僕(小原)が交通事故にあったりして報告していないこともありますので、昨年2025年の残りのことを忘れないうちに整理して報告します。すでに単発で報告していることもあります。肋骨骨折の痛みはおさまってきましたが、まだ重いものが持てません。事故から1か月以上たって、むち打ちの方もつらくなってきてパソコンのも長くは向かえません。休み休み書いています。平出油屋さんの最後の片付け工事 煙突撤去完了2025/10/21(火)-22(水) 煙突撤去工事平出油屋さんの片付け工事で最後まで残っていた煙突の撤去工事が、大桃建設工業さんにより行われました。煙突の配管が溶接で接続されているため、紅葉庵への移設ができず残っていました。再利用ができないので廃棄処分となります。まずは足場の設置。屋根の下から溶接部分ごとに切断していきます。二日がかりで一番下まで完了。最下部のレンガも解体。2025/10/22(水) すべての片付け工事が完了。長い道のりでした。2025/11/9(日) 蒸し台の交換工事ナタネを蒸す蒸し台は、僕が自分で製作しましたが、ボイラーを設置してくれた埼玉県の大慶食機工業さんのご好意で、和菓子屋さんから引き取った蒸し台を無料で設置してくれました。下は僕が作った蒸し台。上の桶とその下の黒い土台は平出さんから譲り受けたもので、その下の木製の台を自作しました。取替工事の様子。立派な蒸し台の完成です!以前、大慶食機工業さんに設置してもらったボイラーには軟水器という水道水からミネラル分を取り除く機器も付属していますが、冬期の配管凍結が心配なため、凍結防止用のヒーターの巻き付けもやっていただきました。大慶食機工業さん、いろいろとありがとうございました!2025/11/10(月)、2次貯油槽の交換和紙で濾す前にナタネ油を貯めておく2次貯油槽を、平出さんが使用していたドラム缶から、完成したナタネ油をビンなどに詰めるためのタンクのひとつに交換することにしました。ドラム缶の底にナタネ油のオリがたまっていて除去が難しかったためです。下の赤丸内が、もともと平出さんが使用していた2次貯油槽のドラム缶。下が入れ替えたタンク。玉締め機の不具合修理2025/11/11(火)-12(水) パッキン交換と油圧配管修理2025/10/7に、メーカーの専門家立ち合いで、入れ替えた強力な油圧ユニットのテストをした際、玉締め機の一基のピストン部分から、別の一基の配管接続部分から油圧用の油もれが確認されました。そのため、油漏れをした一基と、ついでに古いパッキンのままの一基のパッキンを玉川エンジニアリングさんに交換してもらいました。(別の一基はすでにパッキン交換済み。)上下するピストンを抜くために、玉締め機の上側の「玉」も取り外さなければなりません。玉もピストンも非常に重いので、吊り上げるための足場が必要です。チェーンブロックで引き抜いたピストン。パッキンを取り出したあとです。油圧用のナタネ油が見えます。万が一の油漏れに備えて、油圧用にも古いナタネ油を使っています。さらに油漏れのしていた配管も交換。平出油屋さんのところにあったときから、油漏れがあった可能性が高いです。玉締め機の下の部分は土の中に埋まっていて、油漏れがわからなかったようです。ただ、周りの土は油がしみ込んでアスファルト状になっていました。油漏れをしていた配管部分。大正時代から100年以上たつ間に腐食したようです。取り外したパッキンと配管。パッキンは馬の革製です。新しく作ってもらって今回入れたパッキンは牛の革製。パッキン用の馬の革はもう手に入らないとのこと。また、油圧ユニットの操作レバーの下に逆流防止のチェック弁の取り付けと、新しく購入した油圧計の設置もしてもらいました。油圧計の単位は平出さんが使用していた油圧計の単位PSi(重量ポンド毎平方インチ)と僕たちにわかりやすいkg/㎠が併記されているものを選びました。さて、これで設備関係が完成と思い、油圧ユニットを作動させてパッキンを交換した玉締め機のピストンを上げてみると、スムーズに上昇。ついに完成!と思ったのもつかの間、ピストンと台座がなかなか下がらない。新しいパッキンがきついのか。。。2025/11/17 ~11/18玉締め機不具合対応中央の玉締め機を上げてみたところ、そのまま下がらない。玉川エンジニアリングさんが、ジャッキを使って無理やり下げてくれました。スムーズに動くようになるまで、繰り返す必要があるとのです。あとは僕が上げ下げすることになっていましたが、交通事故に遭ってできていないため、まだスムースに動くようにはなっていません(2026/1/14現在)。