予約待ち6カ月の卵「しゅりたま」をもう一度 森の中に放し飼い養鶏場を作ります!

人気の最中、野生動物たちによって鶏さんたちが被害を受け廃業に。あれから5年、「しゅりたま」完全復活に向けて動きはじめました。今度は、「森の中に放し飼い養鶏場」をつくります。食の安全が求められている今こそ!本当に安心できるたまごを子どもたちに届けるため、新たなチャレンジに挑戦します。

現在の支援総額

1,982,500

198%

目標金額は1,000,000円

支援者数

171

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/03/02に募集を開始し、 171人の支援により 1,982,500円の資金を集め、 2024/04/30に募集を終了しました

予約待ち6カ月の卵「しゅりたま」をもう一度 森の中に放し飼い養鶏場を作ります!

現在の支援総額

1,982,500

198%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数171

このプロジェクトは、2024/03/02に募集を開始し、 171人の支援により 1,982,500円の資金を集め、 2024/04/30に募集を終了しました

人気の最中、野生動物たちによって鶏さんたちが被害を受け廃業に。あれから5年、「しゅりたま」完全復活に向けて動きはじめました。今度は、「森の中に放し飼い養鶏場」をつくります。食の安全が求められている今こそ!本当に安心できるたまごを子どもたちに届けるため、新たなチャレンジに挑戦します。

あなたにおすすめのプロジェクト

~2kmの配管を守る開拓DIY~みなさん、おはようございます!先日の大雨の日、私はどうしても配管のことが心配になり、急いで山の水源へ補修と改善に向かいました。そこで、今後どうしても解決しておかなければならない「ある課題」に直面したのです。それは、「鎮守の雫」「奇跡の湧水」の貯水槽と、「六根清浄の湧水」の合流貯水槽、そして本流の取水槽に取り付けている【吸水用のストレーナー(ゴミよけカゴ)】の問題でした。山の水は吸い込む勢いがとても強いため、そのままでは周りの落ち葉まで一緒に吸い寄せてしまい、ストレーナーがあっという間に目詰まりを起こしてしまいます。目詰まりすると水の抵抗(摩擦)が大きくなり、スムーズに水が流れません。本音を言えば、「こんなストレーナー、外してしまいたい!」と思うほどです(笑)でも、万が一小石がパイプの奥深くに入り込んで詰まったら……。もう二度と取り出すことはできなくなるばかりか、苦労して山から引いた2kmにわたる配管が完全に死んでしまいます。それはすなわち、この開拓地が「断水する」という致命的な事態を意味します。いよいよ5月16日には、この「開拓地」に300羽の鶏さんたちがやってきます。これから迎えるその大切な命を守るためには、どんなに目詰まりの厄介さがあろうと、ストレーナーは絶対に外せないというジレンマを抱えていました。「なんとかして、この目詰まりと摩擦の問題を解決しなければ……!」頭から煙が出るほど悩んだ末に、ひとつの解決策に辿り着きました。市販・自作のストレーナーのままでは吸水面の面積が小さいため、局所的に強い吸引力が働いてしまい、落ち葉がぴったりと張り付いてしまうのです。それならば、「穴のサイズを大きくする」のではなく、「ストレーナー全体の【表面積】を格段に広げてしまえばいいのではないか!」と。表面積が増えれば、一箇所あたりの吸い込む力(水圧)が分散されます。小石を通さない絶妙な穴のサイズのまま、落ち葉が張り付くのを防ぎ、水だけを効率よく取り込めるはずです。というわけで、昨日、頼れる相棒たちを連れて山へ入りました。◆昨日の相棒(持参したもの)・インパクトドライバー・ドリル・水源キット(針金やペンチなど)「命の水を、これからどんなトラブルがあっても絶やすことなく届けたい!!」その一心で、各箇所に設置していたストレーナーに、持参したドリルでひとつひとつ丁寧に無数の穴を追加し、表面積を広げていきました。その結果……大成功です!狙い通り、吸い込みの力が分散されたことで落ち葉は張り付かなくなり、スムーズに水だけを取り込めるようになりました。貯水加圧タンクへ流れ込む水の量も劇的に増えています!!ホッと胸を撫で下ろすと同時に、パイプの中を水が勢いよく流れる確かな音を聞いて、心の底からじんわりと嬉しさが込み上げてきました。無い知恵を絞り、無いものは自分の手で作る。2019年から泥だらけになりながら歩んできたこの開拓生活において、こうした試行錯誤の連続こそが醍醐味であり、本質なのかもしれませんね。常に「ガンバレ」と背中を押してもらっているような気がするこの豊かな自然の中で、これからも立ち止まることなく、工夫を重ねて一歩一歩前に進んでいきます!


