【感謝とご報告】 ~みなさんと創り上げた農園、まもなく完成します!~ みなさん、おはようございます! 昨日は、朝からしとしとと冷たい雨が降っていました。 長かった、山の水源からの配管作業。 自らの手で2キロにわたって引いてきた「生命の管」も、ようやく開拓地へとたどり着き、ゴールの貯水タンクが目の前に見えてくるまでになりました。 冷たい雨の中、泥だらけになって黙々と作業を進めていると、これまでの出来事が、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡ります。 あの日から、7年と2ヶ月——。 2019年1月31日。それは、17年かけてゼロから築き上げた私のすべてが、目の前で重機によって無惨に壊されていった日でした。 自分たちで建てた家、動物たちの小屋、仕事場……。 「やめてくれ!」と泣き叫んでも、無情にもすべてはあっけなく「無」に帰しました。 すべてを失い、深い絶望の底で、涙も枯れ果てるまで泣きました。 周りから「目を離したら、どこかで死んでしまうんじゃないか」と心配されるほど、当時の私は、魂がすっぽりと抜け落ちたような状態でした。 でも、本当にどん底まで落ちきった時、不思議なことが起こるのですね。 「これ以上のどん底はもうない。あとは上を向いていくだけだ!」 ふとそんな思いがよぎり、心の中からこんな声が聞こえたのです。 『よかったね。またあのゼロから生み出す感動を味わえるんだよ!』 その瞬間、外した看板を背負い、壊されていく農場を背景に、あえて取り壊しに来た土建屋の社長にお願いして写真を撮ってもらいました。 「この日の悔しさも決意も、絶対に忘れない。必ず復活する!」と己に強く誓うために。 「廃業」ではなく、復活を誓った「休業」のお知らせ。 すると、本当にたくさんの方から「負けるな!」「がんばれ!」と、背中を押す温かいメッセージが次々と届いたのです。 絶望の淵にいた私をそばで必死に支え続けてくれた妻の存在、そしてみなさんの声。 かたちあるものはすべて失った。でも、私には「人」という何にも代えがたい財産がある。 そう気づき、冷え切っていた胸が熱くなりました。 そんな私に、さらなる奇跡の手が差し伸べられます。 居場所を失った私と大切な動物たちのために、地主の松本さんが「うちの集落の廃校を貸すけん」と声をかけてくださったのです。 案内された場所は、建物など全く見えないほどの完全な「ジャングル」でした。 でも、その圧倒的な森を見た瞬間、私の「開拓者魂」が目を覚ましたのです。 一心不乱に木を伐り、草を刈り、泥にまみれる。過酷なはずの作業がたまらなく楽しく、無我夢中のなかで力強い言葉が響きました。 『おまえは生きてるぞ!自分の信じた道を、猪突猛進すればいい!』 気が付けば鬱蒼とした森は切り拓かれ、私の心も完全に生き返っていました。 あれから7年と2か月。たしかに平坦な道ではありませんでした。 それでも歩み続けられたのは、ゼロから生み出す喜びと、何より、ずっと私を信じ、応援し続けてくれたみなさんの存在があったからです。 不思議なご縁はまだあります。 あの日、私の農場を壊し、写真を撮ってくれた土建屋の社長が、なんと後に、現在の「開拓小屋」となる大きなコンテナをプレゼントしてくれたのです。 今、その小屋の神棚の横には、命の恩人である松本さんと、社長の写真を大切に飾っています。 手を合わせるたびに、「人」という財産の温かさに何度でも心が震えます。 長く険しかった「開拓」の時代を経て。あと少しで、2キロの管を通って豊かな「生命の水」がタンクを満たします。 それは、この場所が開拓地から、生命あふれる「農園」へと生まれ変わる瞬間です。 私が目指すのは、ただ農園を復活させることだけではありません! この農園が本格的に始動し、新たな雇用が生まれることによって、一人でも二人でも若者の流出を防ぐことができると信じています。 やがてこの地域で子供が生まれ、過疎化を防ぎ、美しい里や森を守ることにつながる。 それが、私を救い、支えてくれたここ三原村や地域の方々への恩返しであり、次なる夢です。 みなさん、あともう少しで、新たなスタートです! 来月5月18日には、いよいよ待ちに待った300羽のヒヨコたちがこの森へとやってくると、嬉しい連絡もありました。 どうかこれからも一緒に、この場所が希望あふれる「農園」へと育っていく姿を見守っていてください! 本当に、ほんとうにありがとうございます!




