてを失った頑固者が気づいた、「しゅりの森」に込める覚悟と感謝みなさん、おはようございます!あたらしい農場の名前を公募し、みなさんと一緒に決定した大切な名前。「しゅりの森自然農園」2019年にすべてを失い、ふたたびジャングルのような開拓地を切り拓き、再生へ向けて泥だらけになって進む日々の中で、私の中にずっと色濃く残っている「想い」があります。まず、すべての根幹にあるのが「守里(しゅり)」という言葉です。かつて「しゅりの里」と呼ばれていた以前の農場は、「高齢化や過疎化が進む、この愛する里を守りたい」という想いから名付けたものでした。しかし、7年にわたる開拓の中で、一滴の水を求めて途方に暮れながら山を這いずり回り……先人の方々が守り抜かれた森と、山の神さまに助けられた経験を経て、その想いはさらに深く、確固たるものへと変わっていきました。高齢化や過疎化が進む、この愛する「里」だけでなく、命の源である「森」そのものも守りたい。先人たちが途方もない労力をかけて築き上げてくれた石積みや、豊かな自然の営みを、なんとかして未来へ繋いでいきたい。私の覚悟そのものを、みなさんがつけてくれたこの名前に込めました。しかし、大自然を相手にする道のりは、決して平坦なものではありません。2019年に獣害や度重なる台風で前の農場を失ったときの、あの底知れない絶望。旧芳井小学校の荒れ果てた跡地に立ち、ふたたびゼロから開拓を始めたときも、幾度となく途方もない壁にぶつかりました。それでも、「形になるまで、愚直にやり続ける」こと。パラグアイの地で井戸を掘っていた若い頃から、そして、総延長2kmを超える水道管を山の水源から引いている今も、この精神だけが私を突き動かしてきました。「形になるまで、愚直にやり続ける」そう言うと聞こえはいいかもしれません。でも実際のところ、当時の私は、人の話に耳を貸さないただの「頑固者」だったのだと思います。自分の力だけで何とかできると意地を張り、もがきながら突き進んできました。けれど……そんな不器用な歩みの中で立ち止まったとき、はっきりと気づいたのです。今の「私」という人間を、そしてこの農園を形作ってくれたもの。それは間違いなく「人とのご縁」であり、「人という財産」でした。すべてを失い、たった一人で山に入ったような気でいた私ですが、決して孤独ではありませんでした。どん底の時も、いつもそばで黙って支え続けてくれる妻。「しゅりたま復活」のために集まり、常に私を支え、背中を押してくれる実行委員会の仲間たち。そして何よりも、日々温かいご支援やメッセージを送ってくださる「みなさん」の存在。決して私一人の力では、ここまで来ることはできませんでした。本当に、本当にありがとうございます。私が理想としているのは、幼い頃に胸を躍らせた「大草原の小さな家」のような世界観です。薪ストーブの暖かさに心から感謝し、時に牙をむく自然の猛威も受け入れながら、その中にある「小さな幸せ」を周りの人たちと分かち合う。ただ便利なだけではない、「生命の根源」と真っ直ぐに向き合う暮らしが、ここにはあります。そして今、これから私が挑むのは、世界でも2例目となる「森林放し飼い養鶏法(フォレストレンジ)」での、自然との循環と共生です。鶏さんたちが森を自由に駆け回り、その生命の営みが豊かな土へと還り、また新たな森を育んでいく。人間が一方的に搾取するのではなく、森も、動物も、人も、すべてが一緒に豊かになっていく「仕組み」を作りたいのです。この仕組みを支える上で欠かせないのが、鶏さんたちに与える「食」を通じた地域との繋がりです。近隣の農家さんが丹精込めて育てたお米。地元の豆腐屋さんからのおから、漁港で得られる魚粉……。この地域に眠る豊かな恵みを、大切な鶏さんたちへの飼料として届ける。そんな「顔の見える範囲」での循環を自らの手で形にすることが、巡り巡って、どんな嵐が吹いても揺るがない強い基盤になると信じています。ただ、この美しい自然や地域との循環「だけ」では、この里や森を本当の意味で守り抜くことはできません。高齢化と過疎化が進むこの地域を存続させるためには、もう一つの「循環」が必要不可欠です。それは、私たちの生み出す価値で外からしっかりと「外貨」を稼ぎ、その稼いだお金を地域の中で循環させていくこと。それが新たな「雇用の創出」へと繋がり、若い世代がこの里で力強く生きていける基盤になるのだと確信しています。これらすべての想いは、「未来をになう子供たちに、本当に安全で、生命の力が詰まったものを届けたい」というたった一つの願いに繋がっています。5月には、いよいよ300羽の新しい命たちを迎えます。彼らがこの森を元気に走り回る姿を思い描きながら。そして、私のかけがえのない財産である、温かい支援を送ってくださるみなさんの顔を思い浮かべながら。今日も私は、感謝とともに、愚直に「一歩一歩」進んでいきます。これからも、「しゅりの森」の歩みを一緒に見守っていただけたら嬉しいです!


