CAMPFIREの5%OFFクーポン本日1月24日より、1月31日23:59まで、クーポン利用で5%oOFFになるそうです。ヤンゴンかるたのクラファンは2月1日まで。ぜひご支援の際に、お使いください。





現在の支援総額
3,096,500円
目標金額は1,500,000円
支援者数
322人
募集終了まで残り
終了
このプロジェクトは、2021/11/30に募集を開始し、 322人の支援により 3,096,500円の資金を集め、 2022/02/01に募集を終了しました





現在の支援総額
3,096,500円
206%達成
目標金額1,500,000円
支援者数322人
このプロジェクトは、2021/11/30に募集を開始し、 322人の支援により 3,096,500円の資金を集め、 2022/02/01に募集を終了しました
CAMPFIREの5%OFFクーポン本日1月24日より、1月31日23:59まで、クーポン利用で5%oOFFになるそうです。ヤンゴンかるたのクラファンは2月1日まで。ぜひご支援の際に、お使いください。
2020年 ミャンマーコロナ禍の暮らしオミクロン株の感染拡大が止まりませんね。新型コロナウイルスが武漢で始まった頃、私はヤンゴンに住んでいました。ミャンマーでは、日本よりもかなり厳しいコロナ規制が敷かれていて、お店に入店する時、そして家に帰ってくる度、エントランスで検温され、熱があると、大人子ども関係なく、本人が一人で、そのまま隔離施設に連れていかれてしまう、という状況がありました。隔離施設は外国人には少し厳しい環境ですし、ミャンマー語が話せない私にとっては、毎日が恐怖でした。大きな犬が最初は怖くて歩けませんでしたただコロナ以前に、ミャンマーでは日常の中で死が身近です。蚊に刺されてデング熱になることもありますし、電線が切れているのを知らずに水たまりを踏んで、感電死することもあります。たくさんの野犬がいるので、狂犬病も怖かったです。ヤンゴンには800万人が住んでいるのに、人工呼吸器が5台しかないと聞いた時は、驚きました。仮に交通事故にあったとしても、ミャンマーでは先進国のような医療が受けられないにも関わらず、コロナ禍では他国に出国できない状況でした。それまでは怪我や病気をしたら、日本に帰るか、タイやシンガポールに出国すれば大丈夫だと思っていたので、コロナで世界が出入国規制されることで、医療が脆弱な国に住むリスクを改めて感じました。その頃、既にミャンマーの公教育はストップしていました。日本では考えられないほど、街に人がいませんでした。クーデターが起きた日でも選挙の日だけは、たくさんの人が外出し、投票に参加していて、正直驚きました。国民の多くが、新しい時代を待ち望んでいるんだ、そして当然それが実現するだろう、という期待感がありました。1月の終わりに、もしかしたらクーデターが起きるかもしれないという噂があり、「外出に気をつけるように」と連絡がありました。でもミャンマー人も日本人も、まさか起きないだろうとあまり気にしていませんでした。その頃は1000人いたコロナ感染者が数人レベルになっていて、2月から学校も経済も再開するだろうと、ものすごい期待感で、4月にはいい新年が迎えられると思っていました。そして数日後の2月1日、クーデターが起きました。たった1日で全てが変わっていく。そういうことが実際に起こるということを私は知りました。既にコロナ禍で一年間引きこもり生活をしていた私にとって、外出ができないこと、卒業式が対面でできないことは感情が昂ることではなくて、もはや受け入れるしか無いことでした。それに対して「悲しい」とか「苦しい」といった感情はありませんでした。コロナ禍では、兄が「これくらいで騒いでたら宇宙飛行士にはなれないよ」と言っていたくらい、隔絶された生活をしていました。(時には様子を見て買い物にも行くし、お散歩したりもしますが、日本では考えられないような自粛生活でした。)そういう状況下でクーデターが起こった時、今まで街には人が全くいなかったのに、みんなデモ抗議のために集まっていて、コロナのために自粛できても、民主主義に対して自粛することはできないんだと思うと、人々のエネルギーを感じました。あのタイミングでクーデターが起きたことで、コロナで亡くなる方が相当増えたと思います。そして、日本に帰国帰国した日のミャンマー国際空港日本への帰国便が決まったのは帰国前日でした。