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小説好きのあなたに近未来を届けます。

お届けする作品は『未来探検隊』の他三つです。四作品とも未発表。何れもワープロ原稿をワードの添付メールで送信。僕に送り先のメルアドが届き次第、直ちに送ります。スマホや他の携帯には送れても容量が大き過ぎて開けません。パソコンは大丈夫。ワードで圧縮せずに送るので今までの経験では問題なしでした。

現在の支援総額

18,000

1%

目標金額は1,000,000円

支援者数

4

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

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 坂下猛さんは『未来探検隊』の隊長さんだった。元ヤクザで現在                           は『星置学園』の会長。七〇歳。『星置学園』は高校生なら、みんな、知っている。小中高と一貫した進学塾。クラスでは二、三人が通っていた。不登校の中高生を集めたフリースクールも開設している。それと二年制の体育専門学校も。口をヘの字にして腕を組んだスーツ姿の写真。さすがに元ヤクザ。強面のお爺さん。近寄り難い。元ヤクザでも教育者になれるんだ。けれど、どの学園でもトップは理事長が定番。会長とは呼ばない。どうしてなんだろう。 氷空ゆめは『仁義なき戦い』をレンタルビデオで借りた。 北小路欣也は「これ以上の迫真を観たことがない」と書かれた通りだった。隊長さんがヤクザになった経緯は分からなくとも、ヤクザを抜けようとした決意は伝わって来た。驚かされたのが「人殺しが嫌だったのではない。殺されるのが恐かったのではない」。こんな文章を読んだことがなかった。 教育者への転身は最後の文章からしか窺い知れない。イヌイットの人情への落涙は尤もな出来事。そうした人の情に触れて来なかった坂下猛さんの歩んできた道のりを推察してしまう。坂下猛さんは「人間が生きるには知恵の他に知識も」と感得して「大学に潜り込んだ」のだろうか。ぜひ尋ねてみたい。でもちょっと恐い。趣味はサーフィンと釣り。サーフィンは写真の風貌と結び付かない。隊長さんは海が好きなんだ。『Big Johnny』はアラスカが似合っている。地球儀でノースの位置を確認。返信メールを送った。 それにしてもノースは北の外れで遠い。此処まで逃げるとは、よほど追手の執念を、熟知しているのだろう。タケシはかつて追手の一人だったのかも知れない。ヤクザは寒い処が嫌いだは初めて。日本に戻った時に横須賀に残した女と再開できたのだろうか…。逢えなかったと思う。横須賀には近づかないと書かれていた。ー岸部実さま。 メールを拝読しました。他にも『未来探検隊』が存在していたとは驚きました。調べずに名を付けたのは軽率かも知れません。「俺たちの方が一年も前から名乗っているんだ」と叱られるのかな…と思いましたが、岸部さんの文面からはその雰囲気は感じられません                                                  でした。それで少しでも早くお会いしようと思いました。けれどアップされている七つの作品を読んでからでないと皆さんにお会いしてはいけないと…。まだ坂下猛さんしか読んでいません。小説を読んでいるようでした。失礼な言い方になってしまいますが、隊長さんは恐い風貌に反して語り部としての才に溢れていると思いました。これから岸部さんを読みます。それから残り五つを読み、そして考えます。それで少し時間を頂けるなら助かります。 一週間後の土曜日の一八時に仲美子と二人で『Casablanca』にお邪魔します。ひとつだけ心配があります。どんな内容のお話しになるのか、見当がつきません。岸部さんの考えを伝えて下さるなら助かります。安心できます。               七人の侍の皆さまへ。氷空ゆめ―


 日々100名を超える訪問者に勇気をもらっています。ありがとうございます。 リターンの体系は変えられません。四つの区分と価格は変えられませんが内容を見直す必要在りと思いました。公開しているリターンの1500円では『未来探検隊』限定です。3000円は『未来探検隊』と『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』。4500円でも限定。これでは購入の意欲を宿した人の選択の幅が限られてしまうと気づきました。 それで1500円は一作品。3000円は二作品。4500円は三作品と改めます。一作品の場合、望む作品を購入時にメールで示して頂けるなら応じられます。3000円と4500円も同じです。それで『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』『アンダルシアの木洩れ日』『スパニッシュダンス(上)(下)』の粗筋のアップを早めました。また三作品の抜粋掲載も急ぎます。 宜しくお願いします。