1km先の開拓地へ水を引きたい…最大の難関に挑む!みなさん、おはようございます!ついに、アイサイ橋までは豊かな水が届きました!でも、本当の勝負はここからです。正直、ここからが「最大の難関」なのです。今回のミッションは、標高62mのアイサイ橋から、標高88mの開拓地にある貯水タンクまで水を届けること。その距離、残り1km。ずっと上り坂が続く道を、25ミリの細いパイプを延々と這わせて水を送らなければなりません。少しでもやり方を間違えれば、せっかく1kmもパイプを引いたのに、一滴も水が出ない…なんていう悲惨な結末も。不安でいっぱいです。そこで!逃げ出したくなる気持ちを抑え、今回もやってまいりました!【苦手な算数のお時間】です(笑)水が長いパイプを通るとき、壁と擦れてブレーキがかかることを「摩擦損失」と言います。見えない壁のようなこの「摩擦のブレーキ」が、どれくらいの邪魔をするのか? 計算式を使ってシミュレーションしてみました。ポンプには、実際の高低差(26m)を登るパワーに加えて、この「摩擦のブレーキに打ち勝つパワー」が必要になります。そして計算してみて驚きました。「一気に送ろうとする水の量」で、このブレーキの強さが劇的に変わるのです!◆ 水量別のシミュレーション結果【パターンA】毎分10リットル(チョロチョロと少しずつ)摩擦のブレーキ: 約6m分ポンプに必要な力: 26m + 6m = 32mこれならいける!比較的小さなポンプでも届きます。チョロチョロでも、24時間休まず流せば「1日で14トン以上」のたっぷりの水になります!【パターンB】毎分20リットル(家庭の蛇口を全開!)摩擦のブレーキ: 約22m分ポンプに必要な力: 26m + 22m = 48mかなりキツい…ポンプのパワーの半分が「パイプの摩擦と戦うため」だけに奪われます。かなり強力で高価なポンプが必要です。【パターンC】毎分30リットル(もっとたくさん!)摩擦のブレーキ: 約46m分ポンプに必要な力: 26m + 46m = 72m完全にアウト!一般的なポンプでは限界突破。モーターは必死に回っているのに、水は途中で力尽きて上がってこないという一番恐れていた事態に…。◆ 結論:急がば回れ!1km先の開拓地へ水を届けるための、たったひとつの答え。それは、「一度にたくさんの水を送ろうと欲張らないこと」でした。幸い、開拓地にはすでに貯水タンクがあります。「細く長く(毎分10〜15リットル程度)」じっくり送り続ければ、見えない摩擦のブレーキを最小限に抑え、確実に水を確保できます。何しろ、高価な巨大ポンプなんて買えませんし、そもそもそれを動かす電気もまだありませんからね(笑)とにかく、難関突破への道筋は見えました!着実に一歩一歩進めていきます。あ~、慣れない計算で頭から煙が出てきた……(笑)


【アイサイ橋到着!】みなさん、おはようございます!長い長い道のりだった、水源から開拓地への配管作業。昨日、ひとつの大きな目標としていた標高62メートルの「アイサイ橋」に、ついに到達しました!はるか上部、標高173メートルの「鎮守の雫の湧水」から数えれば、その落差はなんと111メートル。水源の取水槽からでも、実に79メートルもの高低差を下ってきたことになります。足場の悪い険しい山肌に這いつくばり、泥だらけになりながら繋いできた、総延長2キロ超えの配管。ここまでの道のりを振り返ると、感慨もひとしおです。そして、このアイサイ橋を越えるということは、ひとつの大きな意味を持ちます。それは、山の神さまが静かに見守る「聖域」を抜け、いよいよ私たちの暮らす「人間の領域」へと入っていくということ。ここからは橋の欄干を利用し、しっかりと命の管を這わせていきます。実は、このアイサイ橋の地点はこれまでのルートの中で最も標高が低く、パイプ内に一番強い水圧がかかる「最大の難所」でもありました。果たして、これまでの気の遠くなるような作業は完璧だったのか?途中で水漏れはないか?凄まじい水圧にパイプは耐えきれるのか?アイサイ橋のたもとに設置したバルブを開ければ、すべてが白日の下に晒されます。静まり返る深い山の中で、自分の心音だけがドクンドクンと大きく響いていました。