Legacy3.11展の受付には、感想を自由にかけるノートを置いてありました。ご覧いただいた帰り際には、皆さん口々に感想を伝えてくださいます。それをお願いしてノートにも書いてもらったり、時にはビデオメッセージをいただいたりしてきました。来場者の国籍や母国語も様々でした。 いずれ時間をかけて丁寧に翻訳したいところですが、今回は英語でタイプアップしたものを機械翻訳(DeepL)にかけた日本語でご紹介します。記憶は、新しい世代に対する生きている者の義務である。3.11の広島・長崎の震災を契機に、人間だけでなく自然との関わりを再考する。重要な思想に従ったこの取り組みに祝福を送りたい。 この展覧会は宝石だ Questa mostra è una perlaとても示唆に富み、美しく、曇りなく、団結の大きな証拠だった。 すばらしいイタリアでは何が起こったのか知らなかったので、とても興味深かった。素晴らしい作品、歓迎と説明に感謝します。 素晴らしい展覧会感動的で美しい展覧会エキサイティングであると同時に、文化的に豊かになった気がする。イタリアでは、このような話題についてほとんど語られなかったし、このような話題についての認識を高めるための展覧会が十分に開催されていない。美しい展覧会で、とても感動した。さまざまなアーティストが、この悲劇に対する感情や思いをどのように表現したのか、とても美しい。あなたの現実と歴史を教えてくれてありがとう。これは私たちの魂を目覚めさせるために必要なことです。印象的な展示をありがとう!私たちは、双葉町とその周辺地域の人々が見せた回復力に心を打たれました。とても興味深く、美しく、独創的だったとても興味深い人々と展示!皆さんに感謝します!とても感動しました。とてもすごいこのエネルギーをありがとう悲しいことでも、決して忘れてはいけないことを思い出させてくれるあなたの仕事に感謝します!このような悲劇に値しない!あなたは私の心の中にいます、私は忘れません!とても興味深く、感動的で、衝撃的な展覧会でした。私たちは3.11の出来事を決して忘れてはいけません。多くの人々を苦しめたこの悲劇を忘れないために、この展覧会の主催者に感謝します。ありがとう。あなたとあなたの国に起こったことを見せてくれてありがとう。あなたがどのような経験をされたのか、想像もつきません。今、あなたがそこで安心して暮らせることを願っています。本当にありがとう!日本の文化や歴史について、もっと多くの人に知ってもらう手助けになると思います!これからも頑張ってください!あきらめないで!この展覧会をミラノで開催してくれてありがとう。このトピックについて話すことはとても重要だと思います。興味深く、感動的な展覧会でした。Guido/Yutaの展示とチームは素晴らしい人たちでした!この悲しい出来事を、クリエイティブな視点で記念してくれた貴重なアーティストの皆さん、おめでとうございます!とても感動しました。あなたの仕事に感謝します。さまざまなアーティストのアートを組み合わせるというアイデアを思いついたことに感謝します。挑発的な展覧会をありがとう。目撃者やアーティストから様々な声を集めることで、福島の大惨事に対する認識を広めることは極めて重要です。何が起こったかを事実と感情を通して詳しく説明することは、被害者への希望と記憶、そして未来の世代への注意事項のための終わりのないプロセスです。このような活動を可能にするための配慮と責任に感謝します。それは本当に力強かった、特にイタリアではこの災害について話されていないから この展覧会を見て、私は言葉を失い、愛と希望でいっぱいになった。人間の本質と、芸術を通して恐れの中に美を見出す方法を思い出させてくれた。心優しい人たちが懸命に取り組んだことは、とても重要で、とても大切なことだ。クリエイティブ・レジリエンス(創造的回復力)とは、私がここで見つけた献身と強さを表現する最も力強く正しい方法だ。繊細な人たちは、どんな困難にも負けず、私たちすべてに不可欠な使命を持っている。 友情、つながり、あらゆる形の芸術による表現、私たちの目を開かせるだけのコミュニケーション、これこそが本当に重要なことなのだ。 このクリエイターたちは、私たちが見たい現実を選び、そのために戦う......そしてそれを実現させる。 笑顔、鉛筆、そして夢。 深い闇の中でも、私たちはいつも自分自身を見つけ、心臓を熱く鼓動させ、それらをひとつにする。 