 細川のぞみは高校の音楽教師。音大に進もうとする生徒以外には休息の時間でしか無い授業に疑問を持ち教師としての意欲を喪いかけて居た。そんな時に友人の紹介で出逢ったReiにときめくのぞみ。Reiはサッポロから離れられない職業に就いていた。多い時には一ケ月で二回の東京出張。Reiは必ずのぞみとの時間を作った。Reiは広義の労働概念の下で労働組合を創った活動家で在った。 Reiに触発されたのぞみは神奈川県教組での婦人部の活動を開始。ニュース『鎌倉七口』を独自で発行。それからReiとスペインの繋がりを知る。ジャック白井とムーア人に侵略された時のレコンキスタ(国土回復運動)。レコンキスタのシンボルで在った聖地カルドナ城。墜ちたことのない城。そしてスペイン内戦時でも抵抗の拠点で在ったカルドナ城はカタロニアのユニオンの拠り処。Reiの広義の労働概念の発祥の下地はカタロニアに在ったのだ。 Reiが遠のいてゆく。教師を辞めたのぞみは勇気を振り絞り「一緒にスペインに行きましょう」とだけ書いた一行の手紙を送った。返信は無かった。 独りマドリッド空港に降り立ったのぞみはジャック白井が狙撃され亡くなったブルネテの戦場に向かった。塹壕が掘られ、かつては戦場で在ったスペインの原っぱで手を合わせた。ジャック白井と自由を求め世界各地から参戦した誇り高き勇者たちに手を合わせた。それからカルドナの街に建つ記念館に向う。カタロニアの村人たちのレコンキスタと内戦から今に繋がる想いを知る。カタロニアの魂を胸に刻んだのぞみはカルドナ城の向こうのピレネーの山々の上に浮かぶスーパームーンに誘われる。…これでReiとの旅が終わった。明日からは音楽の旅に出る。私だけの旅に出る… 卒論のリベンジでも在る五ケ月に及ぶ音楽の旅の目的を遂げたのぞみはスペインで暮らすのか、鎌倉に戻るのかの選択に迫られていた。本心はスペインで暮らしたい。しかし…。手に取った新聞の求人広告に『ハポンオンリー』を発見。ダメ元で会社に突撃すると思いもよらぬ採用。求人広告を掲載したのは日本の旅行代理店。のぞみの面接官は『JTBサンタンデール支社長』。のぞみが彼方此方で書き留めたSketchのうち『アストリアス』が支社長の採用の決め手。おまけが付いていた。JTBが発行している広告宣伝誌『旅の途中』への投稿する原稿を鎌倉に戻り就労ビザが発給されるまでの一ケ月の間に原稿に仕上げて欲しいとのリクエスト。 これはチャンスかも知れないとのぞみはノンフクションの心得と格闘する。 のぞみの初仕事は『ホタテと瓢箪』。日本人のクリスチャンにとっても聖地で在るサンチャゴコンポステーラまでの巡礼ツアーのガイド。記憶に残るガイドを目指すのぞみ。ツアーには日本人のカメラマンが同行。ニックと呼ばれていた。一組のカップルが失踪する。ニックの協力も在り無事に事なきを得たのぞみ。幸運はのぞみから離れて居なかった。 ニックが写した街角で遊ぶスペインの子どもたちとガイドの私のアップを撮った写真に感銘を受けたのぞみはニックへの想いを募らせてゆく。しかしニックはISから逃れようとする難民が溢れかえるシリアに向かい行方不明。


