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ネパールの子どもたちに夢を広げられる環境を!ガイクール村校舎再建プロジェクト

私たちKIVOが7年間寄り添ってきたガイクール村は2015年4月のネパール大震災により、大きな被害を受けました。2016年8月の時点では未だに再建は完成されておらず、仮設校舎や崩壊の危険がある教室を使用している学校もありました。一刻も早く安心した環境で教育を受けられるよう、校舎の再建をします。

現在の支援総額

337,000

112%

目標金額は300,000円

支援者数

45

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2016/11/29に募集を開始し、 45人の支援により 337,000円の資金を集め、 2017/01/19に募集を終了しました

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ネパールの子どもたちに夢を広げられる環境を!ガイクール村校舎再建プロジェクト

現在の支援総額

337,000

112%達成

終了

目標金額300,000

支援者数45

このプロジェクトは、2016/11/29に募集を開始し、 45人の支援により 337,000円の資金を集め、 2017/01/19に募集を終了しました

私たちKIVOが7年間寄り添ってきたガイクール村は2015年4月のネパール大震災により、大きな被害を受けました。2016年8月の時点では未だに再建は完成されておらず、仮設校舎や崩壊の危険がある教室を使用している学校もありました。一刻も早く安心した環境で教育を受けられるよう、校舎の再建をします。

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こんにちは。国際協力学生団体KIVO 代表の清水美雪です。今日は支援先の一つである、トリベニ小学校を紹介し、私が普段から抱いている想いをお話ししたいと思います。 トリベニ小学校は、震災の被害が大きく、一番大きな校舎にレッドステッカー(ネパール政府が発行する、崩れる恐れがあるので立ち入り禁止のサイン)が貼られ、震災以降その大きな校舎を使えなくなっていました。2016年3月に訪れた際には、校庭に柱を立て、テントを被せた仮設校舎で子どもたちは勉強していました。仮設校舎の中には、床が石だらけで歩きづらいものや、傾いた机に子どもたちが詰め詰めで勉強している状態もありました。 2016年8月の渡航では、使われている仮設校舎が減っていました。少しホッとしましたが、実はそれはレッドステッカーが貼ってある校舎をもう一度使い始めたからだったのです。「倒壊の恐れがあり、修理もしていないが、エンジニアが使っていいと言っていたので使い始めている。修理にも300万ルピー(約300万円)必要だが、そんなお金はない。」と学校の先生が言っていました。一刻も早く、修理、もしくは新しい校舎を建てる必要があります。 このような状況でも子どもたちは一生懸命勉強しております。先生方も、校舎の再建を進めようとしております。しかし、再建のための費用が足りていない、という現実があります。 私たちは「学生ができることを通じて社会に影響を与える」という理念のもと、学生の私たちは微力ではあっても、無力ではないと、信じて活動しています。無力ではない、それは本当のことであるのですが、確かに微力でもあるのだと、私は昨年度のネパール渡航で痛感しました。 2016年3月、初めてネパールを訪れた時、一つの疑問を感じました。自分たちのやっていることは、現地の人のためになっているのか。私たちがネパールに行くことで、私たちは普段体験できない素敵な、楽しい、一生記憶に残る経験が得られます。 しかし、村人には笑顔や交流など、いかにも私たちが与えたいと思っているものしか与えられていないのではないか。地域調査をして回って、どの家庭も家を建て替えたいと言っていましたが、私はその望みをすぐに叶えることはできませんでした。学校で子どもたちや先生に、もとの校舎で勉強したいと言われても、その場では何もできませんでした。 それでも笑顔で迎え入れてくれる村人や、無邪気に遊びたがる子どもたち、最終日に涙を流して手紙をくれた子どもたちを思うと、私たちがネパールに来た意味は確かにあるんだと思いました。 昨年度は、まだ見たこともないネパールの人たちに会うのを楽しみに、目の前の仕事をこなすので精一杯でした。3月にネパールを訪れ、自分の目で現状を見て、村人や子どもたちの元の生活に戻りたいという声を聞いた以上、なにもせずにはいられません。顔が見える相手だからこそ、私たちがお世話になった村人だからこそ、少しでも彼らの力になりたい、と強く思っています。その想いは、ネパールで疑問を感じた日から変わっていません。 ただ、強く想うだけではなにも変えられないのです。でも、学生だから、微力だから、ということを理由に諦めたくないです。だからこそ、私たちはクラウドファンディングという手段で、私たちの想いを資金という形に変えたいのです。想いに共感、賛同してもらい、そこから行動を起こしてもらって初めて、ガイクール村の校舎の再建に一歩近づきます。 実際にガイクール村の校舎を再建するためには、資金が必要です。ネパールの人たちの、そして私たちの想いを叶えるために、皆様のお力を貸していただけないでしょうか? 拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。少しでも読んだ人の心に残れば幸いです。 国際協力学生団体KIVO 8期 代表 清水美雪