私たちは灰の中から立ち上がり、知恵を得る。 これは真の人間の歴史であり、美しい、美しい物語だ。 本当にありがとう --ダニ 日本人なので震災のことを知っているように思っていましたが、写真、絵などをみていかに知らないことが多いかということ、ニュースではわからないことが多いかを思いました。柏原 このような貴重な歴史の一部を私たちと共有し、それを共通の認識に導いてくださったことに感謝します。 Gaia 興味深い展示、特に人々の悲劇を理解するのに大いに役立ったドキュメンタリーをありがとうございました。 Corobne ありがとうございました素晴らしい展覧会で力をいただきました。また頑張ってください!またミラノ にいらっしゃるのをお待ちしています。 井口 2024.10.6 大変ありがとうございました。勉強にもなり、心に迫ることもあり、新たな気持ちになりました。2024.10.6 MIZU とても興味深いです。悲しいですね。私たちの心は家や家族を失った人々と共にあります。 ありがとうございます。 とてもおもしろいです。この力強く、美しくキュレーションされた展覧会に出会えたことをとても嬉しく思っています。目を見張るような出来事であり、出来事がすぐに忘れ去られてしまうことに恐怖を覚えますが、この展覧会は、その影響を受けた人々や魂に光を当ててくれます。 ミラノでの作品の展示、現地の方たちのポジティブな反応が間近で見れてじーんとしています。また改めて展覧会は普遍的なテーマを扱っていると実感しました。 UK展に繋がりますように!TOKO 中村さんのガイドのおかげで有意義な時間を過ごすことができました。今まで気がつかなかった、考えもしなかったようなことを教えていただきました。どうもありがとうございました。素晴らしい活動が今後も続いていきますように。高田 この展覧会は私に深い感動を与え、これらの災害や悲劇の影響を受けたすべての人々に心を寄せています。母と息子の絵にとても感動しました。私たちを案内し、体験させてくれたナホコさんに感謝します。ここに来ることができてとても感謝しています。何が起こったのか多くを学び、自分自身も学ぶことができました。 -Miu とても美しい展示で、とても感動しました。この悲劇に関してさまざまなアーティストが感情や気持ちをどのように表現したかを見るのは素晴らしいことです。 ありがとう。Marta本当にありがとう! Simonetta このようなキュレーターによる非常に有意義で感情的な展覧会は、美しい経験でした。とても思慮深く礼儀正しい。 このようなテーマへの意識を高めるために、このような展覧会をもっと開催する必要があります。 RILINDDonation Boxにカンパをくださる方も。 ありがとうございました!!10月31日のクラウドファンディング終了まで あと6日。現在 3,199,000 円。(達成率38%)最後の6日間、シェアで応援をよろしくお願いします。最後に、イタリア語の感想を英語にタイプアップしてくれたIULM大学のビアンカとフェデリーカ、本当にありがとうございました!
中村です。会期中の回想録です。大雨の日、2回目の来訪の20歳の女の子たち、「今日は友だちも連れてきました!」と。カーリーヘアのDaniちゃんは、「こないだ家に帰ってから、心がとても感動して、、」と、恥ずかしそうに話してくれました。その感想をぜひビデオメッセージにお願いしたいと言ったら、「私はシャイでビデオで喋るのはちょっと。書く方が好きなので・・・」と、ノートに美しい詩のようなメッセージを長い時間をかけて丁寧に綴ってくれました。ダニちゃん、ほんとうにありがとう!日本語(機械翻訳)は英語の後に。This exhibition left me speechless and filled with love and hope.It reminded me of human nature and the way we can find beauty in fear through art.It is so important and so important that these kind-hearted people worked so hard.Creative Resilience is the most powerful and correct way to