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現在の支援総額

18,000

1%

目標金額は1,000,000円

支援者数

4

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

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『Bessie Hall』は『Casablanca』からススキノに向かって歩くと五分もかからないビルの地下。すべて立ち席。百名ほどで満杯。氷空ゆめは初めての入場。『戦国時代』のタオルが五百円で売っていた。一本買った。チラシのイラストと同じプリント。入場者は、みんな、タオルを首に掛けていた。ほとんどが高校生。私服なので学校が分からない。女子九割に男子一割。我校の女子も五人ほど。顔を覚えている。二年生みたい。 氷空ゆめは後ろから押されステージに接近。辺りを窺っている間にホールは満員。結構人気がある。 ホールの照明が消えた。少し遅れてステージが輝いた。客に背を向けて四人が舞台に立っていた。陣羽織の背中には『戦』『国』『時』『代』。四人が振り向いた。「キャ~」と女子が叫ぶ。 氷空ゆめには「キャ~」が「ギャー」に聞こえた。 歌舞伎役者のメイク。チラシと同じ出で立ち。若君コールが起こった。早くもタオルを回している女子。 ドラムが叩かれた。乱打の後にシンバルをジャ~ン。 男子三人がユニゾーンで唄い出した。 ー足軽たちが群れている  ほら貝の合図を 太鼓の音を待っている  戦さじゃ ぬかるな 敵の動きを見張れ  弓矢は良いか 火縄は万全か  幟を掲げろ 盾を立てろ                                 (ここから若君)  戦さじゃ 憶するな 我に続け 敵陣を突っ切る                                                          狙いはひとつ 大将の首    ほら貝を鳴らせ 太鼓を打てー                            若君が独りでエイトビートを刻む。 爺がほら貝を吹いた。殿が和太鼓を打つ。                     ド~ン ド~ン ドン ドン ドンドンドンドン 一瞬の静寂。キーボードの右指が鍵盤の上を走った。グリッサンドを三回。陣羽織を脱いだ姫が唄い出した。 ―わたしはみんなを守る 殿と爺と若君を …どうやって…      わたしは足軽たちを守る …どうやって…      わたしは領民を守らねば …どうやって…  わたしは忍び 走って走って走り抜いて 敵陣深く入り込む  物かげに潜み 敵を欺く …死ぬなよ…  わたしは忍び 敵の大将はジジイ ジジイは狸 侮れない  ジジイは影を用意している 見極めなければ …死ぬなよ…                                   大将を撃ちもらしてはならぬ 撃ちもらすと我らが殺られる   …死ぬなよ…死ぬなよ…― ドラムが最後を〆ると姫の語り。「オープニングの『いざ出陣』でした。今夜で三回目の『Bessie Hall』。気合が入っています。盛り上がって行こう‼」 拍手。拍手。拍手。盛り上がっている。氷空ゆめも拍手。「本当は路上ライヴをやりたいんだけれど学校がダメで言うから今はガマン・がまん・我慢。学校は我慢ばかりを教えてくれる」「その通り」と男子の声。「今の男子はだいぶ溜まっている。溜まると心に良くない。でも私たちは後四ケ月で卒業。その時は全開。今夜も全開。OK…‼…」「OK」と全員が叫んだ。氷空ゆめも右手を挙げて「OK」「次は若君の『優しい殺人者』」 キャ~の後にはギャ~。 若君が静かに四拍子のアルベジオ。   四小節後にドラムとベースとキーボードが続いた。