 『未来探検隊』HPの『問い合わせ』にメールが一通寄せられていた。無視できない内容だった。―『未来探検隊』のHPを拝見。私どもは昨年の秋に同じく『未来探検隊』のサイトを立ち上げ今日に至っております。貴殿の会と名前が重複しており、これは困った、何とかしないと混乱は避けられないと思いメールした次第であります。私どもの方が約一年早く七名の結束の証しとして命名しましたが、あいにく商標登録などの排他的な手続きを踏んでおりません。私どもは貴会との話し合いを望んでおります。事務局は狸小路六丁目の『Casablanca』。私は事務局を預かっている岸部実(みのり)と申します。都合の良い日時を指定して来店下さるなら幸いです―…思いもかけないことが起きてしまった… 氷空ゆめはもうひとつの『未来探検隊』を検索して開いた。ー七人の侍が未来を造るー Topにこう書かれていた。七人は『Over六九age』だった。活動内容は書かれていない。それぞれの名前と写真とが載っていた。写真を見ると氷空ゆめが知っているOver六九ageの風貌とは違った。お爺さんであっても若々しい。今を生きている。顔の皺が深くても、髪の毛が薄くて、ハゲていても表情が輝いている。眼に力があった。そして衣装も派手でオリジナリティに溢れている。五〇代後半と言われたら信じてしまいそう。…この人たちは只者ではない… 七人のそれぞれのページの最後には『印象に残った出来事』。 氷空ゆめは誰をクリックするのか迷った。 迷った挙句、顔と衣装で決めた。 堂々としていて、皺が深くて渋い。浅田真央のスワンがプリントされているトレーナーを得意そうに着ている、剽軽そうで、強面で不可思議なお爺さんをクリックした。■ 『仁義なき戦い(完結篇)』(坂下猛)『仁義なき戦い(完結篇)』(一九七四年)の北小路欣也。 対立する組長を獲り、逃げる鉄砲玉の北小路欣也。追手は組長を獲られた組員と警察。警察は発砲しない限り殺しはしないがヤクザは命を狙う。サツに捕まる前に片付けようと追って来る。ヤクザの追手に囲まれ、死を覚悟した刹那に、壊れた水道管の蛇口から水が、ポタッポタッ、と落ちていた。それを口で受け止める北小路欣也。逃げ込んだ廃墟と化した工場にパトカーのサイレンが近づて来た。外から物音が聞こえた。追手は直ぐそこ。 これ以上の迫真を観たことがない。 俺と北小路欣也が重なった。二七歳の時だった。 俺は鉄砲玉の一人だった。正確には鉄砲玉の頭。兄貴から二名を確保しろと命じられていた。二名分の六百万円が渡されていた。確保できなければお前が鉄砲玉。そう言い含められていた。二名を確保した。盛り場には金を欲しがっている不良が必ず居る。あとは兄貴からの指示を待つだけ。指示が下ると、ピストルの撃ち方を教え、標的の写真を見せ、標的の行動を知らせる。それから捕まった時の因果を言い含め、最後に手付として半分の金を渡す。残りの半分は結果次第。兄貴からの指示が下される頃合いだった。 深夜映画で『仁義なき戦い』の全篇五本が上映されていた。緊張のクライマックスの後には直ちに東映の波がドド~ンと岩を越えて向かってきた。休むのを許さない劇場。 この映画を観てから俺はヤクザを辞めようと思った。辞めるなら人を殺す前の今のうちだった。人殺しが嫌だったのではない。殺されるのが恐かったのでもない。生きながらえての長いムショ暮らしも想定内だった。ヤクザは無鉄砲で命知らず。一般人にこう想われ                         ているから生業が立つ。ヤクザ同士で争うのはシノギがすべて。シマの分捕り合戦は領地の奪い合いに似ている。『仁義なき戦い』とは下克上。シマの分捕り合戦に勝ったところでシマで商いする領民に慕われたりしない。まして敬愛されることは間違ってもない。シマで商いする者達の関心事はみかじめ料の支払先と謂わば年貢の多寡のみ。嫌われ者でしかない。相場は月三万円ほど。                         ヤクザ同士の争いは殺られたら殺り返す。これだけだ。殺られて殺り返さないと舐められる。その通りだ。しかし大儀がない。双方が疲れ果てるまで殺し合いは続く。疲れた頃に仲裁者が現れ、手打ちとなる。仲裁者とは争っている双方と利害が重ならない何処かの組の親分。