describe the dedication and strength I've found here.Sensitive people, against all odds, have a mission that is essential to us all. Friendship, connection, expression through all forms of art, communication that only opens our eyes, this is what really matters. These creators choose the reality we want to see and fight for it ......And make it happen. A smile, a pencil, and a dream. Even in the deepest darkness, we always find ourselves, our hearts beating hot, bringing them together. We rise from the ashes and gain wisdom. This is true human history and a beautiful, beautiful story. Thank you so much.--Daniこの展覧会を見て、私は言葉を失い、愛と希望でいっぱいになった。人間の本質と、芸術を通して恐れの中に美を見出す方法を思い出させてくれた。心優しい人たちが懸命に取り組んだことは、とても重要で、とても大切なことだ。クリエイティブ・レジリエンス(創造的回復力)とは、私がここで見つけた献身と強さを表現する最も力強く正しい方法だ。繊細な人たちは、どんな困難にも負けず、私たちすべてに不可欠な使命を持っている。 友情、つながり、あらゆる形の芸術による表現、私たちの目を開かせるだけのコミュニケーション、これこそが本当に重要なことなのだ。 このクリエイターたちは、私たちが見たい現実を選び、そのために戦う......そしてそれを実現させる。 笑顔、鉛筆、そして夢。 深い闇の中でも、私たちはいつも自分自身を見つけ、心臓を熱く鼓動させ、それらをひとつにする。 私たちは灰の中から立ち上がり、知恵を得る。 これは真の人間の歴史であり、美しい、美しい物語だ。 本当にありがとう。--ダニ=========================================これは私たちのFacebookページも紹介した内容です。だから読んだことがある方もいらっしゃるかもしれません。この時私たちは、この若き詩人の感性に感動していました。実は訳あって大学に今行けていない、けれど行ってみたいと希望をもち、人生をもがいていると、展示を見ながら自分の悩みを打ち明けてくれたこの若者が、この展覧会から愛と希望を見出して、生きることに前向きになってもらうことができたのなら、こんなに嬉しいことはありません。このLegacy3.11展がこのように人々の心に響くことを改めて実感していたのでした。ところが、物語はこれで終わりではなかったのです。この2回目の来訪のときも、ゆっくりと展示を見てもらうことができました。Daniちゃんはデータサイトの放射能マップをとても感動して、どうやったら買えるのかと聞いてくれました。英語版でしかも電子版が550円でAmazonで買えるよ、を伝えると喜んでいました。また、日本から持ってきていた私物の中筋純さんの写真集「コンセントの向こう側」を気に入りました。2階の大きな壁に展示してある写真家の写真集だよ、と紹介すると、この本はどうやったら購入できるのかと聞いてきました。 中筋さんの本はなかなかイタリアで購入するのは送料がかかって大変そうでした。けれど、どう考えてもこの若くて心の美しい詩人に、中筋さんの写真集を持っていて欲しくなりました。 そこで、展示の最終日にきてくれたら、この写真集はあなたにプレゼントするよ!と、Daniちゃんと約束したのでした。そして10月12日の最終日。クロージングパーティーに、本当に彼女たちはきてくれました。さらに多くの友達を連れて。それだけでなく、私たちにとても素晴らしいプレゼントを持ってきてくれたのです。それは、南イタリアの美味しい食材からデザートまでセレクトされたおいしいものがぎっしりと詰まった「仕送り」。 