私自身は高校入学を控えているので、3月中の飛行機に乗りたいと思っていました。2月後半から次第に弾圧が激しくなり、兄のインター卒業まで2ヶ月、最終試験の真っ最中であるにもかかわらず、前日に兄弟と母も帰国を決めました。まだ全ての荷物がミャンマーにあります。弟の友達も、別れを惜しむ暇もない状況でそれぞれの国に避難していきました。最初はオンライン授業を受けていましたが、ミャンマーに帰れる見込みもなく、日本の中学に編入しました。帰国が決まっていた私と違い、大切なサッカーボールも、それまでの生活全てを置いたまま、日本で暮らし始めました。喪失感という意味では、弟が一番大きいかもしれません。日本に帰ってきたら、道も綺麗で、マンホールが空いていない。至る所に病院があり、スーパーマーケットには常に物が豊富にあり、別世界みたいでした。コロナ禍でも、飲食店は開いてるし普通に暮らしています。こんなに医療が進んでいるのに、ベット数が足りなかったり、自宅療養中に亡くなる人がいる状況が、当初理解できませんでした。ミャンマーでは、コロナに罹った人のために酸素ボンベを運んでいる人が国軍に殺されたり、医療従事者が暴行されたりしていたからです。終了まであと8日ですクラファン終了まであと8日となりましたが、そのために私は何をしたらいいのか、どうしたらいいのか、正直わからないままに、今日も活動報告を書いています。クーデターが起きてからもうすぐ一年。皆さんの一年間を一緒に振り返りたいと思います。(野中優那)
明日1月22日は、私が通うICU高校で、イベントをします。今週は、その準備と課題に追われています。ほかのメンバーも卒論や試験の中でのチャレンジ。クラファン終了まで、あとわずかなのに、十分な更新やお知らせができず、申し訳ありません。これまでプロジェクトメンバーの思いを、色々なメディアで取り上げて頂きました。まとめ記事みたいで申し訳ないのですが、ぜひもう一度、ご覧いただけたらうれしいです。メディア掲載情報① 現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト ドットワールド(dot.world)かるたで広がれ、ミャンマーへの共感 未来を諦めない若者たちが開く未来https://dotworld.press/myanmar_card_game/② 朝日新聞 2021年10月20日掲載(いま子どもたちは)わたしの「一石」:3 かるたでミャンマー伝えたい 2021年10月20日掲載https://www.asahi.com/articles/DA3S15082146.html?iref=pc_photo_gallery_bottom③ NHK WEB 2022年1月16日ミャンマークーデター1年を前に日本の若者が現地の状況考えるhttps://www.google.co.jp/amp/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20220116/amp/k10013434101000.html④ 別所哲也さん J-WAVE TOKYO MORNING RADIO 2022年1月19日 朝7時6分から http://radiko.jp/share/?t=20220119070600&sid=FMJ32回の活動報告これまで32回の活動報告もアップしています。私だけでなく、中学生メンバーの投稿や、応援して下さる方のメッセージもあります。ぜひお読み頂きたいです。私たちの言葉は拙く、思いはまだ幼いです。SNSも得意じゃない人たちの集まりです。伝えることの難しさ、怖さも感じることがありますが、たくさんの方に温かく見守っていただき、失敗を恐れずチャレンジすることができます。世界のどこかにいる仲間と出会うためにクラファンのご支援は、本当にありがたく、また挑戦の結果が見えることはとても嬉しいです。でも私たちは、2月1日まで、そしてその後も、この活動が広くたくさんの方に伝わり、ミャンマーとの未来が開かれていくことが願いです。ですから、ぜひシェアのご支援を、もう一度お願いしたいです。私たちはなかなか目の前の人の心さえ動かすことができません。でもシェアすれば、世界のどこかで心を動かしてくださる方がいる。そういう時代に生きています。ミャンマーから戻り、志でつながり、実際に会って、さらに絆が深まる。そんな出会いをたくさん頂きました。 どうぞよろしくお願い致します。(野中 優那)
