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お届けする作品は『未来探検隊』の他三つです。四作品とも未発表。何れもワープロ原稿をワードの添付メールで送信。僕に送り先のメルアドが届き次第、直ちに送ります。スマホや他の携帯には送れても容量が大き過ぎて開けません。パソコンは大丈夫。ワードで圧縮せずに送るので今までの経験では問題なしでした。

現在の支援総額

18,000

1%

目標金額は1,000,000円

支援者数

4

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

エンタメ領域特化型クラファン

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 家族にシアワセをもたらしてくれた矢野修先生の二万円から三日が経った。 花南は信号待ち。信号が変わると図書館に向かう電停に立つ。   見られている。 誰かが見つめている。 首筋にまとわりつく後ろからの視線。 前と同じ。 粘り強いシツコイ視線。 振り返った。 振り返ると視線は途絶えた。   視界に飛び込んできたのはブルトンハットをかぶった家庭菜園の婆さん。                                …嫌だぁ~。こんな処で出会うなんて。目を合わさないようにしないと… それと幼子連れの主婦。恐らく二人は市電に乗ろうとする信号待ち。信号が変わった。花南はホームに立った。今度は市電が信号待ち。一緒にホームに立ったのはブルトン婆さんと幼子連れの主婦だけだった。 ブルトン婆さんは話しかけてこなかった。 顔を忘れたのだろうか。そんなはずがない。ボケかけていてもブルトン婆さんは結構しっかりしている。自分の身にふりかかったことに限るけれど。顔を背け、明らかに避けている。知っている顔なのに背けるとは何かがある。背けるだけの訳がある。おかしい。変だ。 電車が近づいて来た。 また首筋に後ろからまとわりついて来た。 さっきよりも強い。 首筋に圧迫感。 きっとブルトン婆さんの仕業だ。 花南は首筋に手袋を当てた。 振り返った。 ブルトン婆さんは電車を見ていた。  花南は急いで電車に乗り進行方向の逆に立った。 席は空いていたけれど電車の中を見通せる位置を選んだ。 電車が動き出した。 ブルトン婆さんはそそくさとシートに座った。 花南を見てはいない。 電停が遠ざかって行く。 視線も遠退いた。  その時キャップ爺さんを見つけた。 歩道に立ち市電を見つめていた。 油断できない。二万円は根に持つのに充分。その憂さを晴らしたいのだ。だからこんなストーカーまがいの行動に出る。ブルトン婆さんは仕事に就いていないから暇だ。キャップ爺さんは古紙回収を止めたのだろうか。止めたなら暇だ。イヤ。止めていなくても憂さ晴らしの時間は作れる。  ブルトン婆さんも侮れない。婆さんの帽子はみんな同じ。異形のブルトンハットだ。ブルトンハットの部類でもブルトンハットと呼ぶには気がひける。ブルトンハットに申し訳がないし失礼だ。爺さんのうらぶれたキャップと並ぶ婆サンの定番ルック。これをかぶっていないと老人と思われない確信があるみたいだ。「わたしは六十五歳以上の高齢者」と堂々と世間に宣言してる。 買った時はまぎれもなくブルトンハット。それを椅子に置き、長時間お尻でペッタンコ。それからベランダの物干し竿にクリップで止め、長時間、風雪雨に晒す。そうすればみな同じような色と形になる。色があせて白っぽくなった焦げ茶色に。シミのような紋様も浮かぶ。原型が分からなくなった帽子。 その帽子を風に飛ばされないように目深にかぶりヨタヨタと歩く。目深なので表情を読み取れない。この辺りはキャップ爺さんと同じ。表情を隠して帽子の下から世間を覗いている。爺さんと違うのは攻撃性。それは爺さんと違って足元がおぼつかないからだ。杖をついているブルトン婆さんも多い。婆さんたちは全員リュックを背負っている。買い物帰りなのかは分からない。ヨタヨタ歩きのバランスが悪すぎ。前進を試みるも腰が落ち引けている。時速一キロのスピード。皇帝ペンギンと同じ時速。同じでも皇帝ペンギンは活きが良い。歩きの他に腹ばいになって後ろ足で雪原をかいて進む技を持っている。すると時速二キロに上がる。活きが悪いブルトン婆さんは永遠に一キロ以下。 幾人かのブルトン婆さんの顔を覗き見したことがある。キャップ爺さんとの共通項があった。どんよりとした重い表情。不満だらけの目つき。楽しいことはナニひとつないと語っていた。いわゆる仏頂面。歳を重ねる度に喪われたブルトン婆さんの活気。活きの悪さを全身で表現しているのは介護を求めているのかも知れないと思った。しかし誰も手を貸そうとはしない。面白いことがあるのだろうか。あるならばもう少し違った出で立ちになると思う。着る服も、かつてはブルトンハットであった色あせた帽子と同化した暗い焦げ茶色。 家庭菜園の婆さんも紛れもなくその一員。この婆さんはヨタヨタしない。杖もつかない。ヨタヨタ婆サンよりも元気だけれど帽子を手放さない。時々ヨロヨロする。草取りの時には地べたに座り込む。立ち上がる時には決まって「ヨッコイショ」と大声を出す。その時にはふらつく。 家から一キロほど離れた豊平川の堤防に接した空き地に家庭菜園があった。この婆さんが空き地の持ち主に頼み込んで造った。花南は頼まれて雪が融けてから手伝った。もう直ぐ収穫。栽培しているのは九種類。