展覧会中あまり外に出られなかった私たちに、日本に帰ってからおいしいものをゆっくり食べてね!という気持ちのこもった優しい贈り物でした。さらに私たちを驚かせたのは、Daniちゃんが初めて英語で詩を書き、それに絵の得意なAsiaちゃん(Daniちゃんの隣の紫色のドレス)が描いた二人のコラボ作品までプレゼントしてくれたのです。それは本当に美しい作品です。( 詩 という作品なので、安易な機械翻訳はつけるのを控えます)In the midst of the city fumeswhere lowered gazes never meet each other,burned by the boiling cement and the unreachable sky......something lies buried, guarded by ruins;earth's rubbles and dirty blue waters and cunning swirls of manmade torment:they are not indifferent, they can't be,they are brutal, amplifying muffled screams.eyes, voices, hands!Seek, seek for the other's skin.Let the human be touched, touched by the mud and the dust///let the human be wrapped and comforted in this hidden coffin.And tomorrow, let everything out:the buried must see an undeniable light.The seed, the embryo, the idea:potentiality, rising from the warm deep.What is despair if not the balance of hope?What is destruction if not the balance of creation?What is life if not meaning...and what is death if not reason.In the heart of a gentle sunrise,be then reborn.Be art as it is the language of the soul:be resilience, as it is the epitome of love.Embody sorrow's metamorphosis...and so became plenitude.Dani私たちは、Legacy3.11展を開催させていただき、約1ヶ月間ミラノでたくさんの方々と交流してきました。感想の動画やノートのコメント、一緒に撮った写真もたくさんになりました。それに加えて最後に、「私たちの心はこの展覧会を見てこう感じたよ、アートの力でこんな風に心を揺り動かされたよ!」と 詩と絵で表現して表現してくれた若者たち。私たちこそが、アートがもたらす力に改めて気づかさせていただきました。DaniちゃんとAsiaちゃんに 心から感謝しています。いつか日本で、Legacy3.11の展覧会を開ける時があったら、この若き二人の作品を展示したいです。東北の皆さん、日本の皆さん、この展覧会をミラノで開催できたことで、作品や展示に込められた思いは確実に伝わり、このような心の交流をすることができました。国籍も文化も違う、まるで娘のような世代の彼らと心を通わせて分かち合えることは、世界平和につながると確信しました。今後も世界中でこのような機会を作っていきたいです。今回、不測の事態で皆様からのご支援に頼らざるを得ない状況になってしまった心苦しさはありますが、今後も持続可能な活動ができる団体として存続できますよう、何卒、ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。クラファン終了まで あと7日。目標額まで あと4,947,000円。