さあ、どうだ……!!息を呑み、祈るような気持ちでおそるおそるバルブを回していくと…… 「よっしゃー!!!!!」次の瞬間、管の中から押し出された空気に続いて、澄み切った輝く水が、力強い音を立てて勢いよくあふれ出してきました!!!思わず天に向かって渾身のガッツポーズ!不安と緊張が吹き飛び、踏ん張ってきたこれまでの労苦が、一気に報われた瞬間でした。ゼロ……いや、マイナスから手探りで進めてきた開拓生活。その過酷な日々の中で、幾度となく味わうこの深い感動は何物にも代えがたいものです。鬱蒼とした森を切り拓き、見えなかった風景が目の前にパッと広がった時。暗い森に、一筋の美しい陽光が差し込み始めた時。そして、カラカラに乾いた土地に、恵みの「水」が初めて届いた時。何度経験しても、この魂が震えるような根源的な喜びだけは、うまく言葉で表現しきれません。本当に、生きている実感に満ちた最高の瞬間です。ここから開拓地までは、泣いても笑ってもあと1キロメートル!開拓の生命線であるこの命の水を、「何よりも優先して」必ず最後まで繋ぎきってみせます。いつも見守り、応援してくださるみなさんの存在が、私の何よりの原動力です。今日も一日、全力で頑張ってきます!


〜泥だらけの山中で、自分に言い聞かせること〜みなさん、おはようございます!今日も、湧き水から開拓地の貯水タンクへ繋ぐ、長くて地味~な配管作業を続けています。先人たちが守ってきた山の聖域に身を置いていると、自分がこれまで歩んできた道のりが、走馬灯のようにフラッシュバックして。探し当てた水源から、清らかな水が湧き出すように、不思議と「感謝の念」が、とめどなく溢れてくるのです。私は決して、「強靭な心」を持つ特別な人間ではありません。泥臭く、ただひたすらに「つるはし」や「鉈(なた)」を振るってきた、一人の、弱いちっぽけな人間にすぎません。私の開拓の原点は、1991年にさかのぼります。青年海外協力隊員として赴任した、南米パラグアイ。灼熱の太陽の下、泥だらけになって掘った井戸が幾度も枯れ、途方に暮れたあの日。深い絶望の中で学んだのは、「形になるまで、愚直にやり続ける」ということでした。その後、2002年に高知県三原村の消滅集落に移り住み、ゼロから放し飼い養鶏を立ち上げました。しかし、ようやく軌道に乗り始めた矢先。苛烈な獣害と、容赦なく襲い掛かる度重なる台風によって、私は農場も、希望も、すべてを失い、廃業に追い込まれました。「南米時代からの経験を活かし、必ず農場を復活させる!」そう心に誓い、2019年、再び開拓のつるはしを握りました。しかし、現実は想像以上に過酷でした。頼りにしていた「過去の経験」など、次々と押し寄せる自然の脅威の前では、全く通用しなかったのです。先の見えない絶望の淵で、「もう楽になればいいじゃないか」という強烈な誘惑に負け、開拓の手を止めそうになったことは、一度や二度ではありません。「形になるまでやり続けるしかない」と頭では分かっていても、私一人の意志や根性だけでは、到底たどり着けませんでした。もし私一人であったなら、とっくに全てを投げ出していたでしょう。いや……間違いなく逃げ出していたはずです。(思い出すだけで、今でも涙がこぼれそうになります)それでも私が歩みを止めず、再び立ち上がることができたのは、どんな時も私を信じ、底なしの絶望から救い出してくれた、**「妻の存在」**があったからです。そして、農場の完全復活へ向けて「しゅりたま復活実行委員会」を立ち上げ、共に奔走してくれた三木さん、谷井さん、松田さんをはじめとする、かけがえのない仲間、そして恩人たち。彼らの熱意を通じて繋がり、私を信じて温かいご支援やメッセージを届けてくださる「みなさん」。かつてこの地を拓いた先人たちや、芳井集落の方々の温かな眼差しも、常に私の心の支えでした。孤独な作業の中で、ふと立ち止まるとき。探し当てた水源の、透き通るような水の響きとともに、この地を守り続けてきた「山の神さま」と、道を切り拓いてきた「先人の方々」からのメッセージが、心に響いてきます。「山を、森を、里を、命を、次世代へ繋げ!」 と。