―戦さとは土地の奪い合い  今も昔も変わらない 戦さとは命のやり取り殺し合い  今も昔もこれからも変わらない 俺たちは戦さが嫌いだ   勝っても必ず誰かが命を落とす  敗けたら俺たち皆殺し                            俺たちはよその国を犯さない  俺たちはよその国に攻め込まない                     専守防衛   今は戦国 乱世の時代 領地と領民を守らねば                            俺たちは戦う  戦さがない世が来るのを願って 和平は誰が 平和は何時 戦さは強い者が天下を獲るまで続くらしい 強い者とは誰  天下とはナニ それまで国連は眠っているのか― ここで若君はステージから耳を澄ました。一人の女子が「それまで国連は眠っているのか」と唄った。「OK」と言った若君は両手を高く上げ手拍子。催促。唱和が大きくなった。 氷空ゆめは「それまで国連は…」を三度唄った。 ドラムが終わりを告げた。「若君でした」と姫。続けてメンバー紹介。「ドラムは毛利右近。ベースが坂東景虎。若君は石丸永遠」 ここで三度目のギャ~とタオルが回った。 氷空ゆめもタオルを回した。「若君は人気者。わたしは神代(かみしろ)泉。『戦国時代』をこれからもヨロシク。『情熱の牡丹』を聴いて下さい」 姫はマイクをセットした。 イントロはバラード風。ゆっくりとしたB♭とE♭のスケール。 ステージの灯りが消された。スポットライトが姫を照射。 ―わたしたちは何時か死ぬ  これは永遠(とわ)の宿命(さだめ) 変えられない  年頃になって恋をして  子どもを産んで シアワセに暮らす そして年老いてゆく  そうして孫たちに見守られ死を迎える  それが私たちのシアワセな人生  わたしは嫌だ それだけが人生なら 死んでも死にきれない  それだけが人生なら  わたしは何のために生まれてきたの シアワセになるために…  「ソーダ水の中を貨物船」が通ったり 「秋桜が庭先」に咲いていたり 「あなたのセーター袖口つまんで」うつむいたり  ありふれた恋と日常も悪くないけれど何かが違う― 姫は「ソーダ水」から松任谷由美で。「秋桜」は山口百恵。「あなたのセーター」を中森明菜で唄った。                              よどみがなく、曲の切り替えが、巧みだった。 これらは鍵盤の技と歌心の力。「何かが違う」を唄い終えると男子三人が強烈なエイトビート。           ―わたしは何をしたいの 何ができるの  死ぬまでの一度きりの人生なら 思い切り暴れてみたい―   氷空ゆめはここでタオルを回した。全員がタオルを回す。  ―暴れて 暴れる 焔立つ 恋が望み  和平には命が懸かる 平和にも命を賭ける 恋も同じ  シアワセになれなくても わたしはシアワセ  わたしの傍らで情熱の牡丹が花開くなら―                                      氷空ゆめは圧倒され興奮していた。姫の秘められた情熱がオーラになって出ている。でもこの人。幸が薄そう。十八歳にして大人の雰囲気。もの静か。落ち着いてる。歌もキーボードも上手い。静の構えが崩れない。むやみに走り回らない。力強さもある。それは心の強さ。知的。上品。恥じらい。花に例えるならやはり牡丹だ。二重まぶた。パッチリと見開く瞳。ショートの髪。手足が長く背筋が伸びている。立ち姿が秀麗。笑顔も可愛い。やはり姫だ。 足軽のわたしと正反対。なのに何故か幸が薄く見えてしまう。それは無言でキーボードを叩いている時の表情から。若君とつき合っているのかなぁ…。きっとつき合っている。上手くいっていないから寂しげ…。そうかなぁ…。 氷空ゆめは汗まみれの冷えた身体のまま地下鉄に乗った。楽屋に行って「来ました」と若君に言いたかった。きっとつき合っているが楽屋を阻んでしまった。ひと目だけでも逢えたら良かったのに。…逢いたい… 部屋に戻った氷空ゆめはネットで『戦国時代』を探した。 在った。 問い合わせに「ライヴに行きました。若君とお話がしたい」と書き込みたかった。止めた。…こんなのはわたしらしくない…■4/12にリターンを考えました。アップしています。


