ウクライナ避難民の大切な写真を、 想いが伝わるフォトフレームとして届けたい。

ウクライナから避難された方々の、想いのこもった写真をお預かりします。 その写真をフォトフレームに仕立て、日本に避難しているご家族を通じて、遠く祖国に残る大切な家族や人へ、5個を無償で贈るプロジェクトです。 物資ではなく、写真を通じて心が行き交う、国際プロダクト支援の新しい形を目指しています。

現在の支援総額

17,710

3%

目標金額は520,000円

支援者数

1

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/01/16に募集を開始し、 1人の支援により 17,710円の資金を集め、 2026/04/05に募集を終了しました

ウクライナ避難民の大切な写真を、 想いが伝わるフォトフレームとして届けたい。

現在の支援総額

17,710

3%達成

終了

目標金額520,000

支援者数1

このプロジェクトは、2026/01/16に募集を開始し、 1人の支援により 17,710円の資金を集め、 2026/04/05に募集を終了しました

ウクライナから避難された方々の、想いのこもった写真をお預かりします。 その写真をフォトフレームに仕立て、日本に避難しているご家族を通じて、遠く祖国に残る大切な家族や人へ、5個を無償で贈るプロジェクトです。 物資ではなく、写真を通じて心が行き交う、国際プロダクト支援の新しい形を目指しています。

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先週末は、とある後援会の新年会(出席者は1,150人)に出席させてもらう機会があり、東京にいました。空き時間に、インバウンド向けの企画提案で、都内の"ゲストハウス"を廻っておりました。お蔭で、今朝は足腰が限界で、何十年振りかの筋肉痛に見舞われました。2日間で10施設ほど廻りました。以前から構想していた企画のひとつで、SPFを通じて海外の方たちと交流しながら活動できたら楽しいなと思います。今日から、クラウドファンディングで使用するポスターの制作にとりかかります。Українською тут ⇒https://note.com/keen_shark5500/n/n316c7e3030c8                                          ブログと英語訳はこちら⇒                                      日本語;https://nui-subako.com/inbound/英語訳;https://nui-subako.com/why-a-custom-photo-frame-is-the-best-souvenir-from-japan/


でも、ふと思ったんです。こうして並べられる「時間」が、誰にでも当たり前にあるわけじゃないんだな、と。戦争や避難で、写真そのものは残っていても、それを「ゆっくり眺める場所」や「心の余白」がない人がいる。それでも写真は、黙ってそこにあります。過去を否定もせず、急かしもせず、ただ「あなたの時間は、ここにあるよ」と教えてくれる。ストーリーフォトフレームは、思い出を飾るための道具というより、時間をそっと置いておくための居場所なのかもしれません。いま、僕はこのフォトフレームを使って、ウクライナから避難された方々を支援する取り組みをしています。特別なことをしたいわけではありません。ただ、自分が大切にしてきたこの形が、遠くの誰かの時間にも、静かに寄り添えたらいい。愛娘の成長を並べたこの一枚から始まったものづくりが、いまは、まだ見ぬ誰かの記憶を支える場所へとつながっています。Українською тут ⇒https://note.com/keen_shark5500/n/n4c201fe0d3cd?app_launch=false


イメージに「家族」を使う理由(わけ)プロダクトができた──では、どうやって伝えるか。宣伝は?販促ツールは?チラシ? ポスター?使う媒体は?ものづくりとは別のところで、次々と壁にぶつかった。なかでも一番頭を悩ませたのが、宣伝に使うイメージ画像だった。当初は、自分の身内を表に出すことに抵抗があり、フリー素材を探していた。けれど、すぐに限界が見えてきた。このプロダクトは、きれいに整った写真だけでは伝わらない。SPFが扱っているのは、「一瞬」ではなく「時間」だからだ。ちょうどその頃、愛娘が二十歳の成人式を迎える時期だった。――これは、チャンスかもしれない。そう思い、以前から構想していた「生まれてから成人するまで」のSPF(ストーリーフォトフレーム)づくりに取りかかった。完成したSPFは、自分の想像をはるかに超える出来栄えだった。もっとも、愛娘だから、どんな写真でも「かわええ~」のは当たり前で、最高傑作になるのは、最初から決まっていたのだが……。ただ、完成したSPFを前にして、一つだけ、はっきりと分かったことがある。このプロダクトは、嘘のイメージでは成立しない、ということだ。どこかで見たような家族写真や、無難に整えられたフリー素材では、SPFが内包している「時間」や「関係性」までは写らない。生まれて、笑って、泣いて、反抗して、そして二十歳になるまでの積み重ね。そこにあるのは、演出できない、現実の時間だった。だからこそ、「これを人に届けるなら、一番リアルな場所から始めるしかない」そう思うようになった。ウクライナの人たちも、同じだ。彼らにとって写真は、単なる記録ではない。失われた日常、会えなくなった家族、戻らない時間、そして今を生きている証そのものだ。SPFは、誰かの人生を“きれいに飾る”ための道具ではない。向き合うための器だ。だから、自分の家族を使った。そして次に、ウクライナの人たちの想いを、このフレームに託したいと思った。愛娘の二十年と、ウクライナの「今」。一見、まったく関係がないようでいて、どちらも**「失いたくない時間」**だという点で、同じ場所につながっている。この活動は、そこから始まっている。Українською тут ⇒https://note.com/keen_shark5500/n/n7f381328a41a