ジャガイモ・大根・人参・ピーマン・なすび・枝豆・きゅうり・とうきび・トマト。「キャベツ・                                白菜の葉物は病気にかかりやすく雨が降り続くと腐る」と言っていた。「ワタシは一キロを歩くだけでもくだびれる。花南ちゃん。手伝って」と言われ週イチで手伝い始めた。「収穫したら沢山あげるから」とも言われた。 花南はピーマンとなすびときゅうりと枝豆が実っているところを見たことがなかった。スーパーで売られている姿しか知らなかった。小さな実をつけ成長する姿を間近に見た。それだけで家庭菜園の手伝いは楽しかった。作業の中心は草取りと添木の補強。それと水やりと追肥。住宅一軒分の畑でも地べたにかがんで草取りしながら畝の向こうをみると果てしなく続いているように見えた。膝が痛み始めると立ち上がる。すると狭い畑。それから花南はかがんだ時には畝の繋がりを見ないようにした。農家の大変さが少し分かった。 地べたでは虫たちが活発に動いている。蟻以外の名前は分からない。花が咲くと蜜蜂がさかんに飛んで来る。きゅうりは真っ直ぐには育たない。好きなように曲がって大きくなる。曲がったきゅうりはスーパーに置かれていない。「これがきゅうりの本当の姿」と婆さんが言った。「売り物にするためにきゅうりに筒をかぶせて真っ直ぐにする。随分と手間がかかる」。 婆さんは畑に着くまでは色あせた焦げ茶のブルトンハット。 着くとリュックを置き、白いタオルをかぶる。 収穫が近づいた時に大輔に言われた。「花南。婆さんの家庭菜園を手伝っているんだろう。辞めた方がいいと思う」「どうしてさ…」                                「あの婆さんが近所の人との立ち話を聞いたんだ。嫌な話しだった」「ナニ…」「去年の秋に収穫したとうきびをあの子が物欲しそうに見ていたから今年は手伝わせたんだ。お裾分けすると言ったらホイホイと付いてきた。貧しいとは罪作りだよね。なにせ生活保護なんだから」 物欲しそうだったのかも知れない。焼きとうきびは健太も大好物。 生活保護から子供は抜け出せない。子供は何もできない。でも何かできるはずと何時も思っていた。それで頼まれた時に手助けできればと思った。その結果が大輔の報告。何かできると思って行動すると何時もこんなことになる。 頼まれたベビーシッターの時もそうだった。三日目に「家の調味料が異常に少なくなっている。花南ちゃん。持ち帰っているんでしょう」とスクエア眼鏡の母さんは金切り声を上げた。一日三時間千円の子守りをきっぱりと辞めた。この時から幅の狭い長方形の眼鏡の母さんに近づくのを止めた。三日分を諦めたのが腹立たしかった。ひょとして三千円を払いたくないから難癖をつけたのかと思った。きっとそうだ。他にも調味料を盗まれたと思ってしまった腹いせもありそう。これからはスクエア眼鏡とブルトン婆バアに近づかない。■4/12にリターンを見直しました。4/12を開いて見て下さい。


 氷空ゆめは仲美子と『Casablanca』への狭い階段を上った。両側の壁にはポスターが貼られていた。古い映画のポスターがほとんど。その中に『Bessie Hall』の予定も在った。美子が「『Bessie Hall』を知っている。サッポロのバンドの聖地」。恐る恐る入口のドアを開いた。「あの~。氷空ゆめです。来ました」「仲美子です。はじめまして」 岸部実さんが出迎えてくれた。白のタキシードと濃紺の蝶ネクタイ。蝶タイと同じ色のズボン。靴は黒の紐無し。 リックと同じと思った。オールバックの髪型も似ている。「時間通りだね。待っていました。まだ隊長しか来ていない。みんな約束の時間に何時も遅れる。ごめんね。ジンジャーエールで良いかな。私のおごり」「はい。ありがとうございます」 氷空ゆめは仲美子と声を揃えて言った。マスターの岸部実さんは伏し目。やっぱり表情がない。HPの写真と同じ。 店の中を見渡した。細長い空間。ドアを開けた直ぐ左の中央が七人掛けの紅色のカウンター。棚に洋酒がズラッと並んでいる。カウンターの反対には昔のジュークボックス。ピカピカに磨かれ今も動きそう。その右隣に焦げ茶のアップライトのピアノ。キャスターが付いていた。ピアノの上にはボンゴとギルと積み重ねられた楽譜。ピアノの左横にはコンガが置かれていた。そしてウッドベース。左の奥には四人が座れるテーブル。紅色。入口から右には四人用のテーブルが二卓。紅色。窓際には大きな楕円テーブル。紅色。片側に四人が座れる。『カサブランカ』を探した。見仰げると在った。天井にポスターが三枚。日本版が二枚。英語版が一枚。 隊長さんは窓側の楕円テーブルの真中にデンと座っている。手招きされ、氷空ゆめは隊長さんの右に。仲美子は左に腰を下ろした。 隊長さんは強面のお爺さん。ヤクザの親分と紹介されると誰も疑わない。今はにこやか。HPの写真と変わらない坂下猛さんを確認。岸部実さんも写真の通り。お店の造りも写真の通り。何も変わっていない。在りのまま。安心できた。    隊長さんは「坂下です」と名乗り、頭をペコッと下げて、氷空ゆめと仲美子に挨拶。「よく来てくれました。氷空ゆめさんの『女性が主役の三つ』と悠久遥さんを読みました。映画の感想もね。ひとつ尋ねますが仲美子さんのがアップされていないのはどうして…」                          「日本の安全保障を受け持って苦戦中なのです。もう少し時間が必要。難しい処があって。それで頭を切り変えて今は日本の国債が破綻しない訳に取り組んでいます」 隊長さんは身体を乗り出して言った。眼つきが真剣。