みなさん、おはようございます。昨夜から、本当に久しぶりのまとまった雨が降り続いています。天然の潤いに、山々の木々やカエルたちの合唱が、心から喜んでいるのが分かります。これで渇水が解消し、お米農家のみなさんが無事に田植えの準備を整えられるよう願うばかりです。さて昨日は、以前から気になっていた「幻の道」探しに行ってきました。集落の方から伺った話では、現在の県道21号(土佐清水宿毛線)芳井橋・鶴羽橋・アイサイ橋ができるずっと昔・・・かつてはこの山奥の尾根に沿って、お遍路さんが往来する「道」があったというのです。芳井集落で親しまれている「芳井地蔵さん」も、県道の開通に合わせてこの幻の道から移設されたもの。三原村教育委員会の看板にも、芳井天満宮を通る「遍路道」の記述があります。今や詳細を知る人も少なくなったこの旧道ですが、もし確認できれば、災害時などに水源を補修するための貴重な「迂回路」として活用できるはず。そんな期待を胸に、いつもの水源の山へと出発しました。アイサイ集落にある「シシ垣」私は勝手に登山口と呼んでいますが、ここが今回の入り口です。道が残っているとすれば、ここから芳井集落へ向けて等高線上に続いているはず。そうアタリをつけて、山の中へ分け入りました。深い谷の浸食で道が消失している可能性も考え、まずは先人たちの生活の跡を探します。しばらく進むと、目の前に石垣が現れました!そのすぐ上には道らしき跡が。しかし、辿っていくと行く手には険しい崖が立ちはだかります。「けもの道だったか」と、木にしがみつきながら必死に脱出。そんな試行錯誤を何度か繰り返した末、ついに石垣で築かれた立派な「炭竃(すみがま)跡」と、そこへ続く確かな道を見つけたのです。GPSに記録を刻み、目印のテープを繋ぎながら進みます。現れたのは、驚くほどフラットな道でした。足元が崖に近い場所や水の集まる谷筋には、石垣や石畳のような補強がしっかりと施されています。崩落を防ぐために植えられたであろう椎やクヌギの巨木。かつての家々へと続く小道。橋もなかった時代、人々がこの道をいかに大切に守り、暮らしてきたか。先人の営みが時を超えて語りかけてくるようです。やがて眼下に芳井集落が見え始め、一本の細い下り道に突き当たりました。「ここは、あの地主さんの家の裏に出るはずだ!」そう確信した私は、ちょっとした悪戯心のままに道を下り、畑の跡を抜けて地主さんの家の前に飛び出しました。「ただいまー!」「あんた、一体どっから降りてきたが!?」驚く隣人の顔を見て、思わずニヤリ。大雨の際にも水源へ向かえる迂回路が見つかった瞬間であり、先人たちが守り抜いた歴史ある「遍路道」が、現代に再びつながった瞬間でした。