~開拓地7年目の桜と新たな春~みなさん、おはようございます!昨日も朝から、冷たい桜雨でした。ぐずついたお天気が続いていましたが、開拓地の桜は、今年も見事に満開を迎えました!実は先日の大雨のとき……あれだけの強い風と土砂降りの中で、「せっかくの桜が散ってしまわないか」と、本当にハラハラしていたんです。しかし!!そんな私の不安をよそに、桜たちは力強く咲き誇っていました。どんな嵐にも耐え抜く、その圧倒的な生命力には本当に勇気づけられます。厳しい「冬」が終わり、すべてが新たなスタートを迎える「春」。満開の桜を見上げていると、そんな心躍る季節の訪れを全身で実感します。思い返せば、この地で泥だらけになりながら、無我夢中で這いずり回ってきた7年間。孤独な開拓作業で心が折れそうになる苦しい時も、この桜は静かに私を見守り、寄り添ってくれました。共に嵐を耐え抜き、支えてくれた、かけがえのない私の「戦友」です。昔から日本人は、「生命の儚さ」に美学を感じてきました。圧倒的な満開の美しさが短期間で散ってしまうからこそ、私たちはこれほどまでに桜を愛してやまないのだと思います。でも、私がこの開拓地の桜に特別な繋がりを感じる理由は、もう一つある気がしているのです。実は、日本人と桜の歴史はとても古く、日本列島で稲作が始まった「弥生時代」にまで遡ります。昔の言葉で、「さ」は稲の精霊、「くら」は稲の精霊が降り立つ場所(座)を指す言葉。その2つが組み合わさって、「さくら」という名前になったと言われています。ただ美しい花としてだけでなく、「穀物の神が宿る樹木」として大切に祀られ、昔の人々は桜の咲き具合でその年の豊凶を占っていたそうです。土と向き合い、自然と共に生きるこの開拓の地で、私も知らず知らずのうちに「穀物の神様」に見守られていたんだな……。そう思うと、なんだか胸が熱くなりました。7年目の春。嵐を乗り越え、力強く咲き誇る「さくら」の姿は、「今年も一緒に頑張ろう!」と力強く背中を押してくれているようです。私もこの開拓地で、桜のようにしっかりと大地に根を張り、新たな挑戦を続けていきます!これからも、そんな私の歩みを温かく見守っていただけると嬉しいです。


それでも、1歩ずつ前へ前へ!!みなさん、おはようございます!前日の真夜中から朝にかけて、この開拓地にはバケツをひっくり返したような猛烈な雨が降り注ぎました。屋根を打つ激しい雨音を聞きながら、私の頭の中は不安でいっぱいでした。実は昨日、いよいよ鶏舎の近くにそびえ立つ「御神木」へ向けて、最後の仕上げとなる配管を延ばしていく予定だったのです。しかし、急遽予定を変更し、水源の山へ向かうことにしました。というのも、連日の厳しい干ばつを乗り越え、泥だらけになりながらようやく繋いだばかりの長大な配管線路があるからです。谷あいからの水かさが増し、あんなに苦労して敷設したパイプが、濁流に飲み込まれて流されていないか……?水圧で位置が大きくずれてしまっていないか……?5月には、待ちに待った可愛い鶏さんたちが、開拓地にやってきます。彼女たちへの「生命の水」を何としても守り抜かなければなりません!もし流れが激しく危険な箇所があれば、今すぐ配置をずらすなどの対策を打たなければ!そう思うと心配で心配で、夜も一睡もできませんでした。居ても立っても居られず、夜が明けるのを待って山の様子を見に行くことに。開拓地からアイサイ橋に向かう道中のそこかしこに、夜間の雨の凄まじさを物語る爪痕が残っていました。えぐられた地面や、かなりの水量が流れた跡。胸の奥がギュッと締め付けられるような不安を感じながらも、これまで一本一本、祈るような気持ちで繋ぎ合わせてきた配管の無事を確認しつつ、橋を渡り、いざ山へと登ります。道中、やはり多少流れがきつくなっている箇所はありました。しかし、山に入って見えてきたのは、私の不安を心地よく裏切る「驚きの光景」だったのです。さすがは、山の神さまと、この地を開拓した先人の方々が長い年月をかけて育て、守り抜いてこられた「涵養(かんよう)の森」。ふかふかの豊かな大地がしっかりと雨水を蓄え、あれほどの猛烈な雨ごときでは、全くビクともしていなかったのです!その偉大な自然の力、そして山の神さまと先人の方々に深い感謝の念を抱きながら、一つ一つの配管箇所を丁寧に確認して歩きました。少しでも危ない箇所があれば位置をずらして安全を確保。上流から流れてきた木々の枝や落ち葉を取り除き、流れが急になっている場所には石を積んで、水の勢いが緩やかになるように整えていきます。そしてついに、水源の最上段、「鎮守の雫」に到着しました。前日、あんなにも激しい雨が打ち付けたというのに、そこはいつもと変わらず静かで、力強く、微動だにしていませんでした!自然の懐の深さと、ようやく繋がった命の水脈に、ただただ感謝の思いが溢れました。無事に補修を終え、ほっと胸をなでおろしながら下山。3歩進んで、2歩下がる……。これまでの開拓生活では日常茶飯事だったので、実はもうすっかり慣れっこです(笑)でも、決して後退しているわけではありません。歩みは遅くとも確実に一歩ずつ前へ前へ!!農園の復活、そして鶏さんたちを迎えるための道のりは、こうして大自然に生かされ、守られながら、今日も力強く続いていきます。今日も一日、泥まみれになってがんばります!