初めてのイベントをしました昨日、活動報告を書くのを忘れてしまい、今も二度寝の名残でウトウトしているプロジェクトメンバーの石川です。今回は、16日に都内の会場をお借りして配信形式で行ったイベントを実施したときのことを書かせていただきます。コロナ拡大でオンライン開催に元々は完成したかるたのお披露目会として、対面参加者の方々には実際にかるたを使って楽しんでもらおうと思っていましたが、コロナウィルスの感染拡大に伴う会場の変更でオンラインのみでの開催となりました。ただ、kahootというアプリを利用することで、オンラインから早押し形式のかるた対戦を擬似体験していただくことができ、参加者の方々からも好評だったことが嬉しかったです。地域や国を超えて伝える可能性オンラインかるたを活用することで、住んでいる地域や国を超えて、ミャンマーのことを伝えることができることに今後の可能性を感じています。その他、ゲストの方々の講演や、島岡ゆずな・うた姉妹による歌の披露なども、運営の特権として(?)近くで聴くことができ、心を揺さぶられていました。僕のPCの配置の関係で、逆によりピエリャンアウン選手のお顔がよく映せなかったのは、すみませんでした!(その他、機材接続の関係で会場は結構バタバタしていました。僕は全然把握できず戦力外だったので、メンバーの皆さんには恐縮です…)自分の拙い進行でお聞き苦しい点もあったかもしれませんが、参加いただいた方々とミャンマーへ共に想いを寄せる時間を共有できたことは、運営側にとっても、大変貴重な財産になりました。感謝の言葉と思いやりの気持ちピエリャンアウン選手が参加者の方々(特に若者)に向けて伝えていた「恵まれた環境や家族に対する感謝を忘れずに、勉強しながら日々を大切に過ごしてほしい」といったメッセージが胸に響いたのでご紹介します。思えば、募金活動に参加しているミャンマー人の方々も、真っ直ぐな言葉で感謝の言葉や思いやりの気持ちを伝えてくれているような気がします。大きな出来事を前にすると自分の身近なものが目に入らなくなってしまうこともありますが、忘れがちなものを一つ一つ大切にしていきたいなぁと学ばせてもらいました。イベントは続きます!今回のようにヤンゴンかるたの公開イベントは、来月以降も様々な形式で定期的に開催を予定しています。内容も改善・発展させていきますので、ピエリャンアウン選手のお言葉を受けて成長したプロジェクトメンバーたちの姿を見に、ぜひご参加いただければ幸いです!次回は2月23日です。クラファン挑戦も、あと2週間となりました。2月1日を前に、皆さんとミャンマーを考え、そしてたくさんの方に伝える時間にしたいと思います。最後までよろしくお願いいたします。(石川航)
ミャンマーの織物や手しごと「ヤンゴンかるた」クラウドファンディングの返礼品に、私どもの商品をお選びいただきありがとうございます。dacco.はミャンマーの織物や手しごと品を扱っている雑貨店です。ミャンマーの様々な地域で守り伝えられてきた伝統文化の継承と発展・生産者の生計向上・ミャンマー産品の発信をテーマに、ものづくりや店舗運営を行なっています。この度の返礼品にお選びいただいたマグカップにはヤンゴンのランドマークであるシュエダゴンパゴダやチャウタージーパゴダの寝釈迦などが描かれています。ヤンゴンを訪れたことのある方には馴染み深い景色だと思います。 ヤンゴンの景色が描かれたマグカップ平和を願ってもうひとつの返礼品は虎の張り子です。ミャンマーの張り子は、元々子供達のおもちゃとして作られ、パゴダの参道などで売られていたものですが、今では可愛らしいキャラクターやデザインがミャンマーのお土産として外国人にも人気があります。作ったのはヤンゴン郊外で暮らす職人MyintAungさん。約30年前、学生だったMyint Aungさんは大学が閉鎖されたことをきっかけに、叔母から張り子作りを学びました。1年間の修行の後に独立、それ以来張り子の制作を続けています。今年の干支は虎野中優那さんとチームの方々のアイデアと実行力に胸を打たれるとともに、私共も励まされる思いです。この活動を通じて、Yangonかるたを手にした多くの人々がミャンマーを知り、平和な世界への祈りが広がっていくことを心から願っています。