あのとき、「なぜ彼女はそこまでして戦場へ戻ろうとするのか」という問いに、答えは見つからなかった。ただ一つ、確かだったのは、彼女の表情に後悔がなかったこと。自分で選んだ場所に、自分の意思で立っている、という覚悟だけがあった。それでも、僕はやはり思ってしまう。「生きてほしい、」と。誰かのためにではなく、まず自分の人生として、生きていてほしい、と。もし。日常の中に、「自分が大切にしているもの」を静かに思い出せる場所があったなら。もし。何気なく目に入る風景の中に、「戻ってくる理由」がそっと置かれていたなら。人は、ほんの一瞬、立ち止まれるのかもしれない。僕が「フォトフレーム」という形でやろうとしているのは、何かを決断させることでも、正解を示すことでもない。ただ、無駄に命を投げ出してしまいそうになる、その直前で、想いを“留める場所”をつくれないか。そんな問いを、今も考え続けている。ウクライナ語はこちら⇒https://note.com/keen_shark5500/n/naa2047b9264eТоді на запитання«чому вона, попри все, прагне повернутися на поле бою»,я так і не знайшов відповіді.Єдине, що було безсумнівним, —у її обличчі не було жалю.Була лише рішучість:вона стоїть там, де сама обрала стояти, за власною волею.І все ж я знову й знову думаю:«я хочу, щоб вона жила».Не заради когось іншого,а насамперед — як власне життя, щоб вона жила.Якбиу повсякденному життііснувало місце, де можна тихо згадати«те, що для тебе по-справжньому важливе».Якбиу звичному пейзажі, що мимохіть потрапляє на очі,десь непомітнобула покладена «причина повернутися».Можливо,людина змогла бхоч на мить зупинитися.Те, що я намагаюся зробити у формі «фоторамки», —це не змусити когось ухвалювати рішенняі не показати правильну відповідь.Я лише думаю,чи не можна створити «місце, де затримуються почуття»саме за мить до того,коли життя ось-ось може бути віддане марно.Про це запитанняя думаю й досі.Українською тут ⇒https://note.com/keen_shark5500/n/naa2047b9264e


最近、「葬儀が終わったあと、想いはどこに置かれていくのだろう」ということを、改めて考えるようになりました。多くの場合、写真や遺影は“残る”のですが、それを どう置き、どう向き合い続けるか については、意外と選択肢が少ないように感じています。そこで今、生前(米寿などの長寿祝い)から使われ、そのままメモリアルとして受け継がれていくフォトフレームの企画をまとめています。このフォトフレームは、亡くなったあとに初めて使うものではありません。家族が集まる節目や、日常の中で少しずつ写真や言葉を重ね、「その人らしさ」を時間をかけて育てていく。そして、もしその人が亡くなられたときには、新たに何かを用意するのではなく、すでにそこにある風景が、そのままメモリアルになる——そんな連続性を前提とした考え方です。この企画は、物品の提案というより、「想いをどこに、どう置くか」を一緒に考えるための装置(媒体)として構想しています。現在は、販売を前提とせず、少数事例での検証を想定した段階です。もしこの考え方に、何か重なるものを感じていただけたら、それだけで十分です。ウクライナ語⇒https://note.com/keen_shark5500/n/n3d4f931f1e26?app_launch=false


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