その「声」と、みなさんの「祈り」に背中を押されなければ、今の私は間違いなく、ここに立っていません!竹と笹が鬱蒼と茂る小学校跡地を、命あふれる「しゅりの森」として蘇らせるための開拓。毎日毎日毎日毎日毎日毎日、ジャングルのような草木を払い、重い石をどかしていく。1日、1ヶ月、1年という短い時間軸では、風景が劇的に変わることはありません。でも、「ほんの数センチでも、確実に前へ進んでいる!」。今日振った鉈の分だけ、明日の光は必ず森に差し込みます。その小さな、けれど確かな手応えを、みなさんと分かち合いたい!!その想いだけが、私を突き動かしています。私はスーパーマンでもなく、完璧な人間でもありません。常に挫け、右往左往しては迷い悩む、弱い人間です。だからこそ、心が折れそうになるとき、自分自身に強く、強く言い聞かせるのです。「お前は決して一人ではないぞ!」 と。支えてくださる「みなさん」という存在があってこそ、私は前を向く強い力をもらっています。この泥臭く地道な一歩一歩が、いつか振り返ったときに、私と、大切な人たちを包み込む「美しく壮大な風景」に繋がっている。そう信じて。ただひたすらに、深い感謝を申し上げます。みなさん、本当に、本当にありがとうございます!!先人と大自然への敬意と、みなさんへの感謝を胸に!今日も、山へ向かいます!!もう少しだ! アイサイ橋が見えてきたぞ!!未来への風景が見えてきたぞ!!!


みなさん、おはようございます!昨日は冷たい雨が降り続き、開拓小屋の屋根を絶え間なく叩いていました。外に出ることも叶わず、薪ストーブの前で丸くなりながら、煙る窓の向こうをうらめしく見つめておりました。灰色の景色の中で、今年も咲き始めた桜の薄紅色だけが、やけに鮮やかに目に飛び込んできます。心は、焦りともどかしさで、かき乱されていました。「今日も配管作業が進まない!5月に迎える鶏さんたちの準備、本当に間に合うのだろうか……」作業着を着たまま、薄暗い小屋の中で足踏みをしているような感覚。刻一刻と過ぎゆく時間に胸が締め付けられ、雨が「恵み」であると分かっているはずなのに。自分の都合ばかりを優先しては、思わず深い、深いため息をついてしまいました。「自然を相手に生きると決めたのに、なんて自分勝手なんだろう」そうやって俯きかけた時です。ふと窓の外の桜に目を向けると、雨に打たれ、風に揺られながらも、驚くほど凛と、真っ直ぐに咲き誇る桜が目に留まりました。その姿は、まるで私に優しく語りかけてくれているようでした。「見てごらんなさい。この雨が山を潤し、あなたが引こうとしている『生命の水』を豊かにしているのですよ。そんなに急いで、どこへ行くのですか?すべてには、ふさわしい時があります。今日の雨は、あなたが迎える鶏さんたちのための『準備のしずく』。ここで足を止めている時間さえも、大きな自然の営みの一部なのです。今はただ、雨の音に耳を澄ませていればいいのですよ。――それよりも、少しは私を『きれい』って褒めてくれたら?」その瞬間、ふっと心のこわばりが解け、思わずクスっと笑ってしまいました。桜が教えてくれたのは、「待つこともまた、大切な準備のひとつ」だということ。この雨は、焦りの中で見落としそうになっていた「自然への敬意」を、もう一度思い出すための慈雨だったのかもしれません。「あなたが拓いた場所は、いつかここを走る子供たちの足元を照らしますか?」そんな桜の問いかけに、今なら胸を張って答えられます。先人たちが守り抜いてくださったこの水を再び巡らせ、美しい里の姿を次世代へ手渡したい。それが、今この地で生きる私の、何にも代えがたい喜びであり、使命なのだと。桜の花から滴るしずくを眺めながら、大きく、力強く深呼吸をしました。やっぱり、大自然のペースには到底かないませんね!ならば、「雨の日には雨の日の過ごし方」を、あるがままに受け入れるとしよう。焦りも、もどかしさも、全部ひっくるめて私の原動力に変えよう。5月にやってくる新しい命を、最高の状態で迎えるその日まで!一歩ずつ、一歩ずつ。今日も歩んでいくだけだ!!


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