~平たんな道のりと、待ち受ける「90度の難関」~みなさん、おはようございます!日々コツコツと進めている配管作業ですが、ついに目標の一つであった「アイサイ橋」まで到達しました!山の神さまがいらっしゃる神聖な山の奥深くから、ようやく人間の生活する領域に戻ってきたような、どこかホッとする感覚です。ここから県道21号線に合流するまでの区間は、しばらくの間、平たんな道のりが続きます。これまでの険しい山のルートとは違って上り下りがないため、配管の摩擦係数などを気にする必要がなく、作業がすいすいと進んでいきます。とはいえ、油断は大敵です!ここで気を抜くと、後々「水が出ない!」という致命的な事態を招きかねません。順調に進む道だからこそ、より慎重に丁寧に作業を進めていきます。そして、県道21号線の合流地点の手前。ここから配管が「90度」に曲がります。実は、ここが今回の配管作業の『最大の難関』なのです。当然ながら、県道の上にパイプを這わせるわけにはいきません。そこで、かつてこの地を開拓した先人の方々が築き上げた、石垣の排水溝に沿って県道の下を通していくことにしました。なぜそのルートを選んだのか?それは、そこがかつて先人たちも水を通していた「命の道筋」だからです。昔、ここを通過したパイプが芳井集落へと繋がり、かつての学校へ、そして今は廃屋や空き地になってしまった家々へと、人々の暮らしを支える貴重な水を届けていました。古い古いゼンリンの住宅地図を開くと、そこには「山本商店」の文字。かつてはバス停もあり、人々の賑やかな営みがあった場所です。ちなみに、私が現在切り拓いている開拓地は、その地図には「廃校」と記載されています。……ん? よく見ると、集落のみなさんが「アイサイ橋」って呼んでる橋の名前が、地図上では「あいさつ橋」になってる・・・?ま・・・いっか(苦笑)今は廃屋ばかりが目立つ寂しい風景になってしまいましたが、三原村のこの場所に山の湧き水を再び通すことで、もう一度息吹を呼び覚ましたい!「しゅりの森自然農園」という豊かな農園を作り、5月に迎える予定の300羽の鶏さんたちが元気に走り回る……そんな、かつてとは違う形でもう一度、この地に賑やかで温かい風景を取り戻したい!!そんな強い願いを込めて、パイプを繋いでいきました。先人たちの想いを感じるこの難所を無事にパイプで通しきれば、開拓地の鶏舎近くにそびえるご神木まで、あともう少しです!今日も一日、山の恵みへの感謝を胸に、安全第一で頑張ります!