眼光が鋭い。「日本が日米安保条約から飛び出した時に日本はどうする…」「えっ。その通りです。どうして分かるのですか。それと飛び出しをアメリカが認めなかった時の日本。これは今と同じ情況。違いはひとつ。今は飛び出そうとしていない」「それは難題だ。国債が破綻しない訳も難しいだろう」「でも資料が沢山在るので丁寧に調べ続けると何とかなりそう」「それは楽しみだ。頑張れ」「はい」 仲美子の「はい」には嬉しそうな力が込められていた。 マスターがジンジャーエールが入った細長いグラスを二つ運んで来た。「このグラスはシードル用。これで我慢して下さい。今の話しは聞こえていました。ワタシも楽しみ。ふたつとも誰も試みていない挑戦。ワタシからも頑張れです」。 そう言うと伏し目のまま岸部実さんはカウンターに戻った。 その後ろ姿を見つめて隊長さんが言った。「こいつは未だにハンフリーボガードを自認しているんだ。イルザはNYに渡った。こいつはイルザを探しにNYに行き一年も帰って来なかった。三五年も前だ。サッポロに腰を落ち着けたかと思うとBarを開いた。イルザが探しやすいようにと会社を辞めて『Casablanca』と名付けた。一度も嫁さんをもらわずに今でもイルザを待っている。つられて俺たちも待っている。こいつが『君の瞳に乾杯』と言うのを待ち焦がれている」 岸部実さんは聞こえないふりしてコーヒーを落としている。「俺の話しは終わったかい。みんなが到着した」 階段を上がる足音が大きい。五人が話している声も大きい。五人が楕円テーブルに着席すると、それぞれが氷空ゆめと仲美子に向かって自己紹介。二人の手には彼らの名刺が。坂下猛も胸ポケットから名刺を取り出した。 名刺を渡されたのは初めてだった。 氷空ゆめは名刺を一枚一枚テーブルの上に並べて置いた。 仲美子も並べた。「わたしは氷空ゆめです。どんなお話になるのかドキドキです」「仲美子です。皆さんが到着するまでの間、隊長さんとお喋りしていました。マスターが今もイルザを待っていると知りました。それで少し緊張が和らぎました。皆さんのお話についてゆけるか分かりませんが、どうか宜しくお願いします」                          氷空ゆめは七人に囲まれ緊張を隠せなかった。 仲美子は何時もと変わっていない。 石丸明さんが「私が進行役を務めます。二人とも固くならなくて良いから。二人は私どもの七つを読まれたと思いますが…」。「はい。読みました。読んだと言うより必死に喰らいついたのが正直な処です。正確に理解するにはわたしの力が足りませんでした。もの凄く驚いたのがHPの最後に付けられた『ここをクリック』でした。クリックすると一人が新たに二作品をアップしている。開いた一四をまだ読んでいません。七つで力尽きてしまいました。ごめんなさい。皆さんの書く動機をわたしは知りたいと思っています」 氷空ゆめは頑張って最後まで言い終えた。「ではギリヤーク笹山に応えてもらいましょう」「アキラが応えろよ。なんでワシに振るんだ。ズルイぞ。まぁイイか。ワシも君たちに質問したい。なぜ氷空ゆめさんはたくさん書いてアップしたのかと。ワシが書いたのは書かずにはいられなかったからなんだ。インチキと偽者を許せなかった。ワシは時代の奔流って言うヤツに叩きこまれ、インチキと偽者に揉まれてきた。『冷戦の終結と五五年体制の崩壊』の主題もインチキと偽者。アキラの『地上の楽園』もそうだ。でもなぁ…。書くだけなら誰でもできるんだ。それがワシらのこれからの課題なんだ」やはり共通主題はインチキと偽者だった。 氷空ゆめは自分の直感が間違っていなかったのが嬉しかった。「はい」 氷空ゆめは石丸明さんに向かって手を挙げた。「わたしも同じでした。書かずにはいられなかった。主張しないとわたし自身が学校と家の片隅に封じ込められてしまいそうだった。書くとインチキと偽者が少し見えてきたように思います。でも書くだけなら誰でもできるとはわたしには分かりません。読んだ七つは誰でも書ける作品ではありません。それが全部で二十一も載っている。わたしは皆さんが戦後史の語り部と思ったのと時代の評論家でもあると尊敬しています」 泉澤繁さんが「尊敬とは思いもよらぬ。自分たちは尊敬されるほどの者ではない。それだけは忘れないで欲しい。評論家のように写るのが問題なんだ」。 仲美子が挙手した。石丸明さんから「どうぞ」。「どうしてですか。評論家はいけないのですか。私は沢山の示唆を受けました。力の無さも知りました。力をつけなくては駄目と想うキッカケになったのが七つです」 角野匠さんが応えた。「君たちの『未来探検隊』を読むと力が無いとは思えない。充分な                           力が在る。君たちが力が無いと思ったのは知識なんだ。知識は力のひとつだけれどちっぽけな力だ。知識は調べるなら分かるし追及を止めなければ自然に身につく。君たちは『歴史的必然』に疑問を持った。宮本顕治が持たなかった疑問を持った。そうして考えている。自分なりの答えを見つけ出そうと考えるのを止めない。それが力なんだ。僕は一〇〇〇円の仕事が来たら一五〇〇円の仕事して帰ろうと決めている。この決めごとのお陰で仕事が途切れない。力とはこんな処にも存在するんだ。知識は本当の力ではないんだ」 高田宗熊さんが続いた。「評論家は新しい価値を創ったりしない。ただ書き喋るだけだ。偽者も多いし馬鹿もコメンテーターとしてテレビに出て来る。評論家はどうにも聞こえが悪い。自分は安全な処に居て能書きを喋るだけ。