活動報告
2016/12/25 18:01
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  私たち団体は、2009年からネパールの小学校に教育支援を行ってきました。 私がお伝えしたいのは、日本の小学校とネパールの小学校には大きな違いがあるということです。 日本の小学校には、教室以外にも理科室、音楽室、図書館、体育館、そして自由に遊べる広い校庭と遊具など、子どもたちが十分に教育を受けられる施設が整っています。 一方、ネパールの小学校にはそのような教育施設は整備されていません。そこにあるのは、机、椅子、黒板だけが備えられた簡素な教室と、遊具のほとんどない校庭です。図書館もないため、子どもたちは本に触れる機会もありません。 私たちはこのような状況を見て、様々な方法で子どもたちが学校に行きたいと思えるような環境作りに励んできました。例えば、初めは暗かった教室に、色とりどりのペイントをすることで教室を明るくしたり、教室に学習関係のポスターを貼る、などです。 私たちは、教育支援の中心として本を送る活動を続けています。 教育設備は大きく変えられないかもしれない。しかし、本を送り、子どもたちに読んでもらうことで、将来の可能性を広げることができるかもしれない。 その成果は、ネパールの統一試験(日本のセンター試験のようはもの)の結果にも確実に表れ始めました。2012年には、図書館も建設することができました。 しかし昨年の4月。ネパールでは、マグニチュード7を超える大きな地震が発生しました。 私たちの支援先の小学校は、その震源地に近く、校舎のほとんどが倒壊してしまいました。 今年の春にネパールに渡航して目にしたのは、仮設校舎で授業を余儀なくされている子どもたちの姿でした。 その仮設校舎は、床や壁がないため、天気の悪い日には授業が一時中断してしまうこともあります。子どもたちからは、”隣の教室の授業の声が気になる”や”早く新しい校舎を建ててほしい”など、切実な声を多く聞きました。 この状況を受け、今年度から支援先の小学校3校の校舎の再建を長期目標として掲げました。 小学校は、1校にも再建するに多くの資金と時間を必要とします。確かに、学生に出来ることは限られています。しかし、ネパールの現状を”伝える”ことは出来ます。伝えることで、一人でも多くの方に、子どもたちの置かれている環境を知っていただきたいです。 子どもたちが、1日でも早く十分な環境のもとで教育を受けられるよう、皆様のご理解とご協力をお願いいたします。 国際協力学生団体KIVO8期 運営部 阿久澤はるか