 次の金曜日がきた。花南は家を出る時に身構えた。今日ストーカーに付けられたら交番に行こう。今はそれしか方法がない。 この日は現れなかった。…何故だろう… 気づかれたと思って止めたんだ。 その次の金曜日も現れなかった。 イマイマしい、首筋にまとわりつく、粘々した視線の再来はなかった。もう三週間が経つ。それだけで気分が軽くなる。やはり板チョコを持って大輔とお兄ちゃんに伝えたのが良かった。ストーカーはあの日、図書館の帰りを気づかれないようにつけまして大輔の家に入ったのを見届けたに違いない。それで警戒しているんだ。花南はストーカーはもう現れないと思い、それを願った。                                …でも何故つけまわしたんだろう… 花南から不可解が消えなかった。けれど分からないことは考えない。考えてもしょうがない。そう言い聞かせた。分かる時には分かる。何時か分かる。今は現れないのがイチバン。 花南が図書館のパソコンから離れ、一Fロビーでひと休みしていると、一人の男子が近づいてきた。背が高くてロングヘアー。優しそうな瞳だった。「話しかけてもいい…」「うん」 花南は「うん」と言いつつも戸惑った。男の子と話すのは大輔だけだった。大輔は保育園からの幼馴染。見ず知らずの同世代の男子は初めてだった。「君を何時も見かけていたよ。僕が図書館に来ると君がいて、黙々と、脇目も振らずに、楽しそうに勉強している。どうしたらそんなに楽しそうに勉強できるんだろうと気になっていた。どんな勉強しているの…」「今までは中学と高校一年生を少し」「そうなんだ。家にいると怠けてしまうから学校が休みの時は此処に来る。浪人したくないから。僕は榊陽大(あきひろ)。高一。君は…」「遠野花南。今日は金曜日なのに学校が休みなんだ」「期末試験で午前中で終了。試験も今日で終わり」「それでか」 花南は少年の笑顔につられて微笑んだ。気にかけてくれている男子がいたなんて考えもしなかった。そう想うと鼓動が高鳴った。 ドキドキが始まった。ドキドキすると顔が紅らんでゆく。 花南。初めての体験。ドキドキも紅らむのも。 紅くなってゆくのが恥ずかしくて俯いてしまった。 小声で「サンドウィッチ。食べる。わたしが作ったの」。 少年は花南の隣に座って玉子サンドを頬張った。「あれっ。食パンの厚さがサンドウイッチ用だ。だから美味しんだ」「パン屋さんでサンドウィッチ用に切ってもらっているんだ」「君は学校に行っていないんだね」「登校拒否の不良中学生」「訳がありそうだね」「まあね。四月一日から不良を止めて働く」「何処で働くの」「まだ決まっていない。三月になったから面接を受けようと思って探している。パン屋さんで働きたいんだ。焼きたてのパンが大好きだから」                                「そしたら四月一日からは君が休みの時にしか図書館に来られない」「だから今のうちに中学の勉強はこれで良し…‼…にしたいんだ」「今日思い切って話かけて良かった。グズグズしていたら間に合わなかった。間に合った。今年に入って何時話しかけようかと思っていたんだ。なかなか勇気が出なくて…。嫌がられたらどうしようと思うとドギマギしてしまって…」 少年は『嵐』の相葉君に似ていた。相葉君は他のジャニーズと違ってチャラくない。自分の顔の良さを得意そうにしていない。 花南はクスッと笑った。「あれっ。何か変なこと言った…」「うう~ん。おかしなことは言っていない。男の子もドギマギするんだ」「するよ。恥ずかしいけれドギマギを乗り超えるには勇気だけ」「わたしも恥ずかしいよ。今ドキドキしているもの」「同じだね。あと少しで会えなくなるのはイヤだな。時々でも逢えるかな。四月一日からも逢いたい。携帯番号を言うから僕に電話して」 花南は言われた電話番号をガラケーに打ち込み発信した。 直ぐに少年のスマートフォンが鳴った。「これで連絡できる。今日は邪魔したね。サンドウィッチ。ありがとう」 少年は二Fの学習室に駆け上がった。 花南は火照った両頬に手を当てた。 まだ熱い。紅色に染まっているんだ。恥ずかしかったのは紅くなったから。どうして紅くなってしまったんだろう。