東日本大震災をアートで伝える、Legacy3.11展 活動報告をお読みくださりありがとうございます!実行委員の中村です。 今回、過去の活動報告でも少し触れましたが、国際郵便(EMS)で送っていただいた小林憲明さんの作品「ダキシメルオモイ」が、税関でひっかかり、開催当日に間に合わないというトラブルがありました。イタリアの郵便事情は控えめに言ってもかなりよろしくないようで、会場で説明をしても、皆さん「よくあることなのよ!」と哀れみ+ご立腹。 聞けば、イタリア国内でさえ配達に1週間かかるのはザラで、それでも届けばまだいい方!紛失と言うこともままあるそうなのです。 公共機関だから信頼できるのではなく、その真逆だったのでした・・・。 顛末の詳細はここでは省きますが、とにかく税関を通過するのにかなりの日程を要したこと、そして税関をパスしてからも、郵便局からの配達を受け取ることにこんなに苦しむとは思っていませんでした。 あらゆる手段を講じて会期半ばにようやく作品の保管場所が判明。本当にそこにあるのか、3人の違うイタリア人に電話で確認をとったのち、グイド先生と柳澤がタクシーを飛ばしてかなり郊外のセンターまで受け取りに行き、「預かり料」なる謎の手数料と引き換えに受け取ることができました! やっと作品と対面した時には、本当にほっとして涙が出ました。 早速、会場に作品を持ち込み、予定していた場所に展示すると、ああ、ついに展示が完成したーーーーーとの思いがしました。この日はミラノ IULM大学の学生さんたち100人以上が特別授業に来る予定で、本当に間に合ってよかったです。 さて、作品をお預かりする時に、ひとつお約束していたことがあります。それは、「公太くん」の作品を街に連れ出して写真を撮って欲しいという公太くんのお母さん丹野祐子さんの願いを叶えることでした。 東日本大震災による大津波で公太くんが亡くなったのは13歳のとき。宮城県、閖上のご自宅も全て流され、お母さんは必死で探し回ったけれど公太くんの遺品は鉛筆一本見つけることができなかったそうです。だから祐子さんにとって、この作品「ダキシメルオモイ」は公太くんがこの世に存在した大切な証。今回作品をお預かりする際、「公太が行けなかったところに連れて行ってください」とお願いをされていました。 このお母さんの願いをようやく叶えられる日がきました。今回はその時の思い出を書きたいと思います。 展示を始めて数日は、天候が不安定でした。前の日も大雨で、この日も朝天気予報をチェックすると雨予報。 しかしこの予報が外れ、徐々に青空がのぞいてきたのです。今日いこう!! と、柳澤を誘い、平井には会場をお願いし、いっしょに公太くんと街に出ることにしました。 まずは会場の近くの草地にて撮影。煉瓦造りの建物とグリーンと青空が美しく、大好きな1枚です。 そして、Fabbrica del Vaporeの正面広場。ここは多くの人が行き交い、9月の週末には夜に野外映画が上映され、土曜日には地産地消のマルシェが開催される場所。 さあ、街に出ましょう! まずはミラノといえば路面電車「トラム」。 トラムは色とりどりで、ガタゴトうごいて、たくさんの人が乗り降りします。行き交うのを観るだけでもとても楽しいです。 そして車が行き交う車道を横断して(でもなぜか事故は少ない。人が来ると車は止まってくれるし阿吽の呼吸で街が動いているようです)街なかへ。背景に写っているカラフルなのは消防署の建物でした!街なかを一緒に歩いて 素敵なミラノ風の建物と一緒にパチリ。 建物の色はミラノイエローという黄色が特徴だそうですが、最近はそれだけでなくいろいろな色の建物があります。しかし建造は古く、1920年代ー40年代のものが多いよう。もっと古いのもあるようですが、ざっと100年前の建物を直しながら使っているとのことです。 最近ミラノの中心部では、こうした古い建物を完全に取り壊してとても近代的な高層ビルが次々とできていますが、この辺りはかつてのミラノが残っています。 あちこち歩いてちょっとカフェで一休み。カプチーノとパン(写真はフォカッチャ)を注文して、外のカフェテーブルでのんびり。 ミラノは、とても犬を飼っている人が多くて、皆さん街中を一緒にお散歩しています。 犬を連れてお店にも普通に入れるし、トラムにも乗っているし、私たちのアート展にも犬連れで入ってくるお客様が結構います。公太くんも犬が好きだよね!お隣のテーブルも犬と一緒のお客さんでした。 街を歩く公太くんは、ミラノの皆さんの目を引き、これは何なの?