活動報告
2016/12/24 17:31
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ナマステ! 8期広報渉外事業部の中村絢です。 私たちKIVOは現在ガイクール村の4つの小学校を支援しております。そして1年のうち夏と春の2度にわたり、実際に現地へ足を運びます。春はメンバー全員が訪れ、私たちの活動の軸である本の寄贈、その他にも文化交流や読み聞かせ、授業といった国内で準備を進めてきた様々な企画を支援先の小学校にて行います。夏は少人数にて春の渡航の調査を目的とし現地を訪れます。この春と夏の渡航に共通すること、それはどちらの渡航の際も私たちが現地の"生の声"を聞くということです。 現地に行った際、私たちは学校の先生、生徒、村人たちに対してインタビューやアンケートによって今必要としているものは何か、ということを調査します。震災から1年が経とうとしていた昨年の春、支援先の学校は未だに仮設校舎で授業を行っている状況でした。そんな学校の生徒にインタビューをした際、多くの生徒から"新しい校舎がほしい。"と聞いたことを私は忘れません。 そして今年の夏。再びガイクール村へ訪れた際、支援先4校のうち、2校で新たな校舎が再建途中である様子をみることができました。そしてその中には昨年度KIVOが送ったお金も含まれていると先生から聞きました。しかしその校舎だけではまだまだ足りないということ、未だに危険な校舎とみなされた校舎で教育を行っているということもまた事実です。 私たちが掲げるVISION、"子どもたちが思いのままに可能性を広げられる学びの場"を達成するには安心して使える校舎が必要です。私たち学生ができることは小さいことかもしれませんが、無力ではない、そう信じこれからも活動に励んでいきます。皆様の温かいご支援ご協力、よろしくお願い致します。


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【活動報告〜全体企画 本〜】 皆さんナマステ!2回目の活動報告の投稿になります、9期広報・渉外事業部の松本 円です。 まずはじめに、今まで私たちのプロジェクトにご支援くださった皆様に心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。 プロジェクト終了まで残り30日を切りましたが、最後まで私たちKIVOの思いが1人でも多くの方に伝わることを願っています。 さて今回は、私たちが3カ月後に控えるネパールプロジェクトで行う企画の1つである、本の寄贈に関する企画についてお話ししたいと思います。 私たちKIVOはネパールに渡航した際に、メンバー全員がいずれかの企画に携わります。現地の人々との交流においてとても重要なそれらの企画は、全員で行う全体企画、その下のサブ企画、そして個人がやりたいことを発案して実行出来る個人企画があります。 現在私は、全体企画の1つである本班のプロジェクトリーダー(PL)を務めていて、毎週のミーティングにおいてメンバーと協力して企画を詰めている段階です。 先日の活動報告で私は、なぜKIVOの活動を行なっているかについてお話ししました。 私はまだ私たちの支援先であるネパールに行ったことがありませんから、正直企画の詳細を詰めるにあたり、うまく現地のイメージが掴めなかったりと苦労することも多いです。 しかし、ネパールの子供たちに本を贈る、という行動は私たちKIVOの活動の軸であり、先輩方が長い間かけて築き上げた、ガイクール村の人々との信頼関係の形だと私は思います。 外国の子供たちに本を贈る、という一見単純そうな行為ですが、それらの本を満面の笑みで受け取るネパールの子供たちの様子を、私は多くの先輩方から聞いてきました。 一度現地へ届けられれば、長い間使用できる本は、私たちの目指す長期的な教育支援に繋がるはずです。 私たち学生は、専門的な知識もなければお金もありません。ですが、ネパールの子供たちに本を届けるというKIVOの活動は、確実にガイクール村の子供たちに影響を与えるものだと思います。 私たちは今年も、子供たちが思いのままに可能性を広げられる学びの場の実現を目指し、本を贈り続けます。 引き続き、皆様からの温かいご支援ご協力お願い致します。 国際協力学生団体KIVO 9期 広報・渉外事業部松本 円