知らない少年に声をかけられドキドキしたから。相葉君に似ていなかったらドキドキしなかったのに。 花南は少年の顔を思い浮かべ残りのサンドウィチを食べた。「間に合った」は好意の印。登校拒否でも好意を持ってもらえるんだ。中学すら卒業できないと世間は人間失格と見做す。そこから逃れて働こうとする少女に好意を持ってくれる少年もあっち側にいるとは…。今年に入ってから話しかけるチャンスとタイミングを計っていたんだ。もしかして運命の出逢いかも。「子どもは何もできない。今は我慢するしかない」 母の言う通りに諦めていたならば嫌なことに会う回数は減っていた。それは確かだ。でもその言葉を聞くと…そんなことはない。子どもでも絶対に何かできる…と身体が震えた。震えたのは何かできるとの自信があったのではない。何かをやろうとしなければ何時までも何もできない子どものまま。母を助けられない。母にばかり苦労をかけられない。母は愚痴のひとつも言わない。働きづめなのに何時も明るい。優しい。頼りがいがある。そして働き者だ。でも知っている。辛そうにしていなくとも時々束の間、悲しそうな表情になる。それは記憶から消えない。消えないかぎり少しは楽させたいと思う。パートも昼間だけにしてやりたい。夜のコンビニのパートを辞めてもらうには子どもが頑張るしかないのだ。働けないのが口惜しかった。母のように働けなくてもその辺のオバさんには敗けない自信がある。                                 健太と筋トレを続けてきた。懸垂だって五回できる。小っちゃいくせに健太は一〇回。三つ下なのに駆けっこでは敗けてばかり。運動神経抜群の健太に思い切り野球をやらせたい。それには働かないと無理。 諦めなくて良かったこともあった。 今年に入ってから矢野先生と出会った。 そして今日は相葉君似の男子から声をかけられた。ドキドキさせられた。紅くなってしまった。恐らく首筋まで紅くなった。玉子サンドを美味しいと言ってくれた。嬉しくて「ありがとう」と叫びたくなった。母の口紅を借りて薄く塗っていれば良かったのに…。そうすれば少しは大人っぽく、可愛らしくなったはず。これから図書館にはお洒落して口紅を忘れないようにする。  生きてきて良かった。諦めなくて本当に良かった。壁ドンされたらどうしよう。固まってしまって動けなくなりそう。榊陽大の目を見つめるだけになってしまう。 いや~だぁ~。壁ドンを待っているみたい。今日はもう集中できない。■4/12にリターンを見直しました。活動報告の4/12をクリックして見て下さい。


 翌日。地下鉄琴似駅の出入口では女子高生がチラシを配っていた。 氷空ゆめは一人の女子から「ライヴに来てください」と声を掛けられ受け取った。ー『戦国時代見参』Bessie Hall 明日の一八時からー『戦国時代』は四人のユニットだった。四人のイラストがカラーでプリントされている。四人はヘビメタファッション。髪が逆立ち目元は歌舞伎役者。殿(ドラム)爺(ベース)若君(ギター&ヴォーカル)姫(キーボード&ヴォーカル)。                                    男子は赤を黒で縁取った陣羽織を纏い、その下は黒のTシャツ。胸には『乱世』の文字が白で。スリムのジーンズ。足は草鞋で決めていた。姫は水色の着物に黄色の帯。裾は後ろでたくし上げ帯で留めている。髪はショート。脚には水色の脚絆。二本の赤い紐で結んでいた。素足に草鞋。メイクは緋色の口紅だけ。 氷空ゆめは『戦国時代』のオリジナリティに感心。                            変わっている。こんなバンドは初めて。どんな曲が飛び出して来るんだろう。これで曲が良かったら、曲にパンチがあって、歌詞がリリカルだったら、わたしは好きになる。『戦国時代』のメンバーもチラシを配っている。今は何処にでも居る高校生の出で立ち。揃いの濃紺のダッフルコートでユニットを表していた。 氷空ゆめはチラシを見つめ駅構内に入った。その時「君は昨日の」。聞き覚えのある声だった。長身の少年の手にはチラシが沢山。 