すべてを失った頑固者が気づいた、「しゅりの森」に込める覚悟と感謝みなさん、おはようございます!あたらしい農場の名前を公募し、みなさんと一緒に決定した大切な名前。「しゅりの森自然農園」2019年にすべてを失い、ふたたびジャングルのような開拓地を切り拓き、再生へ向けて泥だらけになって進む日々の中で、私の中にずっと色濃く残っている「想い」があります。まず、すべての根幹にあるのが「守里(しゅり)」という言葉です。かつて「しゅりの里」と呼ばれていた以前の農場は、「高齢化や過疎化が進む、この愛する里を守りたい」という想いから名付けたものでした。しかし、7年にわたる開拓の中で、一滴の水を求めて途方に暮れながら山を這いずり回り……先人の方々が守り抜かれた森と、山の神さまに助けられた経験を経て、その想いはさらに深く、確固たるものへと変わっていきました。高齢化や過疎化が進む、この愛する「里」だけでなく、命の源である「森」そのものも守りたい。先人たちが途方もない労力をかけて築き上げてくれた石積みや、豊かな自然の営みを、なんとかして未来へ繋いでいきたい。私の覚悟そのものを、みなさんがつけてくれたこの名前に込めました。しかし、大自然を相手にする道のりは、決して平坦なものではありません。2019年に獣害や度重なる台風で前の農場を失ったときの、あの底知れない絶望。旧芳井小学校の荒れ果てた跡地に立ち、ふたたびゼロから開拓を始めたときも、幾度となく途方もない壁にぶつかりました。それでも、「形になるまで、愚直にやり続ける」こと。パラグアイの地で井戸を掘っていた若い頃から、そして、総延長2kmを超える水道管を山の水源から引いている今も、この精神だけが私を突き動かしてきました。「形になるまで、愚直にやり続ける」そう言うと聞こえはいいかもしれません。でも実際のところ、当時の私は、人の話に耳を貸さないただの「頑固者」だったのだと思います。自分の力だけで何とかできると意地を張り、もがきながら突き進んできました。けれど……そんな不器用な歩みの中で立ち止まったとき、はっきりと気づいたのです。今の「私」という人間を、そしてこの農園を形作ってくれたもの。それは間違いなく「人とのご縁」であり、「人という財産」でした。すべてを失い、たった一人で山に入ったような気でいた私ですが、決して孤独ではありませんでした。どん底の時も、いつもそばで黙って支え続けてくれる妻。「しゅりたま復活」のために集まり、常に私を支え、背中を押してくれる実行委員会の仲間たち。そして何よりも、日々温かいご支援やメッセージを送ってくださる「みなさん」の存在。決して私一人の力では、ここまで来ることはできませんでした。本当に、本当にありがとうございます。私が理想としているのは、幼い頃に胸を躍らせた「大草原の小さな家」のような世界観です。薪ストーブの暖かさに心から感謝し、時に牙をむく自然の猛威も受け入れながら、その中にある「小さな幸せ」を周りの人たちと分かち合う。ただ便利なだけではない、「生命の根源」と真っ直ぐに向き合う暮らしが、ここにはあります。そして今、これから私が挑むのは、世界でも2例目となる「森林放し飼い養鶏法(フォレストレンジ)」での、自然との循環と共生です。鶏さんたちが森を自由に駆け回り、その生命の営みが豊かな土へと還り、また新たな森を育んでいく。人間が一方的に搾取するのではなく、森も、動物も、人も、すべてが一緒に豊かになっていく「仕組み」を作りたいのです。この仕組みを支える上で欠かせないのが、鶏さんたちに与える「食」を通じた地域との繋がりです。近隣の農家さんが丹精込めて育てたお米。地元の豆腐屋さんからのおから、漁港で得られる魚粉……。この地域に眠る豊かな恵みを、大切な鶏さんたちへの飼料として届ける。そんな「顔の見える範囲」での循環を自らの手で形にすることが、巡り巡って、どんな嵐が吹いても揺るがない強い基盤になると信じています。ただ、この美しい自然や地域との循環「だけ」では、この里や森を本当の意味で守り抜くことはできません。高齢化と過疎化が進むこの地域を存続させるためには、もう一つの「循環」が必要不可欠です。それは、私たちの生み出す価値で外からしっかりと「外貨」を稼ぎ、その稼いだお金を地域の中で循環させていくこと。それが新たな「雇用の創出」へと繋がり、若い世代がこの里で力強く生きていける基盤になるのだと確信しています。これらすべての想いは、「未来をになう子供たちに、本当に安全で、生命の力が詰まったものを届けたい」というたった一つの願いに繋がっています。5月には、いよいよ300羽の新しい命たちを迎えます。彼らがこの森を元気に走り回る姿を思い描きながら。そして、私のかけがえのない財産である、温かい支援を送ってくださるみなさんの顔を思い浮かべながら。今日も私は、感謝とともに、愚直に「一歩一歩」進んでいきます。これからも、「しゅりの森」の歩みを一緒に見守っていただけたら嬉しいです!


新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!