昔は骨のある評論家が居たけれど今は居ないなぁ…」 石丸明さんが「私の印象を言って良いかな」と六人に同意を求めた。「駄目。アキラは何時も最後においしい処を取ってしまうから」と泉澤繁さんが笑った。つられて他の五人も笑った。「えっ。そうなんですか」 氷空ゆめは思わず言った。「みなさん。仲が良いんですね」 仲美子が眼をクルクル回して笑った。「君たちと同じだよ」と笹山高さん。続けて泉澤繁さんが「独りで考え行動に移す。これが基本。でも同志が居たならやり方は変わる。勝手を言わせてもらうならワシたちは君たちを同志と思っている。君たちに、いや~だぁ~、と言われるかも知れないけれど。アキラの感想はこの同志で締めくくられる。どうだアキラ」。「…その通りです。では感想だけ。諸悪の根源はジジイ。氷空ゆめさんはこう書いている。これは氷空ゆめさんしか書けないと思った。私たちはジジイに両足を突っ込んでいると世間は言う。しかしだ。私はジジイとは既成概念に疑問を持たずして慣性の法則に従って生きる者たちと捉えている。若者にも中年にも年寄りにもジジイが大勢居る。実はこの後に同志を組み込んでいたんだ」 隊長さんが立ち上がった。「これから隊長自ら演説する。諸君。静粛に」「誰も騒いではいませんよ」と岸部実さんが諭した。「そうか。どうも演説は不慣れ。ついつい慣性の法則に従ってしまった。でもやっぱり静粛にだ。そう言わないと始められない。最後を締めるのが隊長の役目だ。まぁ隊長と言っても一年交代。でも俺は三年目を務めている。誰も手を挙げないから頑張っている」「ではどうぞ決めて下さい」と岸部実さん。カウンターの中から楕円テーブルの近くの椅子に移動して座った。                          「俺たちは君たちと時どき話したいんだ。君たちは俺たちが窺い知れない何かをきっと感じ取っている。それを俺たちが感じ取れるなら、俺たちに新しい命が吹き込まれると想った。吹き込まれたら俺たちは力を尽くす。書くことは出来るようになった俺たち。俺たちはインチキと偽者を見分けられるようになった。だからどうしたって言うんだ。次が勝負ではないのか。それでいささか悶々としていた。そんな時に君たちが現れた。偶然とは素晴らしい。君たちと討論して何時か一緒に何らかの行動を共にできたらいいなぁ…。何時でもこの店に遊びに来て欲しい。悠久遥さんにも宜しくな」 六人から拍手が起こった。 氷空ゆめも仲美子も力一杯、隊長さんに拍手した。『未来探検隊』は『Over六九』と『Under一八』に決定。  ■4/12にリターンを考えました。アップしています。


 花南の携帯にメールの着信音。 札幌弁護士会の無料法律相談の予約確認だった。 花南は子どもだと相手にされないと思い、歳を偽って、携帯から『ひまわり相談ネット』に申し込んだ。その返信。明後日の十一時から。図書館のパソコンで札幌弁護士会の地図を眼にやきつけた。そんなに遠くない。でも歩いては行けない。真冬だから市電がベスト。偽ったことで叱られるのだろか。その時はありのままを伝えてゴメンナサイって言うしかない。でもそれで終わったら困る。何としてでもわたしの相談を聞いてもらわなくては…‼…「遠野花南さん。相談室二番にお入りください」 呼ばれた。 花南は身体がこわばってゆくのを感じた。こんな緊張は初めて。…弁護士とはどんな人なのだろう。きっと怖い人なんだ…                                  こわごわとドアを開いた。机の前に椅子がひとつ置かれていた。弁護士らしき中年の男性が机の向こうに座っていた。「どうぞお座り下さい」 花南は深々とお辞儀して椅子に座った。 座った途端に男性は書類から目を離しギョロリと花南を見据えた。目玉が大きい。緊張している花南の身体がビクンと波打った。恐い目。こんな目で見られたこと無し。身体は益々硬くなった。…やっぱり叱られる…「おや。予約の年齢と随分違う。これを説明して下さい」「はい。子どもだと受け付けてくれないと思って母の歳を書きました。ゴメンナサイ。嘘をつきました。嘘ついてもわたしの話を聞いてもらえますか…」「事情がありそうだね。先ずは自己紹介してもらえますか。話しはそれから」 花南は「母と弟と三人暮らし。生活保護を受けています。わたしは一四歳。中学には入学時から行っていません。年齢以外に嘘はありません」と力を振り絞って言った。その間射抜くような視線を浴び続けた。「一四歳の少女の法律相談は初めて。私は矢野修と言います。弁護士です」 矢野修弁護士は名刺を花南に差し出した。「さて相談とは何でしょう」「はい。どうして中学生は働けないのでしょうか。それを教えて欲しくって来ました。どうしてなんでしょう…」「君は働いてお母さんを楽にしたいと思っているんだね」「はい。でも働けないんです」「労働基準法って知っているかい」「聞いたことはあります。でもどんな法律なのか分かりません」「この法律には『満十五歳に達していたとしても三月三十一日以前には雇ってはいけない』と書かれているんだ。雇った者を使用者と呼ぶ。使用者は雇うと罰せられる。今日の君のように歳を偽って働いた者も罰せられる。法律の趣旨は十五歳未満は学業優先。だから中学までは義務教育と定められている。三月三十一日との期限は中学の卒業式を意識している。どの中学も卒業式は三月三十一日以前におこなわれる」「そうですか。やっぱり働けないんだ」 花南は「古紙回収のお手伝いで二〇日間働いた」と言い「これは法律に違反していますか」と尋ねた。「厳密に言うと違反。でも今日のように歳を誤魔化していなければ君は咎めを受けない。