「ガダルカナル島慰霊巡拝プロジェクト」~先の大戦の記憶を大学生の手で未来へ繋ぐ~

戦後81年。戦争を知る世代が少なくなる中、6月23日から7月1日にかけて大学生がガダルカナル島を訪れ、慰霊巡拝と日本の慰霊碑の視察を実施する。現地で歴史と向き合い、その学びを未来へ伝え、平和への願いをつないでいく挑戦。

現在の支援総額

653,000

130%

目標金額は500,000円

支援者数

63

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/06/22に募集を開始し、 63人の支援により 653,000円の資金を集め、 2026/08/31に募集を終了しました

「ガダルカナル島慰霊巡拝プロジェクト」~先の大戦の記憶を大学生の手で未来へ繋ぐ~

現在の支援総額

653,000

130%達成

終了

目標金額500,000

支援者数63

このプロジェクトは、2026/06/22に募集を開始し、 63人の支援により 653,000円の資金を集め、 2026/08/31に募集を終了しました

戦後81年。戦争を知る世代が少なくなる中、6月23日から7月1日にかけて大学生がガダルカナル島を訪れ、慰霊巡拝と日本の慰霊碑の視察を実施する。現地で歴史と向き合い、その学びを未来へ伝え、平和への願いをつないでいく挑戦。

社会課題の解決をみんなで支え合う新しいクラファン

集まった支援金は100%受け取ることができます

あなたにおすすめのプロジェクト

6月29日夕刻、ガダルカナル島東部に位置するムカデ高地へ赴きました。ムカデ高地は川口支隊による突撃地点であり、その激戦から血染めの丘とも呼ばれました。高地の東麓は第2師団が総攻撃をかけた密林が広がり、高地には第2師団勇会が建立したガ島戦没者慰霊碑があります。現地では、この地で亡くなられた戦没者に対し拝礼を行いました。ムカデ高地は、ソロモン諸島政府当局により周辺含め国立公園として整備・保全が進められ、戦跡は歴史・観光資源としても活用されています。そのため慰霊碑も修繕が施され高いレベルで維持されていました。先日訪れたタンベアにも同様の慰霊碑がありますが、状態は大きく異なり大変驚きました。老朽化に加えて落書きもあるタンベアの慰霊碑を、ムカデ高地のように持続的な形で残せないかと深く考えた次第です。ムカデ高地 ガ島戦没者慰霊碑タンベア ガ島戦没者慰霊碑


6月29日、バラナ村訪問後ガダルカナル島東部の一木支隊鎮魂碑を訪れました。この地は一木支隊第一梯団と第二梯団混成の「熊大隊」が、川口支隊総攻撃の際に突撃した一帯です。突撃により熊大隊は壊滅的な打撃を受け、この地は凄惨な光景が広がっていたそうです。その後偵察のため、米軍のM3軽戦車数十両が対岸から押し寄せてきました。この戦車群に対し、熊大隊大久保速射砲中隊は戦車を引き付けてから砲撃し、6輌を撃破したとされます。撃破されたM3軽戦車が今なお残る鎮魂碑へ慰霊を捧げるとともに、撃破された戦車を見て戦地に立っているという実感をより得ることができました。鎮魂碑の前にて拝礼


6月29日、バラナ村訪問時にギフ高地(稲垣大隊・西畑大隊埋葬地)へ赴きました。稲垣大隊が布陣し米軍が「ギフ高地」と呼んだこの丘陵地帯。撤退命令が届いていなかったギフ高地の稲垣大隊および西畑大隊の守備陣地は、昭和18年1月22日米軍の戦車により蹂躙されました。同日夜、稲垣少佐は脱出を決意し大隊本部付近より大隊長以下約100名が突撃を決行しました。翌朝、米軍は85名の日本兵の遺体を確認し当地に埋葬しました。戦友の懸命な捜索により当地に埋葬されているご遺骨を発見・収容したのは昭和60年のことだったそうです。今回は、同じ愛知県出身の学生隊員が戦没者へ慰霊を捧げました。歴史を現地で学び、その記憶を次の世代へ繋いでいきます。


6月29日、全国ソロモン会の方とともにバラナ村を訪問しました。村での挨拶と共に、全国ソロモン会さんが購入されたお米や缶詰などの物資をお渡ししました。学生隊長による挨拶の様子バラナ村はこれまで、前村長の時代から現・ウィリー村長に至るまで日本人戦没者遺骨収集に多大なるご協力をして下さっています。戦後80年以上経った今も、村の皆様が慰霊の心を受け継いで下さっていることに深い感謝の念を抱きました。当団からはバラナ村の若者たちへサッカーボールやラグビーボールなどを寄贈いたしました。スポーツを通じた子どもたちとの国際交流と、地域の皆様への感謝の気持ちを込めた支援です。JYMAのロゴマークが入ったサッカーボール現在、このガダルカナル島で遺骨収集や慰霊巡拝を行うことができるのは、全国ソロモン会の皆様をはじめとする先人たちが、戦後長い年月をかけて地域住民の方々と深い友好関係を築き上げてくださった賜物です。これまで紡がれてきた日本とソロモン諸島との友好関係を、私たち若者の手で次の世代へと繋いでまいります。


6月28日はガダルカナル島西部に残る戦争遺跡を訪れました。まず、鬼怒川丸が擱座しているボネギビーチを再度訪れました。鬼怒川丸付近に沈んでいるは廣川丸に案内してもらったのち、浜辺から拝礼を行いました。この沖に廣川丸が眠っている続いては野戦病院跡に足を運びました。現地には小さな洞窟があるものの、次々と運ばれてくる負傷した将兵らは屋根すらない場所に置かれ、十分な医療を受けることができなかったそうです。「軍医は診断ができても、治療を施す術がなかった」という現実を知り、実際の地に立ったからこそ、戦争の凄惨さを改めて痛感いたしました。野戦病院跡にて最後はコカンボナに残る個人墓に向かいました。こちらは、戦後ご遺族の方がこの地を訪れ建立した兵士2人の個人墓になります。この付近は第一線から戦傷兵が搬送された場所と推定されています。遠い異国の地で斃れた将兵、そして残されたご遺族の無念に思いを馳せると、言葉に尽くせぬ悲しみが込み上げてきました。個人墓への拝礼の様子本日は訪れた全ての場所で拝礼を行い、祈りを捧げてまいりました。年月が経ち、現地を訪れる人が少なくなっている今だからこそ、私たち若い世代が実際にこの地に足を運び、祈りを捧げること、そしてこの記憶を未来へ繋ぐことの意義を感じています。


新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!