この親分の魂胆は手打ちの後に、あわよくば、どちらかの組を自分の傘下に組み入れる。組み込んだならば上納金が入る。入ると組の勢力が増す。こうして山口組系は日本最大の組になった。 やはり大儀がなければ命を張れない。『仁義なき戦い』の全五篇ではシマに君臨する親分は次々と鉄砲玉に獲られた。子分も金を積まれた時には親分を裏切る。昨日までの親分を獲ったりする。これぞ下克上。映画は大儀がない殺し合いの内実を教えてくれた。ヤクザにも仁義がある。古参の子分が親分の命令で玉を獲ると手付と成功報酬を得た古参はたいがい自首する。ムショは最も安全な処でもある。それに自首すると法定刑が半分になる。模範囚として刑期を務めるならば、早ければ五年で娑婆に出られる。その期間古参の家族は生活が保証される。それは安くない。五年で二千万円を越える勘定。それで鉄砲玉が用意される。鉄砲玉は若者。家族が居ないの鉄砲玉。玉を獲れば出世できると言われ、支度金を渡される。相場は成功報酬を含め三百万円。古参の者への報酬と家族の生活保証を考えたならば著しく安い。 俺は大儀がない殺しを成し遂げ、何時か親分になったとして、首を獲られるのが定めと悟った。北小路欣也のポタッポタッで決心した。足を洗う。足を洗うのは未だ何もやっていない今だ。綺麗ごとでは済まされない。今は戦さ場からの離脱だ。袋叩きにされ、八つ裂きにされる。ヤクザの見せしめは敗戦前の特高と変わらない。小林多喜二は五寸釘をこめかみに打ち込まれ殺された。竹刀で頭と顔面を叩かれ、腹部を何度も蹴り上げられ、両指に鉛筆を挟み込まれ万力で締め上げられた。気を喪った時には五寸釘。 六百万円を兄貴に戻さなければ確実に殺られる。戻しても危うい。ならば逃げる他ない。俺は横須賀に居た。逃げる先を考えた。追手が来ない処。来たとしても、先に発見して逃げられる処。ヤクザは寒い処が嫌いだ。結論はアラスカだった。俺は兄貴の他人名義の銀行口座に六百万円を払い込み、その足で羽田に向かった。                             俺の所持金の残りは五百万円と少し。日本で逃げるなら切り詰めても一年で無くなる。アンカレッジ空港に着いた。俺はイヌイットの村を訪ねると決めていた。向かう先はバロー。アラスカの最北端。北緯七一度十八分。もちろん北極圏。アンカレッジからは直線で百三〇キロ。バローには四千人以上が暮らしていた。飛行場も郵便局も在った。バローは便利だけれど追手が来た時に直ぐに見つけられない。バローから北へ七キロ歩くとノースと云う村が在った。人口五三人。一〇世帯。俺は此処に決めた。 長老に日本での訳を話し、所持金のすべて渡し、頼み込んだ。英会話は得意ではなかった。必死の英作文。バロー行きの飛行機から見下ろすと、追手は此処まで来ないと確信した。寒いだけではない。人間が住む地球の最北端。まさに辺境中の辺境。ヤクザは辺境に関心がない。歓楽街のない田舎にヤクザは住まない。生業が立たない。だから田舎にヤクザは居ない。まして辺境中の辺境のノースに俺が逃げたとは誰も想わない。   「同じモンゴロイド」と長老が言った。 その夜村人たちが集まった。長老は俺が見ている前で俺が渡した五百万円の半分の二万ドルを村人に均等に分けた。 村人は俺に深々と頭を下げ礼を言った。「私の家に住み、一日も早く、村の一員に認めてもらえるよう頑張りなさい」と長老は優しかった。 俺はジョニーと名乗った。組での通称は「タケシ」だった。誰も俺の苗字を知らない。組に入るのに戸籍謄本も住民票も要らない。マイナンバーも当然不要。運転免許証も提示の義務がない。親分への忠誠を誓い、若者頭の兄貴の推薦があれば盃を交せる。 長老にパスポートを差し出した。彼は開かずに「此処ではパスポートは何の意味もない。男の仕事は狩り。カヤックと犬ぞりを子供たちと練習しなさい。狩りの腕を上げないと一人前と認めてもらえない」。 村での暮らしは俺には何もかもが新鮮だった。                                                                  助け合って生きるとは弱い者の情けない姿としか考えなかった。ここでは違った。強い者は人では無かった。自然が最強だった。人の力はちっぽけと思い知らされた。夏は太陽が沈まない。秋から春までは太陽が顔を見せない。