氷空ゆめは顔を仰げた。 仰げた途端に心臓が爆発。 頭のテッペンまでガツンが響いた。…ヤッタ~… こんな処で逢えるなんて。昨日の今日に…「昨日はありがとうございました」 氷空ゆめは少年に深々と頭を下げた。「礼には及ばず。当り前を致しただけだ」「『戦国時代』のメンバーなんですね」「いかにも」 少年はチラシのイラストを指差した。「若君なんですね。ギターは壊れていませんでしたか…」「ネックにヒビが入っていて修理に出した。二週間で戻ってくる」「修理代金をわたしに払わせて下さい」「それは無用。こう致そう。ライヴに来てくれたらチャラで」「はい。行きます」 氷空ゆめは顔が火照り、赤らんだ。『戦国時代』は西高の三年生。若君は石丸永遠と名乗った。 氷空ゆめは『Casablanca』に向かった。 地下鉄の車中で踊っていた。降りると地下街をスキップ。…嫌なことの後には必ず良いことがあるって本当なんだ… 少しでも早く誰かに若君との再会を伝えたかった。『Casablanca』には『Bessie Hall』のスケジュールが貼られていた。それを確かめねば。今は岸部実さんに尋ねるのがベスト。氷空ゆめはドアまでの階段を駆け上がった。                                     「ゆめです。来てしまいました」 店には客が居た。カップルが二組。奥の楕円テーブルでは石丸明さんが書きもの。難しい顔で集中している。万年筆でB4の原稿用紙に書いている。氷空ゆめは挨拶を躊躇った。「おや。いらっしゃい。さっきとは違って楽しそうじゃないか」 岸部実さんは伏し目ではなかった。今日は白のタキシードではない。白地に黒の縦じま模様のシルクの長袖。黒の細身のパンツ。白のスニーカー。お洒落。伏し目と無表情は営業用なのかも。「はい。そうなんです。それを伝えたくて走って来ました」                         「今日はワタシのコーヒーを試して欲しいな」「はい。御馳走になります」                        石丸明さんと眼が合った。 氷空ゆめはカウンターの椅子から降りてお辞儀した。 コーヒーの芳ばしい深い香り。 岸部実さんが得意そうに「アロマたっぷりのコーヒーをどうぞ」。「わたし。コーヒーの味が分かりません。それで申し訳なくて」「ワタシのコーヒーで練習して。さて聞かせてもらおうか」 氷空ゆめは鞄からチラシを取り出した。「『戦国時代』って言うバンドを知っていますか。あした『Bessie Hall』でライヴがあるんです」 岸部実さんはチラシを手に取って見つめた。「気合の入ったチラシだ。もちろん知っている。イラストがカラーだ。コピーだと一枚五〇円。イラストも上手だ」「やっぱ知っているんだ。有名なんですか」「まだ駆け出し。でも可能性がある。曲が良いんだ。演奏は練習して場数をこなせば上手くなる。曲想は練習したからと言って良くなるものではない。君が嬉しくなったのはこのチラシなの」「そうなんです。わたしの助け人はこの若君。若君が地下鉄の琴似駅でチラシを配っていたんです」 氷空ゆめは、チラシの若君を、右の人差し指で、丸を二回。「名前を聞いちゃった。石丸永遠だって」「そうか。それでまたまた胸がキュ~ッとしたんだ」「はい。キュ~ッでした」 岸部実さんが石丸明さんを呼び寄せた。「永坊はアキラの息子。幼い頃から知っている」「息子がどうかしたのか」 岸部実さんが一昨日からの顛末を話した。「そうか。息子が役にたったのか」「はい。助けられました」「それでね。氷空ゆめさんはときめいてしまった」 岸部実さんが氷空ゆめを真似て右手を胸に当てて「キュ~ッ」。    氷空ゆめは大人二人の冷やかしを無視。「アキラさん。若君は戦国の武将のようでした。剣をギターに持ち換えたみたいでした。強かった。ひとつだけ不思議なのは喋りが戦国武将。家でも戦国しているんですか…」「『戦国時代』を結成してからなんだ。今では母親も若君と呼んでいる。妹は兄者。玄関を出る時には姿勢を正し…いざ出立致す…。見送る母親と妹はハッハ~ァ。これが日常になってしまった。私は息子を、おぬし、と呼んでいる。困ったものだ」                           「困ったものだ」と言った石丸明さんは困っていなかった。 氷空ゆめは、笑いながら話す、石丸明さんを見て、楽しんでいる                         と思った。そして岸部実さんは『Bessie Hall』のオーナーとアキラさんから知らされた。■4/12にリターンを考えました。アップしています。