君が十五歳未満で中学を卒業していないと知りつつ手伝わせた雇い主は咎められる。幾らもらっていたの…」「二千円です。一日六時間くらいでお握り付。でも一〇日分はもらっていない。なんだかんだと言ってくれないんです」「二千円とは随分と安い。最賃にも違反している」 矢野修弁護士は一枚の白紙を花南の前に置いた。                                 「ここに古紙回収業の雇い主の名前と住所を書いて下さい。それともらっていない一〇日分とは何時から何時までも」「はい。書きます。でも書いた後にわたしや母さんが恐い目にあわないのでしょうか。恐い目にあうのだったら書けません」「大丈夫。約束します。心配しなくても良いから」 矢野弁護士が初めて微笑んだ。 優しそうな目。 花南はその目で身体のこわばりが解けた。 矢野弁護士は花南が書いた内容に目を通しつつ言った。「遠野花南さん。君のこれからに労働基準法はとても大切になると思う。よ~く読み、理解するように。私は世界に誇れる法律と思っている。今の君は制限されているが、この法律は日本人では無く、対象となる者を『労働者』と規定している。雇用された者は外国人であっても『労働者』」「はい。ネットで調べて読みます」「相談はこれで終わりですか」「はい。ありがとうございます」「あのね。困ったことがあったら名刺のメルアドに連絡してね」「えっ。イイんですか…」「かまわないから」 花南はまた矢野弁護士に深々とお辞儀して相談室を出た。 息を吐いて思い切り吸った。緊張した。叱られなかった。 矢野先生はキムタクと同じように司法試験に合格したんだ。『大検』からの合格なんだろうか。札幌弁護士会のネットには所属弁護士一覧が載っていた。あとで調べてみよう。勇気を振り絞って来て良かった。今は無理でもの四月一日から堂々と働ける。それが分かっただけでも良かった。 二日後、花南が図書館の一Fロビーで昼食のサンドウイッチを食べていると携帯にメールの着信音。ショートメールだった。『矢野です。至急会いたい用件があり連絡。何処で会えますか』…驚いた。先生が会いたい用件とは。悪いことはしていない。叱られることもやっていないはず。何だろう。断るわけにはいかない… 花南は『中央図書館の一Fロビーで待ってます』と返信。 返信から一五分で矢野修先生が現れた。 目が合った。恐くない。穏やかな表情。 矢野修先生は微笑んで「やあ~」と右手を挙げ近づいてきた。「君は何時も図書館に来ているのかい」「はい。お弁当を持って一〇時前には着きます」「そうなんだ。学校の代わりに図書館に通っているのかい」「はい。図書館には何でも揃っているから。新聞もパソコンも教科書も。そして冷暖房完備。十四時前には家にもどります。Eテレの高校講座があるので」「図書館とはナイスだね。ところで要件とはこれなんだ。これを渡したくて急                                 いで来たんだ」 矢野先生はオブジェ仕立ての木製のベンチに座ると、直立不動の花南に座るように促し、茶色の封筒をカバンから取り出した。「何でしょう。開けてもいいですか」「どうぞ」 二万円が入っていた。「これをわたしに…」「そうだよ。古紙回収の爺さんから取ってきた。君のお手伝いの未払い分」「そうかぁ。わたしがいくら催促しても払おうとしなかったのに…。もう諦めていた。こんなことに慣れているし…。どうして払う気になったんだろう…」 先生はニコニコしている。絵文字のニコニコマークと同じだった。「そんなに難しいことではない。お手伝いと称して十五歳未満の女の子を働かせた労働基準法違反。おまけに最低賃金法にも反している。私に労働基準監督署に訴えられるか、ここで未払いの二万円を支払うのか、今決めて下さいと言ったらブツブツ。訳の分からないことを言いつつもアッサリと払った」「訳の分からないことって…」「弁護士が出てくるなんて。あいつに弁護士の知り合いがいるとは思わなんだ。悪い夢を見ているみたいだ。こんな感じだよ」「口惜しかったんだ」「そうみたいだ。あの爺さんはタチが悪い。初めから君に手伝わせて何処かで不払いを企んでいたのがよ~く分かった」「天誅だね」「そうだ。よくそんな言葉を知っているね」「テレビの水戸黄門によく出てくるから。先生ってすごいんだ。正義の味方みたい。嬉しい。でも。わたし。先生に何もお返しができない」「そんなことを望んでいないよ」「…でも…」「私はね。君の応援のつもり。子どもには毎日を何の心配もせずに楽しく元気に過ごす権利がある。大人には子どもの権利を護る責任があるんだ。子どもの権利を侵害する大人は許せない」 涙が溢れて来た。諦めていた二万円。思いもかけなかった。嬉し過ぎる。大人にこんな人がいるなんて。封筒を握り締めた。流れてゆく涙が嫌なことを消してゆく。思い切り泣いた。声を上げずに泣いた。声を出すと先生に迷惑をかける。周りが変に思う。声を出すまいとお腹に力を入れると息が苦しい。苦しいと涙が余計に流れ出てしまった。 先生はジッと座っている。横で見守ってくれている。「こんな時は思い切り泣いてもいいんだ」 花南は初めて母以外の大人に守られていると実感した。 先生はあっち側の人なのに、こっち側も見てる。こっち側を気にかけている。子どもの権利と大人の責任は初めて。本当なのだろうか。大人も色々だ。                                 「先生。本当にありがとう。生まれてきてこんなに嬉しかったのは初めて」 先生がハンカチを取り出し渡してくれた。 