「1人の100歩よりも100人の1歩」という言葉を目にしたのは国際協力学生団体KIVOに入ってから数か月が経った頃でした。当時の自分は、その100人とは「支援する側の日本人たち」、1歩というのは「実際に支援するという行動」という意味で受け止めていました。 この言葉を目にした当時は、私はまだネパールを訪れたことがなく、ネパールの人々のことは単なる支援先という情報で処理していました。それゆえに、自分の国際協力の原動力は自己成長やスキルアップといった、「自分の為」というものだったように思います。 そんな心境も変わらぬまま迎えた初のネパール渡航。自分が下の代として臨んだネパールプロジェクトは、震災後初のネパールプロジェクトでもあり、KIVOが震災をよりリアルに感じ取れる機会だったと思います。首都についてみて実感する、震災を経験したという事実。空港からでた瞬間、目の前には倒壊した建物が倒壊した状態で放置され、観光客で賑わっていたダルバール広場は、崩れた家々のレンガにまみれていました。そんな首都の様子を見て感じたことを、正直自分は覚えていません。本当に何も考えていなかったのか、それとも自分の稚拙な頭では処理しきれなかったのか。いずれにせよ、「震災」が自分の頭を支配したということだけが、今私が覚えている全てです。 そして、首都で過ごす日程が終わり、いよいよ村に行く時が来ました。村に向かうジープに乗っている間は、震災の印象が自分の頭を支配していました。KIVOができることは本当にあるのか、そもそも自分たちがやっていることは無意味なものではないのかと考えていた折、約6時間の移動が終わり村に到着しました。そこで自分が遭遇したのは、ネパールの人々とKIVOの軌跡。これまで先輩方が築き上げてきた大切な信頼関係。そしてその信頼関係の根幹にある、ネパールの人々の心でした。震災があって1年も経っていない、自分たちの家も崩れかけている、そういった中でも、ネパールの方々は曇り一つない笑顔で自分たちのことを出迎えてくれました。この感想はありがちなものかもしれません。しかし、そのありがちがいかに難しいものか。自分が逆の立場だった時のことを考えると、ありがちではあれど、とても当たり前のことだとは思えません。 そんなネパールの心に触れたときに、100人の1歩の本当の意味が分かった気がします。支援する人もされる人も、お互いに踏み出すきっかけを与え続け、お互いが歩み続けることに意味があるのではないでしょうか。1人が100歩歩いた国際協力は、国際協力ではありません。ただの国際的なおせっかいです。自分たちの本当に望むものをお互いに言い合えることが、全ての始まりなのではないのでしょうか。 国際協力と聞くと、地雷の撤去や食料支援を思い浮かべる方も多いと思います。しかし、ある程度しか資金を持たず、渡航できる期間が限られている自分たち学生には、そういった大掛かりな協力を行うことはできません。そんなちっぽけな自分の無力感が心をよぎるとき、自分の頭はそれらしい言い訳を探してその無力感を払拭しようとします。村の方々に会うまでは、震災を経験したネパールも、それらしい言い訳の対象でした。 しかし、このネパールに関しては、「できない」では片づけたくない。自分たちはちっぽけである、それはまぐれもない事実です。しかし、ちっぽけであるということは、裏を返せば、微力ではあるが確実に力を持っているということ。だったら自分達は、そんなちっぽけな力をこの人たちのために使いたい。ちっぽけならちっぽけなりの全力を、この人たちのために使いたい、そう感じました。できないではなくやる。体育会系にありがちな根性論のように思われますが、これは一つの真理だと思います。自分たちはネパールの人々のために学校を再建します。しかし、今の自分たちではできないということもまぎれもない事実です。そんなできない自分たちにチャンスをください。ネパールの人々が1歩を歩むためのエネルギーをください。自分にできるのはただの懇願しかありません。それでも心は込めたつもりです。どうかちっぽけな自分の全力が届きますように。 国際協力学生団体KIVO 8期副代表 安藤界 末筆ですが、今は引退した同期の女の子が書いた文章もぜひ読んでいただきたいです。英語もすべて、話せないにも関わらず自分で訳したものです。自分では力及ばずとも、彼女の文章はこれを読んでくださった方たちの心を動かすはずです。 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1292095147478367&id=184030931618133&ref=page_internal&__tn__=%2As