2025/11/14(金) 保健所による現地検査と許可玉締め機の不具合は残っているものの、設備の設置は完了しているため、かねて予約しておいた保健所の検査を受けました。合格!これでクラウドファンディングの返礼品のナタネ油も送ることができ、販売も可能になりました。スムースな作業のためには、玉締め機の不具合を治すことが必要ですが。2025/11/22(土) 小原、交通事故で重傷(既報)保健所の許可も取れ、何度か試し搾りをしようと予定いていた矢先、交通事故に遭いました。半年以上前から依頼されていた喜多方プラザ 文化センターでの講演に向かう途中でした。青信号で交差点を通過中に信号無視の軽トラが右から衝突。救急車で病院へ搬送され入院。肋骨6本骨折、胸骨骨折、頚椎挫傷(むち打ち)で、しばらくは自力でトイレにも行けませんでした。講演会に集まっていただいた皆様には申し訳ないことになりました。青信号でも注意が必要なこと、ドラレコの記録のおかげで、こちらに過失がないことが証明されたことが教訓です。相手方にはドラレコはなく、目撃者もいなかったので、ドラレコをちゃんとつけておくことは本当に重要です。ちゃんと機能しているかの日頃の確認も必要です。映像を確認にきたこちらの保険会社の人は、事故の瞬間が記録されていないことも結構あるとのことでした。ドラレコの映像、衝突の瞬間までです。出血はありませんが、ショックに弱い方はご遠慮ください。ドラレコ映像へのリンクレッカーで運んでもらった自動車整備工場での保管中の当方の軽自動車です。相手方保険会社により全損と判定されました。2025/12/5(金) 退院病室が満床ということもあり、自力でトイレに行けるようになったので追い出されるように12/5(金)、2週間で退院し、自宅療養になりました。肋骨の骨折が治るまで、重たいものを持たないようにという医師の指示です。豆腐屋も油屋も力仕事なので当分再開できません。2025/12/19(金) 相手方の保険会社から初めて連絡あり。こちらの保険会社から、相手方の保険会社にドラレコの記録が共有され、過失割合0対100ですべて相手方の責任ということで合意した旨の連絡が、こちらの保険会社から12/19(金)に入りました。同日夕方、事故後初めて相手方の保険会社からも連絡も入りました。事故後1か月近くも先方の保険会社から何も連絡が来なかったことには疑問を感じます。過失割合がどうあれ、普通は事故後1週間以内には連絡があるそうです。ともあれ、ようやくこちらの「もらい事故」として保険会社が賠償に動き出しました。2025/12/5(金) ナタネの搬入たなつものカンパニー(二本松市)さんに交通事故の前からナタネ2トンの搬入をお願いしていましたが、とても現場に行ける状況ではなく、大和川酒造の佐藤彌右衛門会長に受け入れをお願いしました。トラックからの荷下ろしにフォークリフトが必要ということもあって、彌右衛門さんの関連会社の倉庫へ搬入してもらいました。奇しくも僕の退院と同じ12/5(金)が搬入日となりました。十分とは言えませが、ある程度ナタネ油を搾る量が確保できました。2025/12/8(火) 平出さん逝去(既報)自宅に帰り静養しているところに、平出さんの奥さんからメールが届きました。12/8(火)に平出さんが亡くなったという訃報でした。あまりのショックに言葉を失いました。完成した紅葉庵の搾油工場もまだ見てもらってないし、教えて欲しいことも沢山あったのに。。。ガンとの闘病生活で寝たきりではありましたが、直前まではっきり会話できたそうで、突然の永眠でした。12/14(日)の告別式に何とか参列し、お別れしました。享年78。ご冥福をお祈りします。2025/12/10(水) KFB福島放送の特番「しろめし旅」でとうふ屋おはらが紹介される(既報)交通事故前に「とうふ屋おはら」が取材を受けたKFB福島放送の特別番組「しろめし旅」が放映されました。残念ながら、豆腐屋は休業中。番組の紹介ページ見逃し配信は終了しています。2025/12/7(日)、24(水) 第11回 ふくしま産業賞で銀賞受賞の報道(既報)平出油屋プロジェクトのクラウドファンディングから移設工事までの取り組みが評価され、第11回ふくしま産業賞(ふくしま経済・産業・ものづくり賞 福島民報社主催)で銀賞を受賞し、12/24(水)付けの福島民報新聞で紹介されました。2026/2/6に福島民報社本社(福島市)で表彰式があります。何とか出席したいと思っています。下は、12/7(日)に最初の報道のときの記事。下は12/24(水)の詳しい記事。豆腐屋と油屋の再開は、もう少しお待ちください。2026/1/14記