と言う感じで話しかけてくれる方も。おかげで「日本の東日本大震災についてのアート展をやっています」という宣伝にもなったという、ありがたいオマケもありました!公太くん、祐子さん そして作家の小林さん、ようやく約束を果たせました!ご心配をおかけしました。公太くん、よろこんでくれたかな?一緒にお散歩できて私たちはとても楽しかったです。 もっといろいろなところに連れて行ってあげたいです。最後は、会場内のカフェで。色とりどりの椅子が可愛いのです。東日本大震災をアートで伝える、Legacy3.11展実施のためのクラウドファンディングもいよいよ残り10日となりました。 現在3,037,000円(達成率37%)、目標まではまだ約500万円もありますが、最後までがんばります。応援よろしくお願いいたします!
Legacy3.11展実行委員会ヤナギサワです。前編で平井がお伝えしたとおり、帰国日は出足から蓄積した少しずつの遅れが重なり、さらに出国審査で事故のような意地悪にあい、実を採るところから5時間以上かけて作った自家製梅肉エキスと、すごくお得な価格で買えて喜んでいたハチミツを没収(そもそも受託荷物にする予定のリュックだったので、瓶詰めを入れてしまっていました泣)。 ブチ切れそうになりながらも「時間がない!」と20キロ近い荷物を持ってミラノ ・マルペンサ空港の巨大なビル内を汗びっしょりで走り続け、ようやくゲートに辿りついた私たちを待っていたのは、どんなに懇願しても「ドアイズ、クローズド」「トゥーレイト、ソーリー」の一点張り。 「ウソだろ、ウソだろ…夢であってくれ」と現実逃避したい思いを抱えながら、指示された通り、今来た道を到着口まで戻り、飛行機から下ろされた膨大な荷物のピックアップ。38日前に意気揚々と到着した同じ場所が全く別の風景に見えました。 すでに時間は14時過ぎ。焦りながらも調べたところ、エアチャイナの空港カウンターでは払い戻しやチケット購入はムリで、市内の事務所に電話しろとのこと。そこで別れたばかりのイタリアの友人に事情を説明し電話してもらうも繋がらず。メールをしたけどまあムリですよね…(ちなみに返事は今現在いまだに来ず) とはいえ、市内に戻って泊まるにも遠いしお金もかかる。そもそもこの大荷物を持って移動は無理。かといって他の便を探さないと今日中に帰れない。 刻一刻と過ぎる時間の中、出発ロビーで私たちは必死に議論したすえに「もう今すぐの払い戻しや変更は現実的ではない。こうなったら仕方ないから他の便を探そう」と、予約サイトを検索しはじめました。 とにかく優先順位は今日の便。当然トランジット(乗り継ぎ)の時間が短く安いもの、と探すと、確かに安いのもあるのですが、乗り換え3回、所要時間45時間!?死んじゃうだろ!というものばかり。 必死に検索するのと並行し、ゆうたマン(平井)がエミレーツ空港のカウンターで直接交渉。しかし提示されたのは4429ユーロ(約73万)。絶対無理。電卓を突きつけるエミレーツ航空のお兄さん もう無理か…と諦めかけていた頃「ポーランド航空(LOT)ワルシャワ乗り換え成田行き19:30発」という便を発見しました。値段もそこそこ。 しかもこのフライトは、なんとワルシャワでの乗り換えが1時間しかなく、当初の羽田12:30から6時間遅れの18:30に成田に到着するというではないですか!!しかも残席は5。いつ横からサクッととられてもおかしくない。 羽田から成田の変更は余裕で許容範囲だし、こんなトラブルの中でトランジット1時間。ここでまたやらかしたら確実にオワリ。トム・ハンクスが空港で取り残される映画「ターミナル」そのものじゃないか… 精神的な猶予は、もはや私たちにはありませんでした。 協議の末、「これはもう買うしかない!」と3人で一緒にカード決済のボタンを押しました。が、しかし!!ここでなぜかゆうたマンのカードが受付拒否。 ここまですべてにおいて問題なかったカードなのに、何度やってもダメ。なぜなんだ?なぜなんだ?と3人で焦る 出発時間は迫り、また残席数もわずかな中、何故だ!?とさらに焦るもどうしようもなく、仕方なく中村のカードを通したら、サクッと完了したのです。 あの時の安堵感、一生忘れません。 ともあれ、ようやく発券カウンターに大荷物で行き、チェックインを開始したところ、またもや問題が発生。 カウンターの綺麗なお姉さんが「このチケットは受託荷物のサービスがありません。