野生動物との共生と、生態系のパトロール)みなさん、おはようございます!「森林放し飼い養鶏」のお話、本日は第3回です。昨日までは、森を蘇らせる「循環」についてお話ししましたが、今日は、農園を運営する上で絶対に避けて通れない、切実な問題についてお話しさせてください。そもそも、私が以前の農場を失う最大の原因となったのは「ネズミ」でした。当時、私は大切な大切な鶏さんたちを「外敵」から守り抜くため、広大な敷地を高さ2mの鉄製フェンスでぐるりと囲い、外の世界から完全に「遮断」しました。すべては、愛する鶏さんたちを守りたい一心でした。しかし、その愛情ゆえの行動が、取り返しのつかない悲劇を生んでしまったのです。フェンスという「安全な壁」を作ったことで、結果として、森の豊かな生態系と食物連鎖を「分断」してしまいました。キツネやテンなどの天敵が入れなくなったその場所は、鶏さんたちのごはんが豊富にあるため、ネズミたちにとって究極の「安全な楽園」になってしまったのです。やがて厳しい冬を迎え、異常繁殖した彼らは、一斉に飢えに苦しみ始めました。極限状態に追い詰められた彼らが向かったのは……私が一番守りたかった、鶏さんたちでした。7,000羽の生命が、あっという間に奪われていきました。彼らには、何の罪もありません。ただ生きるために必死だっただけです。すべては、「自然は人間の力でコントロールし、支配できるものだ」と思い込んでいた、当時の私のおごりと浅知恵が引き起こした「人災」でした。変わり果てた鶏舎の前に立ち尽くした時の、あの胸が張り裂けるような悔しさと、深い申し訳なさ。今でも思い出すだけで、涙が止まらなくなります。では、この新しい1,500㎡の森の中で、どうやって同じ悲劇を防ぐのか?私はこの7年8か月、泥だらけになりながら荒れ地を開拓し、あの日を深く悔やみながら、大自然と真っ直ぐに向き合い続けてきました。何度も自分に問いかけ、ひたすら考えて導き出した答えがあります。それは、「生態系を分断しなければ、ひとつの生命だけが異常に増えることは決してない」という、大自然の真理でした。だからこそ、森に住む「外敵」を排除するのではなく、「野生動物」と共生する。そんなふうに、考え方を180度変えたのです。自然を「遮断」し、「支配」しようとするのではなく、「崇高なる大自然」に深く敬意を払い、そっと「寄り添う」。その決意が形となったのが、現在行っているある習慣です。夕方、娘たち(鶏さんたち)が安全な鶏舎に戻った後、私はあえて、遊び場にある「2つの外扉」を大きく開放したままにします。地元の野生動物たちに、夜の森を「パトロール」してもらうためです。ネズミの最大の抑止力となる夜のハンターたちが森に入り込み、私が寝ている間に、大自然の摂理として退治してくれます。もちろん、森羅万象、生きとし生けるものがそこにいる以上、常に気を配り、敬意を払わなければなりません。「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」「依正不二(えしょうふに)」少し難しい言葉ですが、これは「草や木、この土地そのものにも尊い生命が宿っている」「私と大自然は決して切り離せない、根本は一つである」という教えです。7年8か月の間、開拓生活の中で森と向き合い続けるうちに、私は先人の方々と山の神さまから、この言葉の本当の意味を学びました。私は、この美しい森を「間借り」させていただいているだけなのです。人間としてやるべき最大限の管理と努力を尽くした上で、空間を遮断しない。私がネットで囲ったこの場所を独占するのではなく、夜の時間は、本来の森の住人たちに「どうぞ」とそっとお返しするのです。彼らは豊かな狩場を得て、娘たち(鶏)は脅威から守られる。これもまた、この森を共に育むために欠かせない、生命のサイクルのひとつです。大自然をコントロールしようとするのをやめ、畏敬の念を持ち、森の完璧なバランスに身を委ねる。その大きな循環の中に、私の生業である養鶏を組み込ませていただく。これこそが、あの日の痛みを伴う失敗から学んだ、この森の生命と響き合いながら描く、私なりの「共生」の形です。痛恨の過去を胸に刻み、森の生命たちと手を取り合って進むこの挑戦。まだまだ手探りで、不器用な歩みかもしれませんが、どうか、この森の未来を温かく見守り、応援していただけたら本当に嬉しいです。さて、明日はいよいよ最終回!この森でこれから始まる「3つの生業(なりわい)」についてお話しします。それではみなさん、今日も笑顔あふれる素晴らしい1日をお過ごしください!#しゅりの森自然農園 #アグロフォレストリー #野生動物との共生 #自然農法 #ネズミ対策 #パーマカルチャー #高知県 #三原村 #開拓物語 #草木国土悉皆成仏 #依正不二