真冬になると最高気温がマイナス十五度。最低気温は計り知れない。少しでも雪が降るとホワイトアウト。外に出てはいけないと子供から厳しく注意された。方角を見失い家の一〇M手前で凍死した例もあると言われた。狭い日本で体力と剛力、度胸がすべてであった自分が小さく見えた。 村人は自然の恵みを分かち合って生きている。それが定めであり掟だった。それが此処での暮らしの合理性と気づいた。此処は野菜が育たない。畑が無いツンドラ。ビタミンはアザラシ他の海獣の生肉と内臓から摂取する。他に手段はない。アザラシ一頭で五〇人の村人は三日の間、腹を空かせない。此処は採集生活の村。アメリカの保護区。イヌイットは制約があっても先住民族として保護されている。制約とは主に捕獲する海獣の数。 週に一度、アメリカ空軍のヘリが生活物資を届けてくれる。悪天                          候が続く冬は一ケ月も来ない。それでも村人は平気。食料とガソリンの備蓄は秋にひと冬分を蓄えている。それに此処は天然ガスが吹き出していた。暖房は天然ガス。保護区故に無料だった。ヘリが飛んで来なくとも生活できる。それがイヌイットの伝統。ノースの海には一角鯨は来ない。ザトウ鯨は年間二頭まで。しかし村人はザトウ鯨を狙わない。大き過ぎて仕留めたとして解体や運搬が困難と言う。もっぱらミンクとバンドウを狙う。これらは年間各五頭まで。 村の採集生活は豊かだった。夏から秋にはキングサーモンが折り重なって川を上る。それを灰色熊の邪魔をしないように獲る。鱒も魚体がデカイ。網では獲らない。銛。春には日本では見られなくなったカラフト鰊が浜に押し寄せる。鰊は刺し網。キャペリンが浅瀬の底から盛り上がる。それを子供たちがカヤックに乗りタモで掬う。ヒラメもオヒョウもとにかくデガイ。カヤックから海を覗くと底に折り重なっている。餌を付けなくても釣り針にかかる。ウニも大きい。味は日本と変わらない。村人に刺身を伝えた。バローのスーパーに醤油は在った。ワサビが無かったのが残念。カリブーも群れを成して村を横切る。村人への割り当ては年間二〇頭。狼も居る。それらの恵みを村人は分け合う。食べ切れないほどの量が自然の恵みだった。保存食に加工。商品化する。そして貯蔵。俺にも好物ができた。鯨のベーコン。絶品だった。 俺は子供たちにチャンバラと日本の童謡を教えた。イヌイットの子供たちは犬を操るのが上手い。それもそのはずヨチヨチ歩きの時からエスキモー犬の背中に乗って遊んでいる。 俺は射撃を褒められた。二年目の春にミンク鯨の耳を一発で打ち抜いた。長老のライフルだった。口径が大きい鯨用だった。その時から子供たちは俺を尊敬した。ミンク鯨一頭で村人はのんびりと一ケ月も暮らせる。必要な栄養も充分に摂れた。外は厳寒であっても部屋の中は温かかった。どの家にも天然ガスのペチカが在った。 オーロラは知っていた。現象の科学的解析も知っていた。しかし知識と本物は違った。冬の晴れた夜には必ず現れる。赤・黄・緑色が中空に揺れる。予測できない動き。不規則を見仰げていると不思議な気分になった。これは神秘ではない。神さまの舞踏。神さまが                                    舞い踊り戯れ、遊んでいる。俺は神さまと交信した。魂を届けた。 …俺は此処に居る。神さまは俺を見ているかい… 俺が巻き込まれそうになった抗争は一年余りで終わっていた。山口組系の抗争とは別。関東だけのタマの獲り合いだった。それをバローで知った。それでも双方の死者七名。負傷者二五名。逮捕者八五人。これは警察発表。死体が発見されない行方不明者は含まれていない。コンクリートで固められ海に投棄されたり、山の中に埋められた者はカウントされていない。鉄砲玉の一人や二人が行方不明になったとして警察は無関心。              俺が逃げなかった時には、死者の数は確実に、一人ないし二人、増えていた。瞬く間に四年が過ぎた。俺はトランジスタラジオの短波放送で日本の動向を聴いていた。そろそろ帰ろう。パスポートの期限は五年だった。俺は逃げきれた。逃げきるのが目的だった。目的を遂げた。命を獲られた、金を持ち逃げされた以外にヤクザの執念は深くない。敵前逃亡した俺は弱虫、臆病者と、笑われ、忘れ去られている。