しゃくり上げた花南はハンカチで涙を拭った。「すみません。洗って返します。先生。わたしも弁護士さんになれるの…」「いっぱい勉強しなければならないけれど試験に受かったらなれる」「先生はイッパイ勉強したんだ」「頑張った」「どのくらい頑張ったの…」「一日八時間を三年間。それでようやく合格できそうな目途がついた。それでも受かるまで五年かかった。私は頭が良くないから余計頑張った」「そんなに。だったらわたしには無理。どんなに頑張っても一日五時間」「諦めるのはまだ早い。弁護士を目標に置くのも早い。私は弁護士にしかなれなかった。君は何にだってなれる。一日五時間も勉強している十四歳の女の子はそういないよ。今は高校卒業の学力を持たないと先には進めない」 花南はほめられたのが嬉しかった。 涙が止まった。けれど鼻水は止まらない。ハンカチで鼻をかんでしまった。「うん。頑張って『大検』の試験を受ける。十六歳になれば受験できるんだ」                        「サッポロの弁護士に『大検』から司法試験に合格した者がいる。私と仲良しなんだ。今度会う機会を作ろうか…」 キムタクみたいな弁護士さんがこのサッポロにいるんだ。「先生。ありがとう。でも…。わたし。まだ会えない。せめて『大検』に受かってからでないと胸を張れない」「そうか。『大検』に合格したら必ず連絡してね」。矢野先生が立ち上がった。 花南は封筒をリュックのポケットに仕舞い込んだ。 諦めていた二万円だからパッと使うと決めた。 健太にはナイキの靴。高いからこんなことでもないと買ってやれない。ナイキの靴はリサイクルやジモテーに置かれていない。母さんにはエレッセの可愛いのがいい。エレッセも新品以外では手に入らない。 ゼビオに三人で行って靴を買い、スシローでお腹いっぱい食べて『たまゆらの湯』で温泉に入ろう。明日は母さんの給料日ではないけれど贅沢しよう。二人とも喜んでくれる。わたしの喜びを一緒に味わってくれる。「贅沢」って何て良い響きなんだろう。気持ちが明るくなる。嫌なことを忘れてしまう。 矢野先生に二万円を獲られたキャップ爺さん。必ず根に持つ。 ■4/12にリターンを見直しました。4/12をクリックして下さい。


―氷空ゆめさま。 返信。ありがとう。『Casablanca』はCafe&ShotBar。食事も提供しています。それで事務局を置くのに都合良し。一八日の一八時には全員が揃います。七人が揃うことは滅多にありません。みんな君たちに会うのを楽しみにしています。 私が抱いているイメージは、同じ名称が二つあると、君たちと私どもが、同一視されてしまう。それを避けたい。例えば『未来探検隊Under一八』に対して『未来探検隊Over六九』とかの使い分け。住み分け。もう一つは『Explorations Party on The Future』。略して『EPF』をどちらかに付ける。こんな風に考えています。 それと意見交換。互いのHPの感想を伝え合うと、それだけで意見交換になるはずです。『未来探検隊』が私どもの他に、もうひとつ立ち上がった。これは偶然ですが、偶然を大切にしたいとの想いは七人の一致でした。この文面で合点して頂きましたでしょうか…。                                                          岸部実 ― 恐い目に会いそうにない。HPの内容に反して優しいお爺さんって云う感じ。『EPF』はわたしも考えていた。『カサブランカ』が気になる。何処かで聞いたような名前。七人の結束の秘密が『カサブランカ』にあるのでは…。氷空ゆめは鍵は此処に在ると確信。―岸部実さま。 気になって昨夜カサブランカを調べました。ネットで検索すると映画のタイトル。これは観なければ…と近所のレンタルビデオに走りました。ところが古い映画なのでDVDを置いていないとのこと。ガックリしていると店長が調べてくれ、狸小路三丁目店に置いてあると言われ、わたしは再びダッシュ。地下鉄の中でもダッシュ。 在りました。 白黒の映画を初めて観ました。 時代はナチスドイツのパリ占領後まもなく。占領は一九四○年六月一四日だから映画の設定はそれ以降。カサブランカはフランス領モロッコの街の名前。『Casablanca』には、アメリカへの亡命を試みる、自由を求めアメリカに渡ろうとする白人で溢れていた。白人はみんな訳あり人。それとお金持ちみたい。お金が無いとアメリカには辿り着けない。その白人たちをフランス警察とゲシュタポが監視。フランス領だから地下抵抗組織はレジスタンス。フランス警察はレジスタンスに寛容との印象。 陽気なJazzが流れる店内。サムのピアノと管楽器が陽気を盛り上げている。なのに映像から伝わってくるのは強い緊張感。 わたしは息を止めていた。『Casalbanca』のオーナーはリック。 この店でリックはかつての恋人イルザと再会する。ここまではよくあるラヴロマンス。イルザはアメリカに逃げようとする夫とこの街に辿り着いた。夫には常時尾行が…。 こうなると次の展開が読めない。わたしは呼吸を整えた。 イルザがサムにリクエスト。『As time goes by』。 イルザのパリでの想い出の曲。 勿論サムも覚えている。躊躇いながらもサムが弾き唄う。 この曲は父が持っている映画音楽大全集で聴いたことあり。  リックはパリ占領の日にサムとパリから脱出。脱出を約束したイルザはサムに手紙を残し駅に現れなかった。イルザはレジスタンスの指導者の妻。共にナチに追われる身。 