 九月中旬。サッポロの山近くに羆が出た。羆の姿が住宅地でも幾度も目撃された。糞もあちこちに。畑の作物を狙って山から下りてきたのだ。花南は畑までチャリを走らせた。収穫の頃だった。畑の手前にはミニパトが一台。『羆出没。注意。夜間には出歩かないように』 作業服姿の男性二名が看板の杭を打ち込んでいた。 花南が畑に近づこうとすると警官に呼び止められた。「あそこがわたしたちの畑」と指さした。「気になって来ました」 ブルトン婆さんは来ていない。 警官の一人が「どれ一緒に行こう」と言ってくれた。 畑は荒らされていた。五〇本のとうきびは全て喰われていた。残骸が畑に広がっている。枝豆も全滅だった。 花南はガッツポーズ。 小声で「羆さん。ありがとう」。 花南はブルトン婆さんに羆の襲来を告げた。嬉しそうに言ってしまったのかも知れない。多分そうだ。嬉しかったのは本当だから。「嫌味な子だね」が婆さんの返事。 根に持つとしたらこの時のことだ。 余計なことをしてしまった。でも言わずにはいられなかった。 ブルトン婆さんはキョロキョロしない。視野が極端に狭い。一点をジイッと眺めている。見つめているのではない。目線を変えると自分の立っている処が分からなくなるのだ。だからひとつ処を眺める。その視界に入ったなら厄介だ。用もないのに話しかけてくる。これは要警戒。以前に一度応じてしまった。ダ                                ラダラと愚痴を聞き続けた。話しの腰を折って立ち去った。背後から「あんた。学校に行っていないのかい」と聞こえた。無視した。それも根に持つひとつかも知れない。キャップ爺さんもブルトン婆さんも根に持つのは得意そうだ。   冬は嫌いだ。雪と氷でチャリに乗れない。中央図書館までは市電。片道二〇〇円。往復で四〇〇円。これは痛い。節約と思って一度歩いた。着いた時には全身がシバレていた。指先も白くなった。ローソク状態。身体が温まるまで一Fロビーの椅子にコートと耳当てと手袋のまま座っていた。回復するまで一時間もかかってしまった。無駄な時間を費やしてしまった。 花南は真冬には無理できないと悟った。 それでも二月になればサッポロの冬は緩む。真冬日がどんどん減ってゆく。花南のかじかんだ身体も少しずつ緩んでゆく。今年の啓蟄は三月六日。サッポロの虫は仮死状態。目を覚ましてモゾモゾと動かない。動き出すのは四月の中旬から。それも天気が良くて陽の当たる場所のみ。花南は暦の言い伝えが疑問だった。勉強するほどに北海道と合致していない日本の暦。それはそうだ。日本の暦は稲作の為に作られている。西日本がルーツの暦。それがサッポロに当てはまるはずがないと…。北海道は明治になるまで蝦夷だったのだ。 チャリに乗れるのは道路の雪と氷が融ける三月下旬まで待たなければならない。乗れると云っても時どき。まだまだ雪が降る。四月になっても降る。花南はチャリに乗れる季節の到来を待ち侘びていた。活動の季節が好きだった。 今日はバレンタインディ。陽が出ていて珍しく温かかった。花南は何時ものように一〇時前には家を出て電停に向かった。道路にはアスファルトが顔を出していた。健太にはゲンコツチョコでも贈ってやろう。それから近所のスーパーに連れて行ってガチャガチャを一回。必ず喜ぶ。健太もそろそろガチャガチャを卒業しても良い頃だ。と思ってもなかなか卒業しない。 花南がガチャガチャを卒業したのは小六の修学旅行から帰って来てからだった。あれから三年半。ガチャガチャのメーカーも卒業させまいと新商品をさり気なく売り場に置く。子どもたちはそれを見逃さない。健太も同じ。