横須賀に近づかない限りもう大丈夫だ。 ここでの暮らしも悪くない。寒さにも馴れた。此処で一生暮そうと思えば暮してゆける。村人はもう俺をよそ者とは思っていない。共同体の一員として認めてくれている。頼りにしてくれている。ミンク鯨を仕留めた時からだった。それが心地良かった。同じモンゴロイドでも俺は日本人。イヌイットにはなれない。そう想い始めると日本が恋しくなった。横須賀に残してきた女を想い出した。 長老に「日本に帰る」と告げた。長老は「金はあるのか」と言った。「ない。アンカレッジで働き金を貯める」。長老は渡した五百万円の半分の二万ドルを俺に差し出した。「何時かこう云う日が来ると思っていた。また何時でも来い」。 ヤクザはこうはゆかない。世話した今までを恩に着せられ追い銭をうたれるのが常。帰る前日にお別れ会が催された。テキーラとジンとビールが並べられ子供たちにはリンゴジュース。氷は外からツルハシで削る。ザトウクジラの缶詰が処狭しと並んでいた。『Big Johnny Whole』と印字され、ザトウ鯨をラベルに描いた、この缶詰は村の特産品になった。俺の発案だった。 二頭のザトウ鯨の捕獲が州政府に認められているのに捕獲しようとしないのは勿体なかった。解決しなければならない問題は陸に上げての解体。陸に引き上げるのが難関だった。村にはウィンチが無かった。俺は二〇の筏を作った。ザトウ鯨に返しの大きい銛を打ち込みロープを回せば船外機付きボートで岸まで運べる。筏を波打ち際から浜に並べ、そこにザトウ鯨を載せる。そして皆で声を合わせて引く。筏の上には鯨油を溶かして敷いた。ザトウ鯨は思ったよりも簡単に動いてくれた。ザトウ鯨は男二〇人で海から軀半分が上がった。その時の村人の歓声を忘れられない。半分も引き上げられたら充分。そこで解体開始。筏と鯨油によって軀の損傷を防いだ。解                          体さえ出来るならザトウ鯨は最大の獲物。長さ十二M。重さ三〇t。解体で流れ出す血は海に返した。これで解体場の洗う作業が軽減された。女たちが喜んでくれた。 俺はザトウ鯨の缶詰を考えていた。世界で唯一の缶詰になる。ヒントは幼い頃に食した鯨の大和煮。今ではこの缶詰は市場から姿を消している。大和煮は醤油味に生姜が少々。甘しょっぱい味付け。それを変えた。血抜きをした肉をステーキ風に焼いた。冷ましてから缶詰に入れ、窒素を装填して封印。一個の缶詰の大きさは大和煮の倍以上になった。ソースは鯨の油脂と血を混ぜて煮込みタルタルソース風に仕上げた。隠し味は醤油。チンでも沸騰した湯でも温められる。チンの時は缶詰から取り出してラップ。湯の時は缶詰のまま。これらを丁寧に説明書きに記した。 白人は海獣の肉を好まない。しかし売りのターゲットは白人。白人に売れなければ商売にならない。ヘリのパイロットに一〇個をプレゼントした。次の週には司令官が乗っていた。「軍の備蓄食料として購入したい。肉もソースも旨い。ソースの隠し味は何か」と。 長老と俺が交渉役。俺は「ソースは料理人の命。申し訳ないけれど教えられない」。司令官は「OK」と言いつつも残念そう。 一個二ドル六〇セントで交渉成立。 俺は司令官に「軍納入缶詰と宣伝して良いか」と尋ねた。 彼は微笑みウインクで応えてくれた。 ザトウ鯨一頭から五千個の缶詰ができた。一ドルが一二五円の時代だった。各家庭は年間三〇万円余の潤いが出た。 宴が終わりに近づいた時、一〇人の子供たちが俺の前に並んだ。「Big Johnny。今まで遊んでくれてありがとう。これは父さん母さんと僕たちからのお礼です」 大判の封筒を手渡してくれた。中を開くと一〇の札束。ひとつが一〇ドル紙幣一〇枚。それと子供たちが作ったイヌイットのお守り。流木で作ったカヤック。「乗っている人形はBig Johnnyだよ。これを持っていれば何処に行っても迷わない。Johnnyが日本に戻っても僕たちJohnnyを忘れないから」 涙が零れてきた。俺はアラスカ北端のノースで堅気の人情に触れてしまった。イヌイットから気づかされたもうひとつは人間が生きるには知恵の他に知識も。俺には決定的に知識が欠如していた。 俺はサッポロでの暮らしを始め大学に潜り込んだ。                             