イルザがパリでリックと出逢った時には、夫は捕まり、収容所に入れられ、死亡記事が五回も載った。失意の時に出逢ったのがリック。ところが夫は生きていた。パリ郊外に匿われていた。イルザがそれを知ったのがパリから脱出する前日。  イルザはリックに「貴方から離れない」。 翌日飛行場でリックは、イルザに別れを告げ、夫と共にリスボン行きの飛行機に乗るよう説得する。当時のポルトガルは中立国。「もし私と君が此処に残ったら二人とも収容所行きだ」。 リックは二人を追って来たゲシュタポを拳銃で撃つ。 リックがイルザに別れを告げた。このシーンが山場。観せ場。「俺たち三人の想いなど豆の小山にも値しない。それは君にも直に分かるはず。俺には仕事がある。君は夫の事業を助けられる。君は俺の仕事を助けられない」 リックはイルザに男を見せた。 わたしはまた息を止めていた。ナチに占領されたパリの現況とレジスタンスは教科書で知っていた。地下に潜りナチと闘う人たち。恋にも命がかかっていた。身を焦がす恋とは命がかかっている。身を焦がす恋に憧れてしまうわたし。 良かったのはイルザが「私たちどうなるの」。「パリでの想い出がある」とリック。頂けないのが「君の瞳に乾杯」。 この映画は名作のひとつなんだと思いました。 先ずはアメリカのモンロー主義へのアメリカ人による批判。リックはアメリカ国籍。スペイン内戦に参加。フランスでの地下活動。                        リックはナチが嫌いなんだ。登場する白人は男も女も全員がお洒落。特にイングリッドバーグマンは知性的な美人。その美人を引き立たせていたのが衣装。今でも眼を惹くファッション。 映画が創られていたのが一九四一年後半から。日本の真珠湾攻撃は一九四一年十二月八日。映画を創っている最中にアメリカはモンロー主義を捨て対日独伊に参戦。 日本で公開されたのが一九四六年六月十三日。恐らく東京。敗戦から一年も経っていない。焼け野原の東京。東京ならば映画館は浅草と思う。この映画を観た日本人は、何を感じ、何を想ったのか。 ひとつだけ分かるのが新しい時代の到来。男はイングリットバーグマンに痺れ、女はハンフリーボガードに熱狂。そしてサムが唄うように『As time goes by』を口ずさんだ。 日本人は平和を実感。映画の時代が始まった。それは自由。                                   仲美子にも映画を観てもらい『Casablanca』に行きます。岸部さんが店に『Casablanca』と命名した背景が少し分かりました。寄り道をしてしまいましたが、頑張って残りの五作品を読みます。                                         氷空ゆめ ―                                              『Over六九age』とは団塊の世代の二年後の人たち。氷空ゆめは団塊の世代と二年後の人たちの違いが分からなかった。 一九四七年…二、六七八、七九二人 一九四八年…二、六八一、六二四人 一九四九年…二、六六九、九三八人 団塊の世代の新生児数がもの凄い。平成二九年の二.八倍強。団塊とは地層の堆積岩の固い塊り。きっと競争の激しい時代を生き抜いてきたんだ。翌日、氷空ゆめは木村の教員室のドアを開いた。   「先生。また教えて欲しくって」「なんだ。またおっかない顔して」「団塊の世代って、どんな人たちなの。一九四七年から四九年の間に人口が急増しているのはどうして」「『未来探検隊』の反響はどうだ」「けっこう凄い。大半は応援と激励。中には冷やかしもある。それと女子高生に何ができるんだとの嘲りも。そんなのは無視」「ゆめは自分の言葉で書いている。これが良い。悠久遥かも遥らしい。継続は力だ。止めたらダメだぞ。先生も応援しているからな」「先生。ありがとう」「急激な新生児の増加は戦争だ。日本は戦争に敗けた。生き残った兵隊は日本に大挙して引き上げて来た。その数はおよそ三〇〇万人。食料も物資もなく混乱した敗戦直後。しかし平和になった。『欲しがりません勝つまでは』が、遠い忌まわしい時代になり、日本人は自由を実感したんだ。それで子供がたくさん生まれた」                           「そうなんだ。娯楽もなく貧しいと子供が増える。それとは逆に娯楽が満ち溢れ、食べ物にも困らない今は子供が減ってゆく」「そうだ。団塊の世代は長らく日本の高度成長を牽引したんだ」                                                  氷空ゆめは読む次を決めかねていた。 七つの作品はタイトルを読んでも見当がつかない。どれもタイトルを調べなければ書かれているタイトルすら理解できない。タイトルを調べても次から次へと分からない、初めて眼にする単語が出てくる。それと文体が重厚。でもこれらは論文ではない。論理だけで書いていない。自分に引き付けて書かれている。論文でなければ評論…?…。評論を調べると『物事の価値・善悪・優劣などを批評し論ずる』と広辞苑に書かれていた。何か違う。 氷空ゆめは何か違うのか、その違いがハッキリしなかった。 物事の価値・善悪・優劣などを批判的に評する人は偉いみたい。まるで物事の価値・善悪・優劣を決める決定者のようだ。評論を書く人は偉いのだ。評価を決められる人なのだ。しかし隊長さんもリックさんも偉そうに書いていない。 広辞苑は頼りにならない。 タイトルが人の名前だと調べやすい。アウトラインが掴み易い。先ずは『宮本顕治』。次は『福居良』に決めた。早速『宮本顕治』と『福居良』をネットで検索した。他の三つはその後にじっくり読むのが良し。『Casalbanca』まで五日も在る。■4月12日にリターンを考えました。アップしています。