お一人さま、一つにつき90ユーロ、2つ目は105ユーロお支払いください」と。 さらに、朝急遽作った段ボールは「大き過ぎるのでここでは受付できません。あちらの別カウンターまでお持ちください」と無表情で言うではないですか。 「そんなの聞いてないよ…」と食い下がるも、「これはルールですから。私に言っても困ります。私はLOTの社員ではなく、マルペンサ空港の職員なんで」と剣もほろろ(泣)。暮れなずむミラノマルペンサ空港で途方にくれる このように、どこまで最後の最後で私たちに試練を押し付けるのだ、と言わんばかりの状況の中、ここで諦めるという選択肢はなく、とにかく荷物代を払い、段ボールを別カウンターで預け、ようやく夜19:30、私たちはワルシャワに向けて飛び立つことができました。 しかもミラノで最後にチケットを切ってくれたのは、その綺麗で、しかし無表情のお姉さんというオマケ付き。「よりによって最後が彼女とは」と半ばキレ気味。 そして最後の最後、唯一の懸念であったワルシャワでの1時間のトランジットは、ミラノとは大違いで空港は小さく、しかもガラガラ。 荷物も成田まで直行だし、出国審査は一瞬で終了。「今までの苦労はなんだったんだ」というほど、スムーズに乗り継ぐことができました。ついに成田行きのフライトに搭乗… 機内はほぼ満員。日本人のお客さんも多数おり、3人はバラバラの席に座りました。 私は出発後1時間くらいで出た機内食を食べたのち、すぐに爆睡。ハッと気づいたらすでに成田まで2時間半のところでした。さらに到着直前にも二度寝し、最後は成田ランディングの衝撃で目を覚ますという有様。疲れていたんだなあ。機内食。アナウンスも日本語でしてくれ、親切な印象のLOT。 ともあれ、38日間のミラノへの旅は、最後の最後に怒涛&波乱の1日で終わりを告げ、10月16日の18時45分、ついに私たちは成田空港第一ターミナルに着陸したのでした。 私たちは、ここまで最高だったこの旅が、最後の最後でなぜこんなトラブルに遭遇したのか、これをどう解釈したらいいのか、正直なところ悩んでいました。 しかし今回、このプロジェクトにメンバーとして参画してくれ、別の便で帰ったライターのトーコさんの「イタリアで今回の旅の厄落としをしたんだよ」という言葉に、私たちは、感動に近い納得感と励ましをもらったのです。 この日ばかりは本当に長かったですが、終わってみれば38日間はあまりにもあっという間でした。 イタリアでのLegacy3.11展は事故もなく、作品の到着が遅れるという事態はあったものの、それ以外には大きなトラブルもなく、人も親切、ごはんも美味しく、最高でしかありませんでした。 しかもあんな状況で、トランジット1時間のフライトが見つかること自体が奇跡では…と今にして思いはじめました。 帰国した翌日、ミラノで出会った親切な日本人の方が、Facebookに書いてくれた「終わりよければ全て善し.辻褄を合わせてくれるのもイタリア」というコメントの「真逆バージョン」をイタリアは体験させてくれたんだな、と今は愛しさすら感じています。 さて、展覧会も終了、怒涛の帰国も完了し、クラウドファンディングの最終日10/31まで12日となった昨日、支援額はついに300万円を突破しました。 ここまで一緒に並走くださった支援者の皆さまに、心より御礼申し上げます。 帰国後3日を経過し、さまざまにかかった経費も詳細に見えてきた現在、やはり目標である800万円に、少しでも近づきたいです。 一人でも多くの方に「東日本大震災を後世と世界に伝え、未来へと繋げる」という目的だけで動いた無謀なチャレンジを知っていただき、応援していただければと思っています。 引き続きのご支援、何卒よろしくお願いいたします。