 今から約四百年前に伊達政宗の命によりサンファンバチスタ号に乗り込み石巻からイスパニアに向かった仙台藩の支倉常長の一行。その中に瀧上嘉蔵と家来の与助が居た。政宗の命とはイスパニアとの直接交易の実現。交易とは主に貿易で在る。政宗の狙いは交易による富の独占。ないしは富の拡充で在った。家康もそれを後押しした。命を受けた支倉常長はフイリッペ三世の「NO」により失意の帰国を余儀なくされた。しかし嘉蔵と与助は帰国せず滞在先のコリア・デル・リオに残った。 瀧上家では四百年前から嘉蔵不帰還の謎が続いていた。幾度となく仮説が建てられ嘉蔵から数えて十六代目の海彦も同じだった。仮説は何時の間にか消え謎だけが命を繋いでいた。海彦の仮説は「剣の達人で在り、イノベーターでも在り、発明家でも在った嘉蔵を尊敬できない。帰ろうとするなら戻れたのにコリア・デル・リオに残った。俺はお家断絶の危機を乗り越え家族を守り抜いた長男蔵之助の不屈を尊敬している。嘉蔵には人格的欠陥が在ったのでは…。俺は何時か嘉蔵の人格的欠陥を証明しようと考えている」。海彦は嘉蔵不帰還の謎をこう締めくくっていた。 コリア・デル・リオに暮らす、海彦と同じ歳のマリアからの手紙が舞い込む。マリアは嘉蔵の子孫だった。仙台の日西友好協会の招きで来仙。海彦の家にホームスティ。マリアは海彦に案内され四百年前の仙台を知る。瀧上家の四百年前と変わらぬ正月を体験。マリアは嘉蔵の墓参りの時に「マルガリータと云う与助の子孫も現存」と。十五代目の与一は号泣の後に歓びを爆発させた。 マリアは類まれな美人。気性の激しい天然。挨拶の喋りと唄が凄かった。海彦は出迎えた仙台駅で一目惚れ。二人でユニットを組み、歌を創り、唄う音楽の路に進みたいと願うようになった。しかしマリアは恐ろしい女を連れて来た。先ずはマリアが恐ろしい。次に海彦が所属する軽音楽部の佐々木薫子。薫子の誘惑はマリアの助言も在り回避したものの、小五のクラスメイトであり今は同じ高校に通う橘南のアプローチとプロポーズを受け入れてしまう。受け入れると云うより南が言う「トモダチ以上恋人未満」に引き寄せられてしまう。南は津波で両親を亡くした。それで会津若松の祖父母に引き取られていた。小五の時に離れ離れになったが今は仙台で独り暮らし。「私には家族が居ない。海彦の子供を沢山産みたい」に殺られてしまう海彦。何とか踏み止まる。マリアに言えないやましいことは出来ない。けれどこれから先に南ににじり寄られたら分からない。 海彦の音楽の路を応援すると言った父海太郎(海上保安官)がオホーツクの海で不審船から銃撃を受け撃れてしまう。生死の境目を潜り抜け海太郎は幸運にも今生に止まった。不審船は銃撃の後に追跡されない確信の下でゆうゆう逃亡。不審船の思惑通り『ゆうぎり』は不審船を追跡して拿捕しなかった。海太郎の部下の宮田安夫は即死。回復したとは云え入院中の海太郎は「日本の弱虫を何とかせねば…‼…」と来たる参議院選挙に立候補する旨を海彦に打診。…流石はオヤジ。これぞ蔵之介の不屈…。胸を熱くする海彦。 マリアからメール。コリア・デル・リア市の資料室には誰にも気づかれないまま嘉蔵が秘かに眠っていた。嘉蔵が書き残した巻物が五巻。文書には『故里吾出瑠里緒日誌』。これを明らかにすれなら嘉蔵不帰還の謎が解き明かせる。祖父海之進が現代語に翻訳すると海彦にはコリア・デル・リオのハポンの会からのマリアが書いたと思える招待状が届く。出立する海彦。身を硬くして見送る南。再会を喜ぶマリア。嘉蔵不帰還の謎を明らかにする日は近い。