みなさま こんばんは 夜分に失礼いたします。とらいふ武蔵野・運営企画推進室の井口でございます。今夜の武蔵野市は雨が降っています。春の訪れを目前に、みなさまいかがお過ごしでしょうか。本日は木曜日でしたので、定例のとおり、とらいふぁーむでは午後1時頃から「クリーンむさしのを推進する会」の方々(5名)と、間引きや生ごみ堆肥の攪拌などの作業を行ないました。▲令和6年2月某日のとらいふぁーむ* * *作業の終わりに、先日から施設の職員たちで「とらいふぁーむの敷地内に飲料の自動販売機を設置してはどうかと検討している」というお話をしました。敷地内に自販機があれば、施設入所者のご家族が面会にいらしたときに便利ですし、また忙しく働く職員が一息つく時にも有用であるうえに、より多くの人たちに、もっと頻繁にとらいふぁーむに足を運んでもらえる機会が増えるかもしれない、という考えからでした。私も当初、それは良いアイデアだと思いました。▲自販機を設置するために、保育園児用のプランター「チビトラグ」の場所を移動しました。けれども、このことを「クリーンむさしのを推進する会」の方々に相談すると、見事に全員一致で「反対する」というご意見を頂戴しました。その最大の理由は、「とらいふぁーむらしくない」ということでした。端的に言えば、手間のかかること、不便であることにこそ、「共生」なるものの価値を確認することができる、とらいふぁーむはそのような思想のもとに始めた活動の場所であったはずだ、ということでした。たとえば、とらいふぁーむであの人とお茶をしたい、あの人にこれを持って行ったら、あの時の話をしたら、あの人はどんな顔をするだろうかといったことに思いを馳せて、相手の気持ちを想像すること。それこそまさしく「ケアすること」の一端であり、そのようなことを考えるきっかけをつくる場所になることが「とらいふぁーむらしさ」にほかならないのではないか。これが、反対意見を述べた方々の主訴でした。まちがいありません。とらいふぁーむでは園芸活動をとおして、「ケアすること」(caring)とは、相手のニーズを「想像すること」(imagining)と同義であると看做しているからです。もちろん、自販機の設置が直接的に「とらいふぁーむらしさ」を阻害することになるかどうかは、現時点では断定できません。とはいえ、こうした話をとおして、私たちはまたひとつ重要なことを学ぶことができたと思います。それは、月並みな言いかたですが、「快適さや便利さにも増して、大切にすべきことがあるのではないか」ということです。▲ひとつひとつのプランターに、個性が出てきました!〈都市部の福祉施設での植物の生育〉という本活動によって、私たちはほんとうに多くのことを学ばせていただいています。▲越冬(するために剪定)した『とらいふビール』のホップたちが新芽を出しています!▲生ごみ堆肥事業に取り組むクリーンさんたち▲デイサービスセンターの正面にあるお花畑は、いつもていねいにケアされています。とらいふぁーむの活動にご支援をいただいた皆様に、この場で改めて感謝を申し上げます。みなさまにお会いできることを関係者一同心より楽しみにしております。今夜もよい夜を。



