【クラファン12日目】皆さん、このページをご覧いただきありがとうございます。はるおです。ご支援いただいた皆さん、本当にありがとうございます。まちでも「クラファン、応援してるよ!」と声をかけてくださる方もたくさんおり、とても心強く嬉しい毎日です。今日は、私が京極湯の現在の持ち主の福井さんにお話を聞いたときのエピソードについてお話ししようと思います。今回の制作のために、私は何度も福井さんの生家であり、住む家であり、生涯仕事をしてきた京極湯に足を運びました。京極湯初代店主、福井徳次郎さんとマサさん。右端は福井さんの父、忠義さん。京極湯の歴史を話してくださる福井さんはいつも、苦しかったことや楽しかったことをとても表情豊かに話してくださり、単なる過去の事実を聴取するだけではないとても貴重な時間を過ごさせてもらったと思っています。父、忠義さん。福井さんの思いだけにとどまらず、「あの時母さんがこう言っていた」「父はこう思っていたんじゃないか」「あのお客さんは…」と、京極湯に関わるさまざまな人の顔を思い浮かべるようにしてお話をしてくださった福井さん。母、タツヱさん。私は京極湯が営業している頃の時代を知りません。京極湯に入ったこともありません。けれども、福井さんにお話を聞く中で、歴史が重なった銭湯の建物を見ることで、この地に京極湯という銭湯がたしかにあったこと、そしてこの銭湯をめぐって、様々なドラマがあったことをしみじみと感じました。福井さん、6歳の頃。人間は必ず命に終わりを迎えますし、建物や形のあるものはいつか壊れてしまいます。ただ、そのたくさんの歴史の上に私たちが今生きているのだと想起する手がかりを作ることが、歴史の中の様々なドラマと出会う機会が未来に残されるような取り組みが、今回の家史づくりでかなえられたらなと思っています。2階で家庭教師をしていた頃の福井さん。何よりも、目の前にいるbozzoさんや私にうれしそうに京極湯の歴史のお話をしてくださった福井さんの表情が、この家史のもつ力を信じさせてくれるものだなと思いました。京極湯で生まれ育ち、銭湯業を続けていく中で、ご子息を持たなかった福井さん。今回家史が出来るということは、福井さんだけにとどまらず福井さんのご先祖の皆さんの思いが絶えず紡がれること。 このような取り組みが形になることは、きっとこれからの色々な人の希望になる、そう信じています。 引き続き、なにとぞご協力よろしくお願い致します。はるお(佐藤春華)