新しく発売された商品とお菓子を目ざとく見つけ、幼い頃から、そこを動かなかった。…健太以外にチョコを贈れるようになるのは何時… 花南は今は無理と言い聞かせた。図書館通いの毎日では出逢いがない。浪人生のような生活を続けているうちは無理。でも何時かその日はやってくる。今日のように、頬っぺたが赤くなっても、温かい陽射しに包まれる、晴れの日は必ずやってくる。楽しみがあると元気に今日を過ごせる。  電停のホームに立った。 いやだ~。また見られている。一週間に一回のペース。金曜日に限ってのシツコイ視線。それも図書館に行く電停までの距離と電停に立ってる間のまとわりつく視線。それがムズイ。視線が頭の後ろに食い込んでくる。                                花南は後ろを振り返った。 やはり誰も居ない。 市電が見えた。 あと少しの辛抱。 電車に乗れば視線が消える。 信号待ちは花南の他に三人だった。 赤ん坊を背負ったスクエア眼鏡の母さんが居た。 母さんは花南をチラッと見てからは明らかに無視した。 やはり怪しい。 他には高校生の男女二人。 信号が変わった。 三人とも市電に乗る様子。 この間も背後からの視線は止まなかった。 市電のドアが開いた。 花南は真っ先に乗り込んだ。 空き席が在った。 また進行方向と逆のスペースに立った。 電車の中と外が一望できる位置に構えた。 電車が動き出した。 一人の作業服姿の中年男が歩道から花南を見つめていた。 目力が強い。 スクエア眼鏡のヒステリー母さんの目力ではない。 コイツだ。 花南は顔を記憶に焼きつけた。 電車が遠ざかるにつれて視線が弱くなり消えた。…これってストーカーだ‼だったら目的はナニ‼誘拐‼… 身体がすくんだ。 誘拐するには動機がある。…何だろう… 誘拐は無理やりできない。人目に付かない処で大きな袋を被せて運ぶ。口には猿ぐつわ。これは誘拐ではない。拉致だ。一人ではできない。年寄りには無理。中年男でも二人以上は必要。いきなり大きな袋を被せられたら誰もが半狂乱で暴れる。泣き、叫ぶ。暴れる袋ごと担ぎ運ばなければならない。…きっと拉致された人たちもそうだったに違いない… 年寄りだからと云って油断してはイケナイ。誰かに頼むこともできる。そうすれば目的に近づく。中年男は尚更警戒しなくては…。とにかく人目に付かない処は止す。困った時は大輔。お兄ちゃんは頼りになる。 花南は図書館からの帰りに板チョコ二枚を買って大輔の家に向かった。■4/12にリターンを見直しました。アップしています。


 この日の夜。氷空ゆめは新月でもないのに思いがけない夢を観た。 夢は地下室を映し出していた。 六人の侍人が床に据えられた裸電球の灯りを囲んで車座。 灯りが六人の顔を下から照らす。 僕ちゃん角野さんだけが輪から離れ車座の周りをウロウロ。 その影が壁に揺らめいていた。 ギリヤーク笹山さんが経を読み始めた。 皆が続いた。僕ちゃんも徘徊を止めて続いた。 ギリヤークさんの読経が地下室に響き渡る。 七人の侍人の読経はユニゾーン。乱れが無い。 読経が終わった。 隊長さんが「みんな。ありがとう。今日で一五年。早いものだ。こうして供養してもらって芳恵はシアワセ者だ」。「芳恵姉さんは今なら助かったのに。それが残念だしくれぐれも惜しまれる」とアキラさん。詐欺師の高田宗熊さんが「オレが一番面倒見てもらった」。「そんなことはないぞ。みんな喰えない時代が大なり小なり在った。姉さんのお陰で今日まで生き延びた」と泉澤繁さん。「そうだな」としんみりした僕ちゃん。リックさんが「姉さんの病が発覚した時にワタシはドナー登録した。ワタシに続いて皆も登録した。でも皆のドナーが姉さんと合致しなかった。日本中を探しても合致者は居なかった。登録者数が少なすぎたんだ」。「悔やんでも悔やみ切れないなぁ。池江璃花子も一五年前に発病していたら助からなかった」とギリヤーク笹山さんが唇を噛んだ。「おいおい。しんみりは芳恵も望んでいない。賑やかなのが好きだった。俺がイチバン面倒見てもらったんだ。俺は芳恵のお陰で真人間になれたんだ」。 