監督の合田朝輝です。■余裕が生まれるということ気管切開の生活にも、ようやく慣れてくると、少しずつ心に余裕が生まれてきました。ただ、その余裕は新しい問題も連れてきました。考える時間です。それまでは、目の前のことに対応するだけで精一杯でした。体の状態を維持すること。生活を回すこと。一日を終えること。それ以外のことを考える余地は、ほとんどなく。それに集中していれば、余計なことを考えずに済む。そんな毎日でした。しかし、余裕が生まれると、別の思考が入り込んできます。その中に入ってくるのは、望んでなかったものでした。これまで意識的に避けていたこと。頭の隅に追いやって、考えないようにしていたことが迫ってきます。体のこと。病気のこと。これからの人生のこと。それらが、ゆっくりと、しかし確実に迫ってきます。余裕は、私を楽にしなかった。「この状態が、いつまで続くのか」「終わりはあるのか」「死ぬまでずっとこれ」そんなことが、頭の中をぐるぐる巡ります。早く終わってほしい。楽になりたい。そう思う瞬間もあります。今でも、完全に消えたわけではありません。ふとした瞬間に、気を抜けば、自然に浮かんできます。もし、動けない時間が一日中続いたらどうなるか。何もしていない時間。何もできない時間。この時間が、静かに、しかし確実に、私の心をゆっくり押し潰していきました。なにか大きな出来事があるわけではありません。ただ、余裕によって生まれた空白が、少しずつ、私の内側を削っていきます。このままではいけない。そう思いました。■動き出した理由何とかしなきゃいけない。苦しいことから逃げる方法を。現実を見なくていい方法を。探さなきゃいけない。きっかけはあまりかっこいい理由じゃありません。よくある「挑戦したい」というものなんかじゃなく。現実を直視しなくて済む時間を作るため。ただ自分のことを守るため。決して前向きなんかじゃない。後ろ向きの思いから、動き出しました。何か始めるとしても、以前のように、仕事をするのは難しい。仕事ができるほどの余裕はない。体力的に。精神的に。生活状況的に。コミュニケーションの難しさ的に。どれを取っても、仕事をするのは現実的じゃない。だから、新しくできることを見つける必要がありました。これからどうするのか。残された時間をどう使うのか。この状態で何ができるのか。ひたすら考えました。動くことはできない。外に出ることも難しい。人と直接会う機会も限られている。選択肢なんて、ほとんどない。ひたすら考え、悩みました。「今の状態で、何ができるのか」この問いを、何度も繰り返しました。考えて。否定して。考えて。その繰り返し。そうやって考えた末、最後に私に残っていたのが、「文章を書く」という行為でした。■文章という選択ペンを持って字を書くことはできない。けれど、視線入力を使えば、パソコンで文字を打つことはできます。一文字ずつ選びながら、ゆっくりと文章を作っていく。効率は良くありません。時間がかかります。それでも、自分の思考を。想いを。形にして外に出すことができる。誰かに伝えることができる。それなら、これを使うしかない。ただ、ここで一つ問題がありました。何を書くのか。日記やブログのようなものは、あまり書く気になれませんでした。日常をそのまま書くことに、自分の中であまり意味を見出せなかったからです。もちろん、それを否定するつもりはありません。ただ、自分にとっては、それを残す理由が見つかりませんでした。私が残したいのは、情報じゃなかった。私の中にあったのは、形あるものを残したいという感覚でした。自分の中にあるもの。考えていること。感じていること。それらを、何かの形として外に出すこと。作品として残すこと。自分が死んでも「残るもの」を作りたい。絵本を作った時の喜びが、心の底に残っていました。自分の中にある、何かが。形になり。誰かが読み。誰かに届く。そして、自分がいなくなったあとも残る。そういうものを、もう一度作りたい。そう思ったんです。■残すということもし、自分が死んでしまったとしても。作品が残る。作品を通して、自分のことを覚えておいてもらえる。自分のことを思い出してもらえる。私という存在を忘れないで欲しい。その形は何が良いのか。小説。脚本。漫画の原作。形にする手段はいくつかあります。どれも体を使わず、視線入力だけで成立する。自分にとっては現実的な選択肢でした。その中で、まずは小説のようなものを書いてみることにしました。理由は単純。読むのが好きだったから、書いてみたい。そういう、安易な発想でした。しかし、実際に書き始めてみると、全然うまくできませんでした。文章がまとまらない。内容が面白くならない。思っていることを、うまく言葉にできない。時間ばかりがかかる。想像していたよりも、ずっと大変でした。■それでも続ける理由それでも、やめるという選択はありませんでした。他にできることなんて、なかったからです。「今の状態で、何ができるのか」その問いに対して、文章を書くことは、たった一つの答えでした。うまくいかなくても、続けるしかない。他に道はない。そうするしかない。自分をそう思い込ませるしかない状態が続いていました。そんな時、たまたま見つけたのが、さぬき映画祭のシナリオコンクールでした。