 細長いトラックは二トンロングと云う。キャップ爺さんがそう言っていた。その荷台にダンボールと古新聞を丁寧に隙間なく積む。ヒモで束ねているダンボールは少ない。たいていはバラバラ。その方が花南には都合が良かった。ヒモで束ねてあると重かったり大き過ぎたりで運べない時が出てくる。その時は爺さんが舌打ちして荷台からゆっくり降りてくる。 花南は沢山積むにはきれいに隙間なく積むのだと知った。 巷のアパートには『〇月〇日に回収』とチラシを入れてある。入居者たちは廊下や玄関にダンボールや新聞袋に入れて古新聞を出してくれる。トラックの荷台では爺さんがダンボールを折りたたむ。初めの内は横に並べる。増えてくると縦に並べる。古新聞は荷台の後ろ。「ダンボールよりも古新聞の方が高く買い取ってくれる」と爺さん。「しかし新聞を取る家庭が激減して特にアパートの入居者は新聞を取らないのが大半」とグチをこぼす。そう云えば我が家も新聞を取っていない。古新聞は重かった。 用意されたお握りを食べる頃にはトラックの荷台に隙間が無くなる。「これからが勝負処」と爺さん。大型のアパートを回る。ダンボールが山積みされた処を知っている。幾ら丁寧に折りたたんで積んでも一四時頃にはもう積めない。すると爺さんはコンパネと呼ぶ大きな板を横のアオリに立てる。立てるとまだまだ積める。一五時にはトラックがダンボールと古新聞で山盛りになった。「これで一万七千円くらいだ」 花南は捨てられるダンボールと古新聞がお金になると知った。それもケッコウな金額。「そこからトラックの借り賃とガソリン代が頭から差し引かれる。だいたい三千円。残りが手取り」と教えてくれた。 色んな仕事があるんだ。これが花南の感想。 積めなくなるとチラシ配り。これも花南の役割。車から飛び降りて小走りにアパートの玄関を開け郵便受けにチラシを投函。爺さんは住宅地図を見ながら「最近はチラシ配布禁止のアパートが増えていて面倒だ」と愚痴り、配布する アパートのリストをチェック。順番にトラックを横づけする。 軍手だと上手くチラシを取り出せない。素手だと紙で指先を切ってしまいそう。二日目から花南はイボ付き軍手に切り替えた。イボ付だとチラシを苦労せずに捲れた。そしてチラシの一〇枚程度を半分に折った。こうするとチラシに腰ができ投函が簡単。これらが花南の発見。それを見ていた爺さんは「花南は頭が良いし要領も良い」。用意された三〇〇枚のチラシは訳なく配布できた。 買取りの事務所の構内には計量機があった。 矢印に導かれてトラックごと計量機に乗る。その時の重さが記録される。合図を待ってトラックをダンボール置き場に移してダンボールを荷台から降ろす。降ろすと云うよりもバンバン放り投げる。花南も爺さんにならって荷台から捨てた。投げ終わるのを待ちかねるようにしてフォークリフトが登場。一面に散らかったダンボールを瞬く間にかき集め、スノコの形をしたライトボードの上に綺麗に積み上げた。重機は本当に働く車なんだ。花南は感心。ダンボールを捨て終えるとまた計量機に乗った。今度は古新聞。フォークリフトがライトボードを挟み、トラックの荷台に置いた。そこに古新聞を積む。積みきれなくなるとフォークリフトがバックしてライトボードを降ろし、新しいのを荷台にの                                 せる。荷台が空になるとトラックはもう一度計量機に乗る。 その度に花南は爺さんにせかされてトラックの助手席に座った。   雨が降ると古紙回収はお休み。ダンボールと古新聞が雨水を含み過剰に重くなるからだそうだ。その間もトラックのレンタル料金の二五〇〇円は売り上げから差し引かれる。「俺たちを殺すには雨の三日も降ればいい」と爺さん。 花南は汚れてもいい格好でトラックに乗った。爺さんから「汚れる仕事だ」とのアドバイスを守った。帽子もトレーナーもGパンもスニーカーも使わなくなったお古。大正解だった。それでも仕事が終わると髪の毛と顔と手足の汚れが気になった。ホコリが酷かった。シャンプーするとよ~く分かった。 花南は幾ら汚れても一人前に働けたのが嬉しかった。充実感もあった。 それは初めてから一〇日目までだった。一〇日目まではトラックから降りる時に二千円を渡された。十一日目には「少し待ってくれないか。婆さんの体調が回復しなくて入院しそうなんだ」。花南は応じた。十一日目から昼食のお握りがなかった。爺さんが気の毒に思った。それでも十四日目と十七日目に支払いを求めた。二度とも「もう少し待ってくれ。必ず払うから」だった。 二十一日目に雨が降った。お休み。花南は火曜日が安売りのスーパーに入った。そこに婆さんがいた。惣菜コーナーのバックヤードで何やら作っている。至って元気そう。花南はジィと見つめた。目が合った。婆さんはあわててその場から離れて消えた。 花南は断りなしに古紙回収を辞めた。爺さんが一〇日分を払う気があるなら二万円を持ってくる。持って来なければ払う気がないのだ。花南はこれ以上、催促する気になれなかった。とにかく爺ジイの顔を見たくなかった。 本当にキャップ爺さんは油断できない。警戒を怠ってはイケナイ。 これが花南の教訓になった。 見つめていたのはキャップ爺ジイかも知れない。 嫌がらせして二万円を諦めさせたいのだ。■4/12にリターンを見直しました。4/12をクリックして下さい。