
熊本地震から10年。
「復興」という言葉の中には、それぞれの地域の、長い時間と、たくさんの物語があります。
熊本地震のあと、仮設住宅での暮らしのあり方や、支援のあり方について、東日本大震災の経験が伝えられてきました。
※熊本のみなさまとのご縁のおはなしは「こちら」からご覧ください。
熊本のみなさんが、宮城に来てくださいました。
登米の「とめ女性支援センター」で支援活動について説明を聞いた後
南三陸の上山八幡宮へ向かいました。
そして、東日本大震災のときには、阪神・淡路大震災のあと、長い時間をかけて地道に活動を続けてきた方々が、多くの知恵や仕組みを届けてくれていました。
仮設住宅での暮らし方、コミュニティのつくり方、孤立を防ぐための工夫――
それらはすべて、過去の災害の中で生まれ、次の地域へと手渡されてきたものです。
災害の経験は、決してその場限りではなく、人から人へ、地域から地域へと、つながっていきます。
能登半島地震のあと、東日本大震災の支援をきっかけに宮城に移り住んだ人や、宮城の仲間たちが、今度は能登へ駆けつけています。
「あのとき助けてもらったから、今度は自分が」
そんな想いが、地域を越えてつながっているのを感じます。
もうひとつ。
小さな石に想いをのせて、誰かのもとへ旅をさせる「ワロック」という取り組みがあります。
(ワロックと防災ふろしきのご縁のお話は「こちら」からご覧ください)
手に取った人が、また次の場所へ置いていく。その繰り返しの中で、見えない誰かと、ゆるやかにつながっていく。
酒田との再会もまた、ワロックのように、時間を越えて、想いが届いた先にあった出来事のように感じられました。
酒田とのご縁は、みやぎ・やまがた女性交流機構という集まりがきっかけでしたが、
その前から 南三陸と酒田は「ぼうさい朝市ネットワーク」でつながっていて、
私は、南三陸でぼうさい朝市ネットワークに取り組んでいた人と震災前に知り合っていたのです。
南三陸のお母ちゃん達が描いたWA ROCKを
酒田のみなさんのもとへお届けしました
「ぼうさい朝市ネットワーク」は、震災の前から各地で地道に活動してきた人たちの、積み重ねの中で生まれてきたつながりです。
その中には、震災前から続いてきたご縁もあり、今回、酒田の方々と再び出会う機会も生まれました。
そして、そのあり方は、どこか、支援のかたちにも似ているように思います。
時間や場所を越えて、もう一度つながることができる関係があること。
それは、日々の暮らしの中で、人と人とが丁寧に関係を育ててきたからこそ、生まれているものだと思います。
災害は突然やってきます。でも、支え合える関係は、一朝一夕には生まれません。
だからこそ、日常の中で防災を考え、いざという時に「誰かとつながれる」ことが、とても大切だと感じています。
今回の「防災風呂敷」は、そんな想いから生まれました。
この風呂敷が、「その時」のための備えであると同時に、
誰かとつながるきっかけになりますように。