リックさんが酒を出した。 用意していたワイルドターキーを。ロックグラスと氷を差し出してから「姉さんは俺の裡では日本のイルザなんだ」。 隊長さんの「賑やかなのが好きだった」に反して、みんな黙り込んで飲み始めた。壁には裸電球の陰がしんみりと揺れていた。…そうか。横須賀に残してきた女は芳恵さんなんだ。隊長さんと一緒にサッポロで暮らしたんだ。芳恵さんは皆の面倒を見たんだ。だから慕われているんだ。隊長さんを教育者に導いたのは芳恵さんかも。きっとそうだ。一五年前に亡くなったなんて酷。逢ってみたかったなぁ。七人の侍人の繋がりには歴史と奥行きが在る……つけられている…                           氷空ゆめが背後からの視線を感じ始めたのは『Casablanca』の翌日の下校時からだった。背中にまとわりつく視線。時には横からも見ている。恐らく一人。 これは見られているのではない。監視だ。今日で三日目。 氷空ゆめは地下鉄東西線大通駅の改札口を出ると後ろを振り返った。二〇Mほど離れた人影が横に消えた。影は男だった。それ以外は識別できなかった。誰かが後をつけている。監視している。気味が悪い。誰が。何の為に。 仲美子には言わなかった。…美子が尾行されていると自覚したら必ず速攻で言う。勘働きの優れている仲美子が尾行に気づかないはずがない。言わないはずがない。だったら尾行されていない。おかしな心配はかけられない。でも、どうしよう。困ったな。尾行はイヤだ。気味が悪い…    翌日。琴似駅までの東西線は混んでいた。 影は近くに居た。 氷空ゆめは吊り手を右手で握り、鞄を胸の前で抱え、身体を固めた。昨日、気づかれたと思った影は何を企んでいるのだろう。影は混雑の中を近づいて来る気配。痴漢。まさか。怯えた。 ひと度、怯えると震えが走った。 両手に力を込めた。 震えが激しくなった。 もう止まらない。 その時ポンと右肩を叩かれた。「いや~」 乗客が一斉に氷空ゆめを見た。「大事ないか。震えている」 振り向くと声は少年だった。「恐い」「次の二十四軒駅で降りよう」 少年は氷空ゆめの肩を自分に引き寄せた。 右手を引かれ、乗客に揉まれ、電車の乗降口から外に出た。…男の人に手を握られたのは初めて… 震えが小さくなった。                           影も同じ扉から降りて来た。「あの人。あの人がわたしをつけているの」                                     氷空ゆめは右手で小さく指差し、鞄を両手で抱えて、少年の背後に隠れた。今日の影は隠れない。忌々しそうに堂々と近づいて来る。 もう三Mの距離。「なぜつける」「お前には関係ない」  影は少年に殴り掛かった。 少年はバックステップ。 氷空ゆめは邪魔にならぬように退き離れた。 またも震えが波打った。 少年は背負っていたギターケースを素早く下ろし影の顔面を突いた。見事に決まった。影はもんどり打った。「この野郎」 影が立ち上がった瞬間にギターが右足を払った。 影が跳んだ。 少年は影を見降ろし「恥を知れ」。 これで影は戦意を喪った。何も言わずに改札口に向かい階段を逃げた。顔を押さえ、右足を引き摺っていた。 ホームに居た数名から拍手が起こった。 少年はギターを背負うと氷空ゆめをギューッと抱きしめた。「もう大丈夫だ」 震えが止まった。 電車がホームに入って来た。「わたしは宮の沢駅まで。あなたは…」「では宮の沢駅まで行くとしよう」「あの~。ギター。壊れていませんか」「壊れていたとして大事ない。もう一本ある」「壊れていたらわたしに直させてもらえませんか」「気遣い無用。君は旭ケ丘なんだね。制服で分かった」 少年は背が高かった。 少年は電車が宮の沢駅に着いてからも乗り継ぐバス停まで傍らに。「では拙者はここで。琴似駅まで戻る」 少年は一礼すると踵を返した。「あの~。名前を教えて下さい」 少年は振り返ると「名乗るほどの者ではない」。 駅の階段を軽やかに降りて行った。 今度は、氷空ゆめの鼓動が、激しく鳴り始めた。■4/12にリターンを考えました。アップしています。