昨夜遅くに帰宅して、この文章を書いています。9/9に出発してからだから、本当に5週間の大冒険だった感覚です。 ミラノ「Legacy3.11」展は、素直に大成功でした。根拠のない確信のみを胸に飛び込み、過大評価でなく、そのコンセプトから”Strictly DIY”な立て付け、それぞれの作品、映画、会場の構成まで、来場された多様な方々から感動、賛同をいただけました。 さらに今後の展開として、まさかの場所からお誘いを受けたり、打診があったり、画策したり、今回金銭面はすべて持ち出しで実現させてしまった状況から、ほんの少しでも挽回と継続の芽を持って帰れました。予想を超えた収穫、心より感謝です。 ただ、それで油断していたわけでもないのに、イタリアの洗礼とも言えることが起きたのが最終日でした。 もともと朝8時半の出発ということになっていました。前夜から、空港に行くにはバスか電車か議論はしていて、セントラルステーションまではタクシー、そこからバスが最も確実で安いだろうという話でした。僕は「7時半に出たら?」と言っていた手前、5時に起きて7時には荷造りを終えていました。 とはいえ、みんなが起きてきて詰め込んだ荷物を測ると10キロ以上オーバー。もしかしたらそれもお金でサクッと解決と決めておけばよかったものの、こだわりが発生してしまったのが運のつき。どうせ捨てるゴミもあったのと、行きよりも荷物が減って手荷物を一つ増やせるから、前日に潰したダンボールをゴミ捨て場から持って帰り、つくりなおしました。まさにタクシーマッドネス 基準の23キロ超は他のメンバーにもいたので、過重分をダンボールに詰めて全6つのうち5つの荷物を23キロに整え、どうしても1つは超過分を支払う前提で準備万端。そうして「晴れてるしタクシーも混まないよ!」という言葉で安心しつつ下に行くと、まずタクシーが捕まらない。地元のイタリア人が電話で直接呼んでも来ない。やっと2台が手配されると、今度はドライバーが「荷物をバックシートに置くのは嫌だ」とゴネはじめました。 石田純一みたいな、裸足で靴をはくタイプの優男で、バックシートは赤い皮。「なんだそれ」と怒る気も失せて、男子2人はトラムでセントラルステーションへ。 今思えば、この時点で荷造り、配車から荷積み交渉、そして渋滞の中のトラム移動という、すでに時間との勝負がはじまっていました。しかし残念ながら、その認識が当時に自分には皆無でした。むしろ「準備万端、オレたち抜かりナシ」くらいの思い込みだったのです。超過をわかってた荷物の重さを測ってみると、、! 空港につくと、カウンターはすでに長蛇の列。やっとたどり着くと、6つある僕らの荷物にネチネチと質問などがはじまります。途中、意味不明に同僚の女性とずっとモニターを見つめたりして、「だから重さは全部測ってきたって!」と言ってもそこはスルー。そうして、一つだけ支払い前提の超過荷物について「今ここで払うよ」と伝えると、「支払い場所はあっち」とのこと。でもなぜか「まだ、行ってはいけない」と言う。案の定、その支払いカウンターも行列で、そうこうして結局すべて終えた時、僕らが最後の一組でした。 さらに出国ゲートに行くと、そこも激混み。加えて手荷物を運ぶベルトコンベアーが止まり、さらにはフミキさんの荷物が引っかかる。 「水も刃物もないから、早く行かせてくれ」と思っていると、バッグから出されたのはジャムと貴重な梅エキス。エキスと言ってもほぼほぼ固形化していて、舐めると明らかに身体に染み渡る、ミラノ滞在期間中僕らの心身を守ってくれた漢方のような塊。それがダメだと持って行かれて、さらに時間の感覚を失う僕ら。 とにかく、朝から何一つスムーズにすすむことなく、やっと出国できてゲートに向かうと、いくら歩いてもゲートが見えません。マルペンサ空港の大きさは想像を軽く超えていて、お客など全然いないように見えるハイファッションのブランドショップが延々と続き、ゲートの姿すら見えてこない。 たぶんエアチャイナだから端っこの端にゲートが置かれ、日本ならアナウンスが入ったり、「どこどこ行きの〜様」と小走りのスチュワーデスさんに過去何度もお世話になっているけれど、それらも聞こえないし、見かけない。 途中、半ば汗だくで小走りで空港内を移動しながら、見かけた時計が出発時間を過ぎていて、一瞬最悪の想定が頭をよぎる。まあ、とはいえ「置いて行くなんてこともないだろう」と最果てのゲートにつくと、そこには数人の職員の姿。ちょっとホッとして「さあ、入れてくれ!」「着いたよ!」と汗をふきふき伝えると「もうドアはクローズ。開けることはできない」と、愕然とする言葉が、彼らの口から出てきました。 そんなことってある?オレ500回は飛行機乗ってる気がするけど、こんな目にあったことないよ?だいたい、カウンターでチェックインして、出国して、データ残ってるでしょう?いなくなるわけないじゃん!遅れたのは全部不可抗力でまったく悪くないのに!と怒りまくるも、彼らは少し遠くを見ながら「もうドアはクローズ。開けられない」を繰り返すのみなのでしたー、、(後編へ続く)。