ウクライナ避難民の大切な写真を、 想いが伝わるフォトフレームとして届けたい。

ウクライナから避難された方々の、想いのこもった写真をお預かりします。 その写真をフォトフレームに仕立て、日本に避難しているご家族を通じて、遠く祖国に残る大切な家族や人へ、5個を無償で贈るプロジェクトです。 物資ではなく、写真を通じて心が行き交う、国際プロダクト支援の新しい形を目指しています。

現在の支援総額

17,710

3%

目標金額は520,000円

支援者数

1

募集終了まで残り

56

ウクライナ避難民の大切な写真を、 想いが伝わるフォトフレームとして届けたい。

現在の支援総額

17,710

3%達成

あと 56

目標金額520,000

支援者数1

ウクライナから避難された方々の、想いのこもった写真をお預かりします。 その写真をフォトフレームに仕立て、日本に避難しているご家族を通じて、遠く祖国に残る大切な家族や人へ、5個を無償で贈るプロジェクトです。 物資ではなく、写真を通じて心が行き交う、国際プロダクト支援の新しい形を目指しています。

あのとき、「なぜ彼女はそこまでして戦場へ戻ろうとするのか」という問いに、答えは見つからなかった。ただ一つ、確かだったのは、彼女の表情に後悔がなかったこと。自分で選んだ場所に、自分の意思で立っている、という覚悟だけがあった。それでも、僕はやはり思ってしまう。「生きてほしい、」と。誰かのためにではなく、まず自分の人生として、生きていてほしい、と。もし。日常の中に、「自分が大切にしているもの」を静かに思い出せる場所があったなら。もし。何気なく目に入る風景の中に、「戻ってくる理由」がそっと置かれていたなら。人は、ほんの一瞬、立ち止まれるのかもしれない。僕が「フォトフレーム」という形でやろうとしているのは、何かを決断させることでも、正解を示すことでもない。ただ、無駄に命を投げ出してしまいそうになる、その直前で、想いを“留める場所”をつくれないか。そんな問いを、今も考え続けている。ウクライナ語はこちら⇒https://note.com/keen_shark5500/n/naa2047b9264eТоді на запитання«чому вона, попри все, прагне повернутися на поле бою»,я так і не знайшов відповіді.Єдине, що було безсумнівним, —у її обличчі не було жалю.Була лише рішучість:вона стоїть там, де сама обрала стояти, за власною волею.І все ж я знову й знову думаю:«я хочу, щоб вона жила».Не заради когось іншого,а насамперед — як власне життя, щоб вона жила.Якбиу повсякденному життііснувало місце, де можна тихо згадати«те, що для тебе по-справжньому важливе».Якбиу звичному пейзажі, що мимохіть потрапляє на очі,десь непомітнобула покладена «причина повернутися».Можливо,людина змогла бхоч на мить зупинитися.Те, що я намагаюся зробити у формі «фоторамки», —це не змусити когось ухвалювати рішенняі не показати правильну відповідь.Я лише думаю,чи не можна створити «місце, де затримуються почуття»саме за мить до того,коли життя ось-ось може бути віддане марно.Про це запитанняя думаю й досі.Українською тут ⇒https://note.com/keen_shark5500/n/naa2047b9264e


最近、「葬儀が終わったあと、想いはどこに置かれていくのだろう」ということを、改めて考えるようになりました。多くの場合、写真や遺影は“残る”のですが、それを どう置き、どう向き合い続けるか については、意外と選択肢が少ないように感じています。そこで今、生前(米寿などの長寿祝い)から使われ、そのままメモリアルとして受け継がれていくフォトフレームの企画をまとめています。このフォトフレームは、亡くなったあとに初めて使うものではありません。家族が集まる節目や、日常の中で少しずつ写真や言葉を重ね、「その人らしさ」を時間をかけて育てていく。そして、もしその人が亡くなられたときには、新たに何かを用意するのではなく、すでにそこにある風景が、そのままメモリアルになる——そんな連続性を前提とした考え方です。この企画は、物品の提案というより、「想いをどこに、どう置くか」を一緒に考えるための装置(媒体)として構想しています。現在は、販売を前提とせず、少数事例での検証を想定した段階です。もしこの考え方に、何か重なるものを感じていただけたら、それだけで十分です。ウクライナ語⇒https://note.com/keen_shark5500/n/n3d4f931f1e26?app_launch=false


今朝、 寝ぼけながら考えごとをしていました。写真についてです。写真は何を写すかよりも、 どう置かれるかで、 意味が変わってしまうもの。その「置かれ方」そのものを 一度、フォーマットとして 切り出してみたらどうなるだろう。 そう思って、 ある「装置」を カタチにしてみました。まだ、 何を入れるかも どう使うかも 決めていません。ただ、 言葉にしづらい思想や理念ほど、 写真や余白との関係で 立ち上がる瞬間がある気がしています。正解かどうかは分かりません。なので、 まずは外に置いてみました。ウクライナ語訳と英語訳(note)⇒https://note.com/keen_shark5500/n/n0aabcbdab1e4?app_launch=false関連記事(ブログ)⇒https://nui-subako.com/syashin-no-imi/


ご支援いただき、誠にありがとうございます。興味を持っていただけて、とても嬉しく思います。ご注文頂いたリターン品も精一杯想いを込めて作らさせていただきます。楽しみにしています。もしよろしければ、今回のご支援をSNSでシェアいただけると、私たちの活動に大きな追い風となります。ぜひご検討ください。今後もプロジェクトに全力で取り組んでまいりますので、引き続き応援いただけますと幸いです。 引き続きよろしくお願いいたします。とり急ぎ、お礼まで。URL⇒https://camp-fire.jp/projects/903812/view


ペットロスの中で、写真を見たい気持ちはあるのに、見るのがつらくなる——それは、とても自然な心の反応です。写真は思い出であると同時に、もう触れられない現実を強く呼び起こします。見られないのは弱さではなく、深く愛していた証拠。無理に向き合わなくていい。しまう、遠ざける、何もしない——それも心を守る大切な選択です。写真は、向き合うものではなく「そばに在る」だけでいい。そんな視点を、静かに共有します。・関連記事(ブログ)⇒https://nui-subako.com/petlos_turai/・ウクライナ語訳と英語訳⇒https://note.com/keen_shark5500/n/ned0689e0e8e5?app_launch=false


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